ミスティアのクーデターまでの六日間 その十六 ~救国の女勇者~
「ジュエリ!!」
ミリアスが飛んでいくジュエリに声をかけるが、彼女はミリアスを無視をして王城へと飛んでいった。
「なんで……何でだよ!」
うなだれるミリアスを後ろからサラスティが羽交い締めにしている。
「また浮気ですかミリアスさま」
「ち、ちがッ……」
まあ、そうなりますよね。
「サラスティ! 怒るのは分かるけどアルファとサグルの回復をお願い」
羽交い締めにされてるミリアスはそのまま屋根から飛び降り私達の前に降り立つ。
「サラスティあとで罰は受けるからサグルを治してくれ」
「……わかりました」
ミリアスの背中から飛び降りたサラスティがアルファに手をかけようとしたとき物陰から人が現れた。アルファだった。怪我一つ無いアルファがそこにいた。
「心配かけて申し訳ありません。それは分身の術で作った偽物です」
「分身の術?」
「ええ、詳しい話は後で。それよりもサグルを治してあげてください」
そう言われたサラスティはサグルに手を乗せたが首をかしげる。
「怪我はしてないようです」
さっきあれほど青い炎に包まれ、今もまだ膝をついている状態なのに怪我を負っていない?
「嘘でしょ?」
「本当です、無傷です」
「サグル大丈夫なの?」
「分からない、なにかが俺の中にあるみたいなんだ」
「何かって何?」
「瘴気が俺の中で渦巻いてる」
「中和できなかったの?」
「違う。瘴気が俺の物になってる」
「アルファどういうことなの!」
「分かりませんが、のんびり話している暇はなさそうです」
アルファが指を指す方からすごい勢いでゾンビ軍団が走ってくる。その動きはまるで津波のように仲間のゾンビを押し退け私達に向かい来る。
「アルファ、さっきの技は何? ゾンビにも効くならもう一度かけてちょうだい」
「分かりました、ですが真奈美様への怒りを忘れていただけますか? その方が効果も上がります」
アルファの言わんとしていることは何となくだけどわかる。私は真奈美の側にいすぎた、力を見すぎた。あれはもう人間では到達できない領域、神の領域だ。
恨みを捨てることはできないけど、怒ることはやめよう天に唾をしても自分に帰ってくるだけだ
「分かったわ」
「ではかけます」
そう言うとアルファは”パチン”と指を叩く、その音と共に私の身体が輝いた。それは先程よりも明るく輝き聖なる力を私に与えてくれた。
「ミリアスとサラスティは私達の後ろに隠れてて」
「俺にもかけてくれないか?」
ミリアスがアルファにお願いするが信仰する神が違うから無理だと言う。そしてサグルにもかけられないと……。
サグルは真奈美への忠誠心は変わっていないが、邪骨精霊龍に対する信仰心が忠誠心を上回っていると言う。
だからサグルの信仰対象は真奈美ではなく邪骨精霊龍なので退魔術をかけることができないのだとアルファは言う。
「大丈夫だ、みんな俺の後ろに隠れろ」
サグルが私達の前に立ちゾンビを迎え撃つ体勢をとる
「何いってるのそんな身体で」
「違うんだ、たぶん大丈夫だ。俺は戦える」
「え?」
ゾンビが私たちに迫ろうとするとき、サグルの身体から黒い霧が現れる。まるで亡霊王が霧状になったときの体みたいな霧が出た。
それはゾンビ達を包み込み動きを止めた。
一歩進む毎に霧も前に進みゾンビ達を飲み込んでいく。 前方で通行止めを食らったゾンビ達がどんどん重なりまるで山のようになる。
それすらもサグルの黒い霧は飲み込む。
進めなくなったゾンビ達は左右に散り私達に向かい襲い来る。
「サグル左右は任せて」
左右から来るゾンビ達の数はそれほど多くない。私でも十分にいける。
