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歓喜する帝王 後編

 お待たせしました!

 後編です。

 帝王には最後のお花畑と対峙して貰いました。


 読んでいくと、何でそんなに同じ言葉を繰り返すのさ? と思われるでしょう。

 自分は思いました……。

 でもお花畑な方々は、自分に理解できる言葉をピンスポットで言われないと理解しないのです。

 また理解できたからといって、次に生かせるわけでもないのです。

 それ故のお花畑なのです。



「こちらでございます。私は、部屋の外にてお待ち致します」


「時間かかりそうだから、どこかで暇つぶしとかしてくれていいよ?」


「いいえ。皇帝陛下からのお言葉でございますれば、最後まで勤めさせて頂きたく、存じます。それに待つのは……慣れております故」


 神殿できちんと修練を重ねていれば待つのは得意中の得意だろう。

 無理をして欲しくないが矜持を折るつもりもない。


「解ったよ。じゃあ、宜しく」


「はい。どうぞ、ご存分に」


 フェルディナントが背後で頭を下げ続けているのを感じながら、部屋の中へと足を踏み入れる。


「誰だっ!」


「そんな格好で凄んでも、恥ずかしいだけだと思うけど? 本当に君は、恥を知らない人間なんだねぇ」 


 ディートフリートとクラウディアの姿は、入り口の真正面に位置しているベッドの上にあった。

 しかも絡み合っている真っ最中だった。

 嫌いを通り越してさっさと無関心になりたい二人のみたくもない醜態を真っ向から見てしまい、反射的に顔を顰める。


「やんっ! ヴォルフガング様ぁ!」


 ディートフリートがベッド横にあるチェストに立てかけてあった剣を掴もうと身じろぎすれば、クラウディアが甘ったるい声でディートフリートを咎める。

 蕩けきった表情でしかし、違う名前を呼びながら。


「へぇ? 何? お花畑はまだ満開なんだ! 音楽の申し子とまで謳われた天才を裏切っておいて? 違う男の子を孕んだ挙げ句? あの潔癖な天才が、裏切り者を抱くなんて有り得ないんだよ、クラウディア・カントール!」


 語気を強めて名前を呼べば、クラウディアが全身を硬直させてから、長い髪を振り乱しぐるりと首を回すとマルティンを凝視する。


「怒って、いらっしゃるのですか、ヴォルフガング様! みんな、みんな! 誤解、ですのにっ!」


 今度はマルティンをヴォルフガング扱い始めてしまった。

 あんまりな状況にか、額に皺を寄せたまま動こうとしないディートフリートの身体を突き飛ばして、ゆらりと立ち上がったクラウディがベッドを降りるとマルティンに歩み寄ってくる。


「私が愛しているのは、ヴォルフガング様だけ、ですわ。ヴォルフガング様の御子を授かる栄誉は私にだけ、与えられているのです!」


 それなりに豊かな胸を張り、宣言するクラウディアの瞳には、全ての男がヴォルフガングとして映り込んでいるのだろうか。

 そうやって、自分の愚かさから逃げ切れると思っているのなら、大間違いだ。


「ヴォルフガングは、ヴォルトゥニュ帝国の楽神となる逸材だからね。安心して良いよ。彼だけを愛し、慈しみ、決して裏切ることのない貞淑な女性を嫁がせるから」


「ヴォルトゥニュ帝国……てめぇ! 死神帝王かっ!」


 反応したのはディートフリートだった。

 元騎士であった頃に得た情報を思い出したのだろう。

 マルティンの容姿は他国にまで広く知れている。

 クラウディアは歩みを止めただけだ。


「平民ごときが僕を死神呼ばわりとはねぇ? 玉だけじゃ足りなかったの? その、竿もいらないんじゃない? 惚れた女一人満足させられない竿なんて、さぁ」


 許されないはずの情事の残滓を隠しもせず、女性を護ろうと騎士を模倣する姿は、無様すぎて醜悪の一言に尽きた。


「くっそがっ! あ、ぁ?」


 反射的に剣を握り締めたまま怒気を露わにしたディートフリートは、不格好に硬直する。

 剣を握った瞬間に、握った手首ごと剣先までを凍り付かせられたのだ。

 氷の最強魔法使いとしてもマルティンは恐れられていた。


「ねぇ、知ってる? その男、種がないんだよ。だからねぇ。君はこれから先、子供を、永遠に作れないんだ」


「種がない? そんなはずはない! 私は、確かに、子供を産んだわ!」


「生んだのは裏切りの証でしかない、その男、ディートフリート・ヴュルツナーの子供だ。間違えるな。否定するな。現実を受け入れろ。だから、君達は断罪された……子供が側に居ないのは何でだろうねぇ? 罪の子として取り上げられたからじゃないか! それとも何かな? 君は赤子を放置して四六時中男と犯り狂う変態なのかなぁ?」


