表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/98

乾杯

「かんぱ~~~い!!」


富裕層エリアの中心地に、女性学者の幸せそうな声が響き渡る。

まだ人間が居た時には、人々の憩いの場所であった噴水のある広場で、彼女はグラスを掲げている。


更に、彼女は浴槽まで用意して素っ裸で風呂に入っているのだ。

浴槽には魔法で作り出したお湯が注がれ、お湯には豪邸の花壇から集めた花びらが浮かんでいる。


そんな浴槽の中で、彼女はゴクゴクと何かを飲んでいる。

それは豪邸から回収してきた高級酒であった。


これら高級酒は貴族が地下倉庫で大切に大切に、本当に大切に保存していた物であった。

そんな、


「一般人では一生お目にかかることも無いであろう高級酒」


を、彼女はまるで「親の敵!」とばかりに呑みまくり、次々に瓶を空にしていく。



「ああ!! 最高だ!!

一度やってみたかったんだ!!


こんな広場で風呂に入りながら、思う存分酒を呑む!!


もし故郷でやったなら即警察に逮捕されるだろうが、ここならそんな心配は無い!!」


ゴクゴク・・・、プハー!!!


「良い味だ!! 最高の味だ!!


多分この一杯で、教員時代の年収が飛ぶな!!」


彼女はお手製のつまみを食べながら、高級酒をまるで水でも飲むがごとく呑みまくる。



「あああ~・・・、幸せだ・・・。


教員時代は二日酔いが怖くて大好きな酒があまり呑めなかったが、ここならばそんな心配はいらない・・・。


そもそも、普段呑んでいた安酒は出来が悪く、直ぐ気分が悪くなったが、・・・この酒は素晴らしい!!

澄み渡る様な出来だ! いくらでも呑めそうだ!!


まあ、たとえ明日二日酔いで動けなかったとしても・・・。

どこかの豪邸で寝ていれば良いだけだ・・・。


・・・果たして・・・、こんなに幸せでいいのだろうか・・・。

今、世界は魔物に苦しめられているのに・・・・・。

・・・・・・。

・・・。


・・・ああああ!! しかし!! やめられない!! 止まらない!!


むむ!! 次はこやつが相手か!!

なんだか値段の高そうな形の瓶をしおって!!

けしからん!! 私が退治してやろう!!」



そして彼女はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ、次のターゲットに狙いを定める。

浴槽から上半身を乗り出し、豊かな胸を外気に晒しながらターゲットを掴むと、勢い良く栓を抜いて中身をグラスに注いだ。


そんな様子を、既に荷物持ちと化した魔物はノホホンと眺めるのだった。







風呂につかりながら酒を呑む彼女を、私は感じていた。

そして、呟く。



「そういえば・・・、最後にお風呂に入ったのは・・・、いつだっただろうか?


確か・・・、惑星連盟との戦いで血だらけになった時に入った筈だから・・・」



そう呟くと、私は己の服を摘まんでクンクンと匂いを嗅ぐ。



「・・・あれ・・・?


・・・今着ている服も、一体いつから着替えていないのか思い出せない・・・」



だが、真っ白な服にはシミ一つ存在しないし、体からも変な匂いはしない。

まるで陽だまりの様にやさしい匂いが、私の細い体を包み込んでいる。


そもそも、旧人類の技術力があれば、一生風呂に入らなくとも衛生的な生活をすることは可能である。

事実、私の体も着ている真っ白な服や下着も衛生的に保たれており、風呂も洗濯も必要無かった。


しかし、私は椅子から立ち上がり、自宅の風呂場へと進んでいった。



それから数分後。

着ていた真っ白な服や下着を洗濯機に放り込み、私は風呂に入っていた。


ここは私しか住んでいない小さな家であり、浴槽も手足を伸ばせる程度の大きさしかない。

だが、私はこの風呂が気に入っていた。


やろうと思えば空間を捻じ曲げて、浴槽を湖の様に大きくする事も出来る。

しかし、大きな風呂に一人で入っても楽しくないし、なによりも落ち着かない。

その為、私は浴槽のサイズを変更する事無く、本来の大きさで使っている。


そんな小さな浴槽に、私は身を沈める。

そのまま潜る様に沈み込み、最後には頭の天辺まで湯に沈んだ。


暖かいお湯の中で、私は体育座りの様に丸くなりながら、己の右腕を見つめる。

透き通るように白い肌をした右腕には、大きな傷跡が残っていた。


これは、惑星連盟艦隊の攻撃で出来た傷跡だ。

治そうと思えば完全に元通りに出来るのだが、この傷を消したくなかった。


私はウットリした表情で傷跡を眺め、そして傷跡に軽く頬ずりする。



(ああ、この傷が出来たときの事は今でも覚えている。

まるで1秒前の出来事の様に鮮明に覚えている。


あの瞬間、確かに私は宇宙の中心に居た。

津波の如く押し寄せる感情や情報に脳みその処理が追いつかず、一瞬だけ狂う事が出来た・・・。

その一瞬・・・、私の奥底に眠っていた本能が目覚めた。


冷静な意識は彼方へ消し飛び、「動物」としての本能を剥き出しにする事が出来た。

生まれてから一度も、あれ程の快楽を感じた事はない。


・・・もう二度とあんな事は出来ないだろう・・・。


あの瞬間・・・、私は彼らと対等に「生きる事」が出来ていた・・・。

もし、もう一度狂う事が出来たなら、私は何をするだろうか? 私は何をしたいだろうか?


・・・いや、考えるまでもないか。

・・・答えは分かりきっている。


まるで神の如く彼らを一人残らず救済しようとも、まるで魔王の如く彼らを一人残らず皆殺しにしようとも、最終的に私は彼らを滅ぼしてしまうだろう。


それ程の力が私にはある。

この細い体には、そんな絶対的ともいえる力が備わっている。


自由を求めたご先祖様が作り出したこの力は・・・、果たして本当に自由を獲得出来たのだろうか?


何でも出来るが、何も出来ない。

完全で万能な鎧は、完全で万能な拘束具に他ならない。


私は、この力に縛られ、そして「自由」に生きていくのだろう・・・。


ああ、苦しい人生を送る彼らが羨ましい。

ああ、自由に人生を生きる彼らが妬ましい。


彼らは常に、こんなにも私の胸をドキドキさせる・・・)



そして私は、空に手を延ばした。

すると、何も無い筈の空から酒の入ったグラスが現れる。


私はグラスを手に取り、外の世界をより詳しく感じるために目蓋を閉じる。


そして、廃墟の広場で酒盛りをしている女性学者に向けて小さく、


「乾杯」


と囁き、グラスに入った酒を飲み干すのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