非情な現実
翌朝。
朝食を食べ終えた少年兵は装備を整え、舎前に移動する。
そこには完全武装状態のホムンクルス兵が整列しており、彼の姿を確認したカタミミが、
<敬礼!>
と号令をかけた。
カタミミの号令に従い、ホムンクルス兵は同じタイミングで腕を上げ、ピシリと敬礼する。
そんなホムンクルス兵達に対して返礼を行うと、彼は今日の作戦行動を説明し始める。
そして、
「では、これからよろしく頼む」
と言うと、ホムンクルス兵一人一人と握手する。
この握手にホムンクルス兵は戸惑ったが、彼が力強く握手すると、彼女達もそれに答えた。
そして彼を含めて11人の部隊は駐屯地を出発し、偵察任務を開始したのだった。
駐屯地を出発して数時間、彼らは森の中に居た。
少年兵を中心にして、地形に慣れているカタミミが先導する隊列を組みながら一行は森を突き進む。
暫くすると一行は森から抜け出し、一気に視界が開ける。
そこには、最前線が広がっていた。
「あそこが最前線か・・・」
彼は独り言を呟き、千里眼魔法を発動する。
地面には塹壕がウネウネと作られ、時折、塹壕の近くで小さな爆発が起こる。
すると、それに反撃するように杖を構えたホムンクルス兵が攻撃魔法を放っている。
(やはり、塹壕に居るのは殆どがホムンクルス兵か。
少しだけ人間の兵士も居るが、分厚い防御魔法の施された防御施設から外の様子を伺っているだけのようだ。
つまり、戦闘のほぼ全てをホムンクルス兵が行っているわけだな)
彼は渋い顔をしながら前線を見続ける。
そんな彼に、カタミミが話しかけた。
<隊長の主な任務は後方支援になると思われます>
するとカタミミは最前線の後方を指差し、説明を始めた。
<後方支援任務は前線の後方に作られた野戦病院で人間の兵士に回復魔法をかける事が主任務となります。
更に、前線では毎日大量のホムンクルス兵が負傷、もしくは死亡します。
そういった戦えなくなったホムンクルス兵の体を、後方の集積所に集めるのも重要な任務となります。
集積所にホムンクルス兵の体が一定数溜まったら、火炎魔法を使って焼却処分します>
そしてカタミミに指差された場所を千里眼魔法で見た彼は、驚愕した。
「ちょっと待てカタミミ!!
あの集積所には、まだ動いているホムンクルス兵が居るじゃないか!!」
それは、集積所の惨状だった。
首が吹き飛んだり胴体が千切れたホムンクルス兵の死体の間に、片腕を無くし、腕の付け根から流れ出る透明な体液を必死になって食い止めようとしているホムンクルス兵が居たのだ。
いや、それだけではない。
両目を失いながらも、それ以外の箇所は無傷なホムンクルス兵が死体の山でもがいている。
両足が折れ曲がり、まともに歩けないホムンクルス兵が何とか折れた骨を治そうと必死に添え木をしている。
そんな「死体の山」に、杖を構えた人間の兵士が近寄る。
そして兵士はなんの躊躇も無く、火炎魔法を死体の山に放った。
それを見た瞬間、彼は駆け出そうとする。
しかし、そんな彼をカタミミが取り押さえた。
「離せ! 俺はあそこに行かないと!! 早くしないと!!」
彼の叫びにカタミミは冷静に答える。
<隊長の任務は偵察です。
後方支援は本日の任務ではありません>
その後、暫く彼は全力でもがいたが、訓練されたホムンクルス兵の拘束から逃れる事は出来なかった。
そして、段々と落ち着きを取り戻した彼は、ゴウゴウと燃え盛る集積所を見ながら涙を流す。
(なんで・・・、なんでこんなひどい事が出来るんだ?
ホムンクルス達が何か悪い事でもしたのか?
彼女達は、兵器なんかじゃない。
人類の友となれる存在なんだ・・・。
なのに・・・、なんで・・・。
こんな事が許されるなんて・・・。
この世界は・・・、残酷すぎる・・・)
彼は涙を流しながら、その目に集積所の炎を焼き付ける。
そして彼は一つの「決意の炎」を、その瞳に宿したのだった。
夜。
少年兵は自室で絵本を読んでいた。
そこにはホムンクルスの少女と女性学者がお互いに支えあい、そして人生の友として生き生きと生活する姿が描かれている。
そんな絵本を読みながら、彼は昼間の光景を思い出していた。
ゴウゴウと燃え盛る炎の中、まだ生きていたホムンクルス兵達の体が崩れ落ちる様を。
そんな様子を眺め、ノホホンとタバコを吸う人間の魔法兵士の姿を。
(・・・この世界は絵本の様になれないのだろうか?
人類はこの先も、ホムンクルス達を虐げ、支配し続けるのだろうか?
彼女達の悲鳴を聞こうともせず、彼女達の苦痛を知ろうともせず・・・。
そうやって人類は発展していくのだろうか?
そんな事が、許されるのだろうか?)
「・・・俺は・・・許せない・・・」
彼はグッと手を握り締め、決意した。
そして絵本を本棚に戻し、机の上にある命令書を手に取る。
そこにはカタミミが予想した通り、
「明日から後方支援任務に就け」
という一文があった。
彼は何度も命令書を読み、そして、とある作戦を考えた。
翌朝。
少年兵は命令書にあった通り、負傷して戦えなくなったホムンクルス兵や、完全に破壊されたホムンクルス兵を後方にある集積所に集めていた。
しかし、そこには前日見たような死体の山は作られていなかった。
「まだ動けるホムンクルス兵は集積所の脇に待機させておけ!! 負傷の状態を調べるんだ!
