はじまりの錬金術師
「帝都の貴族共の関心を逸らすのにいささか時間を要してしまったが、此度の迷宮討伐にこれほどの貢献をしてくれた、お前たちに然るべき褒章を取らせぬわけにはいかぬだろう」
内々の話だからと地下大水道を経由してレオンハルトらの屋敷に招かれたマリエラとジークムント。てっきり、師匠が飲み散らかした酒代を請求されるのかと内心焦っていたマリエラは、逆に何か貰えるのかとほっと胸をなでおろしていた。「胸のつかえが取れた」といった表情だ。もとからマリエラの胸にはつっかえるようなものは無いのだが。
「マリエラ嬢、君はエリクサーを錬成した迷宮都市で、いや、帝国で最高の錬金術師だ。すでに多くの貴族の子弟を弟子にして貰っている手前もある。然るべき爵位が必要だろう」
「え……?」
何をくれるのかとワクワクしていたマリエラだったが、形のないめんどくさくてよくわからないものをやろうとレオンハルトは言い出している。
「もちろん君もだ、ジークムント。精霊眼の秘密は我々しか知らぬこととはいえ、君は正当なエンダルジア王国の後継者。国はすでにないとはいえ、マリエラさんとの今後を考えても然るべき立場は必要となろう」
ウェイスハルトもジークの方に話を振っている。こちらは「マリエラとの今後」というジークがピンポイントで食いつく餌をぶら下げていて、なかなかの策士ぶりだ。
レオンハルトらが言うように、マリエラはもう何十人もの弟子に地脈契約させていて、迷宮都市は今、空前の錬金術ブームだ。
これは、ポーションの市販に先立って迷宮都市内の貴族たちを説得するためにフレイジージャが用意したカードでもある。「協力すれば錬金術のスキルを持つ子供を地脈契約の錬金術師にしてやる」と。
錬金術のスキルを持つ者は数多い。実子にスキル保有者がいなくとも、養子をとることはたやすいだろう。
今まで一人しか錬金術師がいなかったのだ。一族の者を錬金術師にできれば、得られる利益は計り知れない。そんな風に考えた貴族は数多くいて、皆こぞって迷宮討伐軍に協力してくれた。その対価として十数名もの貴族の子女や関係者の子供たちが、『木漏れ日』の裏庭で聖樹の精霊イルミナリアに連れられて地脈に潜り、錬金術師として地脈とラインを結んでいた。
もちろん、錬金術師になれたのは貴族の子弟だけではない。街中のポーションを作りまくったマリエラの経験はその程度で無くなりはしないし、地脈契約の時に還って来れない危険性を考えて、全員地脈の浅い層でしかラインを結んでいないから、契約時に消費するマリエラの経験値も大した量ではない。
ちなみに弟子たちのラインの太さは帝都の錬金術師並みだ。マリエラのラインが異常に太いだけで、普通は地脈の浅い層で細いラインしか結ばないのだそうだ。《ライブラリ》の情報開示設定も帝都標準で、完全に暗記しなくても閲覧できる仕様だし、魔道具の使用も禁止されていない。
ポーションの安定供給を最優先にすべきだという観点から、帝都標準仕様での錬金術師大量育成方針となったわけだ。帝都の標準仕様については、フレイジージャ師匠の破天荒ぶりに、キャロラインがアグウィナス家にいる帝都の錬金術師達から情報を集めてくれたから間違いはないだろう。
ちなみにマリエラの弟子1号はキャロラインだ。
帝都で演劇『獅子の牙は迷宮に眠る』を見た者や、迷宮都市でも情報に疎い者などは、迷宮討伐軍の情報操作も相まって、アグウィナス家のキャロラインこそが『はじまりの錬金術師』だと思っている。醸し出す雰囲気やオーラがマリエラより余程それらしいから、二人並んで「はじまりの錬金術師と最初の弟子です」と紹介されれば十人中十人がキャロラインを『はじまりの錬金術師』だと思うだろうし、マリエラに至っては十人中一人くらいは「最初の弟子はどこですか?」とマリエラをスルーしかねない。
