EP.L61 最低最悪の魔法少女
ここはエイプリルフールネタ「空気少女エアルギア ―魔法少女絶対消滅デスゲーム―」の跡地です!
以下、あらすじ。
いてもいなくても誰も気にしない人間〝空気少女〟を自認する〝阿戸 空〟は、嵐の夜に空を駆ける少女と出逢う。
「他人に優しくありたい」という願望を持つ〝魔法少女エクレア〟と接し、自らの渇望と向き合った空は、〝魔法少女エアルギア〟として覚醒する。
「誰でもない自分」から脱却出来たことを喜ぶ空だったが、それは〝魔法少女〟として過酷な運命を背負うことと同義であった。
素直になれない少女、エクレアこと〝絵陸 玲愛〟や、普段は引っ込み思案なのに、魔法少女になると性格が変貌する少女〝可不ヱ クルミ〟などと時にぶつかり合い、時に助け合ううち、後ろ向きだった空の心境にも変化が現れる。
騒がしくも心温まる毎日に、生まれて初めての幸せを噛み締める空。
だが、運命は少女に安息を許さなかった。
〝予言者カレイドスコープ〟によって予言された未来。
「魔法少女エアルギアが人類を絶滅させる」
その衝撃的な託宣により、空は〝世界の敵〟と認定されてしまう。
それでも仲間たちと共に戦い抜く決意を固めた空の下に、空を危険視した秘密結社〝ステイショナリ〟の刺客、〝魔法少女クーゲルシュライバー〟が襲来する。
圧倒的格上の魔法少女に翻弄され、ついに致命的な隙を晒す空。
しかし、クーゲルシュライバーの一撃が貫いたのは空ではなく、彼女を庇ったクルミだった。
「……クルミ、ちゃん?」
わたしを庇ったクルミちゃんの胸から、真っ赤なしぶきが上がる。
まるで花火みたいに血を噴き出したクルミちゃんの身体がふらりと揺れて、そのまま地面に崩れ落ちていくのを、わたしは見ていた。
なにも、出来ず。
ただ呆然と、見守っていた。
「ぁ、え……?」
現実感が、ない。
これが夢なのか現実なのか、ウソなのかホントウなのか、何も分からない。
分からないままに、わたしはふらふらとクルミちゃんに近づく。
「……なんてかお、してやがる」
血の気の失せた顔。
でも、クルミちゃんは青白くなった顔に精一杯の笑みを浮かべて、悪態をついた。
「だ、だって……」
それがあまりにもクルミちゃんらしくて、わたしは泣きたくなる。
「いいか、エア。おまえは、いてもいなくてもいい存在、なんかじゃ、ない」
胸元を大きく切り裂かれたクルミちゃんは、それでも気丈だった。
そうして、わたしを安心させるように、不敵に笑って、
「本当のお前は、世界で、一番……あぁ、クソ!」
そこでクルミちゃんの手が、何かを掴もうとするように宙を泳ぐ。
けれど、その手が空気以外を捉えることはなく、
「これ、で、こんなん、で、オレは……」
クルミちゃんの瞳が、気弱に揺れる。
最期の最期。
クルミちゃんは確かに、わたしの方を見て、わたしに何かを伝えようと口を開いて……。
「オ・レを、わすれ――」
「バシュッ」という気の抜けたような音がして、わたしの視界に赤が飛び散る。
「…………え?」
気が付けば、倒れ伏すクルミちゃんの胸には漆黒の杭。
蝶を縫い留める針のように深々と突き立てられたそれは、心臓を正確に貫いていた。
「ぁ、ぁ……」
考えるまでもない、致命傷。
思い出したかのようにクルミちゃんの手から最後の力が抜けて、ぼとりと地面に落ちる。
「ぁ、あ、あああぁぁっぁぁ!」
口から、意味のない叫びが漏れる。
……クルミちゃんの最期の想いは、最期の言葉は、もはや永遠に紡がれることはない。
消えてしまった。
消されてしまった!
全部、全部全部全部……。
「――あらぁ。やーっと黙ったみたいね。オレオレうるさくて嫌いだったのよねぇ、その雑魚」
余裕の笑みを浮かべながら舞い降りる、この漆黒の魔法少女のせいで!
