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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
外伝 生き残り錬金術師と魔の森の深淵
221/296

38.人と魔物と精霊と

「精霊の湖がただの湖に変わってからは、魔の森は以前よりほんの少し不安定で、時折魔物が大量発生しましたが、その度人間たちは儲け時だと立ち上がり、人も魔物も変わりなくそれなりに楽しく暮らしていました。


 それからどれだけの時が流れたでしょう。

 迷宮都市の城門を今日も一人の少年が飛び出していきます。


『精霊眼』を持つ錬金術師のその少年は、弓を片手に今日も素材採取に励むのです。

 父親譲りの狩りの技と母親から受け継いだ錬金術の知識によって、魔の森の奥深くまで潜って貴重な素材を取って来られるその少年の仲間は、小さなサラマンダーと聖樹の小枝に宿った精霊。


 少々わんぱくすぎるけれど、少年の冒険は頼もしい仲間たちと一緒に、これから無限に広がっていくのです」


「そ……、それは、世界の記憶(アカシックレコード)に記された確定された未来ですか!!?」

「さて、どうだったかなー? お酒を飲めば思い出すかもー」

「ジーク、昼間っからダメだよ! それと……なんで『木漏れ日』にいるんですかねー、師匠?」


 精霊の湖の件からさほど日にちも経っていない頃、昼食の支度を済ませたマリエラが食卓を振り返ると、配膳を待つジークや警備兵の中に師匠がしれっと混ざっていた。

『木漏れ日』での昼食は常連さんや警備の人が入れ代わり立ち代わり厨房にやってきて、めいめい適当に取っていくから、人数が増えること自体何の影響もないのだけれど、あまりに自然な交ざりっぷりに、マリエラは思わず二度見してしまったくらいだ。


 ジーク相手に嘘か本当かわからない話を語って聞かせ、昼間っから酒を引き出そうと画策している。


 湖の精霊の世界からこちらの世界に戻ってきた後、師匠とリューロパージャはマリエラたちとともに迷宮都市に帰ってはこなかった。


「一人で背負い込もうとは思わぬが、我一人穢れから逃れることなどできまいよ。それにこの身はスライムから作られた。どちらかというと魔物に近い存在だ。人の街にはそぐわない。フレイの弟子と仲間たちよ、縁があったらまた会おう」

 真面目なリューロパージャはそう言うと魔の森の深くへ消えていき、いい加減な師匠は、

「ってことで、マリエラ、おっつー。そのうち遊びに行くからなー」

 とひらひら手を振りながらリューロパージャと共に去っていったのだ。


「師匠、来るの早すぎ……。リューロパージャさんはどうしたんですか?」

 あれほどの仲良しぶりを見せつけていたのだ。遊びに行くのも来るのももう少し先のことだと踏んでいたのだが、これほど早くにやってくるとは。


「やー、魔の森って酒ないじゃん。あとあたしもリューロも料理できないからメシがまずくって。リューロはスライムだから何でもいいみたいなんだけどさー」


 文字通り昼食を餌に師匠に聞いた話によると、受肉を果たしたリューロパージャは現在、魔の森探索をエンジョイ中なのだとか。


 魔物に近いリューロパージャには、ほかの魔物と同様に多少の穢れが流れ込んでくるのだそうだが、その量は以前と比べればごくごくわずかで、核のおかげもあるのだろうがリューロパージャが人間に近いフレイジージャを攻撃することはないらしい。


 けれど、もともと真面目で淡白な性格のリューロパージャだ。

 食事などは何でもよくて、日がな一日魔の森を彷徨っていたり、あるいは夜の間中、川のせせらぎの音に耳を澄ませるような楽しみ方で、享楽的なフレイジージャが満足できるはずがない。


「リューロは魔の森に飽きた頃に連れてくるよ」


 喧嘩をしたわけではないのだけれど、ずっと一緒にいるわけでもない。

 師匠たち二人の距離感が精霊らしいなとマリエラは納得しながら、師匠と一緒に食事を取った。


「んで、その後どうなのよ?」

 楽しそうに聞いてくる師匠の様子に、マリエラは自分たちのことを聞かれているのだろうなと思いながらも、あの湖の世界に行った黒鉄輸送隊のメンバーのその後について話して聞かせた。


「どうというほど時間がたってないですけどね、ユーリケとフランツさんはユーリケの生まれ故郷を探す旅に行きたいそうです。でも、すぐってわけじゃなくて、情報を集めたり、旅費を貯めてからってことで。今は二人とも仲良くやっていますよ