キャロラインを表に立たせることは、平民で権力どころか立ち振る舞いも危なっかしいマリエラをフォローするための施策の一つで、キャロラインが自ら望んだことである。
キャロラインの年齢は地脈と契約を結ぶには十七歳と高くはあったのだが、念願の錬金術師になれるという喜びと、ずっと手を握っていたウェイスハルトの呼びかけで、驚くほどあっさりとラインを結んで還ってきた。
以来、もともとの知識量とセンスの良さ、勤勉さが相まって、あっという間に中級が作れるようになってしまった。上級までは少々長い道のりだろうけれど、キャロラインならばじきに作れるようになりそうだ。
中級で満足してサボり放題だった、どこぞの飲んだくれ師匠とはえらい違いだ。
貴族の子女たちに遅れはしたものの、迷宮都市の薬師の子供たちも順次、地脈と契約し錬金術師になっている。契約の時期に多少の遅れはあるけれど、親に習って薬師として薬草の勉強をしたり、手伝ってきた子供たちだから、それくらいのハンデがあって丁度良いくらいだろう。
一気に増えた弟子たちに、マンツーマンで指導などできるはずがなく、弟子たちの教育は迷宮都市の学校で授業として行われている。教師はマリエラだけでなく、アグウィナス家で新薬の製造に携わっていた帝都の錬金術師たちも招集されている。
座学は彼らでマリエラは実技の担当だ。
ちなみにマリエラの実技講習は、「難しいことを簡単そうにやるし、説明が抽象的すぎてわかりにくい」と若干不評ではある。新米師匠、大ピンチである。
「こうなったら弟子100人目指そうかなー」
弟子たちの不評を知ってか知らずか、授業の合間に依頼された特級ポーションを作りながらそんなことを言い出すマリエラ。
「これ以上数が増えたら、面倒見切れないだろう?」
もう、既に見れていないけれど、という心の声は口に出さず、マリエラの護衛として学校に同行しているジークが言う。
「うーん、でもさ、《ライブラリ》あるから、勝手に育つんじゃないかな?」
流石、フレイジージャに育てられただけはある。実に放任主義な教育方針だ。弟子たちより先にマリエラに『師匠教育』が必要かもしれない。
お陰様で、マリエラよりも一番弟子のキャロラインのほうが余程師匠らしいと尊敬を集めてしまっている。マリエラのことを「師匠」と呼んでくれるのは、『木漏れ日』のちびっこ4人組のうち唯一錬金術のスキルを持っていたエミリーちゃんだけだ。もっともエミリーちゃんも普段は「マリねーちゃん」呼ばわりで、何かお願いがある時だけ「マリししょう~」とマリエラの機嫌を取っているだけなのだが。
そんな、貫禄のかの字もないマリエラなので、弟子たちにはあまり尊敬されていない。特に貴族の子女の一部にはマリエラの授業を受けずに帝都から錬金術師を家庭教師として呼び寄せる者もいるほどだ。
そんな状況にもマリエラは、
「新しいポーションができるかも! 《ライブラリ》チェックしなくちゃ!」
と何の危機感も持ってはいないのだが、新たな時代を迎えようという迷宮都市で錬金術師たちにおかしな派閥ができるのは歓迎できることではない。
マリエラの身の安全を守るためにジーク以外にも護衛を永続的に付けるにしたって、金銭やら名目やら身分といった面倒なものがたくさん必要になって来るのだ。
そういった事情から、マリエラとジークの今後について、爵位を与えて後見を定める方向で話を勧めようと考えてレオンハルトとウェイスハルトであったのだが。
(よくわからない……)
マリエラには話の内容も意図もサッパリ理解できなかった。
(伯爵? 子爵? 男爵? どう違うの? 全部偉い人じゃダメなのかな……)
