321日目 マデラさんのクッキー
321日目
寒さで目覚める。毛布全部持っていかれていた。心地よさそうにスヤスヤしやがって。
二人を抱っこ&おんぶしながら食堂へ。実にすっきり、静かな雰囲気で、いつもはいるはずの老害の姿も見えない。一応数人の客は宿に宿泊しているけど、この時間だからかまだ起きだしていないようだった。
で、『さっさと喰っちまいな』ってマデラさんが用意してくれた朝餉を取る。なんとも豪華なことに、朝っぱらからシチューにグラタンという組み合わせ。どうやら人が少ないからその分食事に手間をかけたらしい。
結構がっつりしているから食べきれるかな……なんて不安を抱いていたのは最初だけ。もう、今まで食べていたグラタンとは何だったのかって思っちゃうくらいにマジデリシャス。おばちゃんには悪いけど、やっぱりマデラさんが作る料理が世界一だと思う。
そうそう、出来立て熱々だったからちゃんとちゃっぴぃにはふぅふぅして食べさせてやった。どことなくリアもそんな気分っぽい感じだったので、そっちもふぅふぅして食べさせてやった。『きゅーっ♪』、『おいしーっ!』と、二人とも嬉しそうだったことを記しておこう。
予想外だったのは、エッグ婦人とヒナたちにも同じように飯をあげねばならない羽目になった事だろう。ヒナたちはともかく、なぜエッグ婦人も当然のように飯を要求してきたのかいまだに解せぬ。
『ギルに抱かせるぞ』って脅したんだけど、言ってからギルはここにいないことに気づく。俺も耄碌したものだ。
午前中はリアとカードゲームをやる。が、やっぱりというべきかリアはめちゃくちゃ弱くて張り合いにならない。どれだけハンデをつけても俺が勝ってしまう。さすがにお金とかを賭けたりはしなかったけど、リアはたいそう不服そうだった。
で、わずかばかりの優越感に浸っていたところ、『ずいぶんと調子いいようだねぇ……あたしも仲間に入れてもらおうか』って我らがボスのマデラさんがやってきた。一通り仕事が終わったんでちょっと休憩するらしい。
『子供相手にイカサマするたぁ、やられる覚悟はできてんだろうね?』って睨まれたとき、マジで死ぬかと思った。漏らさなかった俺を誰かほめてほしい。
さて、そんなわけで三人でカードゲームを行う。ある意味予想通り、俺のぼろ負け。しっかりきっちりデックコントロールを行ったのに俺に回ってくるのはクズカードばかり。だのに、リアにはめっちゃいいカードが回ってくる。
まず間違いなくマデラさんがイカサマをしているのだろう。が、ステラ先生で鍛えた俺の目をもってしてでもその実態がまるでつかめない。まるでどこにでもいるグランマかのような優しい手つきでカードを触り、とびきりのカモのように隙だらけなのに、イカサマをしている様子は見つからない。
一瞬魔法の可能性を考えたけど、それもありえない。ほんのちょっとの魔法の気配すら感じなかったし。
最終的にはリアのボロ勝ち。『マデラさん、大好き!』とあいつは媚を売りまくっていた。マデラさん、『頼むからそのまま純粋に育っておくれよ……』ってすごく切実かつ真剣な表情をしてリアの頭を撫でていた。
マデラさんとステラ先生、カードゲームをしたらどちらが勝つのだろうか? 結構気になる。
午後は特別にマデラさんがおやつのクッキーを焼いてくれた。焼いている途中からすでに甘くていい香りが食堂に充満して、思わず腹が鳴る。考えてみれば、マデラさんの出来立てクッキーを食べるのも久しぶりだった。
味はもちろん超デリシャス。仄かな、かつしっかりとした甘さとさくっとした食感が最高。シンプルでともすれば酷く庶民的にも思える味なのに、何枚でも、何十枚でも食べられてしまいそうな、ともかく手が止まらなくなるような不思議な魅力がある。
やっぱりマデラさんのクッキーはおいしい。俺のクッキーなんてアレに比べたら豚の餌って言われても仕方ない。香りも味も食感も、すべてにおいて完璧に負けた。
『二十にもなっていないガキが敵うはずないだろうに。そこで勝たれちゃあたしの人生は何だったんだって話だ。くじけてないで精進しな。筋は悪くないんだから』って慰め(? もしかしたら褒められてのかもしれない)られたけど、正直一生かかっても敵う気がしない。
生きているうちにあの高みに辿り着けるのか、いや、辿り着かなくてはならない。それこそが俺の役割……使命なのだろうから。
内容はうすっぺらいがこんなもんだろう。クッキーのことを書いていたら不覚にもおなかが空いてしまった。秘蔵のおやつもないことはないけど、たぶんここで喰ったら二人は起きだしてたかってくるだろう。それだけは避けたい。
しょうがないからそのまま眠ることにする。夢の中でクッキーのレシピでも考えてみようか。きっと素敵なものができるに違いない。おやすみるくふきのふぃるらど。




