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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゴブリンスレイヤー

作者: エイキ

 ゴブリンスレイヤーとは数多のゴブリン種を屠ってきた者に神が与える称号である。

 そしてスレイヤー系の称号はその種の討伐数が突出して多い事で与えられる称号だ。

 それゆえこの称号を持つ者は、騎士やダンジョンエクスプローラ達の間では最弱の魔物しか狩れない弱者として認識されている。




 私の目の前にはゴブリンがいた。すでに何度も何度も見ている光景ではあるが嫌になる光景だ。

 それでも初めてここに来た時の事を思い出すと月に一度のこの戦いは必要な事だと気を引き締める。


 いつも通りであれば目の前にいるゴブリンの総数は百三十匹、ナイトを指揮官としてシャーマンとアーチャーが二匹ずつ、ソルジャー五匹が固まっている。

 その周りにはホブゴブリンが三十匹ほどいて、そこにたどり着くまでに九十匹のゴブリンを突破する必要がある。


「これはいつもの事、気を抜かずただ己の責務を果たすのみ」


 そう呟いて私は単身ゴブリンの群れに突っ込んで行く。

 魔力で強化された体に称号による攻撃、防御補正でゴブリンどころかホブゴブリンの攻撃すらほとんど気にならない私は移動に邪魔なものだけ斬り奥まで一気に駆ける。


 百二十匹の壁をあっという間に抜けて来た私に後方にいた上位のゴブリン達は驚いてしまい動き出すのが決定的に遅くなった。

 これもいつも通りか。私はそう思いながらも気を抜かず剣を持っていない左手で腰に着けてある小型のアイテムケースからナイフを引き出し、アーチャー二匹にナイフを投げその命を絶つ。


 シャーマンの魔法は基本ファイアーボールだ。魔力を剣に纏わせることのできる私は魔法を切り裂くことが出来る。そうなると矢のような点の攻撃よりも魔法の方が対処がしやすい。


 それに魔法は精神と同調する。壁に阻まれてる間に悠々と攻撃しようと構えているような気がするもの達が一気にその壁を突破され、自分と同じ位置にいる仲間がすでに死んだとわかれば、精神は乱れ魔法は失敗する。