怒りが、視界を塗り潰す。
真っ赤になった視野の中で、ただ怨敵の存在だけがリアルだった。
「――クーゲルシュライバァァァァ!!」
怒りが、憎しみが、そのまま音となって喉から迸る。
その叫びを、慟哭を受けてなお、
「何よ? 雑魚に雑魚って言って、何が悪いのかしらぁ?」
漆黒の魔法少女〝クーゲルシュライバー〟は、艶やかに笑う。
「……ゆる、さない」
それでも、わたしの口から出たのは恨みの言葉。
ただ邪悪を断罪せんとする、強い意志。
「ふぅん? で? 許さないからどうするって? あなたはまだ、わたしの権能すら把握出来て……」
「ボールペン」
耳障りな言葉を遮って、わたしは彼女に、魔法少女クーゲルシュライバーに致命の言葉を叩きつける。
「あなたの魔法少女としての権能は、ボールペンでしょ」
「な、なにを根拠に……!」
その動揺が、正解の証。
だけど、そんな裏付けも必要ない。
「やっと、分かったよ。ううん、クルミちゃんのおかげで、気付くことが出来た。あなたの右手の武器は、一見パイルバンカーのように見える。でも……」
一瞬だけ、わたしはクルミがいた場所に目を向けて、すぐに視線を戻す。
「防御が自慢のはずのクルミちゃんがやられたことで、確信が持てた。その武器は、ボールペン。その攻撃の本命は衝撃ではなく、ノックと同時に体内に打ち込まれる黒いインクによる〝概念相殺〟。……違う?」
「くっ! 極東の猿風情が、調子に乗って……!!」
クーゲルシュライバーは一瞬だけその表情を醜悪に歪めたが、わたしが持つ武器を見て、すぐに余裕を取り戻した。
「ふ、ふん! それが分かったからって、どうするつもりなのかしらぁ? またその貧弱な権能でそよ風でも起こしてみる? ふふふふっ!」
確かに、いくら魔法のタネを見破っても、それを破るだけの〝力〟がなければ意味がない。
でも……。
(……今なら、分かる)
目の前のクーゲルシュライバーを無視して、わたしは自分の中の「魔法」に語りかける。
わたしの力はずっと、小さな風を起こすだけ。
そう、思っていた。
でも、違ったんだ。
「……風よ」
小さく、呟く。
いつもと同じ詠唱文。
いつもと同じ大嫌いな自分の声。
だけど声が呼ぶのは、つむじ風じゃない。
(――キミは、ずっと傍にいてくれていたんだね)
脳裏に描くのは、絶対的な力。
廃都と化したシブヤでわたしたちを救った、姿なき巨人。
でも、姿が見えなかったのは当然だった。
だって……。
「……風の、巨人!?」
あの巨人は、風。
空気の集合体が、目に映るはずなんて、なかったのだから!
「――エアリアル!」
渦巻く風に、凶悪な風の唸りに、クーゲルシュライバーは目を見開く。
「バ、バカな! こんな力、魔法少女の限界を超えている!」
自信に満ち溢れ、どんな時も笑みと共に戦場にあったクーゲルシュライバーが、動揺して叫んでいる。
そのことに暗い喜びを覚えながらも、わたしは止まらない。
「やって」
ただ、一言。
正しくわたしの意志を受けた風の巨人は、その巨大な右手を振り下ろし、
――べしゃり。
決着は、あまりにもあっけなく。
胸の悪くなるような音を遺し、漆黒の少女は地面の真っ赤な染みへと変わった。
「……あぁ」
また人を、魔法少女を殺めてしまったけれど、後悔は、ない。
それよりも、復讐を果たしたという暗い達成感だけが、今の身の内を支配していた。
「終わったよ。クルミちゃ……」
暗い熱が導くまま、終わりの言葉を口にしようとして、言いかけた言葉を舌の上で止める。
――あ、れ?
