315.連れて行くか否か、付いて行くか否か
「――ゲンダイは、臨時の使用人として私の一存で雇い入れました」
確かに私は、屋敷の全員を呼べとは言った。
イースがいるのはまだわかる。
彼女も修行がてら来たのだろう。学校があるので泊まることこそしていなかったようだが、ちょくちょく来てはいたそうだ。
だが、喧嘩師はなんなんだ。
ミトに相手するよう言っておいた記憶はあるが、屋敷に入り浸っているとは思わなかった。
その辺のところをサクマに聞くと――
「表向きは隠していますが、ここは王族も日常的に出入りしている場所です。お嬢様という主人がいるならまだしも、この一ヵ月は不在でしたから。
さすがに主人不在の中、身元が怪しい者が頻繁に出入りするのは、醜聞が立つと判断しました。ならばいっそ住み込みで居てもらおうかと」
なるほど、醜聞か。
シィルレーンたちは王族で、サクマやアカシはマーベリアの密偵である。イースは歴とした機兵学校の生徒だ。
こうして考えると、確かにゲンダイだけ身元があやふやだ。
というか、たぶん前科ありのチンピラみたいなものだろうからな。孤児の子供たちを雇うのとチンピラが頻繁に出入りするのではだいぶ意味が違う。
どうせ止めても断ってもゲンダイはここに来るだろうし、確かにこの形の方が面倒事は少ない気がする。
――まあ、強くなりたい者は応援したいしな。問題を起こしていないなら別にいいだろう。子供たちも嫌っている様子はなさそうだし。……ミトだけは厳しい目で見ているけど。
「ミト? どうかした?」
はらはらと泣き崩れているゲンダイを睨むように見ているミトに問うと、彼女は吐き捨てるように言った。
「何度止めてもニアさまを姉貴って呼ぶんです。まだ私に勝ってないのに。あの人は許せません」
あ、そう……
…………
なんとなく、一瞬、本当になんとなく、なんだか私のかわいいミトがリノキスに似てきたかも……と思ってしまった。
きっと気のせいだと信じたい。
――とまあ、少し話が脱線したが。
「はっきり言っておくけど、私は頼まれれば皆を連れて行く気はある。特に子供たち」
ゲンダイとイースが泣き出したせいで反応するタイミングを逃し、戸惑いの色が濃い四人の子供たちに視線を向ける。
「一度拾った以上、私にも責任があるから。最低でもあなたたちが独り立ちするまでは、何らかの形で面倒を見たいと思っているわ。
ただ、私は今度の夏でマーベリアを離れることになる。だからあなたたちがマーベリアから離れたくないなら、ここでお別れということになるかもしれない」
「――付いていくよ! 私お嬢に付いていく!」
椅子から立ち上がりながら言い放つカルア。
ほかの子供たちも真剣な眼差しで私を見ている。
「わかりきったことを聞くな」と言わんばかりに。
だが、待ってほしい。
「シグ」
そんな子供たちの一人、ミトの兄であるシグを見る。
「あなたはアカシやサクマから、使用人や執事に関するいろんなことを教わっているわね? 文字も数字ももう覚えたし、計算もできるでしょう? このまま鍛えればいろんな可能性が見えると思うわ。
冷静に自分の将来を考えなさい。自分が何をしたいのかをちゃんと考えなさい。
私に付いてきたって、きっとあなたがなれるのは私の使用人だけよ。
それでいい、なんてつまらないことは言わないでね? いつか言ったけど、あなたの将来なんて私はいらない。そんなつもりで雇ったわけでもない。あなたがやりたいこと、行きたい道を選びなさい」
シグの瞳に、さっきまでなかった迷いが見える。
そうだ、大いに迷い悩むがいい。
自分が納得行くまで考え抜け。
まだ十歳かそこらの子供なのだ。
私の使用人なんて早々につまらない将来を決めるんじゃなくて、己の夢や野望に邁進すればいい。
私のような例外もあるが、だいたい人生は一度切りだ。
人に迷惑を掛けない程度に自由に生きなくてどうする。人生を楽しめ。
「バルジャ」
「は、はい」
カルアの双子の兄に目を向ける。
こちらは……シグへの言葉を聞いていたせいか、すでに迷いが現れていた。
「あなたは機械のデザインが好きよね? 時々フライヒ工房に遊びに行っているって聞いているわ。あそこの兄弟たちに可愛がられているんだってね。
もうやりたいことが決まっているんでしょう?