 事実慌てて魔法を放とうとして一匹暴発してひっくり返っている。


 私にとっては都合の悪い話だ。ただ失敗して撃てないだけならナイフを投げてすぐに倒せる。魔法の発動に失敗した方はすでにナイフが刺さり消えていた。


 倒れてしまうとソルジャーとナイトが邪魔でナイフの射線が確保できない。できなければ道を切り開くのみ。

 ソルジャーとナイトを斬り伏せてシャーマンの頭を踏み潰す。

 ナイフを投げる距離ではないし、剣を使っては後ろにいるソルジャーの攻撃に対処できない可能性がある。

 だからこそ踏み潰す。私としてはこの感触は慣れないのでやりたくはないが安全第一だ。


 予想通りに近づいて来たソルジャーを振り向きざまに斬りつけて時間をかけずに上位四種を片付ける。

 残りは取るに足らないゴブリンとホブゴブリン。しかし目などに攻撃を受ければ大変な事になる。私は油断せずひたすらに駆け回り斬り倒しすべてを屠っていった。


「任務完了。……はぁ、いくら解体する必要がないとはいえ、これだけの数の魔石を集めるのは毎回大変だな。だが、やっておかねば生活に困る」


 このダンジョンのゴブリン達は死ぬとすぐに魔力となって霧散してしまう。

 その為、倒してもほとんどが魔石になって終わりだ。たまに上位四種が装備を落とすこともあるがそれも大した物ではない。

 この地に初めてやって来てから七年、価値ある装備品は今使っているこのミスリルの剣くらいだ。


 騎士として国から給料は出ているが、それだけでは日々の暮らしの分くらいにしかならない。

 そうなると装備品の整備やダンジョンに潜る為の消耗品を買い揃える為には安くはあるがゴブリンの魔石を拾って資金を貯めなければならない。

 ナイフも出来る限り回収して使う事にしている。


 国から支給された装備品は最初にここに来た時に支給された物だけだ。

 いや、最初はここに来たのは赴任するために来たわけじゃない。そう考えればここに来てからは薄給しか受け取ってない事になる。

 毎年送ってる装備品にかける費用や消耗品の請求代金はいつになったら来るのだろうか……。現状を考えるにきっといつになっても来ることはないだろう。


 こんな風にして月に一度、ダンジョンの最下層である五階まで赴きゴブリン達を屠り、週の半分ほどをダンジョン四階までのゴブリン狩りに費やしながら私こと、ダンジョン騎士アルドは生活をしていた。




 ダンジョンを出た私は五日ぶりの日の光のまぶしさを遮る為に手で影を作った。この行動がまた帰って来れたという実感を与えてくれた。

 気を抜かなければこのダンジョンで私が死ぬようなことはないだろう。

 だがしかし、世の中には絶対はないしケガをするかもしれない。それに五階にまで行く時は一人で行く事にしている。

 ケガ一つでもまずい事になるかもしれない。だからこそいつもしっかりと準備をしてダンジョンに潜っているのだ。


「あ! アルドさん! おかえりなさい」


 ダンジョンの出入り口にある壁のない掘立小屋から青年が声をかけて来た。

 彼は警備隊のディーノだ。

 ここはダンジョン内のゴブリンが出てこないように監視する場所ではなく、子供たちが間違ってはいらないように見張る場所だ。

 ここに入るのはほぼ私だけなので、ダンジョン前に建物を建てて入り口に鍵をかけておくという案も出されたが、仮にもダンジョンなのでダンジョンエクスプローラ達が来るかもしれない。そうなると勝手にそのような事はできない。

 そうなるとこう言った簡単に作り予算も抑えられるもので収めておくという事になる。


「今帰って来た。町で変わった事はあったか?」

「いえ特に何もないです。あぁそうだ。パン屋の奥さんが妊娠したらしいですよ」

「それはめでたい事だな。今度寄った時に声をかけてみよう。不安になりそうな事がなくてなによりだ」

「俺達の一番不安になる事と言えばアルドさんがいつまでここにいてくれるかですかね?」

「給料は安いがそれ以外文句はない。騎士団を追い出されなければここにいるさ」

「そう言われてもって事ですよ。アルドさんみたいな人は貴重ですしね」


 確かに貴重だろうなと自分でも思う。町としては真面目に働いて問題行動もない騎士として、騎士団としては最下層のあの戦力を一人で相手にできながらもこれほど安い給料で働かせていられる人材としてだ。

