表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/98

「英雄」


絢爛豪華な会場。

その中心に豪華な服を着た男が立っている。


そんな豪華な服を着た男の前に、「英雄」は跪いた。

「英雄」が跪くと同時に、パシャパシャと眩しい光りを放って大量の魔導具が彼を記録する。


そして豪華な服を着た総帥は、集まった人々に対して大声で宣言した。



「今! 我らがこうして平和に生活出来るのは! 全てここに居る青年のおかげである!


そうだ!! 彼こそが! 祖国の窮地を救った英雄なのだ!

圧倒的な敵軍に対し! 勇気をもって立ち向かい! そして奇跡を起こして国を守り抜いた守護神である!!


彼こそが! 軍人の鏡であり! そして国民の模範となるべき人間なのだ!!

私は! 彼の英雄的行為に敬意を表し!! ここに勲章を授ける事とした!!」



総帥は高らかに宣言をすると、ゴテゴテと装飾の施された重そうな勲章を青年の首にかける。



この豪華な会場は、勲章授与式の会場だ。

本来ならば勲章授与は年に一回しか行われない特別な式典なのだが、この授与式は特例として時期外れに開催されている。


それは、たった一人の英雄に対して勲章を与えるための式典だった。

その英雄は、僅かに10体のホムンクルス兵を率いて敵一個師団を食い止めるという奇跡を起こしたのだ。



この式典が行われる数週間前の事だ。


敵軍は卑怯にも、深夜に奇襲攻撃を仕掛けてきた。

完全に不意打ちを喰らった前線は崩壊し、ボロボロになった友軍は必死に逃げるしかなかった。


しかし、敵は一切追撃の手を緩める事無く、虐殺に近い戦闘を続けながら前進を続ける。

最早、敵を食い止める手段は無く、このままでは後方の補給所や司令部までもが陥落する可能性すらあった。


そうなれば全ての戦線で戦闘継続が困難になり、最悪の場合は敵に降伏する事も視野に入れねばならなかった。



そんな時、「英雄」が現れた。



彼は正規に支給されたホムンクルス兵10体を率いて、敵1個師団に立ち向かった。


まさに無謀としか思えない行動だったが、彼は戦った。

祖国の為、そして人々の平和の為に彼は全力で戦ったのだ。


そして、彼は奇跡を起こした。

まさに一騎当千の戦いを彼と10体のホムンクルス兵達は行い、友軍が脱出する時間を稼いだのだ。


いや、それだけではなかった。


彼らは敵の指揮系統を寸断し、敵を徹底的に混乱させた。

まさに鬼神の如く戦う彼らに敵軍は恐怖し、パニック状態になってしまったのだ。


そんな烏合の衆と化した敵軍を、駆けつけた友軍は簡単に包囲する事が出来た。

友軍が包囲を完了した時点で敵軍にはまともな指揮系統は存在せず、彼らは前進も後退も出来なくなっていたのだ。


敵軍を包囲した友軍は、まるで射撃訓練でもするかのように、敵兵を一人一人殺していった。

そして最後には白旗を振る敵軍の司令官を捕らえ、全ての情報を吐かせる事に成功する。


その結果、敵軍の最前線には予備戦力が殆ど無く、補給物資すらも僅かとなっている事が判明した。

もたらされた情報を元に、友軍は全ての戦線で猛烈な攻撃を開始し、そして殆どの戦線を突破する事が出来た。


この僅か数日の戦闘の結果、友軍は数十キロも前進する事が出来たのだ。


これも全て、敵師団を食い止めた一人の英雄の起こした奇跡の結果である。

もし英雄が居なかったら、立場は逆転していただろう。


敵軍の猛攻によって補給所は陥落し、司令部すらも占拠されていた可能性が高い。

そして敵軍は、その牙を国民に向けたに違いない。


そんな事態を防いだ英雄に、祖国は最上級の勲章を授与する事にしたのだ。

もちろん、与えられるのは勲章だけではない。


英雄には新しい階級が与えられ、新しい役職が与えられ、都の一等地に建つ豪邸や、目もくらむような大金も与えられた。


そんな、誰もが羨むような褒美を与えられた英雄は、疲れ果てていた。




勲章授与式が終わって数時間後。


大きな勲章をぶら下げた少年兵は、与えられた自室のベッドに倒れこんだ。

高級なベッドは彼の体を優しく受け止め、新品のシーツが彼の体を包み込む。


倒れこんだ彼はベッドにその身を任せ、そのまま暫く動きを止める。


彼は、疲れ果てていたのだ。


地獄のような撤退戦が終わると、気が付いたら友軍は勝利していた。

その後、あれよあれよと言う間に彼は「英雄」に仕立て上げられていたのだ。