ひっくるめるのは駄目である。
肉屋と魚屋を間違えたって、「うちにゃ、それは置いてねえなぁ。代わりにこいつはどうだい? うまいぜ」で済むのだろうが、偉い人ほど身分や肩書にこだわるものだから、爵位を間違えたりしたら大変なことになってしまう。
明らかに分かっていない顔をしているマリエラを見て、この案ではうまくいかないと直感したジークは、「恐れながら……」とレオンハルトらに再考を促すべく口を開いた。
「身に余るお話、恐縮ではありますが、俺はただの狩人の倅です。浅学の身に爵位など馴染む者ではございません」
「なに、エンダルジア王家とて、元は狩人ではないか。『精霊眼』が宿るほど強く血を引いているのだ。身に余るということはあるまいよ」
ジークの言葉を謙遜と取ったウェイスハルトは大丈夫だと返すのだが。
「ですが、ウェイスハルト様。俺の父も祖父も『精霊眼』は持っておりませんでした。けれど、『精霊眼』の持ち主自体は、この200年間およそ絶えることなく出現していると聞き及んでおります」
「つまり?」
「はい。エンダルジアの血を引く者は、恐らく俺以外にもたくさん存在しているかと」
ジークの答えにレオンハルトは思わず天を仰いでしまう。
長らくエンダルジア王国の血を受け継いでいるのは自分たちシューゼンワルド辺境伯家だけだと信じていたのに、その証たる『精霊眼』は男系継承で自分たちには受け継がれていない。しかもその男系の血筋はこの200年の間に広く拡散しているというのか。
エンダルジア王国時代、随一と謳われた美姫の美貌と狩人の技。魔の森の氾濫を生き残り、ひそかに市井に逃がされた王子とその子孫は、伴侶に困ることは無かったらしい。一族大繁栄状態で知らない親戚いっぱいだ。これにはエンダルジアもにっこりだ。
「さりとて、君の腕前と、マリエラ嬢の錬金術師としての腕前はそれだけで家を興すに値しよう」
それでもめげないウェイスハルト。確かに帝都の特級ポーションをつくれる錬金術師は、幾人もの弟子と多くの護衛に囲まれて偉そうにふんぞり返っていた。
弟子の数だけは負けていないマリエラだけれど、彼女の能力を考えれば、警備も含めて然るべき体制を整える必要があるのかもしれない。
(そうはいってもな……)
ジークは横に座っているマリエラを見る。すっかりジークにお任せモードのマリエラは、出されたお茶菓子を頬張っている。実に美味しそうな食べっぷりだが、貴族令嬢に相応しい優雅さなどは微塵もない。爵位を貰って身分を得たとして、その暮しにマリエラが馴染めるとはジークにはとても思えなかった。
レオンハルトやウェイスハルトはマリエラのことを、未だに立派な錬金術師だとどこか誤解しているのではないか。そう思ったジークはとっておきの切り札を切ることにした。こんなこともあろうかと用意してきた書類が入った封筒をすっと差し出すジーク。
ウェイスハルトは差し出された封筒を訝し気な表情で受け取ると、中を開いて驚愕の表情を浮かべた。
「なっ、これは……。まさか……。」
「はい。ウェイスハルト様。そのような次第であるのです。ですから我らに貴族としての暮らしが務まるとは思えないのです……。
……マリエラの賢さは、3なのです」
「ふぇっ!? ジーク?」
ジークの止めの一言に、静まり返るレオンハルトとウェイスハルト。そして危うく茶を吹きかけたマリエラ。
ジークが差し出した封筒に入っていた書類は、二人が迷宮都市に来たばかりの頃に、ジークと見せ合ったマリエラの鑑定紙だった。錬金術師であるというのに、賢さでジークに負けてしまったマリエラはその鑑定紙を寝室のタンスの奥にしまい込み、折を見てこっそり捨てたはずだったのだが……。