 単純に人手不足というのもある。私がここを離れれば数人の騎士を送り込んでこなければならない。


 ダンジョン騎士団というのはここのように稼ぎが少なかったり、極端に危険で実入りが少なかったりするダンジョンエクスプローラが潜らない不人気な場所に送られる騎士団だ。

 ダンジョンに関わる職業の中でも人気のない職業だ。ただ、騎士は一度はダンジョン騎士団に入り己を鍛える事になる。そういう建前だ。


 実際には爵位の高い貴族の子供などは国で確保している鍛えるのに適しているダンジョンで鍛えて、環境のいい職場に送られる事になる。

 私自身も貴族の出身ではあるが下級貴族の五男として生まれた為、最初から家を出る事を前提に育てられている。

 元々エクスプローラ志望だったが色々あって騎士なんてものをやっている。

 その色々のせいでどこかに送り先を変える事もできないのだろう。間違って活躍でもされてしまえば王都に戻さなければならないのだから……。


「貴重だと思ってもらえているケガの心配くらいはしてもらいたいがな」

「ははは! 何言ってるんですか? アルドさんがケガしてる所なんて見た事ないですよ」

「ここ最近は確かにしてないが、人である以上ケガくらいするのだぞ?」

「道具屋のロニーがいつも言ってますよ。消耗品を買ってくれるのは嬉しいけどケガもしない人に売るのは心苦しいって」

「ポーションなどの消耗品があるからこそ安心して潜れるのだがな」

「それでもそういう消耗品使わないでしょ?」

「まぁ、幸いなことにここ四年ほどは世話になってないな」

「それでよく買う気になれますね」

「安心を金で買ってると思えば安いものだ」


 ポーションの効果は大体一ヵ月ほどすると薄れ始めてしまう。

 だから最下層に行く前に買いなおしている。それ以外にも簡単な傷の為に使う傷薬や毒消しも持ち歩いている。そう言ったものがあれば安心して戦えるのだ。

 ケガをしないから持ち歩かないという考えができるような頭ではなかった。

 攻撃が気にならないとはいえ無茶とも見える突撃ができるのは消耗品が十分にあるという安心感からでもあるのだが中々理解してもらえない。


「そういうものですか? でもまぁ、これでまた一ヵ月は安心して暮らせるってもんですよ」

「その安心が長続きするように努力しよう」

「お願いします」


 そんな言葉を交わしてから私は道具屋へと向かうのだった。




 道具屋への道すがら町の人達から声をかけられていた。通りすがりのおじさんに、


「お、今回も無事戻ってきたな」

「まだ死にたくはないからな」


 食堂の前で掃除をしているおばさんに、


「たまにはうちの食堂に食べに来なよ」

「金欠なのを知っていて誘わないでほしい。中に入って安いものを頼んでも周りの香りで自分の懐具合に悲しくなる」


 通りを走り回っていた子供に、


「ゴブリンみたいな雑魚しか倒せない騎士だー!」

「ゴブリンとは言え人を殺せる力はある。けっしてダンジョンに近づかないように」


 最近結婚したばかりの新婚夫婦に、


「あ、お勤めご苦労様です」

「おつかれさまです」

「ありがとう。仲が良さそうで羨ましい限りだ。本当に羨ましい」


 仲の良さそうな様子に思わずそう口にしてしまい相手が苦笑いしていた。


「これは申し訳ない。二人の仲の良い様子にな」


 そう言って私はその場から移動した。

 学校に入るまではいずれ家を出るのだからと徹底的に剣を叩き込まれた。外にもよく連れ出されて一般的な生活というものを教え込まれた。

 それが私が生きていくうえで必要な物だったとあの時は思っていたし、今でも感謝している。


 十五歳になり騎士や魔法使い、ダンジョンエクスプローラを目指す学校へ行くようになってから、最初のうちはダンジョンエクスプローラ志望で気の合いそうなのを探していた。

 だが、残念ながらそういう人材に出会う事はなかった。

 自分が貴族の出身でありながら他の貴族との考えの違いから気が合わず、平民出身の者たちはそもそも平民出身で固まるか、貴族にすり寄って来る者たちばかりだった。


 そんな中、私の事を気に入った人が現れた。これが今に繋がる状況になる原因となるこの国の第二王女との出会いだった。

 姫は優秀な魔法使いだった為、学校に通っていた。魔法使いは周りに守られるのが常である事から同世代の有力貴族の息子たちがついていたが、自分を守るのにふさわしい実力あるものとして私は選ばれてしまった。