二十一形を使いゾンビを切り裂くと私に宿る聖なる力で浄化され、ただの死体へと変わる。
アルファも危なげなくゾンビを倒している。これならいけると思いサグルの方を見るとゾンビ達が何かを呟いていた。
一重積んでは父の為。
二重積んでは母の為。
三重積んでは西を向き……。
その呟きとも呻きとも取れる言葉でゾンビ達は一人一人が結び付き巨大な肉人形となった。
巨大なゾンビが腕を振りバシンバシンとサグルの黒い霧を叩く。
その度に肉人形から何かが跳び跳ねる。それは人の体の一部でバラバラになった肉片がウニョウニョと肉人形の体に戻っていく。
叩かれている霧はそのままサグルにダメージを与えているようで、その衝撃でサグルは後ろに後退していく。
私はパワーシューズの力で飛び上がりジャンプをして巨人の身体に剣を突き立てた。
刺したゾンビの体から黒い瘴気が抜け落ち一瞬死体に戻ったのだが、すぐに周りから瘴気が補充され元のゾンビの肉体に戻った。その瞬間、私は足を捕まれ逃げ出すことができなくなった。聖なる守りがこいつらには効かない、と言うか自分の体が焼かれていてもお構いなしなのだ。
「ミスティア爆発させます、その隙に逃げてください」
”パチン”
アルファの指が鳴ると私を掴むゾンビ達の腕が吹き飛ぶ。私はパワーシューズに力を込め後方にバックステップをした。
「だめ、こいつさっきの亡霊王と同じくらい強いわ」
「これは冥府の賽の河原を彷徨うと言われる卑僂呼ですね。」
アルファが肉人形を見て分析をする。
「なんでゾンビがそんなものになるのよ」
「あの地獄門の影響でしょうか、瘴気がこの町全体を覆って不死体達に力を与えているようです」
「つまり王城に行くにはまずあの地獄門とやらを破壊しなきゃいけないってこと?」
「そうです、あれがある限り再現なくアンデッドが出てきます。ですが、まずは地獄門より先にこいつをどうにかしないと」
アルファが卑僂呼の足元に短剣を数本投げる。それと同時に卑僂呼の動きが止まった。
「サグル今です、瘴気を吸い込みなさい」
「やってる! だが吸っても吸っても瘴気が無くならないんだ」
見ると地獄門の方から黒い霧が卑僂呼へと流れ出て絡み付いている。
瘴気が補給されてる?
吸ってるそばから補給されていてはいつまでも吸いきれるはずがない。
だからといってあまり卑僂呼の方にばかり構っていられない。
すでに飽和状態のサグルの防御壁から漏れたゾンビが左右から押し寄せてくる。次から次へと襲ってくるアンデッド達の対応でとても卑僂呼まで手が回らない。
左右のゾンビは私とアルファでなんとか対処できるが気を抜けばすぐに突破されてしまうほどの勢いだ。私達の後ろにはミリアスとサラスティがいる。二人はアンデッドに襲われたらなにもできないから、ここは絶対に死守しなければならない。
「ごめんサグルなんとか持ちこたえて」
「ああ大丈夫さ、明日でも明後日でも持ちこたえて見せるよ」
そう言うサグルの身体からは、また青い炎が湧き出していた。よく見るとあの青い炎はサグルの体を焼いている訳ではなかった。だけど、害が無いようにも見えない。
どうすれば……。私の振るう剣も重い、あと数分もすれば疲れで剣を振れなくなる。このままじゃジリ貧だ。
「ミスティア、退魔術の効果が切れます。死の氷柱でゾンビを凍らせてください」
「分かったわ、死の氷柱!」
私がかけた死の氷柱でゾンビ達がまるで氷の壁になる。アルファの方も死の氷柱を撃ちゾンビで氷の壁を作り退魔術をかけ直す時間を稼いだ。
退魔術をアルファにかけてもらい更に大和神国製の体力回復ポーションを飲んだ。
「これでしばらく大丈夫ですね」
