ミスティアのクーデターまでの六日間 終演 前編
「なんで私はサグルを置いて来てしまったの」
ミスティアはあの状態のサグルに切り札が無いことは分かっていた。それなのにサグルの切り札があると言う言葉を信じて、彼を置いて先にこの国に来てしまったことに自責の念を抱いていた。
「すみませんミスティア」
アルファが申し訳なさそうにミスティアに謝る。彼女にはアルファが謝る意味がわからなかった。いつも助けてくれる彼が自分に謝る理由など無いと信じていた。
「何を謝るの?」
アルファは意を決したように口を開く。
「あなたをコントロールしました、ニグルの力で」
ニグル、その言葉でミスティアは全てを理解した。自分がなぜサグルを置いて来てしまったのかを。だが、ミスティアはアルファを恨むようなことはしない。当然であろう自分のことを思い、助けるためにやったことだ。あのままあそこにサグルと一緒にいても全滅していた。自分はあの場所からサグルを置いて移動することなど無いのだからと。
「あなたに辛い役を押し付けてしまってごめんなさい。私はリーダー失格ね」
パーティーのリーダーならあそこは一人を犠牲にして残りを助けるのが良策であり唯一残された道であった。それを選べない時点でミスティアはリーダーとは言え無い。
だが、それを責めるものはここにはいない、本心では皆サグルを置き去りにして先に行こうなどとは思っていなかったのだ。
皆は焼かれる大地を見ていた。まるで太陽が大地にいくつも沈むように赤く燃える。
「……おかしい」
アルファが燃える大地を見つめながらそう呟く。
「何がおかしいの?」
振り向いたアルファは広角を上げ笑っているように見える。サグルが死んだというのに笑うアルファをミスティアは少し不快に思った。だけど笑うしかない状況だというのも分かることだとアルファの心情を察したが、彼が発した言葉によりその笑みの理由が責める類いの笑みではないことを理解した。
「サグルが生きています」
それを聞いたミスティア達はアルファに詰めより間違いないのか何度も確認した。アルファはサグルと精神的に繋がっており、ある程度の感覚を共有することができるのだと言う。そしてあの燃え盛る大地の中でサグルは生きている。どうやってかは分からないがサグルは生きているのだとアルファは叫ぶ。
「よかった……」
ミスティアは心からそう呟いた。しかし次の瞬間ミスティアは行動を起こす。サグルを助けに行こうと。
だが、アルファはそれに異を唱える。ジュエリがいるのかいないのかが分からないから行くべきではないと言う。
だが、ミスティアとミリアスは助けに行くべきだと主張する。サラスティはアルファに賛同した。
アルファは続けて言う。大地は依然として燃えていて、その火は今だ衰えない。サグルを助けに行くのは危険なのだと。
だがサグルを助けたい二人は火を魔法で消火していけば良いとおよそ理性的ではないことを言い出す。それほど二人にとってサグルは大事な仲間なのだ。
アルファは二人と違って理性的だ、なぜなら今のサグルの状態が手に取るように分かるからだ。そこで彼は妥協案を出す火が鎮火するのを待ってサグルが弱っているようなら助けに行く、健康体ならこの街でサグルを待つ。二人は渋々だがその妥協案に従った。火の中にはどちらにしろ入れないと言うのもあるのだが、アルファはミスティアにもう一度ニグルの能力を使ったからだ。アルファは嫌うニグルの能力を使ってでもミスティアを守りたかったのだ。それを責めることは誰にもできない。
◆◇◆◇◆
「おかえりなさいジュエリ」
天使末席のジュエリが空間を飛び越えハコブネに帰還した。それを迎えたのは天使長である猫人のミネルバだった。
「ねーねー、ジュエリ負けちゃいましたにゃ」
天使が負ける? その言葉をミネルバは理解することができなかった。この世界で天使に勝てる存在など神か使徒位しかいないと言うのに、たかだか狼人に負ける?