途轍もない違和感。
わたしはなんとはなしに自らの手を見下ろして、呟いた。
「――クルミちゃんって、誰だっけ?」
―×―×―×―×―×―×―
恐れを知らない戦士にも、日夜戦い続ける魔法少女にだって、もちろん休息は必要。
ということで、わたしはクラスメイトであり、唯一の魔法少女仲間でもあるエクレアちゃんと一緒に、知る人ぞ知る名店、喫茶バッグ・クロージャーで勉強会をしていたんだけど、いつものコーヒーを口に含んだわたしは、
「――にっがーい!!」
そのあまりの苦さに思わず叫んでしまっていた。
「ぷっ。なんだよその顔、おもしれー! 猫ミームの猫みたいな顔になってるぜ!」
「ちょっ!」
エクレアちゃんのあまりに失礼な言い種に、わたしは思わず立ち上がって抗議する。
「猫ミームの猫にも、かわいい子はいっぱいいるんだよ!」
「……いや、怒るとこそこかよ」
エクレアちゃんはどうしてか呆れた顔をしているけれど、わたしはそれよりもやっぱりコーヒーのことが気になってしまった。
今日に限って異様に苦く感じるそのコーヒーを、わたしはじっと見つめる。
「うーん。どうして今日に限って、こんなに苦いんだろう」
じっと見つめると、なんだかいつもよりもコーヒーが黒く感じる。
もしかして、銘柄を変えた?
でも、それなら店長が教えてくれるはずだし……。
(それにしても……)
昨日の戦いのことはよく覚えていないけれど、わたしは魔法少女としてまた一歩強くなったはず。
なのにどうして、こんな飲み物ごときにやられなくてはいけないのか。
わたしがこの世の不条理を嘆いていると、
「……あ? なんだこりゃ」
見ると、さっきまで楽しそうに笑っていたエクレアちゃんが素っ頓狂な声をあげて、筆箱から何か半透明の筒を取り出していた。
「ん、んー? なんでこんなゴミが筆箱に入ってるんだ?」
エクレアちゃんがつかんだその筒は、シャープペンに形状は似ているけれど、筒の部分が透明で、中にはさらに細長い筒と黒い液体が入っている。
シャープペンに似せたものなのかもしれないけれど、こんなもので文字が書けるはずがない。
「エクレアちゃ……じゃなかった、玲愛ちゃんはモテるからさ。きっと、男子がイタズラで入れたとかじゃないかな」
「いやいや。モテるったって女子連中がキャーキャー言ってからかってくるだけだし、仮に男子にモテるとしても、こんなおかしなイタズラされちゃ割に合わないぞ」
実感のこもった玲愛ちゃんの言葉に、わたしは「そうかも」と力ない笑みを漏らした。
確かに、いくらモテていたって、そのせいでいつのまにか筆箱に黒くて不気味な細長い異物が紛れ込んでる、なんてことはちょっと勘弁してほしい。
確かに同情はするけれど、今のわたしは漆黒の好敵手の相手で手いっぱい。
手助けしてあげることは出来ないのだ。
(うーん。何かいい飲み方ないかなぁ)
砂糖をたくさん詰め込めばいいのかもしれないけれど、それはちょっとオシャレじゃない。
(何かこう、ちょうどいいものは……そうだ!)
その時わたしに、まるで天啓のような閃きが走った。
(――ミルクだ! コーヒーには、ミルクを入れればいいんだ!!)
苦いコーヒーに、甘いミルク!
なんで今まで試す人がいなかったのかってくらい、グレートな組み合わせなんじゃないだろうか!
「ふんふふんふふーん♪」
自らの天才的な発明に酔いしれ、わたしが嬉々としてコーヒーにミルクを大量投下していると、店長さんとエクレアちゃんが、わたしをドン引きした目で見ていた。
「コーヒーにミルクって……。流石にその組み合わせはなくなくなくない?」
「おいおい、空! お前やばいな! ゲテモノ女王じゃん!」
この天才的発想に対して、なんと失礼な!
(もしおいしくても、二人には絶対に分けてあげないんだから!)
失礼な二人を意識から追い出して、わたしはわくわくとした気持ちを抱えながら、ミルク入りコーヒーを口に運んだ。
「……うん、いい香り」
ミルクを入れて心なしか円やかになったコーヒーの香りを味わいながら、わたしはミルク入りコーヒーを一口含んで……。
――か、か、か、かふえ、クルミ、です!
