37話 エリクサー
簀巻き状態で動けないカインは放置して、俺はスクワードを捕まえて話を聞きだした。
そして全ての真相を知った俺は今日までの鬱憤を晴らす為に全力の蹴りをカインに繰り出す。
「ぐぉっ、おい。やめろ、あばっ、動けない奴に何て酷い事を!!」
「煩い! スクワードから話は聞いたぞ、やっぱりお前が悪いじゃねーかよ。反省しろ、この筋肉ゴリラ!!」
「俺を売りやがったのか!? あの裏切り者がぁぁぁ」
「売ってねぇーだろ。必死で止めたって言ってたぞ」
その後も俺が蹴りまわしていると、カインが泣きそうな顔で謝って来た。
そのなさけない顔を見ただけで、俺の溜飲は下がり今回だけは許してやる事にする。
俺が取り出したナイフで、少しずつ蜘蛛の糸を切り取りカインの拘束を解いていく。
動けるようになったカインは、開口一番謝罪を始めた。
「悪かった。流石に今回は悪ふざけが過ぎたな」
今は道端に馬車を移動させ、全員で集まっている状態だ。
スクワードは既に仮面を外しており、カインの横に並んだ。
「だから俺が言ったじゃねーかよ。ラベルに怒られるってよ」
「煩い、裏切り者め」
二人は文句を言い合っていた。
残りのメンバーはスクワードの部下達だろう。
仮面を外さなくてもいいと指示を受け、鉄仮面を被ったままの状態だ。
俺とカインとの戦闘を目の当たりにしている為か、何故か俺に対して怯えている様にも見える。
俺は普段こんな事はしないから勘違いしないで欲しい。
今回は人が心配していたのに、突然現れて攻撃を仕掛けてきたカインが悪くて、久しぶりに切れただけ。
「カイン、お前の冗談はいつも冗談の域を越えているんだよ。ホラ見てみろよ! 俺の仲間が驚いているだろう?」
俺が指をさしたリオンとダンが何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
「いや、それはお前に怯えているんじゃ……」
「ん? なんだって!?」
「いやいや、そうだな俺がやりすぎたみたいだ。だけどお前の仲間も相当強いな。この強さでC級冒険者だと言われても俺には信じられんぞ」
「俺達はまだB級ダンジョンを攻略していないからな」
「お前の事だ。次に出現したB級ダンジョンを攻略する気なんだろ?」
「一応、そのつもりだ」
「そうだろうな」
話が一段落するとカインは姿勢を正し、俺に深々と頭を下げ直した。
「おい。悪ふざけの件ならもう許したんだから、頭を下げる必要は無いんだぞ?」
「いや、これは違う。俺のせいでお前は【オールグランド】から去る羽目となっちまった。それは俺の失態だ。許してくれと言って許される訳じゃないが、謝罪はさせてくれ。もちろんそれ相応の償いもさせて貰う」
「その事か……」
多少思う事もあるが、悪いのはハンスだ。
カインが謝る理由も理解できるが、俺はカインを恨んではいなかった。
「もういい。ハンスが俺をギルドから追放してくれたおかげで、俺はこの二人と出会えたんだからな。今は満足している」
そう言いながら二人に笑顔をみせた。
リオンは嬉しそうに笑い返し、ダンは得意気に親指を立ててくれた。
「そう言ってくれるのは助かるが、それじゃ俺の気が収まらん。どうだ? ラベルお前、【オールグランド】に戻って来ないか? もちろん仲間の二人も一緒にだ。【オールグランド】に所属して、お前達で新しいパーティーを作ればいい。そうしたらギルドとしても全面的にサポートが出来るぞ」
確かに俺達にはメリットしか無い申し出である。
【オールグランド】は大ギルドでフロアギミックに対応している装備も数多く保管している。
それらの装備は使い放題になる。
俺は一応二人にも意見を求める為に振り向いた。
だが聞くまでもなかった。
二人の表情を見れば答えは出ている。
「カイン…… お前の話はありがたいが、俺は今の仲間達と頑張らせて貰うよ」
そう言い切った俺に後悔はなく、清々しい気持ちになっていた。
カインも残念そうにしているが、すぐにいつもの調子を取り戻していた。
「よし、それなら仕方ないな。この話はこれで終わりだ。今から本題の話をしてくぞ。何故俺がお前の前に現れたかを!!」
その後カインは【黒い市場】について話しはじめた。
★ ★ ★
「なるほど。それで俺達にそれを手伝えと?」
「そうだ。ちゃんと報酬も出す」
今回の商人護衛の任務も全てカインが俺を巻き込む為に仕掛けていた事の様だ。
タイミングよく知り合いの商人が【サイフォン】で露店を出すので、それに便乗したと言った方が正確なのかもしれない。