「でも、サグルがこのままじゃ」
その時凍っていたゾンビ達が燃えだし大量のスペクターが現れた。それらは一つとなり亡霊王となった。
「なんでジュエリがいないのに、スペクターが亡霊王になるのよ。それも二体も」
「いいえ、それだけじゃないようです」
アルファが指を指す方を見ると卑僂呼が何体も屋根の上から頭を出す。
卑僂呼達の叫び声がまるで木霊のようにいく重にも重なり響き渡る。
その叫び声は私達の絶望の合図だ。勝てるわけがない、生き残れるわけがない、王城にたどり着けるわけがない。
『もういいのです守るものもないのですから』
ウィルソンの最後の言葉が私の心の中で何度も何度も反芻される。
守るものがない? あるでしょミリアスやサラスティがいるアルファやサグルがいる。私にはまだ守らなければいけないものが一杯あるんだ。
こんなことで絶望なんてしてられないのよ。
「アルファ、スピードスターをかけて」
「了解です、”スピードスター”!」
アルファの補助魔法がかかり体が軽くなる。普通の戦いかたじゃダメだ。神経を研ぎ澄ませ。感覚を極限まで高めるんだ。私は獣人だ。変身できなくても私にはお父さんやお母さんの血が流れている。
それにガリウスがくれた救国の女勇者の力。
私はその力を信じる!
サグルやアルファのように完璧じゃない、何一つ満足に無い私のこの体だけど。
みんなを救うために、ガリウス力を貸して!
目の前が一瞬白くなり私の中にある神気が”退魔術 荒魂羅技”と囁いた。ウイニードの言葉じゃない。確かに私の中にあるものからの囁きだった。
「荒魂羅技!」
偽勇者の剣が光り周囲を浄化する。
亡霊王が荒魂羅技の光りに怯えたじろぐ。滑るように距離を縮めると亡霊王の懐に入り剣を突き刺す。光りの剣と化している偽勇者の剣で切られた亡霊王は、まるで油に剣を突き立てるように手応えなく切り裂かれると光りの粒子になり消え去った。
私はそのままアルファのところへ向かうと同じように亡霊王を葬った。
体が軽い。スピードスターやパワーシューズのお陰もあるけどそれ以上に体が軽い。
私は返す刀で上空へ飛ぶと、サグルが押さえている卑僂呼の頭上に剣を突き立てた。剣からでる光が稲妻のように走り、すべてのゾンビにその光が行き渡ると卑僂呼は亡霊王と同じように光りの粒子となり消え去った。
「助かったよミスティア」
卑僂呼が消え去るとサグルは膝をつき、呼吸を荒くして今にも倒れそうになる。
「サグル大丈夫?」
「ああ、大丈夫だまだ卑僂呼が三体もいるしゾンビもいる倒れてなどいられないしな」
「そうね、絶対に生き残らないとね」
私はゾンビの大群や卑僂呼を迎え撃つべく戦闘体勢を取ると、新たに”退魔術 荒魂鎮魂歌”と言う呪文が神気から伝わってきた。
「荒魂鎮魂歌」
その言葉と共に私の口が何かを唱える。聞いたことの無い言葉で、発音さえ無理だと思えるような音が口から出る。身体が勝手に動き剣を空高く掲げる。
剣を中心に光りの球が膨れ上がり、まるでシャボン玉が膨れるようにドンドン大きくなる。それは再現なく大きくなると王城にまで届くほど大きくなった。大きくなり続ける光球は地獄門とぶつかると膨張が終わり、光球の内部にいる不死体達や瘴気を浄化した。
「すごいですねミスティア」
「こんなかくし球があったなんてな」
「さすが俺の勇者だ。」
三人が思い思いに私を褒め称えるが、正直私の力ではないので恥ずかしいのでやめてほしい。ガリウスがくれた救国の女勇者の力なのだから。
その時、私の左のおさげの紐が地面に落ちた。
どこからか灰が風に舞い空に飛ばされていった。
クリフハンガーぽいですがミスティアは死にません。