31.王都騒乱①
マンドラゴラの根が安定するまで数日、私はまず、頂いた遠心分離機でクレーム・シャンティを作るために、新鮮な牛乳を求めて市にやって来た。マーカスとケイトと共に。
早朝の軽やかな朝の日差し、どこかの梢から聞こえる小鳥のさえずり声。爽やかな、いつもの朝の始まりだった……そのはずだった。
その爽やかな朝の空気を、一人の衛兵の怒鳴り声が一変させる。
「南からはぐれ魔獣がやってくるぞ!街の人間は貴族街に入ってもかまわん!北側へ避難を急げ!」
「戦える兵士、騎士、冒険者は応戦準備だ!急げ!」
街の衛兵の声に、早朝の街が騒然となる。
着の身着のままで家族で逃げ出す者、家財をまとめるのに苦心するものなど様々だ。
「私達も急いで屋敷の方へ戻りませんと」
ケイトが慌てて私とマーカスを促した。
私たちは走って自分の屋敷へ戻った。
◆
私は屋敷へ戻ると、お父様のクローゼットから大きめのサイドバッグを失敬して、実験室へ走った。作り置きやマーカスが練習で作ったポーションなどを、ありったけバッグの中に放り込む。
「マーカス!魔獣が来るわ!ポーションとハイポーション、あと、マナポーションね。作り方を覚えているわよね?ここであなたは新しいポーションを作ってちょうだい!」
マーカスがこの屋敷に来て約一年。基本のポーション類の作り方はマーカスに教えてあった。
「了解!お嬢はどうするんだ」
マーカスは直ぐにテキパキと機材や必要なビーカーを揃え出す。
「私は前線の人に、わたしのポーションを配ってくるわ!マーカスは、ある程度数を作れたら南門に持ってきて!」
「前線ってお前、危な……!」
マーカスの制止の言葉を振り切って私は街の南に走っていった。
王都の南門は、屈強な大人たちが大勢集まり、緊迫した雰囲気だった。
私は、背後から急に肩を掴まれ引っ張られる。
「おい!子供がこんなところにいちゃダメだろう!」
それは、美しい長い黒髪で革鎧に身を包んだ女性剣士だった。黒曜石のような瞳が私を咎めて強く射る。
「私は子供だけれどれっきとした錬金術師です!後方支援をしたくてきました!」
そう言って、サイドバッグを大きく開き、中に入ったたくさんのポーション類を見せ、決意を宿した瞳で彼女の視線を受け止める。
「レティア、子供をそんなに虐めるなよ」
茶色い癖毛の、やはり冒険者らしい身なりの男性が、私を叱る女性を『レティア』と呼んで引き止めた。
「マルク……私は虐めてなんかいない!当然のことを言ったまでだ!」
だが、こんな場所に子供の姿を見てカッとなった感情は収まったのだろう。
「……絶対に門の外に出るな。ヤバくなったら一番に逃げろ。いいな」
そう言って、彼女は人混みの中に埋もれて行った。おそらくは、門の前の最前線で待つために。
そして、マルクと呼ばれた男も「無理すんなよ」と私の頭をクシャりと撫でて、彼女を追って行ってしまった。
「開門するぞ!総員、直ぐに陣形を整えろ!」
その声に、ざわついていた門前を、緊迫した静けさがその場を支配した。
ギギィ、と木の軋む音と共に両開きの南門が開いていく。
剣士や重騎士、武道家といった接近職は門の外、もしくは門の警護に。そして、魔導師や回復師たちは櫓へと上っていく。
そして、人々の隙間から覗き見た門の向こうの草原には、大きな土煙がこちらへ向かって真っ直ぐやってくるのが見えた……大きい。
そして、人影を見てその獣は足を止めた。その隙に前衛職の人間が獣を囲む。
その獣の血走った目は、怒りに燃えている。そしてその巨躯は、人のそれを容易く凌駕する。怒りに逆立った体毛は鋭く、人の皮膚など容易く傷つける。
額に生えた巨大な角と口の両脇に生える二本の牙は、人の身体など一瞬で蹂躙するだろう。
