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友人の結婚相手がどう見ても死んでいる件

作者: 唯乃なない


 うだる暑さの中、食料を買い出しに近くのスーパーに出向くと、スーパーの入り口で高校時代の友人に出くわした。


「おお、田中!」


 田中は俺の名前、友人の名前は藤沢だ。


「藤沢か! 久しぶりだな」


 お互いに社会人になって何年も経つが、同じ地元に住んでいるらしいのに数えるほどしか会ったことしかない。


「何年ぶりだ? 地元に住んでるのになぁ。学校を出るとなかなか会わないもんだな」


 お互いに東京の大学に行っているときは、向こうで何度も会って秋葉原に行ったりカラオケでアニソンを歌ったりしたのに、なぜか地元に帰ってきてからは会う機会が逆に減ってしまった。

 変な物だ。


 そのまま、スーパーの中に入って買い物をしながら世間話を続ける。

 高校時代は親友と言っていいほど仲が良かったので、非常に話が弾む。


「それにしても……」


 ふと、藤沢の顔を見て違和感を感じた。


「なんだ?」


「なんか、今日はやけに元気がいいな」


「元気が良くちゃ悪いか?」


 藤沢が肩をすくめる。


「悪くないけど……」


 俺たちが親友だったのは、俺と藤沢の性格があったからだ。

 俺も藤沢もどちかというと陰キャで、それが妙に話があったのだ。

 今日の藤沢は、やけに目がキラキラ輝いていて、俺の知っている藤沢とはキャラが違う。


「なんかあったのか? 宝くじに当たったとか……」


「は? なんでもないよ。はっはっはっ」


 半額になった菓子パンを掴みながら、藤沢が笑う。


「言いたくないならいいけどさ」


「なんだよ。もっと聞けよ。はっはっはっ」


 藤沢が身体をくねらせながら笑う。

 いかん、キモい。


「そ、その動きを止めろ! 俺まで人に見られる! な、なんなんだよ」


「はっはっはっ……実はな……俺、結婚したんだ」


「なっ!?」


 俺は衝撃のあまり、三秒ほど息が出来なくなった。


 俺も藤沢もはっきりいってモテない。

 そして、二人とも女性とは縁遠い。

 しかし、幾分か俺の方がマシ、そんな思いがあったのが事実だ。

 それが藤沢に先を越された。


「うおっ……お前、マジかよ……れ、連絡しろよ、それぐらい……」


 やっとのことで声を出すと、藤沢が頭をかいた。


「それもそうだな。なんかドタバタしていて知り合いに連絡とかしてる感じじゃ無かったんだ」


「それにしたって……結婚式のお知らせぐらいくれたっていいだろ。あ、今流行の内輪婚ってやつか?」


「結婚式は特にやってないんだ。というか、実を言うと奥さんは戸籍が複雑らしくて、婚姻届は出してないんだ」


「え? じゃあ、結婚してないじゃないか」


 俺はちょっとほっとした。

 まだ先を越されていない。


「いやいや、事実婚って奴よ。奥さんを連れてうちの両親のところにも挨拶に行ったし、親戚にもお披露目をしたしな」


「お、おおお……」


 そんな大イベントをすでに済ませているのか。

 藤沢め、俺より先にいろいろとイベントを消化していやがる。


「それにしても、戸籍が複雑? なんだそれは……」


「まぁ、買い物を済ませちまおうぜ」


 二人で買い物を済ませ、買い物袋をぶら下げたまま、スーパー隣の小さな喫茶店に足を運んだ。


 俺たちが高校生の時にすでにじいさんだった店主がその当時と同じような姿で出てきて、水をおいて注文を聞いてカウンターに引っ込んでいった。


「で、戸籍が複雑ってなんなんだ?」


 俺はイライラしながら藤沢に話を聞いた。

 正直なところ、藤沢に先を越されたのはかなりきつい。

 なにかネガティブな要素を見つけ出さないと、俺の気持ちが収まらない。

 このままでは再起不能だ。


「ものすごく問題がある相手なんじゃ無いか?」


「いや、どうなんだろうな……。本人が話したがらないんだけど、とにかく戸籍が面倒らしい」


 藤沢が曖昧な表情を浮かべる。

 本人もよく分かってないらしい。


「おいおい、そんな相手と結婚して大丈夫なのか? やめとけやめとけ」


「なんで田中に止められないといけないんだ。さては嫉妬してるな?」


「は!? ば、馬鹿なことを言うな」


 図星だ。


「奥さんの言うことには、婚姻届を出しても受理されないから婚姻届は出さないでくれとさ」


「それ、実はすでに誰かと結婚してるってことじゃ無いか?」


「俺も疑ったんだけど、そうじゃなくて単純に戸籍がややこしいんだとさ」


「ふーん……あ、分かった! お前の嫁さん、不法入国した外国人だろ! ははっ、藤沢が結婚なんておかしいと思った。不法入国した外国人が住民票ほしさにお前と結婚したんだろ? なるほど、謎はすべて解けた!」


 そこまで言うと、さすがに藤沢は不機嫌な顔をした。


「たしかに俺もお前が結婚したと聞いたらそれを疑うけど……それを面と向かって言うなよ」


 お前も思うのか。

 というか、俺も他人からそんなに絶望的だと思われているのか。

 地味にへこむぞ。


「言っておくが、奥さんは外国人じゃ無いぞ。普通に日本人だ」


「そんな馬鹿な……」


 住民票目当ての外国人じゃないだと!?


「ってことは、20才ほど年上とかそういう落ちだろ?」


「俺に熟女趣味はねぇよ! 19才だ!」


「19!?」


 俺の心臓が一瞬止まりそうになった。

 危うく、コップの水をこぼすところだった。


「お、おま! お前! なんでお前がそんな女子高生に毛が生えたような女の子を捕まえられるんだ!? 世の中間違ってる!」


「う、うるさい! 俺でもそう思ってるさ! とにかく、19才だ。しかも、めちゃくちゃかわいい」


「かわいい!?」


 俺の心臓が爆発しそうになった。

 こいつがかわいい19才と結婚だと!?

