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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第五章 たどりつきし場所
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錬金術師の頂き

「えええええ!!?」


 炎災の賢者と名高き我らが師匠、フレイジージャが、ピンチを察して完璧なタイミングでかっこよく登場したのに、周りの期待を一身に背負って経験値の譲渡なんてカッコイイことまでしたのに、マリエラはあとほんの少しだけエリクサーに届かなかった。


「ちょ……、なんで? うっそう!?」

「嘘じゃありませんよぅ、師匠! 師匠が錬金術サボってるから! うわーん、どうしよう!?」

「えぇ~。経験値あとどん位たんないわけ?」

「えと……、たぶん、特級ポーション1本分?」


 あわあわと狼狽えまくる錬金術師の師匠とその弟子。

 思わぬ展開の連続に、レオンハルトもジークムントも、ただのギャラリーと化した迷宮討伐軍の兵士一同も、唖然として成り行きを見守っている。

 エンダルジアに至っては、どこか遠い目をしながら静かに存在を消していく始末だ。大変だ。このままではエンダルジアが本当に消え失せてしまう!


「あと1本分? 薬晶は残ってるな? じゃあ地脈の欠片か! よーし、お前ら! お前らだよ、兵士諸君! 全員っ! その場でジャンプしろー!!!」


 ものすごい剣幕で叫び出す師匠。流石は師匠の貫禄か、それとも屈強な兵士諸君がひ弱なぼくちゃんだったころ、ガラの悪い冒険者に絡まれた去りし日の記憶が蘇ったのか、その場でどこかの辺境の部族よろしくぴょいんぴょいんとジャンプを始める迷宮討伐軍。そのジャンプに合わせてチャリンチャリンと舞飛ぶ小銭。


 カオスである。何とか戦える者ばかりを連れて来たから兵士も小銭も全員元気に跳ね飛んでいるのが何とも言えない。

 こんな茶番の為にわざわざ回復させたわけではないというのに。ニーレンバーグは眼鏡をぐいと押し上げながら、どこかに地脈の欠片が残っていないものかとポケットを裏返している。愉快なジャンプをしていないのは、素材を拾ったりしないレオンハルトと、さきほど迷宮の主を倒したダメージと魔力の枯渇で意識も朦朧とマリエラのそばでへたり込んでいるジークくらいだ。

 マリエラさえも、何かないかと飛び跳ねて、何かの遊びかと思ったのかラプトルとその頭上のサラマンダーも「グギャ」「キャ」と鳴きながらジャンプしている。


 そしてこれほどの混迷を生じているにも関わらず、肝心の地脈の欠片は一欠片すら落ちてはこないのだ。この最深部に来る前に、最善を期そうとありったけかき集めてポーションにしたのだから、でてくるはずもないのだが。


 こうやって時間を浪費している間にも、エンダルジアはどんどんその存在を消していく。

 あと少し、あとほんのちょっとだったのに……。


「あー、どうしようー!!」

 本気で泣きそうになりながらマリエラが叫び、へたり込んだジークがおろおろとポケットを漁る。


 その時。


『ほんっと、ドジくせぇなぁ』

「……!? リンクス?」


 マリエラの耳に、リンクスの声が聞こえた気がした。

 まさかと、後ろを振り返るマリエラ。くるりと振り向いた反動で、かつてリンクスがマリエラに贈ったペンダントが揺れて、チェーンがぷつりと切れ飛んだ。


 コン、ココン。

 迷宮の床を、雫型の仕掛け細工のロケットが弾んで転がる。


「あぁっ、ペンダントが……!」

 慌てて駆け寄り拾い上げたマリエラの手の中で、ずっと開くことがなかった細工仕掛けのロケットが、ぱかりと開いて中から地脈の欠片が転がりだした。


 このペンダントは、迷宮都市に来たばかりのころにリンクスが贈ってくれたものだ。複雑な細工仕掛けのペンダントで、マリエラにはどうしても開けることができなかった。

 リンクスが地脈の欠片をいたずらに封じ込めたまま、中身が入っていることさえマリエラもジークも忘れてしまっていた。それでもリンクスの形見として、ずっと肌身離さず持っていたものだった。