……ベヒーモス、それがその獣に与えられた名前だった。
戦士達に囲まれた彼は、二本足で立ち上がってその巨躯を誇らしげに晒して、嘶いた。
◆
まずは、魔導師たちによる足止めだ。
「「「氷の嵐!」」」
足元を狙った氷結攻撃による足止めを試みる魔導師たち。
ピキっとベヒーモスの前足を氷が覆う。
「「「やったか!」」」
……しかし、その氷は足払いにより虚しくパラパラと剥がれ落ちていく。
「天の怒槌!」
ベヒーモスの頭上から一筋の稲光が走り、麻痺・スタンの状態異常を狙う。
頭上に怒槌を落とされ、じっと固まるベヒーモス。
「今だ!」
後ろ足を狙った剣士が二名、両足元へ走り込む。
が。
ドガッ
という鈍い音と共に、彼らは腹を、肩を蹴られ、地面を抉りながら南門にぶつかり意識を失った。
おそらく腹をやられた男は口から血を流しており内臓がやられているのだろう。肩をやられたものは骨が砕けているのか、腕がだらりとおかしな方向を向いている。
「誰か!早く奴らを回復しろ!」
だが、その指示が出る頃には、戦場が混戦状態となり、前線組は切り込みに行き返り討ちにあい、回復師はその戦士を回復するのに追われていた。
「私、ポーションあります!」
叫んで、崩れた門にもたれ掛かる腹をやられた剣士にポーションを飲ませる。
そして、次に肩をやられた剣士の肩にポーションをかける。
私のポーションは、採取した種から育てた材料で作っているため、既に効果は二倍だ(買取価格は一般品の五倍に見直されている)。
「……っあ、助かったって、子供!?」
意識を取り戻した剣士が血の流れた口元を拭う。
「腹部の痛みは?」
私は彼に確認する。
「……ない。ありがとう、恩にきる」
そう言って立ち上がると、再び前線に走っていった。
肩をやられた剣士も、治った肩を回して不思議そうにしながらも、私に頭を下げて前線へと戻っていった。
櫓の上で声が聞こえた。
「もうマナポーションがないわ!だれか!」
私は、「これを使って!」と、叫ぶ回復師の女性の足元から、マナポーションを投げて渡す。
「……なにこれ、全快しちゃったわ……」
わたしのポーションを飲んで、その女性が驚いて呟く。
「みんな、あの子のポーションは優れているわ!ポーション切れの人は彼女に声掛けて!」
そう言って、私を指さす。ざっとみなが私を見た。その中には櫓の上に陣取るお父様もいた。
「こいつ、角で利き腕を千切られてる。治るか?」
一人の男性に連れられ、ぐったりと横たわる腕のちぎれた男性の元へ連れていかれる。
私は、「やってみる」と一言答えてから、サイドバッグからハイポーションを取り出す。
そして、横たわる彼の体の右側のあるべき場所に、ちぎれた腕を置く。
バシャッとその腕、ちぎれた元と、千切れた側の患部にポーションをかける。すると、両方の断面から、骨、肉や筋肉が盛り上がってやがて結合し、神経や血管といった細かな組織も繋がっていく。そして、新しい皮膚に覆われ、見た目は完全に回復した。
「……すげえ。お前、痛みとか、違和感は?」
私を連れてきた男が、横たわる男に尋ねる。聞かれて男は、治ったばかりの利き腕を動かしてみる。
「……なんもねえ。古傷まで治って前より調子がいいぐらいだ……」
様々な動作をしたあと、再び彼は剣を強く握る。
「お嬢ちゃん感謝する。礼は、やつの命だ!」
そう言って、戦場へ向かって走っていった。
その後も、私は基本門の中でポーションがなくなってしまった人や、重傷者の対応に当たった。
……戦いはまだ続いていた。
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