 世界の根本的な原理原則が壊れつつあるとしか思えない。

 世界は明日にも滅亡する。


「そ、そりゃ、自分の嫁さんはかわいいだろうな……。で、でも、他人からみてかわいいかどうかは……」


「おい、本当にかわいいんだって。高校の時、三崎先輩っていただろ?」


「あぁ、あのテニス部の部長だろ」


 学校で一二を争うほどの美人でスタイルのいい先輩だった。


「あれに匹敵するほど美人だ」


「なっ」


 俺の足が痙攣を始めた。

 やばい。

 足がつりそうになっている。


 あり得ない。

 藤沢がそんなかわいい19歳の女の子と結婚するなんて、俺と藤沢が100万回転生を繰り返したとしてもありえないできごとだ。

 なにかが根本的に間違っている。

 俺はなにかの拍子に次元の隙間を通り抜けて、本来あり得ないパラレルワールドに転移してしまったのではないだろうか。


「三崎先輩に匹敵って……そ、それはさすがに盛りすぎだろ……」


「いやいや、本当だって」


 藤沢が気分良さそうに言う。


「そ、そこまで言うなら会ってみたいもんだ。お前の言うことが本当なのか……」


 俺は指を細かく震わせながら水を飲み込んだ。


「あぁ、お前の後ろに居るぞ」


 と、藤沢が真顔で言った。


「……へ?」


 この喫茶店には客は老夫婦しかいないはずだ。

 俺は入り口が見える場所に座っているが、誰も出入りをしたのを見ていない。

 19歳の女の子が出入りしていれば必ず目にとまっている。


「いやいや、なにを冗談を」


「本当に居るって。うちの奥さん、忍び寄るのが得意らしくて」


「どこの忍者だよ」


 と、突っ込みを入れると、耳元で声が聞こえた。


『こんにちは……』


「ひえっ!?」


 椅子から転げ落ちそうになるところをなんとか踏ん張り、2-3秒息を整え、ゆっくりと振り返った。


「こ、こんにちは」


 しかし、声をかけた先には誰も居なかった。


「ん?」


 移動したのかと思って、辺りを見回したが特に誰も見当たらない。

 店の隅の方で老夫婦が不思議そうな目で俺を見ているだけだ。


「あ、あれ? 気のせいか?」


「お前が大きい声を出すから、びっくりしてどっか行っちゃったじゃないか」


 藤沢が「あーあ」とつぶやく。


「どっかって、どこだよ!? 意味分からん!」


 俺は混乱したまま辺りを見回す。

 やはり誰も居ない。


「な、なんなんだよ……」


 気味悪く感じながらも、もう一度椅子に座り直す。


「おい、冗談は寄せよ。誰も居なかったんだろ?」


「今後ろに居たんだよ」


「ふざけるな! いきなり出てきたり、消えたりするかよ! 幽霊じゃあるまいし!」


「あったり前だ。人の奥さんを幽霊扱いするなよ。でも、そういう人なんだよ。物陰から顔を出したり、雰囲気を消してどこかに行ったりするのが得意なんだ」


「ど、どういう人だ」


