ミスティアのクーデターまでの六日間 その十二 ~龍の幼体~
「なんで、力が上がる前までの時に飛んでいるのにあなたは力を得ているのですか!」
ネクロムの問いにサグルは答えずズカズカと間合いを摘める。
「まあいいです、龍の力を奪うことには成功したんですから、あなた達などに構っていられません。”次元跳躍”」
しかし、”次元跳躍”で逃げようとするネクロムは再び岩壁に叩きつけられた。
「ぐっ!?」
「逃げられると思うなよ」
「ど、どういうことなんですか。平行世界に記憶を送るなんて無理なはずですよ。なんであなたは私が逃げることが分かったのですか!」
「俺はお前が作るすべての平行世界に意識を飛ばすことができる」
「そんな馬鹿なことが!」
「ああ、俺一人ならできんだろうな」
「あ、あなた以外だれがいるというのですか!」
「神様だ。お前は龍神様と戦っているんだよ」
サグルは月を指差し、そう叫ぶ。さっきまであいつ呼びだったのに、まるで崇拝しているように彼は月を仰ぎ見る。
「神だと? 私達は神に見捨てられた民族。その私に向かって神を名乗るか!」
ネクロムの殺気が格段に上がる。そこには怯えもなく、驕りもない。
「”糸刃光輪陣”」
無数の糸が四方八方からサグルを襲う。まるでそれは太陽の光輪のように輝く。しかし、その糸の軌道は不規則な変化をして避けることは不可能に思えた。
「サグル!」
私がそう叫ぶとサグルの身体から、さらに黒い陽炎が涌き出る。ネクロムの輝く糸がその黒い陽炎に触れると糸は黒くなり崩れ落ちる。
次から次へと繰り出される糸はすべて黒い陽炎を突破することすらできない。すべての糸は陽炎に阻まれサグルを傷つけることができなかった。
「私は土蜘蛛の女王ネクロムぞ! こんなところでこんなところで死んでたまるか! 龍の神だと言うならば、龍の攻撃を完全に無効化する神の祝福 百足虫ノ加護を突破できまい」
そう言うと先程すべての土蜘蛛を被っていた龍の攻撃を無効化していた光の皮膜を纏う。
「”邪魔風来斬”」
無数の黒い風の刃がサグルの両腕の爪から発生する。それはひとつや二つではなく、腕を一振りする毎に五つの風の刃が生まれそれが旋風となりネクロムを襲う。
その黒い旋風に防御はまるで役に立たず、ネクロムの外骨格をズタズタに引き裂く。
「グハッ! なぜだ、これは龍の攻撃を完全に防ぐ神の祝福だぞ!?」
「龍? 残念だったな俺は狼だ。そしてこれで終わりだ、死ね!」
サグルがネクロムを殺そうとするその瞬間、私はサグルに抱きつきそれを阻止した。
「ミスティア離すんだ!」
「ダメよ! あなたは誰かを殺せば狂気に囚われるわ。だからあなたは殺しちゃダメ」
「だけど、こいつは生かしてはおけない」
「こいつを殺さなければいけないなら、私が殺す。だからあなたはもう殺しちゃダメよ」
すでにネクロムはサグルの攻撃で外骨格をズタズタに引き裂かれて防御能力は皆無だ。これなら軽量型偽勇者の剣・改Ⅱ強化型の中級火魔法火災旋風でも十分に殺せる。
「火災旋風!」
炎の旋風が剣先から放たれネクロムを襲う。しかし、その一撃はネクロムを焼くことはなかった。土蜘蛛が自分の身を犠牲にしてネクロムを助けたのだ。
そしてネクロムを守るの土蜘蛛は一匹だけじゃなく、次から次へと沸きだした。次世代タイプも何人かおり一瞬でネクロムは見えなくなってしまった。
「殲滅系神域魔法:死の氷柱!」
私は軽量型偽勇者の剣・改Ⅱ強化型のスクロール魔法を使い大量の土蜘蛛を氷漬けにした。
「終わったの?」
「分からない、土蜘蛛の群れでネクロムの姿が隠れてしまって見えなくなった」
私達は氷漬けの土蜘蛛達を調べたがその中にはネクロムの姿はなかった。
「逃げられたわね」