「なっ、なんで? 捨てたはず……」
「……落ちていたから拾っておいた。返す機会を逃していたんだが、思わぬところで役に立ったな!」
にっこりと笑ってみせるジークムント。落ちていたなんで絶対嘘だ。ゴミ箱に入っているのに気が付いて、拾って保管していたに違いない。
「まさか……、あれほどの知識を有する錬金術師が賢さ3……」
ウェイスハルトはマリエラの鑑定紙を何度も確認しながらつぶやいている。
一言で賢さと言ってもその能力は様々だ。記憶力、思考力は大きな要素と言えるだろうが、計算能力や空間認識力、文章力など様々な能力と、知識や経験といった蓄積したものまで平均して鑑定紙は賢さのランクを付ける。
多種多様な薬草の効能や処理方法、ポーションの作成方法を習得しているマリエラの記憶力、知識量は常人の域ではないと、ウェイスハルトは考えていた。マリエラの立ち振る舞いが正体を隠すための演技でないことは、流石に気が付いていたのだが、それでも規格外の師匠に育てられたゆえの奔放さであろうと解釈していた。マリエラの庶民的な性格ゆえに賢人然としていないだけで、その賢さは恐らくウェイスハルトと同等以上。賢さ5は下るまいと、そのように考えていたのだ。
そして、極めて優れた記憶力、知識量であるのにも関わらず、マリエラの賢さが3しかないということは……。
(まさか……、まさか、記憶力や知識量を除けば、見た目通りの賢さだというのか……!!)
絶句するウェイスハルト。記憶力と知識量に優れている分、思考力に劣るというなら、言葉の裏を、表情を読み合う貴族同士のやり取りなど、到底務まるものではない。愚かな貴族はもちろんいるが、幼少からの教育というのは侮れないものなのだ。
マリエラの鑑定紙をこっそり取っておいて、このタイミングでウェイスハルトに示し、にっこり笑ってみせるジークの黒さは貴族になってもやっていけるのだろうが、慌てたあまり茶を噴きそうになったマリエラにはとてもではないが無理だろう。
お茶が気管に入ったのか、ちょっぴり涙目になりながらむせているマリエラの背中をジークはそっとさすりながら、
「どうか、ご高配賜りますよう」
とレオンハルト、ウェイスハルトに頭を下げた。
「ウェイス、幸福の基準は人によって異なろう……」
鑑定紙を手にいつまでも固まっている弟にレオンハルトは話しかけると、マリエラとジークに二人にとって幸福な環境を整えることを約束するのだった。
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「すいませーん、ちょっと手を切っちゃって」
「それなら、低級ポーションで」
「ううぅ、お腹痛い……」
「それも低級ポーションですねー」
「ちょっと肌荒れが……」
「はい。低級ポーション塗るといいですよ」
“とりあえず低級ポーション”的に低級ポーションを勧めまくるマリエラに、
「最近、接客が雑だのう」
とゴードンがちょっかいをかける。
「えぇー? だって、全部低級ポーションで治るんだもん……」
これでも真面目に接客しているのだと抗議するマリエラ。
今日も『木漏れ日』にはたくさんのお客がやってくる。
日常生活でよくある怪我や病気には低級ポーションで十分で、低級ポーション自体は大量に増えた錬金術師が大量に生産しているから、今ではどこでも買うことができる。
上級以上はまだマリエラしか作れないけれど、独占するのはよろしくないと、作った分は商人ギルドに納めて、そこから流通して貰っている。特化型の特級ポーションも、商人ギルドのエルメラさんが窓口となって仲介してくれるから、注文した人たちも誰が作ったものなのか知らない人がほとんどだ。