 少し気持ちを落ち着ける。

 店主のじいさんがコーヒーを持ってきたので、受け取って一口飲み込んだ。


「ま、まぁ……い、いいや。で、両親や親戚への紹介はうまくいったのか?」


「あぁ、うちの親や親戚からも好印象でな。こんな美人が来るなんて信じられないと、だいぶいじられたぜ」


 藤沢が苦笑いを浮かべる。


「そりゃそうだろうなぁ。お前がそんな若くて美人を……何か間違っている」


「うるさいな。ただ……」


 藤沢が顔をしかめる。


「ん? なにかあったのか?」


「法事で親戚一同集まっていたんだが、うちの親戚にいつも霊がなんとかと言っているちょっとやばい叔母がいるんだ。その叔母がうちの奥さんを見て幽霊だのたたりだのわめいて大変だったよ。うちの奥さんもすごく居心地悪そうだったし」


「ははぁ……なるほど、お前の結婚相手は幽霊なんだな。なるほど、ちょっと納得してきたぞ。お前が19歳の美人と結婚なんておかしいと思ったんだ」


 ふざけてそう言うと、藤沢は目に見えて機嫌が悪くなった。


「そのネタは止めてくれ。叔母に『幽霊だ』『たたりだ』『呪われる』と叫ばれて本当に大変だったんだ」


「そっか……それはきついな」


 親戚にそんなことを言われたらうんざりしただろう。


「しっかし、俺としても幽霊とか妖怪とか言いたくなるぜ。お前がそんないい相手を捕まえるなんて思わなかったぜ」


「俺だってそう思ってるくらいだからな。はっはっはっ」


 藤沢が笑う。


「あと、ついでにお寺にも紹介したかったんだけど……うちの奥さんはちょっと変わってるから顔を出さなかったんだよな」


 藤沢が愚痴っぽくつぶやいた。


「お寺?」


「あぁ、そもそも法事で親戚が集まっていたんだ。その機会についでにうちの奥さんを紹介したんだよ。ところが、お坊さんが来た途端にうちの奥さんがどっかに隠れちゃってさ」


「腹でも壊したか?」


「さぁ。なんだか知らないけど、お坊さんが帰った後にひょっこり戻ってきたんだ。そうやってたまに居なくなるのがちょっと困るんだよなぁ」


「自由人だな……」


 そんな場で勝手に居なくなったりするとは、素行に問題がある人なのかもしれない。

 ちょっとだけ心が癒える。

 容姿端麗・性格も最高の美人と結婚していたら、俺は絶望してしまう。


「あとは、お坊さんが帰った後にうちのじいさんがお経を唱え始めた途端にものすごく顔色が悪くなってたな。なんか、お経が苦手なんだろうな」


「いや……お前の奥さん、本当に幽霊じゃ無いのか? やっぱりお前の所に美人の嫁が来るわけないって」


「いやいやいや」


 と、藤沢が笑って否定した。


「そもそもこのご時世、幽霊ネタなんて流行らないっての。子供の頃は怪奇特集みたいなのテレビでよくやってたけど、最近はそういうのもめったにやらないよな。昔は俺も幽霊とか怖がってたもんだけど……今じゃそんなものは信じられないな。童心を失ったってことだな」