「何を冗談をいっているのですジュエリ。天使が狼人に負けるわけが――」
その言葉を紡ぐ瞬間ミネルバの背筋が凍った。何者かがジュエリを見ている。隔離された世界であるハコブネを外から見ている。ありえない、ありえないとミネルバは呟いた。
しかしその気配はすぐに消え去った。一瞬何かの気のせいかとも思ったが。天使長である自分が間違うはずがないと思い直し今起きたことを神であるシンヤに報告に向かった。
神の間ではすでに猫人の天使が5人、神であるシンヤが座る玉座の前に控えていた。
ミネルバがジュエリが負けたことと今起きたことを報告すると、そうかと一言呟き上の空になった。
最近シンヤ様は上の空になることが増えたとミネルバは思う。あのガリウスと言う人間が来てからシンヤ様は少し不安定な気がすると考え、それは神に対する冒涜だと、不遜な考えを掻き消すように頭を振った。
シンヤがピクリと目を見開き虚空を見る。その空間が歪み一人の女が現れた。
「何者にゃ!」
7人の天使達はシンヤを守るようにその女に対峙する。
「よい、そやつは我の客人じゃ。お前達は下がれ」
「しかし、このようなっ不信人物――」
ミネルバがそういうや否やシンヤはミネルバを叩き飛ばす。
「三度は言わぬぞ、サガレ」
「はっ!」
七人の天使達は見たこともない形相のシンヤに恐れおののき神の間から逃げるように退出した。
「お前の指示通りに天使を送ったぞ真奈美」
「ええ、ご苦労様ですシンヤ」
黒髪のその女は真奈美、大和神国女王であり使徒である真奈美である。
「それで約束は守ってもらえるんだろうな真奈美」
「当然ですよシンヤ、しかしあなたがアディリアス様を諦めガリウスを求めるとはね」
その言葉にシンヤは鼻で笑う。
「ガリウスはアディリアス様の生まれ変わりだ、私には分かる。だからいくらアディリアス様の神気を集めても復活しないのだ」
それを聞いた真奈美はそんな訳がなかろうと思ったが今は利用できるのだからそう思わせておこうと思い、笑いそうになる顔を引き締め真顔で頷いた。
シンヤはすでに狂っているのかもしれないと真奈美は思う。
「まあ、いいですよ。今さら私たちはアディリアス様復活には興味ありませんからね。ただ、本当にあなたが協力してくれるとは思いませんでしたよ。本当に人生はゲームは役に立つ神の祝福ですね」
勇者専用神の祝福である人生はゲームは1年間指示に従い命令を遂行することで特典として神の祝福が一つ手に入るチートである。マイラは勇者であることを拒否していたので人生はゲームを1年間使い続けたことがないため特典を享受されたことがない。それを約1000年ほど前に真奈美は手に入れた。
「特典はいくつもらえたのだ?」
「そうですね1,000個は越えましたよ」
「ふん、そうかちゃんとやっていたのだな」
「ですが妹を、クローン体であるアリエルを失ったのは痛いですがね」
アリエルは公爵の情婦を洗脳して真奈美が自分のクローンをその子宮で培養させ誕生させた存在である。それ故、潜在的には真奈美と同じ力があるのだが、その力は真奈美により封じられている。
「あやつなら、今は我が八番目の天使だぞ。返せと言っても返さんからな」
元は真奈美のクローンとは言え性格はすこぶる良く、とても同じ遺伝子を持つものとは思えないなとシンヤは苦笑する。
「うーんとは言え、私の元に帰ってくると思いますよ彼女は私を愛してますから。私も彼女を愛していましてね。正直人生はゲームのお告げを無視しようと思いましたよ愛してる彼女の顔を焼いたり四肢を切り取るなどやりたくもなかったですからね」
「だがやったのだろう?」
「ええ、しましたよ。人生はゲームのお告げには意味がありますからね。あれに従ったからこそガリウスに会え、あなたとこうやって話すことができたわけですから」
愛するものを汚してでも良い未来を望むとはシンヤは真奈美の狂気は長く生きた弊害かもしれないと思う。
お互いがお互いを狂人扱いしているのだから。どちらも狂っているのだろう。
「それで静はガリウスではないのね?」
「ああ、ガリウスは静の神気を与えられた存在だ。そしてアディリアス様の生まれ変わりだ、絶対にそうだ」
しつこく生まれ変わりを強調するシンヤに辟易しながらも真奈美は話を続ける。
「神気がない静なら捕まえるのも容易いでしょうね」
「侮らん方がいいぞ、あやつは神気がなくともこのハコブネに断り無く入れる強者だ。知識と魔力量はお前を越えるぞ真奈美」
「私を越える?」
そう言われ真奈美の自尊心に火がつく。1,000を越える神の祝福を持ち唯一無二の神意を持つ私を越える? 人間状態の静が?
