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3つの棺

各国を守る薄い城壁は、世界中で広がり続けていく。


もし、世界に無限の広さがあるのならば新人類は永遠の繁栄を約束されただろう。

しかし、現実の土地は有限なのだ。


その結果、各国は隣国と険悪な雰囲気になってしまった。


次第に新人類はその雰囲気に飲み込まれ、国境線では人々が小さな争いを始める。

その争いは次第に大きくなり、個人間の争いは武器を持って戦う「戦闘」に発展し、最後には両国の軍隊が戦う「戦争」となった。


各国はお互いを敵視し、血で血を洗う戦争を開始してしまったのだ。




そんな世界において、賢者の国は中立を保っていた。


そもそも賢者の国は土地に執着しておらず、建国当時に比べて多少は城壁を広げはしたが、広がった国土の比率は他国に比べても圧倒的に小さい。


そんな賢者の国では、今日も様々な研究が進められている。


更に、最近では各国の知識人が戦火や迫害から逃れ、賢者の国に逃げ込んで来ている。

その為、賢者の国は以前にも増して活発に様々な研究が進められている位だった。


そうして開発した新兵器を各国に輸出することで、賢者の国は大金を稼いでいる。

圧倒的な技術力を誇る賢者の国製兵器を各国は積極的に輸入しており、それら兵器は全ての戦場で活躍していた。




そして各国は「ある兵器」を渇望していた。

しかし、その兵器の開発は、賢者の国ではタブーとなっているのだ。




そう、「今は」タブーとなっているのだった。






各国が戦争で疲弊するなか、賢者の国は急速に成長を続けている

そんな賢者の国の中心部には、一軒の豪邸が建っていた。


豪邸の正面には大きく綺麗な庭が広がり、その庭を数人の少女が歩いている。


少女達は楽しそうに談笑しながら庭を散歩していたのだが、そのうちの一人がよろめき、倒れそうになった。

すると周りの少女達が倒れそうになった少女を支え、心配そうに話しかける。


<お母様、お怪我はありませんか?>

<少々お待ちください、車椅子を持ってきます>

<よろしければ、この水をお飲みください>


少女達に体を支えられている少女は、荒い息をしながら答えた。


<ごめんね皆、心配かけちゃって。

でも・・・、そろそろ活動限界みたい・・・>


その言葉に、周りの少女達は一様に悲しそうな顔をする。

この子達は全員がホムンクルスであり、倒れそうになった少女も、もちろんホムンクルスである。



そして、この倒れそうになった少女こそ、女性学者と共に世界を旅した世界初のホムンクルスだ。



既に少女は数世紀も賢者の国で活動を続けている。

そして少女は「賢者の国の象徴」として人々から尊敬を集めており、用意された豪邸で静かに余生を過ごしているのだった。


女性学者と共に世界を旅した荷物持ち魔物も随分前に死んでしまい、もう「旅の友」は誰も残っていない。


そして賢者の国ではホムンクルス技術の解明に成功しており、新型ホムンクルスの量産が行われている。


今では最新型のホムンクルスは歩けるようになると、挨拶を兼ねて年老いたホムンクルス少女の元にやってくる。

今日も、新たに生み出された少女達が挨拶に来ていたのだ。


年老いたホムンクルス少女は真新しいホムンクルス少女達を迎え入れ、庭で楽しく談笑していたのだが、既に少女の体は限界を超えていた。



あちこちの関節が動き辛くなり、最近では走る事が出来なくなっていた。

視界もぼやけ、女性学者が描かれた絵画も良く見えない。

何よりも重要なホムンクルスの核たる魔石も最近では劣化が酷くなり、上手に魔力を充填出来なくなっている。



年老いた少女は運ばれた車椅子に腰掛け、


<・・・ふぅ・・・>


とため息をつく。

そして周りの真新しい少女達に、お願いをしたのだ。



<私を・・・、記念館に連れて行ってくれないかな?>



少女達はその言葉の意味を理解し唇を噛みしめ、中には一筋の涙を流す者も居た。


「記念館」とは賢者の国に存在する博物館兼墓である。

そこには女性学者の偉業を伝える様々な資料が展示されており、一番奥にある頑丈な鍵のかかった部屋には女性学者と荷物持ち魔物の遺体が眠る棺が安置されている。


そしてそんな2つの棺の隣には、小さな空きスペースがあるのだ。


<記念館に連れて行って欲しい>