 藤沢が苦笑しながら遠い目をする。


「っていうか、その変なお前の嫁さん、すっごい会ってみたいんだけど」


「お前がさっき大声を上げなければ居たのに」


「そういうネタはいいから」


 と、藤沢の発言を一刀両断する。


 その瞬間、


『あの、こ、こんにちは……』


 またしても耳元で声が聞こえた。


 その声の響き方に嫌な感じがした。


 ゆっくりと、首を回す。


 すると、そこに居た。


 長い黒髪の二十歳ぐらいの顔立ちの整った女性。

 飾り気の無い白いTシャツとデニム姿だが、清潔感があって好ましい。

 その女性が微笑んでいた。


 一見して普通の美人だと思ったが、かすかな違和感を感じた。

 何気なく声を出そうとしたら、なぜか声が出ない。

 身体も動かない。


 そして、少し遅れて「これは人間じゃない。見てはいけない物を見ている」という感覚が足下から上がってくる。

 喉がカラカラに乾燥する。


 お、おい……こ、これ、冗談じゃ無くて本当に幽霊……


「お、やっぱり居たのか」


 藤沢が「それ」に声をかける。


『ええ、さっきから来てたんだけど……』


 「それ」が微笑みながら返事をして、藤沢の隣の席に座る。


「買い物は終わったのか?」


『ええ、もう車に積んだから大丈夫』


「そうか」


 藤沢が普通にその幽霊と笑って話している。

 なんでその「そこにあっちゃいけない存在」と普通に談笑してるんだ、この男は。


 幽霊みたいだと冗談を言っていたが、マジで本物の正真正銘の幽霊じゃ無いかよ!!

 や、やばいやばい!


「う……う……うっ……はぁ……はぁ……あ、声が……出た……」


 身体を動かそうと焦っていると、ようやく声が出た。


「ん、なんだ田中?」


 藤沢がこちらを見る。

 幽霊までこちらをみた。

 み、見るな見るな!


「い、いや、ちょっと用があって、これで帰るわ……」


 立ち上がろうとするが、腰が抜けている。


「あ、あれ……」


 焦っていると、藤沢がふざけた顔で笑った。


「そんなこと言って、俺の奥さんが美人過ぎてびびってるんだろ。はは、どうせ用なんかないくせに」


「い、いや、本当に用が……」


 声は出たが、どうやっても腰が立たない。

 椅子に座ったまま移動することが出来ない。


 う、か、帰れてない……。


「か、帰る……帰るぞ……」


 どうやっても腰が立たない。

 く、くそ……


 こんな場所に一秒たりとも居たくないのに。

 そして、俺がもがいている様子を幽霊が無表情で見ている。

 やばい。

 この世ならざる者に見られている。


「あぁ……なんでだ。なんで立てないっ……」


「なにやってんだよ」


 藤沢が冗談だと思っているらしく気楽に笑う。


 と、とにかく、幽霊の機嫌を取っておこう。

 機嫌を損ねて呪われたら大変だ。

 というか、幽霊だと気がついているそぶりもまずいかもしれない。

 この幽霊を人間だと思い込んでいる間抜けな一般人のふりをしないと、やっぱり呪われたりするかもしれない。


「そ、そうだな、び、美人な奥さんだな。お、驚きだよ、お前がこんな美人と……」


 幽霊の顔を見ないように精一杯お世辞を言う。


「はっはっはっ、そうだろう」


 藤沢が明るく笑う。

 こんな明るく笑うキャラじゃなかったのに。


『そんな美人だなんて……お世辞を言わないでください』


 幽霊がこちらをみて愛想笑いを浮かべているのを、視界の隅で捉えた。

 目が合うとやばそうな気がする。


 腰はまだ立たない。

 なにか話をつながないと……。


「えっと……そ、そうだな……ど、どうやって知り合ったんだ?」


 話をつなぐために無難そうな話題を振った。

 でも、どういう人生を送っていれば幽霊と結婚することになるのか、割と本気で気になる。


「やっぱり、自殺者が出た訳あり物件に住んだ……とか?」


 思わず本音で漏れた。

 幽霊が不機嫌そうな顔をしたのが分かった。

 ま、まずい!