 その為にダンジョンエクスプローラになる道を閉ざされ、嫌がらせを受け、私のまわりには更に人がいなくなった。


 つまり何が言いたいかといえば、生きていく力をつける為に鍛えられた幼少期。

 姫に尽くすしかなかった学生時代。

 卒業後は問題が起きた最前線であるこの町に騎士団の中の一人として送られ、問題を解決した後も禍根の残るこの町に残り、人々との関係改善に駆けずり回る日々。


 忙しい日々の中で女性との接点がほとんどなく今まで来てしまった。物語のように実は姫がと言う事もなく姫はすでに結婚されている。

 今でこそ心に余裕はあるが、財布に余裕はない。


「騎士って安定職じゃない?」

「でもあの人いつも金欠みたいよ。食堂にも入る余裕のない男と付き合いたいの?」

「それは嫌だなぁ。プレゼントの十や二十ほしいよね」

「それは貰いすぎじゃない? あははは」


 なんて会話を聞いてしまっては萎縮するばかりだ。しかもこの町の女性はほとんど昔から馴染のある男と付き合い結婚するのでよそ者の私には縁ができない。

 結婚もできることならしたいと思うが、おそらく無理だろうと思っている。思っていても諦めきれないものもある。




 そんな中を歩いていると暗い赤色の髪を腰まで伸ばした女性がキョロキョロとまわりを見ていた。

 なんとなく微笑ましく見えるが、装備はダンジョンに潜る為の装備であり、その使い込まれ方からしてもそれなりの経験をしてきているのがわかる。

 そして何よりも、きっとこの女性は私よりも強い。そう感じ取ることが出来た。


 だが、邪気を感じる事もないのでとりあえず声をかけてみる事にした。困っているのならば手を貸した方がいいし、必要ないのであればそのまま立ち去ればいいだけの事だ。


「キョロキョロしているが何かお探しか?」

「え? あ、はい、この町の道具屋ってどこにあるのかなぁと」

「この向こうに行き、大きな道を左に曲がった先にある。もしよければ案内しようか? 私もこれから道具屋に向かうところなのだ」

「ん~ナンパ?」

「君がキレイなのは認めよう。だからこそ私のような低収入男では相手にされないとわかっている。これの換金に行くんだ。君ならわかるだろ?」

「なるほど、ダンジョン騎士様か」

「様つけされるような立場ではないよ。さきほども子供に雑魚しか倒せない騎士と罵られたばかりだ」

「それはいいの?」

「堅苦しくなるよりはいいだろうさ」

「ふーん、お兄さんはそういう人なんだね」


 どうもさきほどから色々と探られているような気がするが、私のような男に興味があるのだろうか? それともダンジョン騎士の中で私のような存在は少ない。それが珍しいのかもしれない。届かぬと思うがそれでもこうして女性と話せるのは楽しく思う。


「それじゃ、案内お願いしてもいい?」

「もちろんだ。短い付き合いだとは思うが名乗っておこう。この町のダンジョンの監視兼討伐をしているダンジョン騎士のアルドという。よろしく頼む」

「私はアネス。よろしくねお兄さん」


 道すがら何か話そうかとも思ったが何を話していいのかさっぱりわからなかった。

 それにすぐに着いてしまう距離でもあったし、アネスさんも話さないのでそのまま店の前についてしまった。


「ここが道具屋だ」

「ここ? うわぁ、さっき通り過ぎてたよ。失敗失敗。……一切話さなかったのは減点かなぁ。いやいや、そっちの採点はまた別だね」

「ん? どうかしたか?」

「ううん。こっちの事」


 失敗失敗と言った後に何か言っていたようだが声が小さくて聞き取れなかった。とはいえあまり詮索するものでもないと思いそのまま中へと入って行った。




「いらっしゃい。あ、アルドさん。おかえりなさい」

「今回も無事帰って来れた。それとお客を連れて来た」

「お客?」

「やっほー」


 アネスさんは気軽に挨拶したが、ロニーは固まってしまった。この二人の間にいったい何があるのだろうか? そう思ったが次の瞬間その疑問は氷解する事になる。


「アネス! お前ようやく戻ってきたのか! 父さんと一緒にどうして戻って来なかったんだ!」

「父さんはケガしたてエクスプローラ続けられなくなったから帰ったんですー。私は私で組んでた人達と一緒にいるのは当然でしょ?」

「そうだとしても父さんと一緒だったから母さんだって認めてたんだ。いや、認めざるを得なかったんだ! それをこのダメ妹が!」

「ちょっとそれ言いすぎだと思うんですけど、私だってもう立派な大人なの」

「アネス!」


 私は黙って店を後にした。換金はまた明日でもいいだろう。私は宿舎へと帰って布団を干しながら最低限の掃除をして、日の香り漂う布団で存分に睡眠を楽しもうと思う。

 明日には通常営業してくれることを祈っていた。




 翌日、十分に睡眠を楽しみ昼過ぎに起きた私はパン屋へと向かい祝いの言葉と共に多少の商品を買い道具屋へと向かった。

 ロニーは昨日ことを謝罪したが、久しぶりの家族再会なのだから気にする事はないと伝えた。


 そして今、私はなぜかアネスさんに腕を組まれている。本当になぜだ?