――空ちゃんと、な、なかよくなれたらいいな、って。
――オレも、魔法少女だ。
――テメエらとなれ合う気はない!
――その仲良しごっこをやめろ! 神経が苛立つ!
――〝オレ〟だ。魔法少女〝カフェ・オ・レ〟。今度からは、そう呼べ。
――空ちゃんは、友達だよ。わたしの初めての、友達。
――ごめん、ね。空ちゃん。
――そうだ。オレはクルミだ。テメエは親友と殺し合ってたんだよ。
――クルミとオレは表裏一体。二人で一つなんだ。
――テメエの覚悟はそんなもんかよ、エア!
――しょうがねえから、その時はオレが守ってやるよ。
――エア! あぶない!!
――オ・レを、わすれ――
存在しない記憶が、わたしの頭を駆け巡る。
誰かに名前を呼ばれた気がして、わたしは……。
「そ、そら?」
びっくりしたような玲愛ちゃんの声に、我に返る。
急にぼーっとし始めて驚かせてしまったかと思ったんだけど、どうも様子がおかしい。
彼女はわたしの顔を指さすと、こう言ったのだ。
「お、お前、どうして泣いてるんだ?」
「えっ?」
あわててほおに手を当てると、ひんやりとした感触。
「泣い、てるの? わたし……」
涙を流す理由なんて、ないはずだった。
なのに、なぜかぽっかりと胸に穴が空いたような、大切な何かをなくしてしまったような喪失感が、わたしを襲っていた。
「わたし、は……」
「い、いいから! ほら、横になってろって」
店の椅子に無理やり横たわらせられたわたしは、ぼんやりと天井の明かりを眺めていた。
(……わたし、疲れてた、のかな?)
わたしを追い詰めたあの〝予言〟だけじゃない。
きっとわたしは、〝魔法少女〟をやるという重圧そのものに、知らぬ間に押し潰されそうになっていたんだと思う。
魔法少女はみんな、何かの〝概念〟を背負って戦っている。
その魔法少女が勝つほどその〝概念〟は強固になり、人々に、世界に強く認知されていく。
例をあげれば、今や全国どころか全世界で一番有名なお菓子と言われているずんだ餅。
これが市民権を得たのは、〝ずんだ〟の魔法少女や精霊が活躍したおかげで、それ以前は日本の一地方の名産品に過ぎなかった、などと言われているのだから、本当に驚きだ。
ずんだが全国区になっているのが当たり前なわたしからすると信じがたいところだけれど、魔法少女の影響力というのは、わたしも実感している。
かつては自他共に認める「いてもいなくても分からない」存在だったわたしが、徐々にクラスメイトに認知され始めたのだ。
ちょっと信じられない話だけれど、とにかく魔法少女の力の恩恵はとても大きい。
でも、その代わりに……。
――魔法少女が死ぬと、魔法少女本人と、その名が背負った概念は、その名前も性質も使い方も含めた全てが「人々の記憶から完全に消滅」し、戻ることはないとされている。
……考えたくもないことだけれど、例えば玲愛ちゃんが、いや、〝魔法少女エクレア〟がやられてしまえば、洋菓子店に残ったエクレアは「食べ物である」ということさえ忘れ去られ、「いつのまにか紛れ込んだ黒くて不気味な細長い異物」として廃棄処分されるだろうし、以後この世界から〝エクレア〟というお菓子は姿を消すだろう。
それだけ魔法少女の戦いは過酷で、その背負うものは大きいのだ。
そういうのを抜きにしても、魔法少女の戦いは命懸け。
今日、急に泣いてしまったのも、そういった重圧にプレッシャーを感じてしまっていたからに違いない。
……それでも、いつまでも立ち止まってばかりはいられない。
「なぁ、ほんとに大丈夫か? 具合悪いなら素直に休んでおけよ」
「あはは。心配ないって!」
玲愛ちゃんにそう返して、わたしはもう一度コーヒーのカップを手に取った。
「あー、それミルクとコーヒー混ぜたもんだっけ? そんなやばそうなもん、ほんとに最後まで飲めんのか?」