「は? なんだそりゃ」


 藤沢は首をかしげた。

 本人は全然これが幽霊だと言うことが分かっていないらしい。


「俺とこいつの出会いかぁ……いやぁ……照れくさいなぁ」


 藤沢が幽霊の横で恥ずかしそうに頭をかいている。

 だが、俺はそんな浮かれた気分ではない。

 腰が立つなら、この場を今すぐ去りたい。


「今から三ヶ月ほど前だろうか……あれは青空が綺麗で風が爽やかで、草木がなんかこう……」


 藤沢が努力して言葉をひねり出そうとしているが、まったく語句が出てこなくて詰まっているようだ。


「そ、そういうのいいから、とにかく要点だけでいいって」


「はっはっはっ。いやー、喉が渇いたから自動販売機で缶コーヒーを買ったのよ」


 藤沢がすごくニヤニヤしながら言う。


「そうしたら、なんか当たりが出てもう一本缶コーヒーがでてきちゃってさ。だけど、気持ち的に一本でよかったんだよ。誰かにあげようかなぁと思って歩いていると、十字路の隅に花が飾ってあったのよ」


「花? あぁ、交通事故の……」


 道を歩いていると、たまに交通事故の後に花が添えられていることがある。

 あれのことだろう。


「そうそう。そうしたら、その花が思いっきり枯れてたんだよ。事故の直後に献花されて、そのまま枯れちゃったという感じでさ。で、ふと、ものの哀れを感じて、余った缶コーヒーをそこにおいたのよ」


「へー……め、珍しいことをするな……」


 藤沢は昔からケチなので、意外な行動だ。


「そしたら、突然交差点の陰からうちの奥さんが出てきて、『感動した! 結婚してくれ!』って言ってきたわけ」


「……は、はぁ?」


 突然の意味不明な展開に一瞬怖さを忘れた。

 なぜそうなる?


 首をかしげると、幽霊の方がもじもじしだした。

 その瞬間、幽霊の様子が気になって、ついにまともに幽霊の顔を見てしまった。

 一瞬ぞくりとした。


 が、たしかにめちゃくちゃかわいい。

 もじもじしている様子なんて、かわいすぎて文字に起こせない。

 あ、あれ……幽霊なのにかわいい。


『そ、そんな、直接的なことは言ってないけど……』


 幽霊が恥ずかしそうに藤沢の肩を叩く。


「でも、そういうことだろ?」


 藤沢がちょっと偉そうにいう。


『う、うん……』


 幽霊が幽霊のくせに顔を赤らめて頷いた。

 ふたりでいちゃついている。


 幽霊相手のはずなのに、なぜか藤沢に対して非常に腹正しくなってくる。


『お見舞いが無くなってた所にうれしくて……じゃなくて、見ず知らずの人の事故現場にお供えをするなんて優しい人だと思って……』


 この幽霊、本音がダダ漏れだ。

 なんで藤沢とその親戚たちは気がつかないんだ。

 藤沢の叔母さんがやばい人かと思ったら、その人が一番まともだったんだ。


「ってか、話をまとめると……藤沢は自販機で当たった缶コーヒー1本で、ゆ……嫁さん見つけたの?」


「ま、まぁな」


 藤沢が照れくさそうに笑う。


 いくら幽霊でもこれだけ美人だとなんだかうらやましくなってくる。

 仕草とかかわいいし、こんちくしょう!


 ……いや、冷静になれ!