だから『木漏れ日』の商品ラインナップは街のポーション屋と変わりはないし、マリエラがはじまりの錬金術師だと一般には知られてはいないのだけれど、「よそより効く気がする」と『木漏れ日』を訪れる客は絶えない。
もっとも常連客の大半は、相変わらず陽だまりでお茶をするためにやってきているのだが。
「マリエラ、今日は地竜の肉が手に入ったぞ!」
「おかえり、ジーク。ディック隊長たちとの合同討伐がうまくいったんだね!」
大きな地竜の肉の塊を担いで帰ってきたジークをマリエラが笑顔で迎える。今日は夜の明けきらぬ早朝から地竜討伐に出かけていたのだ。
「お肉たくさん手に入ったし、今日はみんなでバーベキューにしようかな」
マリエラがそう言うと、「酒買ってこい!」だの「ソーセージとかエビも食べたい!」だの「野菜とパンも買ってきとくれ!」だのとゴードンたちドワーフ3人組やメルルさんたち常連組がこぞって買出しに出かけるために立ち上がる。まだ昼時なのだけれど、地竜の肉は高級品だから今日だけは昼から飲んでもいいだろう。
「それじゃ、ゴードンさんはこれお願いね」
素早く必要な材料を計算したアンバーさんが、負担が均等になるように買出しメモを書きつけて、買出し組に渡していく。『木漏れ日』ではお馴染みとなった光景だ。
「シェリーちゃんたちも食べていくでしょ? ニーレンバーグ先生や、エルメラさんには連絡しておくから」
「えぇ! マリエラ姉様手伝うわ!」
「ぼくもー!」
「エミリーも!」
「ほら、エリオとエミリーは先に宿題かたずけろな」
マリエラのお誘いに、宿題そっちのけで手伝いを申し出るエリオとエミリーと、二人をいさめるパロワ。宿題を済ませたシェリーはすでに厨房で肉の塊を捌きにかかっている。
「マリエラさん、わたくしも参加してよろしいかしら?」
「もちろんだよ、キャル様。でもいいの?」
「えぇ、マリエラさんが開催する立食パーティーでしたら問題ありませんわ。ウェイス様は寛容な方ですから」
さりげなくのろけを差し挟みつつ、参加を表明するキャロライン。
ウェイスハルトとの仲は良好で、結婚秒読みの貴族令嬢なのだが、シューゼンワルド辺境伯家の後見があるとはいえ、庶民宅のバーベキューパーティーに参加していいのだろうか。
ウェイスハルトはキャロラインには大甘で、キャロラインが立食パーティーだと言えば、招待状もないいきなり決まったバーベキューパーティーも立食パーティーになるらしい。
「はい、そこの護衛たち。悪いけど裏庭で会場の設営頼めるかい?」
「ハイッ」
アンバーさんの仕切りで、『木漏れ日』の護衛の兵士たちが動き出す。迷宮討伐軍から派遣された兵士と、奴隷商レイモンドから雇い入れた奴隷兵だ。
迷宮の討伐に伴い、以前ほど人手が必要なくなった迷宮都市で、奴隷商レイモンドが新しく始めた奴隷解放ビジネスで、冤罪だったり比較的人品が良く強い者を中心に護衛や討伐に派遣してランクを上げさせ、自由の身にするのだそうだ。犯罪奴隷や終身奴隷は解放された後も10年間稼ぎの半分を元主に支払うから、十分儲けが出るのだそうだ。
『木漏れ日』に派遣された人は、ジークが元奴隷だと聞くと皆一様に襟を正して真面目に職務に取り組むようになるとかで、レイモンドは格安で『木漏れ日』に兵士を派遣してくれている。もっとも、ジークは彼らに口だけではなく、ニーレンバーグやハーゲイ仕込みの肉体言語でオハナシし、肉で懐柔するという飴と鞭ならぬ肉と肉の教育方針を取っているからかもしれない。流石はニークというべきか。
「マリエラさん、今日は仕事が早く終わりましたので、夫とお爺ちゃまと寄らせてもらいました」
「いつも子供たちがお世話になっています」
「よう、嬢ちゃん、兄ちゃんも。これも焼いてくんな」