まあ、理由は単純だった。


彼を推薦した基地司令としては、己の軽率な行動が敵軍の侵攻を誘発してしまった事実をもみ消したかったのだ。

推薦を受けた大本営としては、敵軍の動きを事前に把握する事が出来なかった事実を闇に葬りたかったのだ。

彼の存在を知った国の上層部としては、国民の士気を高揚する為に「英雄」が必要だったのだ。


そういった思惑が重なり、彼は気が付いたら、ゴテゴテと装飾の施された重たい勲章を首から下げる事になってしまった。

そもそも、国民に発表された「英雄」の戦いに嘘は書かれていないが、真実も書かれていない。


確かに、彼は10体のホムンクルス兵を率いて戦闘を行った。

しかし、実際は大勢の廃棄されたホムンクルス兵達が戦闘を行ったのだ。


だが、この大勢のホムンクルス兵達は書類上は存在しないことになっている。

その結果、軍の正式な戦闘記録では、


「英雄は10体のホムンクルス兵を率いて敵一個師団と戦った」


という事になっている。


もちろん、敵軍が侵攻を決めた理由も発表されていないし、彼が何の為に戦っていたのかも憶測に過ぎない。

しかし、結果的に彼は祖国を救った英雄になったのだ。



そんな英雄は、眼の下に大きなクマを作っている。

彼はここ数日一睡もしていない。


別に睡眠時間が与えられなかったわけではない。

一日に5、6時間程度であるが、軍は彼に睡眠時間を与えている。


しかし、彼は一睡も出来ていないのだ。

その結果、今にも倒れそうな位に彼は疲れ果てていた。


そこまで疲れているのならばさっさと眠ればいいと思うが、そうもいかない。

何故なら彼は、普通のベッドで眠る事が出来なくなっていた。


前線では毎日、ホムンクルス兵が自作したベッドに包まって彼は寝ていたのだ。

そんな彼は、「ホムンクルス兵の匂いが一切しないベッド」で寝る事が出来ない体になっていた。


それでも彼は必死に目蓋を閉じ、


(眠れ! 眠れ!)


と己の体に言い聞かせるが、彼の体に睡魔が訪れる事は無かった。

彼の頭の中には睡魔の代わりに、死んでいったホムンクルス兵達の顔が浮かんでは消えていくのだ。


最初にランプシェードを作ってきたホムンクルス兵は、彼が感謝の言葉を告げると飛び跳ねて喜んだ。

任務を完遂した部隊に「お疲れ様」と声をかけると、全員が尻尾をフリフリと動かした。


朝の挨拶、隊舎への訪問、様々なプレゼントを持ってくるホムンクルス兵、誕生日会の時に歌を歌い、演劇をしてくれた彼女達の姿・・・。

彼女達のはち切れんばかりの笑顔と、最後に見た覚悟を決めた顔、そして後方で輝く青い光り・・・。


そんな光景が、彼の頭の中に流れ続けている。

撤退戦が終わった時、彼に残されたホムンクルス兵は正規の10人以外には数人程度しか残らなかった。




(みんな・・・、みんな死んでしまった。


俺の軽率な行動のせいで・・・、みんな・・・死んでしまった)




彼はホムンクルス兵の匂いのしない枕に顔を押し付け、歯を噛みしめる。

既に彼は肉低的、精神的に限界に近い状態だった。


何かの拍子にコロリと自殺してしまう程、彼は弱っていた。


そんな時だ。

彼の部屋のドアが小さくノックされた。


彼は疲れ果てた体をベッドからゆっくりと起こし、入室の許可を与える。

すると、


<失礼します>


という声と共にカタミミが部屋に入ってきた。


「・・・どうした・・・、・・・何か・・・あったのか・・・」


彼は虚ろな目でカタミミに語りかけたが、カタミミは何も答えずに静かに彼に近寄り、


<失礼します>


といって、彼をギュッと抱きしめた。


その瞬間、彼は両目を見開く。

一体何が起こったのか、彼は理解出来なかった。


彼はカタミミに何か言おうとしたが、言葉が出るよりも先に彼の鼻の中にカタミミの匂いが入ってきた。


それだけ・・・、たったそれだけで、彼の体には強力な睡魔が襲い掛かったのだ。


次第に彼の体から力が抜け落ち、体重をカタミミの体に預け始める。

するとカタミミは、ソッと彼の体をベッドに戻した。


そして気絶するように眠る彼の隣でカタミミは添い寝を続け、彼の頭を優しく撫で始めたのだ。

カタミミは一晩中若い兵士の頭を撫で続け、彼が悪夢に苦しめられると、優しく彼を抱きしめた。


そんなカタミミの目には光りが宿り、顔には慈愛が満ち溢れているのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