「だ、だいじょうぶ! 自分で作ったんだもん、飲めるよ!」
そう言って、カップを口に近付ける
実際、最初の一口は懐かしいって印象が強くて、まるでいつも飲みなれているかのように、自然と飲むことが出来ていた。
でもそれは、一口目まで。
二口、三口と飲み進めるうちに、この不気味な飲み物に対する忌避感が強くなってきて、四口目でわたしはついにミルク混じりのコーヒーを吐き出してしまった。
「ああもう、言わんこっちゃねえ! いいからそれ、さっさと捨ててこい!」
「う、うん!」
玲愛ちゃんの言葉に半泣きになりながら、わたしは何度もうなずいた。
(もう! どうしてわたしはこんなものを「おいしそう」だなんて思ったんだろ)
そうしてわたしは、この世に存在を許されないようなその冒涜的な飲み物を、未練なく捨て去ったのだった。
―×―×―×―×―×―×―
人は知らないうちに何かを失って、それでも日々は進んでいく。
魔法少女には、安息の時など訪れない。
わたしたちの前に、新たな敵と思われる相手が立ち塞がっていた。
けれど……。
「……あ、あいつは本当に、魔法少女、なの?」
ひらひらの衣装に、ところどころに見える愛らしい装飾。
服装については魔法少女の特徴を備えてはいるけれど、わたしは目の前の〝それ〟が魔法少女だと信じることが出来なかった。
だって、そいつは……。
――そいつは、魔法少女と呼ぶにはあまりにもエロすぎた。
下品に盛り上がってダイヤモンド型に肌色が露出した胸元に、ミニを超えて超ミニになってしまったスカートから伸びるパツパツの生足。
その様は、どう見ても〝少女〟ではない。
おそらくは、いや、間違いなく二十歳を超えていた。
「……逃げるぞ」
いつだって勇猛果敢だったエクレアちゃんがささやいた言葉に、わたしは耳を疑った。
「あ、あいつはそんなに強いの!?」
私の言葉に、エクレアちゃんは首を振る。
「強いとか強くないとか、そういう次元の相手じゃない。あいつは、禁忌そのものだ」
「禁忌って……」
わたしの疑問に答えるように、エクレアちゃんは口を開いた。
「彼女に気付いてはならない。彼女を知ってはならない。彼女に触れてはならない。そして何より……決して彼女を、倒してはならない」
あまりにも不吉な警句。
それを聞いて動けなくなってしまったわたしたちに、〝彼女〟はにんまりと笑いながら近付いてくる。
「心外だわぁ。私、そんなに怖い存在じゃあないのに」
「あ、あなたはなんなの?」
明らかに異質な存在感に、わたしは思わずそう問いかけていた。
わたしの言葉に〝彼女〟は一瞬だけきょとんとすると、すぐに楽しげに口角をあげた。
「カンザスシティに本拠を置く魔術結社〝トト〟の秘密兵器。〝ラウンズ〟においては人類の叡智を表す〝四番〟の……なぁんて言っても、分からないわよね」
彼女は嗤う。
心底楽しそうに、嗤う。
嗤って、嗤って……そして、親切めかした態度で、こう提案した。
「だから、貴方たちには特別に私の魔法の根源を……。私の〝真名〟を教えてあげましょうか」
「えっ?」
魔法少女の〝真名〟は、魔法少女の最大の機密だ。
知られるだけで扱う魔法の性質が予測出来てしまうし、倒した時に世界からそれが〝失われる〟ことも分かるため、消滅後に備えることも出来る。
そんなもの、おいそれと人に話していいはずがないのに、彼女は楽しそうに口を開いた。
「いいかしら? 私の名前は――」
「馬鹿! 聞くな!」
エクレアちゃんの叫びは、ほんの少し遅かった。
それよりも早く、〝彼女〟は真っ白な陶器のような肌にどす黒い笑みを浮かべ、呪いにも似た名乗りをあげたのだ。
「――〝魔法少女マダム・トイレット〟。以後、お見知り置きを」
〝絶望〟が、舞い降りる
お待たせしましたが、二巻発売に合わせて更新再開します!!