「いいえ、そうでもないですよ」
いつの間にかアルファが私の横に立ち奥の山の方を遠目に見る。
「どういうこと?」
「私がただ無様に捕まったとお思いですか?」
「う、うん」
「……ミスティアは酷いですね」
そう言うとアルファは指をパチンと鳴らす。アルファが今まで見ていた山がまるで噴火したような爆炎をあげ、まるで砂山のように山が崩れ消失した。
「あれアルファがやったの?」
「ええ、一発限定なのでもう使えませんが、これでネクロムは……うん? まだ生きている」
アルファが鑑定魔法と望遠魔法を使い遠目に見てネクロムの存在を確認する。
しかし、アルファはあれのを直撃で受けては助かったとしても、瀕死で糸も強靭な力も使えないでしょうから放っておいて良いでしょうと言う。
非力な人間が少し時間を巻き戻せたとしても、たいしたこともできないと楽観視する。
「いや、殺さないと後々厄介だ。アルファ場所を教えろ」
サグルはアルファに詰め寄るが彼はサグルをいさめる。
「サグルさん、あなたはミスティアの従者でしょ正義の使者じゃないんですよ」
そうかアルファも本当は逃がしたくはないのだろうけど、私がいるから追えないのだ。
「……そうだな、すまない」
「サグルが謝ることないよ、私が非力なのがいけないんだから」
私がサグルにそう言うと、ミスティアは非力じゃないただ優先順位を俺が間違えただけだからと言う。
でも今はネクロムより、私よりも心配なことがある。
「サグル、心はまだ私たちの側にあるの?」
「ああ、大丈夫だよミスティア。邪骨精霊龍様は俺に力を貸してくれている」
サグルを覆う黒い陽炎が消え瞳が赤から優しい瞳に戻る。だけど身体にはまったく変化がない。
「時間が来ればまた元に戻れる?」
「ごめんミスティア、俺はもう戻れないようだ。たぶん俺の身体はすでに邪骨精霊龍様の兵なんだと思う。俺の意思を奪わないのは、まだ約束の時じゃないからだろう」
様か……。もう心まで侵食されかかってるのかしら。それとも純粋に力を貸してくれた邪骨に心酔してるのかもしれない。
「大丈夫、絶対に力を取り戻してあなたを元に戻すから」
「ありがとう、俺はその言葉で十分だから」
アルファがサグルの背中を叩く。
「諦めるのは早いですよ。あなたが諦めたらミスティアは誰が守るんですか」
「アルファ、その時は君に頼むよ」
「私は任務があります。あなた達とはこの国でお別れです。だからあなたがミスティアを守りなさい例え死んでも」
アルファにそう言われたサグルは眉間をポリポリと掻き困った顔をする。
「アルファはきついな」
「当たり前でしょう、こんなワガママ女任されても困りますよ」とアルファは親指で私を指し示す。
「ちょ!誰がワガママ娘よ!」
「娘じゃなくて女ですよ、そんなに若くないでしょ」
「くっ!アルファの癖に言うじゃない!ってまだ21歳よ」
「僕たちはまだ数え歳で1ちゃいですよバブー」
「プッ、笑わせないでしょ。バカじゃないのアルファ」
アルファはハハハと笑うと頭を軽く掻く、そう言えば実際に二人は生まれてまだ間もない。冗談ではなく生まれてまだ数ヵ月なのかもしれないわね。
『ミュ』
わたしがアルファに謝ろうとすると、どこからかかわいい鳴き声が聞こえる。周りを見回すと足元にかわいい龍の幼体がいた。
私にまとわりつく幼体を持ち上げるとどこかで見たことがある顔をしていた。緑がかった白い肌、まるでウイニードを小さくしたような体だった。
「もしかして、あなたウイニードなの?」
『ギャ!』
私はその幼体を抱き締めた。
「良かった死んでなかったのね」
『そうだ人よ、我らが盟主ウイニード様は死ぬことはない』
一匹の古龍が前に出て私に話しかける。