「リンクス……」

 先ほど聞こえたリンクスの声は、幻聴だったのだろうか。

 それとも地脈に近いこの場所で、リンクスが奇跡を起こしてくれたのだろうか。

 マリエラの手にある地脈の欠片は何も答えてはくれないけれど、この地脈の欠片は今まで触れてきたどれよりも、懐かしい感じがした。


 この欠片が最後のパーツ。

 これで、辿り着ける――。


「マリエラ、そのペンダントは……」

「うん、ジーク。きっとリンクスが助けてくれたんだよ」


 思いもかけぬ展開に、ジャンプを辞めて迷宮討伐軍の兵士が、レオンハルトが、そしてリンクスがもたらしただろう奇跡にジークが目を見張る中、マリエラは迷宮の核をいったんジークに預けると、リンクスがくれた地脈の欠片に力を込めた。

 何度も何度も繰り返してきた特級ポーションの錬成工程、その総仕上げともいえる錬成だ。


 《錬成空間》


(特級ポーションを作り始めたばかりの頃は、《錬成空間》を丈夫に作り過ぎて無駄な魔力を使っていたっけ)

 マリエラは、師匠が来たばかりの頃を思い出しながら、《錬成空間》を展開する。視界の端で、なぜか師匠が「あたしは分かってたよ」的な表情をしているけれど、今の師匠は無視だ。ぷいと顔を背けて、記憶の中のちょっと美化した師匠であの頃の記憶を再生しなおす。


 地脈の欠片を《命の雫》に溶かすためには高温高圧が必要だけれど、無理やりぎゅうぎゅうに押し込めればいいというものではない。

 地脈の欠片は魔物の体内で形成される生命力の結晶ともいえるもの。だから、魔物の意識の残滓が残っていて、宿していた魔物の漠然とした生態や習性に特性が左右される。

 高い温度で溶けやすいものや、急激な圧力変化を好むもの、温度より圧力をかけて欲しいもの。そんな好みに合わせて《命の雫》に魔力を込めて、環境を整えてやれば驚くほどによく溶ける。


(これは、どんな子かな)

 この地脈の欠片は、帝都から迷宮都市にくる最中にリンクスが倒した魔物から手に入れたのだと言っていた。


(リンクスはどんな魔物と、どんな風に戦ったんだろう……)

 リンクスを懐かしく思い出しながら地脈の欠片に問いかけるように探っていくマリエラ。

 あれからどれだけの特級ポーションを錬成しただろう。数えられないほどたくさん錬成を繰り返し、少しずつではあるけれど、地脈の欠片の個性を探るのもだんだん上手になってきた。

 しかも師匠の経験まで引き継いだ今のマリエラの錬金術の熟練度は、後ほんの少しで至高に届くほど高められていた。


 ここ最近は、量を捌くのに懸命で、地脈の欠片の個性などほぼ無意識に合わせてしまっていたけれど、こうして意識してみると素材の状態が驚くほどによく分かる。もともと薬草の状態や処理の履歴位は分かっていたけれど、今地脈の欠片からは、宿主の生前の記憶すら伝わって来る。


(あ……、これ狼の魔物だ。急に地脈の欠片が、つよい力が体に宿って、抑えきれずに走っていたのね。他の仲間も似たり寄ったりで、もっと荒れ狂った仲間もいて……、それでリンクスたちに襲い掛かって、討たれたんだ)


 この地脈の欠片は黒死狼から得られたものだ。人狼にまで進化した仲間もいたが、地脈の欠片が身に宿ったのはこの個体だけだった。狼ならばまるで森を駆け抜けるように、温度と圧力を順に急激に上げてやればいいだろう。


(黒死狼って強いけど、地脈の欠片が宿るほどじゃないよね。珍しいな、一体何を食べたのかしら)


 “走りたい、駆け抜けたい、もっと早く、もっともっと”

 そんな地脈の欠片の想いを《命の雫》の温度や圧力を急激に変化させることで叶えてやりながら、マリエラはさらにその履歴に意識を添わせる。


(あ……、この黒死狼たち、隊商を襲ったんだ……。ひどい。みんな痩せてて、ろくな装備も持ってなくて……。え……、これって……)