エルメラ・ヴォイド夫妻にガーク爺もやってきた。ガーク爺が焼いてくれともってきてくれたのは、オークキング肉を加工したウィンナーで、ただでさえ美味しいオークキング肉が加工肉になって魅力倍増の逸品だ。
「わあぁ、コレっ、今人気のなかなか手に入らないやつ!!」
ガーク爺のお土産に目を輝かせるマリエラ。やはりマリエラにはオークキング肉がよく似合う。
「早速焼こう!」
迷宮が討伐されて迷宮都市は人の領地になったから、以前のように街の中で薬草がたくさん作れるということは無くなってしまった。
『木漏れ日』の裏庭も、薬草はまばらにしかなくて、聖樹の下にテーブルやいすが並べられている。
薬師の何人かが街中でも栽培できる薬草を作ろうと品種改良に取り組んでいるから、いつかこの裏庭が再び薬草で覆われる日も来るのかもしれないけれど、今は大人数で楽しめるパーティー会場になっている。
「おいひいね、ジーク! エドガンさんたちも、来られればよかったのに」
「あぁ、旨いな! ……そういえば、しばらくエドガンの顔を見てないな」
右手に地竜の肉、左手にオークキング肉のソーセージの両手に肉状態で、幸せいっぱい肉いっぱいのマリエラと、その様子を満足げに見守るジーク。
エドガンたち黒鉄輸送隊は今頃、帝都の空の下だろうか。エドガンの春は未だに続いているようで、しばらく顔を見ていない。
双剣に様々な属性を宿して戦うエドガンは『総属性使い』などという、大げさな二つ名が付いているのだそうだ。けれどこの二つ名は、女性に対する節操のなさから付いたもので、ジークはマリエラの教育上よくないと、エドガンと距離を置こうかと思案中だ。
目下、ジークの悩みはエドガンの素行くらいのものだから、迷宮都市も『木漏れ日』もずいぶん平和になったと言える。この場に集った全員が、このひと時を楽しんでいて、肉に酒に会話にと宴は大いに盛り上がる。
そんなマリエラたちの間を、ビョオと風が吹き抜ける。
風は炭火の炎を巻き上げて、聖樹を揺らして駆けてゆく。
「イルミナリア……?」
精霊はひどく気まぐれなものらしく、聖樹の精霊イルミナリアはここにいるはずなのに、めったに顔を見せてくれない。特に最近は錬金術師の卵たちを連れて地脈に潜りまくっていたから、「100年分、人の子と話した」とかで、すっかり引きこもりモードである。今日だって、折角大勢集まったパーティーだというのに、肉の匂いや煙を嫌ってか顔を見せてはくれなかった。
見上げた空には聖樹の梢。
雲一つない抜けるように高い青空を、飾り付けるように聖樹の枝葉が揺れている。
平凡で他愛ない、素晴らしき日々。
唐突にふわりと聖樹の葉が落ちて、マリエラの頭の上に着地する。
精霊たちの姿は今は見えないけれど、梢を抜けて降り注ぐ日の光の真ん中で、マリエラはイルミナリアやエンダルジアが、優しく微笑んでいるようなそんな気がした。
ざっくりまとめ:生き残り錬金術師は厄介ごとには巻き込まれずに、たぶん静かに暮らしていける。
思ったよりも賑やかで、楽しい日々かもしれないけれど。
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これにて「生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい」完結となります。
ここまでお付き合いくださいました皆様に、心より御礼申し上げます。
これにて一旦完結といたしますが、外伝は1カ月ほどお休みを頂いた後、GWごろから開始したいと考えています。このページに掲載予定です。
完結に際しまして、お礼と外伝予告を活動報告に掲載しましたので、詳細はそちらをご覧ください。