『ギャギャ、ギャ』
『盟主様は言っておられる、我も連れていけと』
「え、ウイニードついてくるの?」
『ギャ!ギャギャギィ』
『お前達は魔王城に行くのだろう? 今魔王城に精霊龍様がおられる。我らが神のお力ならウイニード様は復活することができようと盟主様はおっしゃっている』
龍達の言葉は分からないけど古龍がそう言うなら、ウイニードは復活できるのでしょう。でも、力がない私に着いてきても大丈夫なのかしら。
「ウイニードは死ぬことはないのね?」
『うむ、盟主様は絶対に死ぬことはない。ネクロムに力は奪われたが、ウイニード様は精霊龍様が御姉妹を模して作られた存在だ、その力は神に限りなく近い』
まあ、その神もネクロムに負けちゃったけどね。
「分かったわ、ウイニードには借りがあるし死なないならつれていきます」
『うむ、ならば我らも貴様らをこの山から目的地までつれていってやろう。とは言えこの国周辺から外には出れんのだがな』
古龍以上の知恵ある龍はすべて精霊龍に作られており、この周辺から出ることを禁じられているそうで魔王城へ直接行くことはできないそうなのだ。ウイニードは良いのかと聞くと大きすぎる力が人を傷つけるから出ることを禁じられていると言う理由なので、力無き今なら問題はないと言う。
私達は古代龍達に王城まで私達をその背に乗せ連れて行ってもらえることになった。
私達は準備のため今夜はここでキャンプをして明朝に王城へ突入することにした。龍が送ってくれるとは言え、龍達は戦闘には参加することはできないと言われた。
精霊龍様の命には背けないと言う。
「ミスティアさん、この土蜘蛛の外骨格をレジスタンス達に装備させましょう」
アルファが言うには自分の火でも焼ききれなかった外骨 格なので防具に最適だと言う。
土蜘蛛の外骨格はそのままでは装備できないので、土蜘蛛の糸で繋ぎ会わせて鎧にした。糸がふんだんにあって良かった。夕飯に土龍の肉を出しても良いのかと古龍に聞いたが自分達とは別種な下等なハ虫類だから気にしないらしい。
食事をしていると、いつの間にかサグルがいなくなっていた、焼いた肉をもってサグルを探すと岩影で休んでいた。
「サグル、食事しなないの」
「そんなにお腹は減ってないんだ」
「本当に? 遠慮してるんじゃなくて?」
「本当だよ」ギュゥゥゥ
「……た・べ・な・さ・い!」
私は持ってきた肉をサグルの口に無理矢理ねじ込んだ。
「ありがとう」
たぶんサグルは自分の身体が獣人のままだから、みんなに不快感を与えないよう隠れていたのだろう。馬鹿なんだから。
足りないだろうからと、もう少し肉を取りに行こうとするとサグルは私の腕をつかみ引き留める。
「どうしたの?」
「ミスティア、絶対にガリウスに会えよ」
私はサグルの頭を殴る、まるで別れの挨拶みたいじゃないかと頭に来たからだ。
「サグルをガリウスに紹介するんだから、別れの挨拶みたいなこと言わないでよ」
だいたい、龍に乗って王城へショートカットできるんだから時間は間に合う。
だからサグルは邪骨の兵にはならない。
「少し待っててね肉とってくるから」
「肉なら私が持ってきましたよ、サグルさんどうぞ」
そう言うとアルファが山盛りの肉をサグルの前に置くと私の横に座る。
サグルはアルファにお礼を言うとバクバクと肉にむさぼりついた。やはりお腹が空いていたのだろう、獣化は極度にお腹が空く、食事をあまり必要としない私でさえ獣化後はお腹が空く、それがずっと獣化した状態なのだからお腹が空かないわけがない。
「サグル、ちゃんと食べなきゃダメよ。飢餓感は精神を尖らせるわ」
「うん、ごめんなるべく食べるようにするよ」