商人達もこの国最大のギルド【オールグランド】に護衛して貰えると大喜びで了承したとの事。
俺達を巻き込む為に、そこまでやるのかと少し驚いた。
「それに…… アリスお前……」
俺はカインの横にいるアリスを睨みつけた。
カインの説明を聞いている最中にアリスがカインの娘である事を話し始めたのだ。
カインに娘がいるのは知っているが、会った事も無かったので全然気づかなかった。
「ラベルさんごめんなさい!! でもラベルさんと市場で出会ったのは本当に偶然なんだよ。お父様とラベルさんが知り合いだと聞いたから…… お父様にラベルさんの事を手紙で教えたの」
本当の事を言っている様にも見えるし、嘘っぽくも感じる。
けれどカインとアリスが繋がっているのなら、カインが俺の目の前に現れた事にも説明が付く。
(半分半分と言った所か……)
俺は心の中でため息を吐いた。
アリスと付き合ってきて根は良い奴なのは知っているし、リオンやダンとも仲がいい。
アリスに対しては怒りなどはない。
アリスの事は良いとして、今はカインの相談の件だ。
俺もカインの要望には応えてやりたいが、ここにはリオンとダンもいる。
それに相手は凶悪な集団で名高い【黒い市場】、慎重になるのも仕方ない。
俺が悩んでいる様子を見ていたカインがビックリする様な報酬を口にしてきた。
「ラベルよ。もしこの依頼を受けてくれるのなら、結果に関係なく。報酬として【エリクサー】をやるぞ」
「おい! お前、今なんて言った!???」
俺は気付かないうちに、身を乗り出していた。
【エリクサー】とは原材料の希少さから市場に出る事はなく、その貴重性から王家の秘宝とさえ呼ばれている超絶レアなポーションの事だ。
その効果は怪我で失った欠損個所を全て修復し、命が尽きかけている者を助け完全な状態へと戻す事が出来る。まさに神の薬だ。
「お前、言っている意味をわかっているのか? 依頼の報酬で出す代物ではないんだぞ!?」
「当然だ。これは俺達がSS級ダンジョンを攻略した時に国王から貰った品なんだからな。もしもの時の為に大事に保管していた品だ。二つ貰ったから一つくらいは大丈夫だ」
「大丈夫だ、じゃねーだろ!? ギルドの為に置いておけよ」
「いや。それじゃ俺の気が済まん」
どうやらカインは俺を追放した償いに国宝級のアイテムを渡すと言ってきているのだろう。
手足を毟り取られた人間ですら、完全な状態に戻す事が出来る神の薬。
市場に出回る事は殆どなく、数は少ない上に全てを王国が管理している。
金貨で換算しようとしても金額は出ないだろう。
それ程凄いアイテムだった。
(ハッキリ言って、欲しい。無茶苦茶欲しい…… これがあればリオンやダンが瀕死の状態になったとしても一度だけなら助けられる!!)
喉から手が出る程欲しいと思った。
しかし……
俺の苦悩する様子を見て、カインが勝ち誇った顔をしている。
憎たらしくて、もう一度泣かしたくなった。
すると背後からリオン達の声が聞こえてきた。
「ラベルさん。この依頼を受けようよ」
「そうだよな。これは絶対に受けるべきだ。ラベルさんがそこまで欲しそうにするアイテムなんて俺は初めて見たよ」
どうやら俺はリオン達にも分かるほど、動揺していたみたいだった。
「でも危険な依頼なんだぞ?」
「うん、解ってる。だけど大丈夫」
リオンは当然のごとく言いきっていた。
俺はその自信が何処から湧いているのか、解らなかった。
「そうだな。俺達は大丈夫」
ダンもリオンに続く。
「どうして、二人はそう言い切っているんだ。お前達は依頼の内容も正確には分かってないだろ?」
「「だってラベルさんがいるから!!」」
二人は声を合わせていた。
その言葉に俺は素直にありがたいと感じた。
「カインよ。俺達の話はまとまったぞ。この依頼を受けさせて貰うぜ」
「絶対に喰いつくと思っていた。お前が参加してくれるなら、このクエストは成功したようなもんだ」
「どうせ、依頼を受けようが、断ろうがエリクサーは渡すつもりだったんだろ?」
スクワードがニヤニヤしながらカインに話しかける。
「うるせー。そんな訳があるか!! 俺が詫びでエリクサーをやると言っても、この頑固者が受け取る訳がないだろ?」
カインは豪快に笑い始める。
俺もその会話を聞き、確かにそうだと感じた。
タダでエリクサーをやると言われても、そんな高価な品だとお詫びを通り越して、俺の借りになってしまう。
その心遣いに俺はカインという男が何故ギルドメンバー達に慕われているのかを思い出した。
そして久しぶりにカインとの共闘に俺も少しだけ興奮し始めていた。