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327日目 特殊業務(害獣駆除)

327日目


 非常に眠い。とはいえ、宿屋に甘えは許されない。お客様のためなら死んでも働くのが宿屋なのだ。


 寝ぼけて抱き付いていたちゃっぴぃを起こさないように引き離し、まずは身支度を整える。学校生活を送っている間に腑抜けたのか、どうにも体の芯の疲れが残っている気がする。今日の風呂はちょっと贅沢な入浴剤を使おうと決めた。


 で、いつも通りにマデラさんのところに一日の予定を聞いたところ、『トリノの宿屋で昼飯を食べて来い』との指示が下りた。どういうこっちゃと思ったら、『私らのシマで悪さをしているネズミがいるみたいでね。昨日の買い出しの時に顔を出したら相談されたんだ。今日の仕事はネズミ駆除だ。頭の足りないネズミだ、体に覚えさせてこい』と告げられる。


 この手の仕事は久しぶり。すでにショバだ……じゃない、【お駄賃】はもらっているらしい。まあ、後ろめたいことなんてマジでなくて、マデラさんがみんなにおせっかいを焼いているうちにいつの間にかこんな役目を負うようになったってだけなんだけど。


 そんなわけで、今日の朝の仕事は料理の下ごしらえだけ。ナターシャの毒杯はリンゴジュースにし、香りも味も薄い複数種の毒を適当に組み合わせて盛っておいた。一つ一つは弱い毒だけど、きっとそれなりに強力になる……はずである。


 なお、実際にラッパ飲みしたあいつは『なんかのど越しが悪い』って不満たらたらだった。のど越しの良い毒があってたまるものかと思う。


 そうそう、ちょっと書き忘れたけど、例のパーティにお菓子を提供するようにマデラさんに頼んでおいた。『何か適当に作るとするかねぇ……ああ、お駄賃じゃあないが、アンタのぶんも作るから安心しな』って言われた。ちょう楽しみ。


 午前中の早い時間はナターシャの枕カバーを洗濯し、軽く宿や周辺を掃除する。で、昼にはだいぶ早いかな……くらいの時間にトリノの宿屋に行った。


 実に一年ぶり近いけど、相変わらず繁盛しているらしい。宿の中をちょっと見ればすぐにわかる。調度品もいい感じだし、掃除も行き届いていて、なんというか清潔感があった。


 が、店の綺麗さとは打って変わって人の気配がまるでない。トリノの宿みたいに昼飯に力を入れているところなら、この時間でもかなりの賑わいを見せているはずなのに。深夜に訪れたんじゃないかって錯覚するレベル。


 ちょうど店番をしていたトリノは俺が近づいた瞬間にそれに気づく。『久しぶりだね……学校はどうだった?』と、やっぱりみんなと同じことを聞いてきた。


 が、そんな時間があるわけでもないので、さっさと状況を聞くことにした。なんでも、ここ一週間の間にタチの悪い客が数度にわたって訪れたらしく、『こんなクソマズい料理で金をとるのか!?』、『宿屋のくせにサービス悪いなぁ!?』等と抜かしだしたのだそうだ。


 それだけならただのクレーマーだけど、ついには自分で自分の皿をひっくり返し、給仕の姉ちゃんに『てめえがぶつかったせいで落としちまっただろうが! どう落とし前付けるんだコラァ!?』などと恫喝。土下座と慰謝料を強要したそうだ。


 『うちには男手はないし、見るからに冒険者姿の荒くれ者だったからね……。暴れられるとどうしようもないから、お金を包んで帰ってもらったのさ』ってトリノはため息をつきながら教えてくれた。なお、理不尽に怒鳴られた給仕の姉ちゃんは泣きながら家に引きこもって職場に来れない状態なんだとか。


 しかも、話はそれだけじゃ終わらない。翌日も同じ荒くれ者が来て、今度はスープの中に虫が入っていた、などといちゃもんを付け始めたらしい。


 まあ、つまりはそういうことだろう。一度金を払ったせいでカモ認定されたってわけだ。トリノとしてもふざけるなと叫びたかったらしいけど、実物を出された上にその瞬間を確認したわけでもないから、相手の要求を呑むしかなかったのだとか。


 で、そんな感じのがここしばらく連日で起こっているとのこと。当然、巻き込まれるのを嫌ってお客はぱったりと来なくなったそうな。


 『まさかこの町でそんなことをする奴がいるとは思わなくてね……。耄碌したもんだよ……』ってトリノはうなだれていたけど、俺だってそんなバカがいるとは思わなかった。よりにもよって、このマデラさんのシマで問題を起こしたのだ。ただで済むはずがないのに。