だったら遠慮しないでその道を選びなさい。
私なんて踏み台にして、好きな場所に行き、好きなことをすればいいのよ」
別に多くを期待して拾ったわけじゃないからな。
二年近く、問題を起こすことなく屋敷内の一切をリノキスと一緒に取り仕切ってくれただけで、もう充分だ。
子供であっても、ちゃんと使用人としての責任は果たしてくれたと思う。
それに、私だっていつまでも恩や情で縛り付けるような大人でありたくはない。まだ子供だけど。
「カルアはお菓子職人になりたいのよね?」
さっき堂々と「一緒に行く」と返事をしたまま立っていたカルアの答えは、もう知っている。
「……はい。なりたいです」
知っている。
いつからか、リノキスやサクマの手伝いで料理や菓子作りに参加し、どんどんのめり込んでいると。ちゃんと聞いている。
「それでいいのよ。別に責める気はないから、落ち込んだ顔しないで」
…………
さて。
「ミト」
「私は行きます」
子供にはなかなか見ない眼光である。
ひたと私を見据えるミトの顔は、まるで子供であることをすでに捨てた一人前の女であるかのようだ。
……病気で弱々しかった彼女が遠い昔のようだ。
やはりそうか……
どうもミトだけ付け入る隙がないというか、自分が行きたい道が見つかっていない……どころか、見つける気もないんじゃないかと思っていたが。
……そうか。そうかぁ……
「でもほら、シィルにとても可愛がられているって」
「私はニアさまと一緒に行きます」
「イルグ副隊長に目を掛けられているって話も」
「絶対に一緒に行きます」
「クランがいずれ専属の侍女か近衛にって」
「ニアさま以外に仕える気はないです」
「リビセィルも気にして」
「え? ニアさまの気分をあんなに害した人がなんですか? あの人、この屋敷ごとニアさまが襲われた事件をなかったことにしたような人ですよ?」
…………
リノキスでも許したあの夜襲事件、この子はまだ許してなかったのか……
「あー、あのー……ほら、サクマも密偵とか暗部に欲しいでしょ?」
「……」
…………
おい。ここで黙秘か。初めてサクマに裏切られた気分だ。
「ミト……」
「…………」
まさに堅牢なる機兵のごとき妹の態度には、兄であるシグの声も届かない。
…………
まあ……まあ、うん、まあ、今はいいだろう。
「まだ一ヵ月以上時間があるから、各々ゆっくり考えてみて。他の誰のものでもなく、自分の人生だからね」
ミトを連れて行くのは構わない。
だが、一緒に連れて行っても、彼女の将来の可能性が狭まるだけだと思う。
特に彼女の場合は、強くなりたいというより、私と一緒にいたいだけのようだから。
この世の誰よりも強い武人になりたい! なんて目標でもあるのなら喜んで連れ回すところだが。
そうじゃないからな……
仮に今回一緒にウーハイトンに行ったとしても、いずれ必ず別れは来るのだ。
ならば、別れは早い方が、彼女のためだと思うのだが……
ちなみにイースは、自分でも私に同行するのは無理だとわかっていた。
そして喧嘩師ゲンダイは、前科のせいで向こう五年はマーベリアから離れることはできないのだとか。
犯罪者が国外に流出するのを防ぐための法があるとかないとかで、完全にそれに抵触するらしい。
まあ要するに、二人は一緒に行けないことがわかっていたから、子供たちより先に泣いたわけだ。