 相手は幽霊だぞ。


 藤沢も藤沢だ。

 こんな露骨におかしい雰囲気漂っているのに、なんで幽霊だと気がつかないんだ。

 おかしいと思えよ。


「へ、へぇ……し、新婚生活、順調みたいじゃないか……」


 幽霊のくせにかわいいので、ちらちら幽霊の顔を見ながら言った。

 背筋はゾワゾワするけど、でもやっぱりかわいい。


「それにしてもさっき買い物って言ってたけど、奥さんは買い物とかできるのか……?」


 スーパーの中で幽霊が買い物してるとか想像できない。


「は?」


 藤沢が首をかしげた。


「だって、物を取ろうとしたらすり抜けたりとか……」


 うっかり思っていたことをつぶやくと、幽霊がじっと俺を見た。

 まずい!


 ところが、幽霊はきつい視線になるのでは無く、単純に軽くため息を吐いただけだった。


『ちょっとこつが必要で……気をつけないと取り落とすんですよね。落とした物をそのまま戻すのも忍びなくて、何度も潰れた果物や野菜を買う羽目になりました』


 ちょっ、なに普通に教えてくれるのよ。

 逆に困るわ。


 幽霊が今更ハッとした顔をした。


『な、何を言わせるんですか! すり抜けるってなんのことですか!』


 幽霊が思ったより激しい動きでツッコミを入れてきた。

 思ったより元気な幽霊だ。


 いや、元気な幽霊ってなんだよ。


「げ、元気ですね。最初にあったときはまるで死んでいるみたいな……い、いや、なんでもないです」


 みたいじゃなくて、本当に死んでいる。


『ええ、呼吸がいらないからうっかりしてると本当に人形っぽくなっちゃうんですよねー……って、何を言わせるんですか! 死んでいるみたいなんて失礼です!』


 またしても元気よくツッコミを入れてきた。


「田中、人の奥さんをいじるのも大概にしろよ」


 藤沢が口を突っ込んできた。


「お前、いい加減に気がつかないか?」


「ん、なにがだ?」


 藤沢がまた首をかしげる。

 結婚しても幽霊だと気がついていないのだから、この程度で気がつくわけも無いか。


『あ、トイレットペーパー買い忘れてた! ちょっと行ってくるね』


「おう、分かった。俺はもうちょっと田中と話してるよ」


 幽霊が立ち上がって、歩くようなそぶりをした。

 が、藤沢の視線から外れたところでふっと消えてしまった。


 お、おい!

 昼間の人が居るところでそんなことするか!?