 そんな感じで話を聞いていたら、なんかやたらと下品な笑い声が聞こえてきた。『今日こそちゃんとしたものを喰わせてくれんだろうなぁ?』とバカっぽいツラのクソどもがずかずかとやってくる。しかも靴の泥を落としてすらいない。マジでブチ切れそうになった。


 合計十人くらいだろうか。そろいもそろってクズだった。あんなの見ただけで分かる。何年俺が宿屋で働いたと思っているのだ。人を見る目にはそれなりの自信がある。


 そして、人の顔を覚えるのだって苦手じゃあない。こないだウチの宿屋で異物混入を騙ったクズをその中に見つけた。


 思いっきりガンをつけたら、リーダーっぽい男が『俺たちは普通に飯を食いに来た善良な一般人だぜ? 怖い顔されると飯がまずくなるんだよなぁ?』っていきなり殴りかかってきた。とりあえず殴られておく。


 『店員の躾もなってないのかここはァ!? 詫びの印として酒をあるだけ持ってこいや!』とそいつが騒ぎ出す。トリノが一番安い酒瓶を持ってきた。『大事には……』ってつぶやかれたその言葉を、そいつらは間違った方向で受け取ったらしい。


 『だったら誠意をもっと見せろや!』の『見せ』あたりで、酒瓶でリーダーの頭をぶん殴った。まさか立ち上がるとは思ってもいなかったのか、実にきれいに不意打ちすることができた。


 で、逃げようとしたこないだのクズどもの目の前で土魔法で入口をふさぎ、さらなる追撃として酒瓶を連中の頭部に叩き込む。パリンって瓶の砕ける音が実に心地よかったことを記しておく。久しぶりだけど実によく手になじんだ。


 やはり酒瓶を叩き付けるのは安酒よりも程よく高い冷えた酒のほうがやりやすい。瓶の造りが安物とは大違い。ちょっともったいないけどしょうがない。


 『正当防衛ですよね?』とトリノに一応聞いておく。『あまり汚さないでくれよ』って言われた。後片付けもサービスのうちだと答えたら、『それならいいよ』って微笑まれた。未亡人とはいえ熟女は俺の好みじゃない。


 で、逆上して襲い掛かってきた荒くれ者どもを追加の酒瓶でぶん殴っていく。砕けた欠片はこっそり吸収魔法で覚えた流魔法で有効活用した。流れる破片が連中の手足を切り裂き血がダラダラ。追撃として厨房にあったナイフとフォークを連射魔法で打ち出し、ついでに呪も付加しておく。


 どうせこいつらはクズだ。言ってわからないなら体に覚えさせるしかない。


 漬物石がなかったのだけは残念。成長した俺の元祖漬物石ストライクをトリノに見てもらいたかったのに。


 『なんで宿屋の店員が……ッ!?』って荒くれ者は驚いていたけど、宿屋の店員がこの程度のことを出来なくてどうするというのか。むしろ、冒険者と言う人種が集まるからこそこういう技能が必要だというのに。


 しかしまあ、本当に口だけの連中でものすごく弱かった。魔法も大してつかっていない。酒瓶で殴って、ヤクザキックして、椅子で打ちつけたくらいか? ギルなら完全に素手で仕留められただろうけど、あいにく俺だとそれじゃあ時間がかかりすぎてしまう。


 非常に面白いことに、『こんなことして、自警団が黙っているはずねえだろうが……!』って倒れ伏した荒くれの一人がにらみつけてきた。暗黒魔法のギロチン(中身スカスカの脅す専用)を首に突き付け、『おまえら、なんでこの町を狙ったんだ?』と問い詰めたところ、『……事実上自警団が存在しない街だからだ』と答えてくれた。こいつら本当にバカだ。


 この町に自警団がないのは、実力のある冒険者が比較的集まりやすく、犯罪が起きた場合に普通の自警団じゃ対処できないってのと、そもそもマデラさんがにらみを利かせているから、自警団そのものが必要ないからである。


 マデラさんは、その圧倒的カリスマをもって、知らず知らずのうちにこの町に君臨した。頼りにならない自警団(そもそも自警団であってるのか?)代わりにこの町を守っているのだ。


 もちろん、相談事にだっていくらでも乗るし、何かトラブルがあったら親身になって解決のための努力をしてくれる。今回はたまたま、相手がこいつらだから、こいつらにとって一番ふさわしい方法を取っただけのことである。


 ……まあ、ぶっちゃけた話、マジで自警団が機能していたら俺とマデラさんが(可能かどうかは別として)真っ先に捕まると思う。拾われたばかりのころは正直マデラさんが怖くて仕方なかった。筋を通すためなら倫理的にヤバいんじゃねってことも平気でやるし。


 ただ、マデラさんはそれを悪意の元に使うことはない。手段は悪だけど、目的も結果も善なのだ。だからこそマデラさんは味方に頼られ、悪党に恐れられる。今回なんてその最たる例だろう。


 もしマデラさんが捕まったら、その次に冒険者どもが全員捕まって、それを支援していた他の店とかも芋づる式に捕まって……あれ、自警団しか残らないんじゃね?