 マリエラは手元の地脈の欠片から顔を上げ、ジークを見つめる。


 この地脈の欠片はリンクスが倒した黒死狼に宿ったもの。そしてこの黒死狼はとある商隊を襲った黒狼が進化したものだった。


 地脈の欠片から流れる記憶が、マリエラに襲撃の様子を伝える。黒狼の群れが隊商に襲い掛かり、哀れな犠牲者を食い殺している間にラプトルにまたがり逃げ出した一人の男。ラプトルを必死に駆り立てているけれど、重たい鎧を纏った男を助けて後ろに乗せているから、追い縋る黒狼に見る間に距離を詰められている。

 がぶりと男の左脚に喰らい付き、ふくらはぎの肉を喰いちぎる。

 むせ返るほどの血の匂い、口腔を満たす、精霊に愛され力に満ちた人の肉。


(この黒狼が喰らった人肉は、ジークの……)


 傴僂(せむし)の商人の息子に連れられ魔の森を訪れたジークは、黒狼に襲われてその足に深い傷を負った。精霊眼が宿るほどに精霊に愛され、高い能力を持って生まれたその血肉は、僅かな肉片を喰らった黒狼を黒死狼に進化させ、地脈の欠片を宿らせたのだろう。

 人狼(ワーウルフ)にまで進化した個体は、何人もの哀れな借金奴隷たちを食い殺した別の個体だったけれど、世界に満ちる《命の雫》をその身に多く取り込んで、地脈の欠片を生じせしめたのは、ジークの肉を喰らったこの黒死狼だけだった。


 そして、その1月ほど後に、魔の森を行く黒鉄輸送隊の手によって人狼と黒死狼は倒され、地脈の欠片はジークの近く、マリエラの手元に戻ってきたのだ。今この時に、未来へつなぐ最後の欠片となるために。

 なんて巡りあわせだろう。まるで初めから定められていたような。


(ううん、違う。運命だけじゃ、絶対にない)


 マリエラは、ポーションを作り上げながら今の自分に向き直る。

 今この場にあるために、自分は魔の森の氾濫(スタンピード)を生き残り、そして200年後に目覚めたのだと、そう思う。けれどここにいることは、まぎれもない自分の意思だ。

 仮死の魔法陣を描き上げて、師匠とジークと三人で逃げだすことだってできたのだ。

 けれど、マリエラはここに、迷宮の最深部へとやって来た。


 それに……。マリエラはジークをじっと見る。

 錬成の途中で視線を向けられたジークは、迷宮の核を両手に持ったままどうしたことかとマリエラを見返している。その姿は、迷宮の主を倒すため限界まで酷使したせいで、立ち上がることも困難なほどにボロボロだ。


「ジーク、いっつもボロボロだね」

「ん……? あぁ、すまない、だが、少し休んだらマリエラを守るくらいには回復できる」

「違うよ。ジーク、ずっと頑張ってた。すごくすごく頑張ってきたんだよ」


 ジークがどれだけ努力してきたか、マリエラは知っている。

 何度も悩んで、何度も悔やんで、それでも立ち止まらずにここまで一緒に来てくれた。

 こんなにボロボロになってまで。


「ジークが諦めないで、ずっと頑張ってきたから、だから私もここまで来ることができたんだよ」

 師匠の目覚めも導きも、定められた運命をなぞる様ではあったけれど。

 ジークの頑張りは、そしてマリエラとジークが共に歩んできたこの道程は、決して定められたものではない。


(運命だけじゃ、きっと足りなかったんだ)


 《薬効固定》


 特級ポーションの完成と共に、マリエラは自らが、己の意志による修練の果てに、錬金術の頂きに辿り着いたことを理解した。





ざっくりまとめ:リンクス―!!! 

地脈の欠片は物質化したエネルギー。リンクスに貰ったペンダントの柄はE=mc^2です。(2巻巻頭コミック。KADOKAWA様HP等でサンプル見れるかと)分かる人はニヤリとしてください。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
改定&更新中!『俺の箱』もよろしくお願いします(なろう内、別ページに飛びます)
― 新着の感想 ―
開かなかった細工が、ここぞという時で開いたんですねぇ。
[一言] いまさら・・・ですけど『E=mc^2』じゃないです。『E=MC^2』です。 具体的には、『エネルギー=物質×光速度×光速度』です。 mcじゃ、『メートル×1/100』になっちゃいます。 有…
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