 逆にこっちが不安になってくる。


 とにかく、幽霊は居なくなった。

 ゾワゾワした感じが消えた。


「ふぅ……」


 もう一度幽霊が居なくなったのを確認してから、低い声で藤沢に聞いた。


「なぁ、あのゆう……じゃなくて奥さん、料理とかちゃんと出来るの?」


「ん? あぁ、そんなに得意じゃないみたいだけど、一応やってくれてるよ。最近は、Youtubeの料理動画とかで勉強してるみたいだ」


 今時の幽霊はYoutubeまで見るのかよ。


「い、いや、そういうことじゃなくて、普通に包丁を使ったり、食材を持ったりできるのかって話」


「は??」


 藤沢がわけのわからんという顔をする。


「ま、まぁ、いいや、多分出来てるんだろうな。そもそも、あの人、ご飯食べるの?」


「ちょっと偏食気味だけど、食べるよ。というか、なんだその質問。飯を食わない人間がいるわけないだろ!」


 人間じゃないから聞いてるんだけど。


「お前、最近身体の調子が悪いとかないのか? 背中がゾクゾクするとか、血を吐くとか」


「は? なんだそりゃ? むしろ、あいつが来てから人生に張り合いがでて、毎日元気いっぱいだぞ」


「た、たしかに前より明るくなったもんな……」


 そんなことを話していると、またふっと店の隅に幽霊が現れた。

 またしても背中がゾクゾクっとする。


 が、身体の方が慣れたらしくて、身体が固まったり声が出なくなったりすることはなかった。

 慣れってすごい。


『トイレットペーパー安かったら二つ買っちゃった』


「またかよ。買いだめ癖はほどほどにしてくれよな~」


 藤沢がデレデレした顔で幽霊を見る。

 幽霊がまた藤沢の隣に座った。


『帰りは私が運転するね』


「そうだな。運転の練習した方がいいしな~」


 幽霊と藤沢の話をなんとなく聞いていて、そんな言葉が耳に引っかかった。


「え゛!? いや……あの……お、奥さん、く、車、運転できるの!?」


『はい。一応運転免許を持っているので、まだ慣れてないけど運転できます』


 幽霊が真面目な顔で言った。

 いや、幽霊が車を運転するとか……ちょっとなんかあり得ない感じなんだけど。


「でも、免許証の更新期限とかはどうなんだ……? だって更新できないでしょ」


 死人が免許更新に行って受理されるとは思えない。


『そこが困るんですよね。やっぱり車が無いと不便だし、期限が切れても運転しちゃおうかなぁって思ってるんです』


「ん? なんで更新できないんだ?」


 藤沢が分かっていない顔をする。

 その発言に幽霊がハッとした顔をして、あわてて訂正した。


『な、なにを言わせるんですか。こ、更新できないわけがないでしょう』


 いまさらとぼけても遅い。

 こんだけゆるゆるなのに、なぜ藤沢は気がつかない。

 おかしいと思えよ。


「ほ、他にはなにか困ってることとかあるの……?」


『食事の好みが変わって、結構大変なんですよ。前は何でも食べられたんですけど、今は結構えり好みが激しくて』


「へ、へぇ……しょ、食事するんだ。人間の精気を吸うとかそういうのじゃないんだ……」


『私、そういう才能全然無いんですよ』


 そ、それって才能なのか?


「ん???」


 藤沢は話題から完全に取り残されて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。


『食べても太らないのはいいんですけど、日によって必要な食事量が全然違うから大変なんですよ。不安定な存在だから、天気とかに影響されるんですかねぇ』


 この幽霊、本当にガバガバだ。

 自分が幽霊だと言うことを隠すつもりはあるのだろうか。

 藤沢もいい加減におかしいと思えよ。


「あぁ、こんな時間か。もうちょっと話したいけど、そろそろ帰らないといけないな」


 藤沢が時計を見てつぶやく。


『あっ、頭痛薬を買い忘れたから、買ってくるね』


「また買い忘れか? 仕方ないな~」


 幽霊がまた歩くような仕草をして、藤沢の視線から外れたところでふっと消えた。

 だから、白昼堂々そういうことするなよっ!

 こっちがヒヤヒヤする!


「と……とにかく、言いたいことはいろいろあるが、し、幸せなようだな……」


 コーヒーをすすりながら藤沢の顔を見ると、藤沢の顔はデロデロに溶けていた。


「そうなんだよぉ……家で二人きりになるとあいつも甘えてきてさぁ……」


「や、やめろ、のろけるな!」


 藤沢の顔がとてもキモくなっているので、後ろに下がって藤沢と距離を取る。


「へっへっへっ、俺とあいつの甘々生活を聞かせてお前を嫉妬の海に放り込んでやるさ」


「いらんいらん! ってか、顔が崩れすぎててやばいぞ、お前!」


 そんなやりとりをしていると、突然、キキーというブレーキ音と誰かの悲鳴が聞こえた。


「ん? なんだ? スーパーの駐車場の方だな」


 喫茶店には大きな窓があるので、そこからちょうどスーパーの駐車場が見える。

 一見して慌ただしい様子が分かる。


 だれかが『救急車を呼べ!』とか大声を出している。


「ん……交通事故か!? まさかマイハニーが巻き込まれてるんじゃないだろうな!?」


 藤沢が立ち上がって、喫茶店を飛び出していく。


「お、おい、待て! ってか、お前の奥さんなら絶対に大丈夫だから! 待てってば!」


 レジに千円札を置いて「釣りは後で取りに来る!」と言って藤沢の後を追いかけた。


 スーパーの駐車場まで行くと、すぐに横転したワゴン車が目に入った。

 