その言葉の意味する事を少女達は理解していた。


すると少女達は零れ落ちる涙を拭い去り、笑顔を無理やり作り出す。

そして年老いた少女が乗る車椅子を押し、記念館に続く道を進むのだった。



一行が記念館に到着するまでの間、道行く人々やホムンクルス達は車椅子に乗る年老いた少女に手を振った。

少女は車椅子に乗りながら、動かす度にギチギチと音を奏でる関節を動かし、笑顔で人々に手を振り返す。


少女は、人々から愛されていたのだ。

伝説的英雄である女性学者を影から支え、女性学者が体調を崩したら献身的に看病し、彼女の心の支えにもなった。

そんな話は絵本となり、教科書となり、映画にもなっている。


賢者の国に住む人々は幼い頃からその話を聞きながら育ち、皆が少女の優しさに惹きつけられているのだった。


それから少しして、一行は記念館に到着する。

記念館の入り口を守る警備兵達は車椅子に座る少女を見つけると急いで駆け寄り、美しい敬礼をして一行を記念館に迎え入れた。


そして事情を知ると、急いで女性学者の墓が安置されている部屋の鍵を取りに行ったのだ。


その後、一行は警備兵を先頭にして、墓がある部屋の前まで移動する。


警備兵がガチャガチャと鍵を開けると、年老いた少女は車椅子から立ち上がり、周りの少女に支えられながら部屋に入って行く。

少女達が部屋に入った事を確認した警備兵は、そっと扉を閉めて廊下で待機する事にした。


そんな廊下で待機する警備兵達の瞳には、大粒の涙が溢れていた。

彼らもまた、年老いたホムンクルス少女を心から愛していたのだ。





部屋の奥には大きな祭壇が作らている。

その祭壇の一番左には大きな棺があり、中央には人間サイズの棺がある。


そして一番右側には、小さな空きスペースがあった。


年老いた少女はフラフラした足取りで中央の棺に近寄り、棺の横に腰掛けると懐かしむような顔をする。


少女は思い出していたのだ。


初めて女性学者と会った時の事を。

初めて自宅に女性学者を招きいれ、一緒に寝た日の事を。

貫通魔法が発した魔力カスによって昏睡状態となった女性学者を看病した日々の事を。

世界中を旅して本をばら撒き、そして賢者の国を彼女と一緒になって作った年月の事を。



少女は走馬灯の如く、全ての事柄を思い出していた。

そして少女はつぶやいた。



<そろそろ・・・私もそちらに行きます・・・>



すると周りに居る少女達が我慢出来ずに泣き出す。


<そんな事を言わないでください>

<今の技術を使えば、もっともっと活動時間を延ばす事が出来ます>

<魔石を最新型に交換して、培養液に入って体を直せば・・・>


泣きながらも必死に訴える少女達に、年老いた少女は答えた。



<みんなと離れるのはとてもとても悲しいの。

でもね・・・、そろそろ行かないと。


そろそろ行かないと・・・、彼女がお酒を呑みすぎて倒れてしまっているかもしれない。

彼女は体調管理が甘いから、私が居ないと直ぐに倒れてしまうの。


随分長い間彼女とは離れていたから、ひょっとしたら実験のやり過ぎでもう倒れてるかもしれない・・・。

だから、そろそろ行かないと・・・、彼女は私が居ないと駄目な人だから>




すると年老いた少女は微笑み、女性学者が眠る棺に覆いかぶさるように体を預ける。

そんな少女の視界は徐々に暗くなっていった。


次第に魔力残量警告が視界の片隅に表示され始めるが、少女は棺から動かない。

徐々に警告文章の色も薄くなり、最後に亡国の紋章が視界一杯に表示されると、それを最後に視界はブラックアウトし、年老いた少女は永遠に活動を停止した。


動きを止めた少女の姿を見て、周りに居る少女達はポロポロと涙を流すのだった・・・。



その後、年老いた少女の遺体は小さな棺に入れられ、女性学者の棺の右隣に安置される事になった。


静かに並ぶ三つの棺は一つの時代の終わりを告げる物であり、そしてそれはまた、一つの時代の始まりを告げる物でもあった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最終的にはまた人類が前時代と同じ誤ちを侵して滅ぶんだろうか。科学と魔法の違いさえあれど、大まかには同じ歴史を歩んでるように見える
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