「アネスさん、そのなぜ腕を?」

「町の案内お願いしてるからそのお礼?」

「キレイな女性と歩けるだけで十分だから気にする必要はない」

「そういう事はさらりと言えちゃんだね。女ったらし?」

「今まで付き合った女性などいないし、親しくさせてもらった女性もいない。だからその腕を離してはいただけないだろうか」


 案内を頼まれたのでそれを引き受けただけのはずだった。今日は一日休むつもりだったのでこれくらいならばなんの問題もないと、むしろご褒美だと思っていた。

 しかし、腕など組まれてはどうしていいのかわからなくなる。それに腕に胸が、腕が埋まっている。その豊満な胸に、ふかふかの胸に!


「気持ちよくない?」

「その、胸が当たって」

「あ、て、て、る、の」


 私の頭の中はパニック寸前だ。当ててるだと!? 理解してやって、むしろ腕を組むというか抱き付いてるというか、この状態なら最初からそうなることを意図して!? なぜそのようなことを!


「じょ、女性がそのように男性を誘うのは、その気のある男だけにするべきかと」

「こいつ俺に気があるんじゃとか思わないの?」

「そう思えるほど自分に自信はない。つまらない男で金もないのは自覚している」

「それならこのサービスタイムをめいいっぱい楽しまないとね」

「さらに埋まった気がするのだが!」

「気持ちいい?」

「き、気持ちいいです」

「自分でも中々のものだと思ってるからね」

「アネスさんの夫になる人物は幸せだな」

「私ってけっこう気紛れだから苦労すると思うよ。ん~……ねぇ。そろそろそのアネスさんってやめない? アネスって気軽に呼んでよ」

「い、いやしかし」


 実は今まで女性を呼び捨てにしたことなどない。ほとんど接点がなかったのだから当然と言えば当然か……。

 だから、突然呼び捨てになどと言われても困ってしまう。そしてものすごく恥ずかしい。


「私はそのそういう経験が」

「私はエクスプローラだよ? 男どもの中で生きて来たんだからその程度の事気にしないよ」

「私が気にする」

「ほら、呼んで。アネスだよ。ア、ネ、ス」

「いやしかし」

「アーネースー」


 なんか腕に接地する面積が増えた気がする! この状況は非常にまずい。いや、今の状況は町の人達に見られて私の評価はだだ下がりな気がする。

 ならば、名前の一つも呼び捨てて離れてもらおう。名残惜しいがそうするべきだ!


「ア、アネス。その、やはり離れてもらえないだろうか?」

「ブー。真っ赤になって可愛いのに言うに事欠いて離れろって何さー」

「可愛いって、いや、その私も騎士の端くれであるわけで」

「お堅い騎士様が女の子にタジタジなんてほほえましいじゃない」

「いや、きっと普段真面目なのに女性を腕に抱き付かせて……と評価はだだ下がりな気がする」

「そんなに周りの評価が気になる?」

「いざという時に頼りになると思ってもらっていなければならないと思っている。それでなくてもこの町のダンジョン騎士の評価は最低だ。少しでも評価を上げて問題が起こった時にあの人ならきっとと思ってもらえるようにはしておきたい」

「ふーん、そっか。でも、腕は離してあげない。私もなんだか気に行って来ちゃったし」

「アネスさん!?」

「呼び捨て」

「継続しなければいけないのか?」

「当然です。ほらほら、きりきり呼んでしまえ」

「わ、わかった。アネス」

「よろしい」


 私は町の案内をするはずだったはずなのに終始からかわれるだけで終わった気がする。ただ、恥ずかしい事はあったが非常に楽しかった。苦労する事は確かにたくさんあるのだろうが、こういう時間をすごせる女性がやはりほしいと思ってしまった。知らなければ我慢できたが、知って我慢するというのは厳しいな。などと思った。




