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339.昇蓮華が舞う空の下





「――私は遠慮した方がいいでしょう」


 子供の交流会に大人が出るようなものだ。顰蹙以外の何物でもないじゃないか。


「そうか」


 生徒会長ランジュウは、冷静に頷く。


「今朝のを見てしまえば、学生レベルでは話にならないことはよくわかった。確かにあそこまで実力差があると、参加するのはどうかと私も思う」


 うん。


 別に侮っているわけでもないし、軽く見積もっているわけでもない。

 そもそも学生レベルだとかウーハイトン最強レベルだとか、そういう次元の話でもない。


 ――私はたぶん、人類最強だから。


 なんというか、今生(・・)こそまだ短い人生しか歩んでいないものの、その人生経験でもう私より強い者が実在することなんて考えられなくなったし、期待もしなくなった。


 この時代の武人の程度なんてよくわかっているとも。


 そんな私が、今更この時代の人と同じ土俵に立っても……という気持ちしかない。

 私と同じ条件で並べちゃいけないとしか思わない。


「ただ、月下寮の生徒の気持ちはわかる。

 我々と同じで、武客と手合わせをしたい、指南を願いたいと思っているはずだ。

 代表戦は出なくていいが、ぜひ参加はしてほしい。月下寮の者たちは絶対に君を待っているし、一目でいいから君の姿を見たいと思っている」


 そう?


 ……そうかもな。

「殴ってほしい」なんて言い出す者が多数いるくらいだし、ウーハイトン台国にとっての武客とは、それほどまでに憧れる存在だと言うことか。


 …………


 そうだな。「国で一番強い奴」と聞けば、この時代の武人には失望しかしていない私でも、興味くらいは湧くからな。

 最強とは、強いとは、それを目指す者を惹き付けて止まないものであるからして。


「――わかりました」


 これもまた、武客の努めだろう。

 子供たちに憧れられる強者でいようではないか。


「では代表戦は出ませんが、交流試合が終わった後に――ん?」


 言っている間に、後頭部目掛けて死角から飛んできた棒手裏剣を、掴んで止める。


「――武客ニア・リストン!」


 振り返ると、制服を完全に着崩した大柄な生徒と、小柄な生徒がいた。……カイマの仲間かな?