緊急を要するホムンクルス兵を一箇所に集めろ! 俺が回復魔法をかける!
ホムンクルス兵の死体も大切に扱うんだぞ!
まだ使える体液や魔石! 手足に眼球! それらを回収して負傷したホムンクルス兵の体に固定しろ! 俺が回復魔法で接合する!!」
彼はたった10体のホムンクルス兵に指示を出し、集積所を駆け回っていた。
10体のホムンクルス兵は彼の指示に従い、前線に転がるホムンクルス兵の死体を集め、そして集積所で死体を解剖し、まだ使えるパーツを回収していく。
更に、負傷したホムンクルス兵を見つけたら、負傷のレベル別に分けて集積所脇に待機させた。
時折、手足が完全に吹き飛んだ瀕死のホムンクルス兵が集積所に運び込まれる事もあった。
すると彼は急いで瀕死のホムンクルス兵に駆け寄り体液を輸血すると、回復魔法を使って死体から回収した手足を接合する。
集積所には腹を切り裂かれ、魔石や使えるパーツを全て剥ぎ取られたホムンクルス兵の死体が山を作っている。
その山に、生きたホムンクルス兵は一人も居ない。
完全な「死体」で作られた山に彼は近寄ると、杖を構えて火炎魔法を放った。
そして死体の山に火がついた事を確認すると、彼は静かに両手を合わせた。
前線の戦闘は激しく、殆どのホムンクルス兵が死体となって集積所に運び込まれている。
しかし、極一部のホムンクルス兵は瀕死の重傷ながらも生き延びている者も居る。
彼はそういった兵士を回復させようと、必死に走り回り、回復魔法を使い続けていたのだ。
そんな集積所に、前線で戦っていた古参兵が鬼の形相で駆け込んで来る。
そして、少年兵の顔面を殴り飛ばした。
地面に転がる少年兵を、古参兵は怒鳴りつける。
「何をやっているんだ貴様は! 貴重な魔力をこんな連中の為に使いやがって!!
回復魔法は人間の兵士専用だ!!
もし人間の兵士が負傷した時に魔力切れだったらどうするつもりなんだ!!
こんなくだらない事は今すぐ止めろ!! 一発火炎魔法を撃てば済むだろうが!!」
殴り飛ばされ、口から血を流す少年兵は立ち上がり、古参兵に飛び掛ろうとした。
しかし、彼の只ならぬ雰囲気を感じていたカタミミが、その場で彼を組み伏せる。
「なんだ貴様!! その目は!!
上官に向かってそんな目つきしやがって!!」
怒鳴りつける古参兵に、少年兵は怒鳴り返す。
「何が負傷だ!! お前らは塹壕に隠れて戦わないじゃないか!!
大体お前も何だその服は!! どこが汚れているんだ!!
そういう台詞は彼女達と同じように戦ってから言え!!」
口から血を吐きながら少年兵は、殺意にも近い視線を古参兵に向ける。
そんな彼の表情を見た古参兵は激昂し、
「何だと貴様!! その態度は何だ!!
この糞ガキが!!!!」
と怒鳴りつけると、カタミミに組み伏せられた少年兵の顔面を蹴り飛ばそうとする。
しかし、彼を組み伏せていたカタミミが己の体をずらし、己の背中で古参兵の蹴りを受け止める。
「おい! ホムンクルスの分際で俺の教育の邪魔をするな!!
さっさとどけ!!」
しかし、カタミミは動かなかった。
己の命令に従わないカタミミに激昂し、古参兵は腰にある杖を抜こうとする。
その時だった。
「待て!! 何をしているんだ!!」
遠くから小隊長が駆け寄ってきたのだ。
そしてカタミミに組み伏せられている少年兵と、今まさに腰から杖を抜こうとする古参兵を鋭い眼光で睨みつける。
「一体どうしたんだ! 何があった!!」
小隊長に事情を訴えようと少年兵が口を開こうとしたが、その口はカタミミに塞がれてしまう。
完全に口を塞がれ、
「ムームー!」
と叫ぶしか出来なくなった彼だったが、カタミミは口を塞ぎ続けた。
その間、古参兵が小隊長に事情を説明し始める。
小隊長は古参兵から事情を聞き、少しだけ考え込む。
「成る程。
事情は理解した。
これはあれだな・・・、童貞新兵によくある現象だな」
小隊長は組み伏せられている少年兵に近寄り、しゃがみこむと諭すように話しかけた。
「時々、お前みたいなのが居るんだよなぁ・・・。
ホムンクルスを使って「男」になって、そんでホムンクルスに惚れてしまうやつが。
お前はあれだろ? 可愛い女の子を救う王子様になりたかったんだろ?
だがな? 連中は人間じゃない。
人形みたいな物なんだ。あんまり深入りするもんじゃない
お前もこれから軍隊生活が長くなるんだろうし、そこら辺は理解しないとな?
まあ上官に暴言を吐いたんだ、駐屯地に戻ったら明日の朝まで営倉に入ってもらう。
そこで少しは頭を冷やせ、な?」
そこまで言うと小隊長は立ち上がり、まだ顔の赤い古参兵をなだめながら最前線に戻っていった。
それから少しして、完全に小隊長達が見えなくなってから、カタミミは少年兵を開放する。
しかし、彼は立ち上がれなかった。
彼は悔しくて悔しくて、土を握り締め、歯を食いしばっていた。
そんな彼を、集積所に居るホムンクルス兵達は見ていたのだった。
夕方になり、後方支援任務の交代要員が現れる。
少年兵は交代要員と入れ替わり、ホムンクルス兵を連れて帰路に着いた。
辿りついた駐屯地の入り口には憲兵が待ち構えており、憲兵は少年兵を捕まえ、そのまま営倉まで連行したのだった。