 それから一ヵ月、朝になるとアネスは宿舎に来て私と共にいる事がほとんどだった。


 警備隊の訓練にも手を貸してもらった。それにかこつけて私自身も稽古をつけてもらった。やはりアネスは強かった。なんとか引き分けに持っていくことは出来るが勝とうとすれば確実に負けた。それでも勝つつもりで挑んだのでいい稽古になった。

 それを見て警備隊も一層熱心になってくれた。アネスにいいところを見せたいという気持ちもあったと思うが、お前ら全員嫁持ちか恋人持ちだろうが……。


 教会による清掃活動の手伝いもした。アネスは子供たちを引き連れて清掃活動をしていた。いつもなら遊んでしまいまともにやらないのだがアネスがいると子供たちもやるから不思議なものだ。


 ダンジョンに潜ったりもした。とはいえアネスの出番はない。普段は私一人で潜る訳ではなく、警備隊二、三人も一緒に潜り彼らの実力を高めている。

 私も簡単な指示を出すだけだ。出番のないアネスはちょこちょこ戦い方の指導をしていた。

 それはエクスプローラと騎士の考え方の違いのようなものだったが、その知識は私にも有益で非常に助かった。


 そして一ヵ月に一度の最下層へ潜るのにも同行してくれた。普段なら全てを一人でこなすので非常に助かった。やはり背中を任せられる人がいるというのは大事な事だと思った。

 とはいえ、最下層の私の戦い方だけは見てみたいというので一人で全滅させた。いや、数体アネスの方に行ってしまったが何の問題もないだろう。


 こうして一ヶ月という期間の多くの時間を共に過ごした。そんなアネスに心惹かれるのは当然の事だと思う。いや、最初からアネスは私を惹きつけるだけの光を持っていた。私がそれに抵抗しようとしていただけだ。

 だが、その光が私の元に居続けてはくれなかった。月一の最下層へ潜るのが終わった。アネスは帰った翌日は休み、その次の日には旅立つとすでに聞かされていた。




 そして旅立ちの日、町の出入り口に私とアネスは立っていた。家族との別れはすでに昨日済ませてあるし、出てくる時もしたからとここまでは来ていない。


「この一ヶ月アネスのおかげで楽しく過ごせた。感謝している」

「私もけっこう楽しかったよ。付き合わせて悪かったかなぁって思ったけど感謝してくれるなんて思ってもみなかったよ」

「最初の頃にも言ったがキレイな女性と一緒にいられるのはそれだけでいいものだ」

「この一ヶ月でむっつりスケベな事が判明したよね」

「そうだな……。なぁアネス。本当に行かないと行けないのか?」

「約束があるから絶対行かないと行けないよ」


 なんとなく最後の最後でだだをこねる子供を優しく諭すような口調だと思ってしまった。いや、自分がそう感じているからそう聞こえたのだと思う。


「その約束が終わったらまたここに戻って来てはくれないか?」

「ん~どうしようかな? 約束って言っても会ってはい終わりってものじゃないし。どうなるかわからないよ」


 我がままを言っている自覚はある。いや、本当に言わないといけない言葉はこんな言葉じゃない。戻ってきてほしいと伝えるのは確かにそうだが、なぜの部分を言っていない。それを伝えなければただ単純に戻ってくるかもしれない。言ったらその可能性の芽まで摘み取ってしまうかもしれない。