 あ、でも宿屋の従業員に人権はないから、俺だけは捕まらないのか?


 さて、聞きたいことは聞き出せたので、全員魔法で昏倒してもらい、入り口を解放して換気を行う。で、一緒にビンの欠片とか椅子の木片とかを掃除していたら、トリノに『まあ、昔よりはおとなしくなったけど……。相変わらず、普段とこういう時じゃあずいぶんと人が変わるねぇ……』って言われた。


 誤解のないようにあえてここに記述するけど、普段の優しくて温和で思いやりのある俺が普通で、今回のようにイケメンだけど冷徹で最強で慈悲の無い俺は宿屋モード(スタイル:対ゴロツキ)なのだ。俺だってちょっとどうかと思うことがたまにある。


 掃除が終わった後はマデラさんの宿屋に戻る。簡単に報告を済ませたところ、『じゃあ、説教タイムにしようかね』とマデラさんは杖を一振りした。


 俺が拘束した荒くれ者どもが目の前に現れた。トリノの宿の裏の路地に放っておいたのに。


 これだけでも驚くべきことだけど、なんと、『そこだァ!』とリーダー格の男がいきなり起き上がり、机の上にあったナイフをマデラさんの首に突き付けた。どうやらちょうど意識が戻ったらしく、微妙にふらつきながらもしっかりと憎悪の瞳で俺を見ていた。


 『散々コケにしやがってよぉ……!? こいつがどうなってもいいのかぁ……!?』ってすんげえ形相で睨んでくるそいつを、俺は憐みの目で見ることしかできなかった。


 あいつが中途半端に実力を持っていなければ、もっと楽に終われたのに。


 『──汚い手をどけな、ウスノロが』ってマデラさんがつぶやいた瞬間、リーダーは床に叩き付けられていた。何が起こったのかはわからない。考えてもわからないことは考えないに限る。


 まさかグランマ感あふれるマデラさんに抵抗されるとは思ってもいなかったのだろう。リーダーも何をされたのかわかっていないようだった。『躾の最初は【おすわり】と【まて】からだって、相場は決まっているんだよねぇ……』って声と同時に、荒くれ者ども全員がいつのまにやら食堂の一番端っこの席に座らせられていた。


 しかも、怪我が全部治っていて、ついでに意識も戻っている。ただし、声を発することができず、椅子からも立ち上がれず、大きく動くこともできない。なんかすごい形相で何かを訴えようとしていたけど、それだけ。


 何言ってるかわからないだろうけど、俺だってよくわからない。ただ、そいつらは俺がご褒美のパンケーキとクッキーを食べている間も、帰ってきたナターシャたちがマデラさんが特別に腕を振るったステーキとかシチューを食べている間も、ずっと椅子に座り続けていたってだけだ。


 もちろん、新規客は『あの人たち、どうしたんですか?』と聞いてくる。でも、マデラさんは『ちょっとしたおいた(●●●)をしたんですよ』って柔らかく微笑むだけ。


 そりゃあ、目の前にうまそうなディナーがあるのに、何もしないで座っているだけの人を見て不思議がらないはずがない。


 ちなみに、奴らに提供されていた食事だけど、おやつの時はリアとちゃっぴぃが、宴会の時は『ちょっとそれ俺んだ!』、『肉は年寄りに譲れ!』、『フライドポテトマジうめえ』ってアレクシス、ルフ老、テッドが喰っていた。


 疲れたからこんなもんにしておこう。午後は特に大きな仕事はしなかった。夜の見回りの時にあいつらが未だに無言で椅子に座り続けているのを見てちょう怖いって思った。


 たまたまトイレに起きてきたらしき例の四人組の女の子がアレを見てめっちゃおびえていたので、『別に気にしないで大丈夫ですよ』って言ったんだけど、あまり効果はなかった。やはりホットミルクをサービスしておくべきだったか。


 ちょっと動いただけなのに妙に疲れた。そのせいか文章にまとまりがないような気もする。いい加減遅い時間だしさっさと寝よう。ちゃんと疲れを取らないと明日に響く。おやすみっどないと。

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