「カイマをやったくれぇでいい気になるなよ! この学校で最強は俺たちバン兄弟だ!」


 ふうん。

 まあ、私は別にケンカを売られても構わないが。私闘だって普通に受けてるし。





「「すんませんでしたぁ!」」


 食後の運動にもならなかったバン兄弟を追い返すと、ランジュウが庭園の奥にある小さな湖に案内してくれた。


 生徒会の予定通りなのかどうかはわからないが、二人きりである。ジンキョウは茶菓子に夢中だったので同行はしていない。


「外国人である君には理解できないかもしれないが、我々にとっての武客とは、皇帝陛下よりも雲の上の住人だと考える者も少なくないんだ」


 湖面に広がるあざやかな緑色をした蓮の葉と、首を伸ばすようにして可愛らしく咲く赤の強い桃色の蓮の花は、確かに見事なものだった。


 紅昇蓮という名前の花らしい。

 今のところウーハイトンにしかない種類なんだとか。まあ、どこかの浮島にあるかもしれないが、今のところ別で発見はされていないのだとか。


 この紅昇蓮だが、あの「龍の背中」の上下を行き来する単船「昇蓮船」の名の由来となっているそうだ。


 なんでもこの蓮の花、シーズンの終わりに近づくとタンポポの綿毛のように軽くなり、風に運ばれて飛んでいくのだそうだ。

 その神秘的な光景から、名前に「昇」の字が付いているらしい。

 さっきジンキョウとメランが交わした蓮の話は、きっとそれのことだろう。


 ――面白い話を聞けたものだ。ぜひベンデリオに伝えて、紅昇蓮の花が舞う光景を撮影できるよう調整してもらおう。


「あ……」


 そんなことを考えていると、時折ふわりふわりと、蓮の花が風に運ばれていく。本当だ、綿毛のように飛んでいくな。


 こういうのを見ると、自然界の造形とは一つの芸術のように思う。

 種の存続のため生きる機能を追求して自然界に適応し、その結果独特な……時に美しく、時におぞましく、時に珍妙な形へと変貌する。


 蓮のこの形もまた、長い年月を掛けて環境に適応し、この形になったのだろう。


 ……なんて、私には似合わないことを考えたな。


「さっきの彼らも、武客に憧れていたはずだ」


 さすがにそうは見えなかったけど。


 ただ、まあ、強い者には興味があるのだろうとは思うが。

 あれらもカイマ同様に不真面目な外見だが、実際はちゃんと修行を積んでいるようだし。棒手裏剣の扱いも悪くなかった。


「……ところでニア殿。これ以上弟子を取る気は?」


 弟子か。


「取らないと決めているわけじゃないけど、簡単に増やす気はないですね」


「増やす気はないのか?」


「ええ。今このタイミングで弟子を募っても、人数ばかりが集まって修行の内容が薄くなる気がしますから」


 きっと、流れ作業のように殴ってきた生徒たちが、弟子にしろと殺到することだろう。

 できることなら私だって全員希望通り弟子にしたいところだが、弟子が増え過ぎると私の修行する時間がなくなってしまう。


 それに、弟子にした者としていない者で、変な選民意識が生まれても困る。

 ジンキョウだけでいいだろう。今のところは。


「目が届かないところで何かあっては困りますし。仮に余裕があっても多くを取る気はありません」


「そうか……ぜひ私も御指南願いたかったのだが。残念だ」


「会長は裏脚流の門下生だと聞いていますが。私の弟子にはなれないでしょう?」


 でも簡単にやめるとか言うなよ。

 今までやってきた流派や武術や武器を簡単に捨てるなよ。

 

 時々いるから困るんだよな。流派の問題じゃなくて私が強いだけであり、素手が最強というわけでもないのに。……まあ私にとっては最強は無手で間違いないが。


「そうだな。私はすでに師がいるしな」


 よかった。

 生徒会長はさすがに流派を捨てようとは思わなかったらしい。


「今日は時間を作ってくれてありがとう。交流会のこともあったが、個人的に君と話がしてみたかった。ジンキョウも君を慕っているようだし……従兄としても安心した」


 ああ、そうか。

 ジンキョウとは親戚関係にあるから、師としての私の人格ややり方などに、少し不安があったのか。だから会って話がしたかったと。


「私の印象はどうですか?」


「ふふ、まだよくわからないかな。このくらいの短時間で人がわかるようなら、苦労はしないさ」


 そりゃそうか。


「「……ん?」」


 その時、がさがさと植え込みを揺らす音がして、私とランジュウは振り返る。


 と――そこには、朝ぼっこぼこにしたカイマがいた。


 朝作った顔の痣や腫れが引いているので、魔法治療でも受けてきたのだろう。

 そして、今朝のへらへらしていた顔とは違い、真剣な眼差しで、じっと私を見ている。


「カイマ……何しに来た。再戦には早すぎるぞ」


 ランジュウが堅い声で言うが、カイマは構わずずんずん私に歩み寄ると――ばっと両手と両膝を地面に着き、頭を垂れた。


「――弟子にしてくれ!」


 重い気迫と闘気のこもった声だった。


  サアアアアア


 彼の強い決意が呼んだのか、一陣の強い風が吹き――紅昇蓮の花が高らかに舞い上がっていった。

















「ダメね。お断りよ」


 私は普通に拒絶した。





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― 新着の感想 ―
[一言] 既に力を持っても暴力に溺れて堕落する様を見てるから無理でしょうね
[一言] びっくりするほどタイミングが悪いwwwこれにはランジュウも爆笑? カイマはまず、普通に無礼を働いていますしね。「武客への憧れ故、裏切られたように感じて許せなかった」という言い訳もできますが…
[良い点] そこは弟子にする流れじゃないんかーいwww ゲンダイみたいな扱いになるパターンかな?
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