 だが、言うべきだろう。想いが通じれば帰って来てくれるのが早まるのかもしれないのだから。


「アネス……。その、私はアネスの事が……好きだ。収入は少ないし色々迷惑かけそうだが、出来れる事ならばアネスと共にいたいと思う」

「……けっこうはっきり来たね。次に戻ってくるまでに考えておくね。それじゃ!」


 そう言ってアネスは飛び出していった。すぐに断られなかった。そして次に戻って来る時と言っていたので、最低でも後一度はアネスと話をする機会ができるだろう。

 私はその時をいつも通りに暮らしながら待とうと思う。




 アネスが旅立ってから四ヵ月がたった。約束でどこに行くのかも聞いていないので年単位で待つつもりでいた。しかし季節がかわり、多少暑い季節になってきたのでアネスが薄着になって腕に抱き付いてくれたらその感触はより伝わるのにと煩悩まみれな事を考えていた。


 そんな日々の中、手紙が届き宿舎で人が来るのを待っていた。手紙の内容は簡潔で騎士団から人が行くから出迎えるようにと書かれ、来る日付が書いてあるだけだった。

 そして約束の日、昼過ぎに扉がノックされた。出迎えるとそこには目つきのきつい女性とやる気に満ち溢れている若い騎士がいた。今はもう懐かしい若いダンジョン騎士の支給される鎧だ。


「ようこそいらっしゃいました」

「お邪魔させていただいてもよろしいですか?」

「もちろんです。どうぞ」


 応接に案内をしてそこで待っていてもらいお茶を持っていった。


「この程度のもてなししかできずに申し訳ない」

「いえ、それよりも今日来る事は手紙で知らせてあるはずですが、騎士アルドはどこに?」

「え? ……私がアルドですが」

「……あなたが騎士、騎士アルド?」


 騎士を強調されてしまった。そういわれてもすでに鎧はボロボロなのだ。あんなものでは動きを阻害するだけで防具にはなりはしない。


「自己紹介させていただく。私がこの町で活動している。ダンジョン騎士団所属、アルドだ。よろしく」

「失礼しました。騎士アルド。私は監視兼事務員としてこちらに赴任しました。エリザベータです。長い付き合いになると思いますがよろしくお願いします。そしてこちらが」

「こちらに赴任してきました。ダンジョン騎士団所属、イーノです! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「あ、あぁ。よろしく……。しかしなんでまたこんな僻地に二人も派遣されてくるんだ? この町はいい町だと思うが、ダンジョン騎士にとっては罰が低い方の左遷先だぞ?」

「それに関しましては私から説明をさせていただきたいと思います。ではまずはこれを」


 ドンと置かれた袋。何を出されたのかなんとなくわかるがその量はちょっと信じられない位の量だった。


「こちらが今まで申請されていた。諸々の費用です。受け取りますか?」

「……君が事務員も兼ねているなら君に預けておく。これから先に必要なお金だと思う」

「そうですか。ですがこれは騎士アルドが立て替えておいた道具代の代金です。お受け取りを」

「そういう事なら……このやりとり必要だったのか?」

「事務員としては必要ありませんが、監視としては有益な質問だったと思います」

「その監視というのは?」

「それも含めて説明させていただきます」


 説明を受け簡単にまとめると。


 とあるところから持ち込まれた情報を元に捜査した結果、不当に給金を引き下げられた騎士がいる事が判明した。

 そして騎士の身辺調査を行った所、実力はそこそこだが町の人達とも非常にいい関係を作っている優れた騎士であるとわかった。

 今まで受け取れなかった。給金を補てんしよう。管理がずさんで辛うじて残っていた申請書類の金額を渡そう。

 しかし、この土地でまた一人でお金を持たせるとまた変な事が起こるかもしれない。

 なら他にも人を送ろう。

 お給料は戻しておくから余裕ができるね!