 グランドルさんは今度帝都に行くときに、久しぶりに実家に顔を出そうと言っていました。ドニーノさんは装甲馬車の技術を磨くために最近はドワーフ街に入り浸りだそうです」


 それぞれの記憶を少しずつ差し出した黒鉄輸送隊の面々は、みなどこか己の問題と正面から向き合って、新たな一歩を踏み出していた。

 それは、いつでもどこでも誰とでも、お気楽お手軽メイクラブなエドガンさえも例外ではない。マリエラの護衛の報酬でもらった、親子関係を証明する『血族のポーション』を使ってたかりに来ていた女性たちを順番に交渉している最中なのだそうだ。


「でもよ、生活に余裕があんなら、だまそうなんて思わないでしょ」

 そう言って、自分を騙した相手にいくばくかの手切れ金を渡しているのが、エドガンらしいともいえる。


「そういえば、エドガンがおかしなことを言っていました」

「へぇ、なんて?」

 そんなエドガンと頻繁にあっているジークの呟きに師匠が反応する。


「一人でいる間中、ずっと聞こえていた悲鳴が聞こえなくなった……って。それでかな、なんだか女性関係がおとなしくなったような」

「そりゃ、貰ったかいがあったねぇ」

 師匠がにやりとそう言ったから、師匠はエドガンに何かして辛い記憶を和らげてあげたのかもしれない。


「で? お前たちは?」

「……ようやく飯抜きの刑が終わったところです」

 ジークの情けない返事にゲラゲラと爆笑するフレイジージャ。

 一緒に食事を取っていた警備兵は、このまま話に参加していたら後で稽古が厳しくなるぞと早々に立ち去っているから、ジークの名誉は守られたのだが、状況は全く改善していない。


 マリエラはジークからもらった指輪をずっと左の薬指に付けているのだけれど、その意味にジークだけが気づいていないらしい。

「だって……、あんな周りに押された勢いで、なんてさすがの私でも嫌ですよ」

 指輪の存在を目ざとく見つけたアンバーさんやメルルさんに捕まったマリエラがそう話していたことは、残念ながらジークは知らないままなのだ。


 いくらマリエラが生きてきた200年前になかった風習だったとしても、今の時代で暮らして女性の友人だっている。あの時はとっさにとぼけてみせたけれど、マリエラだって年ごろの娘だ。指輪の意味を知らないはずはないじゃないか。


「まぁ、頑張れ! また来るから、その時は楽しい話を期待してるよ!」

 そう言って師匠は、魔の森の深部でしか採れない希少な素材と引き換えに、大量の食糧と酒をお土産に魔の森へと帰っていった。



 その夜。


「マリエラ、大事な話があるんだ。屋上に来てくれないか」

 意を決したジークがマリエラを屋上に呼び出した。


『木漏れ日』の常連たちも増えた警備兵たちもいない、それなりに雰囲気のある場所が、屋上だとはいささかお手軽感があるのだけれど、ここはリンクスが亡くなった夜に二人で過ごした場所だから「大事な話」とやらをするには悪い選択ではないだろう。


「ジーク? わぁ、きれい」


 呼ばれて屋上に上がったマリエラは、普段はシーツだの、マリエラやジークのパンツだのが干してある生活感あふれる屋上が綺麗さっぱり片付けられて、代わりにろうそくが一面に置かれ灯っている様子に感嘆の声を上げた。


 ろうそくも『木漏れ日』で売っている魔除けのろうそくなどではなくて、ちゃんとよそのお店で買ってきたおしゃれな感じのろうそくだ。


 狭くはない屋上一杯にたくさんのろうそくが灯っている様子は、満天の星のようにも、地脈のなかのようにも思えて、とても幻想的である。


 揺らめき光る燈火の真ん中で、マリエラに手を差し伸べるジークムント。


 マリエラは招かれるままジークの下に近づいて、伸ばされた手に己の左手をそっと重ねる。


「マリエラ……俺は……」


 マリエラの手をとり、片膝を突いて何度も練習したであろう言葉を口にしようとするジーク。


 けれど大変残念なことに、師匠の来訪によって活気づいた炎の精霊が、屋上中の灯火に宿って二人の様子を見ていたし、屋上に届くまでに成長した聖樹の枝からはワクワク顔のイルミナリアがこれまた覗き見をしていたから、ジークのプロポーズがちゃんと成功したのかは分からない。


 マリエラの左手にはめられたジークの瞳の色の宝石が、夜空とろうそくの無限の光を映していた。



これにて外伝完結です!

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


外伝部分は小説6巻として2019/8/1発売です。

なんとコミックス2巻と同時発売!

選ばれなかったルート、よりハッピーになったエンディング、そして迷宮都市のその後を書いた書下ろしと盛りだくさんです。

こちらもよろしくお願いします!


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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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