「それはないわね神気がないなら私の方が上よ。なんならあなたで試して上げましょうかシンヤ」
自尊心を傷つけられた真奈美はシンヤを挑発するが、シンヤはそれを軽くスルーする。シンヤは神のシステムや魔人に対応するために力を貯めてなければいけないので無駄な力を使うことができない。
「自尊心を傷つけてしまったのなら謝るよ真奈美」
「ふん、まあいいわ。それよりも気がついた?」
「なにがだ?」
「この世界アップデートされたわよ」
「アップデート?」
真奈美が言うには今まで作れても灰になった物が普通に作れるようになってると言う、それをアップデートと真奈美は呼んでいるのだ。
「それは知らなかったな」
真奈美は勝ち誇ったように虚空から数個のアイテムを取りだシンヤの前に置く。
それは地球にいた頃の懐かしい家電だった。
「今はこれだけね。徐々にアップデートされてるようだからまた作れるものが増えるかもね」
「魔道具ではないのか?」
「完全に地球と同じ物よ作るのには魔道具を使ったけどね」
シンヤは驚く、1万年もの間に科学技術は全く発展しなかった。それなのに急にここまで発展を遂げるそんなことがあるのかと。
再現しようとしても灰になったのに今は作れる。なるほどアップデートと言うのも存外あってるのかもしれないとシンヤは頷く。
この1万年で変わったことなどなにもない。だがシンヤは思う。もしかしたらマイラがウルガスの塔に入ったことと関係しているのではと。
ウルガスの塔はアディリアスから立ち入りを禁止されていた。それはあくまで使徒のみの話だ。それに入った生き物はすべてUMAに殺される。だから誰も入るものはいなかった。しかしマイラは入ったUMAにも襲われず塔に入ることができた。これは1万年で初のことなのだ。
「3つの世界か」
シンヤが思わず呟いてしまう。
「3つ?」
「いやなんでもない」、その言葉は真奈美の探求欲を刺激した。
「そういえばシンヤ邪骨精霊龍のことは知ってる?」
「邪骨精霊龍? なんだそれは」
真奈美はシンヤの目を見る。その目は嘘を言っていない、目でシンヤは邪骨精霊龍を知らないことがうかがえた。
真奈美は邪骨精霊龍のことを教える変わりに3つの世界のことを聞かせる事を交換条件にした。
「なるほど、この世界はそんなことになっているのね」
「こちらこそ驚きだ狼人達のパワーアップにそんな秘密があったとはな」
「でも、そうなると地球も三層構造じゃないの?」
真奈美がそう思うのは至極当然だ。こちらの世界だけ三層構造と言うのはおかしい。もし三層構造なら地球はまだ滅んでいない可能性があると真奈美は考えた。
だが確証はないのでどうすることもできないとも
「こちらから地球へ人を送ればよいではないか」
「滅びる世界に人を送るなんてできるわけ無いでしょ。私が人を救うためにどれだけの時間を費やしたと思っているの」
「ふん、日本人を送れと言っておらん。」
「なるほどね、死んでも良い人間を送れば良いわけね。ならうってつけの人間がいるわ。とは言えこのまま送ってもなにも得るものがないからシステムを構築しないとね」
「手伝ってやろうか?」
「いらないわあなたの神システムはアディリアス様の物でしょ100%使いこなせないわ」
「しかし、まさか神気で神システムを作り上げるとはな」
「私の神意 神システムはこの世界の人を人質にしてるしね」
真奈美の神意 神システムはすべての人の海馬に繋がっており、その人の脳を演算装置として使い世界を構築している。また魔法回路は人間のシナプスから作られておりすべての人間の魔法回路を直列でつなぐことにより初級魔法が世界を破壊するほどの威力を出すことも可能なのだ。
「じゃあ、今日はここら辺でおいとまするわ」
「ふん、あまりお前の顔は見たくないものだな。だがガリウスだけは我に渡せよ」
「分かっているわ、これからは共闘関係で仲良くしましょう」
「ああ、そうありたいものだなアディリアス様の使徒よ。いや、神真奈美と呼んだ方がいいかな?」
真奈美はそう言われ大笑いするが、神、それもまた良いかと思いシンヤに宣言する。
「シンヤ、私を呼ぶならこう呼びなさい三柱神とね」
終演は前編と後編になります。