 と言う事になったらしい。ついでに不当に給金を下げていた人物は徹底的に潰されたそうだ。私に対すること以外にも色々とやっていたらしい。


「そういう事なのでこの新人騎士の育成もよろしくお願いします」

「わかった。後でイーノの実力を見せてもらうぞ」

「はい! がんばります!」

「こんな所に飛ばされてきた割に元気だな」

「アルドさんの話を兄から聞きました! 騎士達の為、町の為必死になって走り回り戦い続けた素晴らしい人だと! そんな人と一緒の職場で働けるなど光栄です!」

「え? いや、人から見るとそんな感じなのか? 目の前で出来る事を積み重ねていただけなんだが」

「そんなところがまたカッコいいです!」

「そ、そうか」


 照れるというよりもこの迫力は引いてしまうものがあった。慕ってくれるのは嬉しいが何事も度が過ぎるとダメなようだ。


「それでは最後に道具屋へと向かってください。騎士アルドはこの町専属になりました。そして今までの謝罪と言う事で家を用意させていただきました。依頼はしてあるそうなので道具屋で話を聞いてきてください」

「家を用意してくれるとは大盤振る舞いだな」

「騎士アルドの後ろには大きな存在が居ますから」

「……未だに姫は私を気にかけてくれているのか?」

「詳細はわかりませんが徹底的にを指導したのはあの方ですから」


 そういえば昔言われたことがあるあなたは私のお気に入りなの。それをバカにする者達はつまり私をバカにしているのよね? と……。


「まぁわかった。それでは道具屋へと向かわせてもらおう」

「いってらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」

「いってらっしゃい!」


 とりあえず話を聞きに行かないとなと思い外に出ると入り口で地べたに座って待っている女性がいた。


「おっそーい。ずっと待ってたんだよ」

「……アネス?」

「そうそう、あなたの愛しのアネスが戻って来ましたよ」

「確かに愛しいのは否定しない。むしろ肯定するが、どうしてここに?」

「すっごい魔道具をダンジョンで見つけて売った先にいたのがお姫様でね。様子が気になるから見て来てってお願いされたんだよ」

「……アネスは姫の依頼で戻って来てたのか」

「本当は少し会って、兄さんにも頼んで情報収集してなるべく早くここから離れるつもりだったんだけどね。ずるずる引き延ばしたんだけど、さすがのあの最下層までの事を調べちゃったらもう戻るしかなかったからね」

「家族もいるんだからゆっくりするのは当たり前だと思うがな」


 私とて実家に帰って家族で話をしたいと思う事がある。それをすると色々迷惑をかけそうだから絶対にしないが……。


「ブーブー、どうしてそっちに持っていくかな? もしかしなくても鈍感なんだよね? そうなんだよね?」

「鈍感とか言われてもよくわからないぞ。そもそも人の気持ちを察するというのは私にとっては高等技能過ぎて中々できるものではない」

「少しは俺と一緒にいるのが楽しかったからか? とか言わないの?」

「俺と言った時点で私ではなく別人物になってるいるぞ?」

「あーもー! そういうのはいいの! もう行くよ。私達の家を紹介してもらいに兄さんの所に!」

「私達の家?」

「私が今回の依頼でもらえるものを変えてもらったんだよ。二人分なら家くらい余裕って事」

「いやしかし、まだ答えももらってないのにいきなり……どういう事だ?」

「あーもー! だから、これが、その、答えだよ……。同棲してもいいよって」

「同棲だけなのか?」

「同棲までして我慢できるの?」

「情けない話だが襲い掛かっても返り討ちにあうと思えるほどの実力差が」

「しません! いつでも襲って大丈夫だから!」

「そうなのか?」

「そうなんです。わ、私だって一緒にいたいんだから……」


 真っ赤になりながらそんなことをいうアネス。つまり私は受け入れてもらえたということだろうか?


「アネス」

「何よぉ」

「愛してる」

「ふぇ? あ、あああありがとう」

「アネスは?」

「へ?」

「アネスは私の事どう思っているんだ?」

「だからそれは……あーもー! 意地悪! だけど好きなの! これでいいでしょ!」

「非常に満足だ。行こうか私達の家へと」

「うぅ、すっごい恥ずかしいよ」


 そう言いながらも腕に抱き付いて来る。なんだかんだでやられっぱなしだと思っていたがお互いにやられていたようだ。


「アネス」

「なに……」

「これからもよろしく頼む」

「……こちらこそ」


 気まぐれなアネスの事だ。これから色々とあるかもしれないが、これからの道はアネスと共にどこまでも歩いていけたらと思う。


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