 丁寧に執拗に毒を注ぎ込む。

 そう簡単にお花畑の花を全ては枯らせないだろうが、一部ぐらいは枯らしてみせる。

 罪は、自覚してこそ、罪なのだ。


 ディートフリートは必死に氷を溶かそうとしているが、無駄なあがきでしかない。

 無能な男は騎士に魔法など邪道だと一切の訓練をしてこなかったのだ。

 氷を溶かす程度であれば、極々初期の、幼子が使う魔法で十分対応できるというのに。

 そんなところも実に愚か極まりないディートフリートらしかった。


「それ、は。ヴォルフガング様、が、見て、下さって……」


「へぇ? じゃあ、今まで君を抱いていたのは誰? ヴォルフガング君じゃなかったの?」 


「いえ! いいえ! 私を抱くのはヴォルフガング様だけっ! だけのはずなのよぉ!」


「彼が君を抱く日は永遠に来ない……少し前に会ってきたけど彼は、アレクサンドラ皇女の為に、それはそれは美しいピアノを弾いていたよ」


 壊れる寸前まで張り詰めていた音色は裏切られて手に入れた物。

 極みまで張り詰めていた音が憂いと慈しみを持ち、緩やかに柔らかく解けていく技法は、アレクサンドラという絶対的な主を得て手にできた物。

 芸術家としてはどちらも得がたい物ではないだろうか。


 痛みを芸の肥やしにするのが芸術家ですからと、マルティンの不躾な質問にも、眼鏡の弦をくいっと持ち上げる所作と共に怒りもせずに答えてくれたヴォルフガングは、音楽の申し子から楽神へと揺るぎない進化を遂げつつある。


 そんな風に考えれば、クラウディアはヴォルフガングに対して、己しか出来ない全てを投げ打った奉仕をしたのかもしれない。

 クラウディアへの愛が深かったからこそ、絶望の先にあった神の領域へと達せたのだろうから。


 最も誰一人、大罪を犯したクラウディアへ感謝する者はいないだろうけれど。

 

「あの方の、音……もぅ随分……聞いていないわ……」


「そうそう、君に作った曲は全て処分したんだって!」


 幸福に溢れた心躍るらしい数々の名曲を、ヴォルフガングは記憶からすっぱりと削ぎ落としてしまったらしい。

 抹消する前にクラウディアにしか聞かせなかったという過去すら許せなかったヴォルフガングは、アレクサンドラや皇帝といった限られた人々に一度だけ聞かせたようだ。

 アレクサンドラは、とても麗しい曲だったので残して欲しかったけれど、ヴォルフガングの心のままに処分して貰ったと言っていた。


「私の、曲! 子供にも聞かせようねって! 言ってた、曲を!」


「君とヴォルフガング君の子供は永遠にできないんだから、全く問題ないじゃない。そもそもヴォルフガング君の中には、君の記憶なんて、もうほとんどないんじゃないかな」


「……え?」


「潔い人みたいだしねぇ。裏切り者を憎んで記憶に残すより、綺麗さっぱり忘れ去ってしまった方が君への罰にもなると思ったのかも」


「忘れて、しまった? 私達の幸せに満ち満ちた愛の時間を?」


「たぶんね」


 さすがに全部を忘れられはしないだろう。

 戒めとして心のどこかに残して置く気もする。

が。

 マルティンはいい加減な言葉で肯定した。

 当然の意趣返しだろう。

 

「……ヴォルフガング様の妻になりたかっただけなのに。御子を授かれば、すぐ、妻になれると言われたから、子を孕んだのに。ヴォルフガング様が御子は早いっておっしゃるから、ディートフリートが俺ならすぐだぜって、唆す、から。ちゃんと、御子を授かったのに、どうして結婚できないの? 愛し愛された時間を忘れてしまうの?」


 どこまでも無知で幼く、身勝手な内容に目眩がした。

 一体彼女はどれだけ甘やかされて生きてきたのか。

 それとも、元々自分に都合良く現実をすり替える性質だったのだろうか。

 何となくだが後者の気もする。

 無論、ディートフリートや話に聞く脳筋な父親が存分に甘やかした結果も含まれているには違いないが。


「私は愛する方の子しか孕めないはずなのに。愛していないディートフリートの子を孕むはずはないのに……」


「本来ならまぁ、どちらの子も孕む確率はあったけどねぇ。ヴォルフガング君の家は特殊だったから。君がディートフリートの誘いに乗った時点で、ヴォルフガング君の子供を孕む資格はなくなったんだよ。いい加減、解ったかな?」


「ディートフリートの誘いに乗らなかったら、私は、ヴォルフガング様の御子を授かれた?」


「どうだろうねぇ……君の皇女への態度は不敬を極めていたから、婚約破棄はされたかもね」


 クラウディアを慈しんではいたが、皇家への忠誠は揺るぎなかったようだ。

 アレクサンドラへの不敬も幾度となく戒めていたらしい。

 幼い頃から我が儘にも随分振り回されてもおり、お畑過ぎる理由で音楽活動に支障が出るほど行為を求められていたと知ったなら。

 ディートフリートとの不貞行為は関係なく、結婚には至らなかった気もする。


「皇女? ディートフリートの婚約者? ディートフリートの我が儘に振り回される、可哀相なお姫様だからといって、私は不敬な態度など取っていなかったから、婚約破棄もされないわ……」