 これは大事だ。


 藤沢は駐車場の中を心配そうな顔で見回していた。

 そして、すぐその横でものすごい顔をしたおばさんが立ち尽くしていた。

 事故の衝撃から立ち直れていない様子だ。


「だ、大丈夫ですか? 怪我は……」


 俺が話しかけると、ハッと気を取り戻したように動き出した。


「わ、私は大丈夫だけど、車に荷物を積もうとしていた若い女の人がひかれて……」


 と、おばさんが近くの軽自動車を指さす。


 それをみて藤沢が絶叫した。


「お、俺の車だ! ミカが轢かれたのか!? ミカ! ミカ!」


 あの幽霊、ミカっていう名前なのか。

 もしかしたらミカコ? ミカサ? ミカミ?


 そんなことを考えているうちに、藤沢が壁に激突したワゴン車に向かって走って行った。


「おい、ミカ! ミカ、どこだ!?」


「ワゴン車が突然突っ込んできて、その女の人に激突したのっ!」


 おばさんがそんなことをいうから、藤沢はさらに半狂乱になって名前を叫んでワゴン車の周りをグルグル走り続ける。


「いや、大丈夫だと思うけどなぁー……」


 俺の言葉など全く聞かず、とにかく走り続ける。


 どうしたものかと見ていると、背中がゾクゾクする感覚を感じた。

 もしやと思って振り返ると、先ほどのように幽霊がそこに居た。

 幽霊は困ったような顔でひらひら手を振っていた。


『えっとー、わ、私は大丈夫だよ-』


 しかしその声は届かずに藤沢はワゴン車の周りを回り続けている。

 その声が届いたのはおばさんの方だった。

 おばさんはくわっとすごい顔になって幽霊に近づいて行った。


「何言ってんのよ、私はさっきあなたが轢かれるのを見たわよ!! 骨折れてるんじゃないの!? 怪我は!? とにかく病院に!」


 この幽霊は遠目には違和感が無いし、おばさん自身も慌てているので、まさか幽霊だとは思っていないようだ。

 そりゃ、普通はそんなこと思わないよな。


『いえいえ、大丈夫ですから~』


 幽霊が手をひらひらと振っておばちゃんの申し出を断る。


「なにいってんの! こういうのは甘く見てるとあとでむち打ちで酷いことになったりするのよ! とにかく病院に行きなさい!」


『病院に行っても病院も困ると思いますし~。本当に本当に大丈夫ですから~』


 幽霊とおばさんが押し問答をしていると、やっと藤沢が気がついて走ってきた。


「ミカ! ミカ! 良かった! 大丈夫か!」


『あ~、大丈夫~、なんともないよ~』


「よかった……よかった……!!」


 藤沢が力尽きたように地面に這いつくばって、「よかった」を繰り返す。


 俺がじっと見ていることに気がついたのか、幽霊はこちらをみた。


『びっくりしましたね~。さすがに二回は死ねないですね~。でも、PTSDにならないかなぁ……』


 幽霊がのんきにつぶやく。

 おいおいおい。

 幽霊がPTSDとか心配するなよ!


「いやー怪我が無くて良かった!」


 藤沢が泣き笑いをしながら幽霊に抱きついた。


『大げさだよ~』


 幽霊が笑う。


 藤沢、いい加減に気がつけ。

 お前の奥さんは怪我するわけがないって。


 お前の嫁さん、もう死んでるから。



夏だ!

怪談だ!

でも怖くないぞ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸せなのは良いことだ 歳もとらないだろうしこんなお嫁さん裏山しいだけです [気になる点] 生前が無いと幽霊なのかわからない [一言] うちうじんとかようかいのかのおせい
[一言] あ~~因みに坊さんは幽霊を成仏出来ませんよW 何故知ってるかと言うとお隣りが幽霊が出て坊さんを呼んだけど効果が無かったみたいです。 其のあとは……夏らしく聞かない方が良いですねW ガチ…
[良い点] これは藤沢くん裏山案件ですね! 奥さんめっちゃカワエエじゃにゃいですか(///∇///) ホラー描写も素晴らしかったです!(*´ω`*)
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