サグルの食事を見ていた私は急に眠気に襲われた。多分ウイニードの力を使ったからだろう身体が悲鳴をあげているのだ。もうすでに私の中にない力だけど、その力の残滓が私の身体を痛め付ける。
「ごめん先に寝るね」
私はその場でサグルに寄りかかり、幼体のウイニードを抱きしめると毛布を被りまぶたを閉じると深い眠りへと誘われた。
◆◇◆◇◆
「寝ましたね」
「ああ、疲れたんだろうな」
「サグルさん、少し口がが悪くなった気がするんですが?」
「そうか? 邪骨精霊龍様の影響かもしれないな」
「そうですか」
「なあ、アルファ、いやイグルと言った方がいいかな?」
「……なんの事でしょうか」
「ネクロムに放った一撃は罠魔法じゃないだろ。あんなのは真奈美様の魔法だ。真奈美様の魔法を使えるのは本人以外は星獣イグルだけだ」
「まあ、私はあなた達のプロトタイプなのですから、そのイグルさんとやらの力があってもおかしくないですよ。ですが仮に私がそのイグルだとしてどうします?」
アルファの身体から今までにない気が膨れ上がりサグルを威圧するように言葉を紡ぐ。
「もし俺が元に戻れなかったら、ミスティアを魔王城まで連れていって欲しい」
それを聞いたアルファの気はしぼみヤレヤレといったように首を振る。
「何度も言いますが私の任務は――」
「頼むよアルファ!」
サグルは必死な形相でアルファに懇願する。
「大きい声を出さないでくださいミスティアが起きますよ」
「すまない、もちろん俺がミスティアを魔王城へつれていく。だけど、もしもがない訳じゃない。だから」
「サグルさんあなたは自分のやるべき事を全うしなさい。この旅の途中下車は許されないんですよ」
アルファは真奈美様の命令は絶対なのだと、ミスティアと一緒にいることを命ぜられたのだから死ぬまで一緒にいろと言う。もちろん弱気になっているサグルにカツを入れるために言っただけで真奈美の命令を重視しての事ではない。
「しかし、俺達はなぜこんなにミスティアに惹かれるんだろうか」
「さあ、私達はガリウスの模造品で記憶の一部を引き継いでますからその影響かもしれませんね」
「大事な思い出は何一つ知らないのにな」
「まあ、誰かも知らないガリウスと言う男の記憶よりも今、私達はミスティアと思い出を作ってるんだからそれでいいじゃありませんか」
「そうだな、俺達はガリウスにもない思い出を作ってるんだもんな」
「そうですよ、私たちの思いはガリウスにだって負けていませんから」
「どうなるかはわからんがミスティアには幸せになって欲しい」
「そうですね、ですがガリウスに取られるなら一発殴らせてもらいますけどね」
「ああ、なら俺も一発殴らせてもらおう。もちろん全力の一発で」
「プッ、あなたが全力で殴ったら死んでしまいますよ」
「もちろん殺すさ」
サグルがそう言うと二人は顔を見合わせて大笑いした。
「「ハハハハハハ」」
「な~に二人とも大笑いしてうるさくて寝れないよ?」
その笑い声でミスティアが目を覚まし大笑いしてる二人を見て不快を伝える。
「ああ、ごめん起こしてしまったか。ちょっと気分がよくてね」
「お酒でも飲んだの?」
「まあそんなもんだよ、未来と言う美酒をね」
「なにそれ、男ってたまにワケわからないこと言うわよね。お休みなさい」
そう言うとミスティアは毛布にくるまって寝転ぶ。二人はなぜかまたおかしくなり大笑いしたが。「うるさい!」とミスティアに脇腹をパンチされ怒られるのだった。
見たいとご要望がありました処女作の「この世界では転生できなくなったので、異世界で転生することにしました 。」を再掲載いたしました。
これは「おさじょ」とリンクしている世界で元になっている作品でアキトの話になります。
処女作ですので生暖かい目で見ていただければ幸いです。