「その言葉がそもそも、不敬なの! っていうか! 元婚約者! 今、アレクサンドラは僕の婚約者で、すぐに花嫁にもなるの!」


「私が花嫁になれないのに、可哀相な皇女が花嫁になれるの?」


「……彼女は可哀相な存在じゃないよ。置かれた境遇こそ悲劇的だったけれど、行いは終始崇高だったからね」


「どこが、崇高だってんだよ! あのっ! 根暗っ! がはっ!」


 どこまでも見る目がないディートフリートの腹に握り拳大の氷の塊を飛ばす。

 みっともなく嘔吐いていたので、口の中にも同じ塊を飛ばしておいた。

 口の端が切れて出血するみっともなさには大げさに鼻を鳴らす。


「アレクサンドラは、何も、誰も、裏切らなかった。だから、花嫁さんになれる。君は色々な人を裏切った。だから、花嫁にはなれない。あぁ、裏切り者同士ならなれるかもね?」


「色々な、人? ヴォルフガング様だけじゃなく?」


「そ。君の家族や親族が側に居ないのは、君の裏切りのせいで、罪を贖わなくてはならなくなったから。少しでも罪を贖おうとして、君を見限ったんだよ。君の側にディートフリートしかいないのは、二人が同じ、犯罪者だからなのさ」


 氷の塊をどうにか口から吐き出して、噎せ返っているディートフリートを、化け物でも見るような眼差しで凝視するクラウディア。


 同じ事を表現を変えて幾度となく繰り返し言い続けてやっと、クラウディアのお花畑を一部、枯れさせることが出来たようだ。


「くらう、でぃ、あ?」


 冷徹な目線で射貫かれているのに勘付いたディートフリートが、クラウディアに手を伸ばす。

 クラウディアは、手から逃れるように後ずさって叫んだ。


「触るな、犯罪者! 全部、何もかもっ! お前が悪いんだっ!」


 待ち望んだ言葉にマルティンは微笑を深くする。

 二人しかいない世界で、二人だけで睦み合ってきた世界で。

 一人が相手に憎悪を向けたならば。

 向けられた方の絶望は、どれほどのものだろうか。


 脱兎のごとく部屋の奥へ走り去ってしまったクラウディアを、途方にくれた表情で追うディートフリート。


 これでようやっと、対峙できる。


 開け放たれた扉からは水音が聞こえてきた。

 体中に染みついたディートフリートの体液や臭いを、狂気の思いで洗い流しているに違いない。

 しばらくは戻らないだろう。

 

「まさか、これっぽっちも愛されていなかったとは思いもよらなかったよ、ディートフリート君?」


「っ! 愛してない女が男に股開く訳ねぇだろうが。寝言も休み休み言えっ!」


 マルティンを帝王だと認識した上での、この発言。

 未だ国を護る騎士気取りなのだろうか。

 だとしても、だとしたら、尚の事、無茶苦茶だ。


「平民、ディートフリート。口を慎んだ方がいいと思うよ。これ以上どんな罪を重ねたところで、死は許されないんだし」


「誰が死を望むかっ! それより、取り消せ! 俺は、クラウディアに愛されているんだ!」


 それしか縋るものがないのかもしれない。

 ディートフリートは滑稽でしかない頑迷さで、マルティンに無理を強いる。


「君は一度も彼女に愛されたことはない。彼女が愛しているのは、ヴォルフガング君ただ一人。常識がなさすぎる彼女を上手く言いくるめて、身体だけでも手に入ったんだから、それで満足しておけば良かったのに」


「身体だけじゃない! 心がなければ、普通、女は男に抱かれないだろう?」


「普通ならね。でも彼女は普通じゃない。彼女が望んだのは、ヴォルフガング君の子供を孕む為の、君の種、だけだ」


 口にするのも悍ましい、無知。

 ある一定の年齢に達していれば平民貴族関係なく知るだろう性の知識を、クラウディアは好き勝手に改竄して覚えている。

 頭の宜しくない貴族令嬢に秘めやかな不貞は荷が重い。

 本来であれば、あらゆる意味で自由な平民とは比べものにならぬほどの、閨の作法と言われる貴族令嬢が平穏に生きてゆく術を、徹底的に教え込まれているはずなのだ。


「彼女、友達いなかったでしょ? 君みたいな男達とばかり浮名を流してる女性と付き合いがあったら、恥でしかないからね」


「違う! 天真爛漫な彼女を、周囲が疎んでいただけだ!」


 好きな相手からの愚痴を真っ向から受け止めていたのだろう。

 恋人としては理想かもしれないが、結婚相手としては致命的だ。

 特にしがらみの多い貴族では、忌み嫌われる幼さでしかない。

 貴族よりも騎士の方が厳しかっただろうに、ディートフリートはクラウディア同様何を学んできたというのか。


 一方の話を聞いて決断を下してはいけない。

 味方するのは良い。

 人として当然だろう。

 ただ自分達以外を巻き込むのであれば、最低でも相手側の話を聞いてからでないと、恐ろしくて判断など出来得ないはずなのだ。


 幼いお花畑思考の者同士が、周囲の意見に全く耳を貸さずに来てしまった結果が、神殿での幽閉。

 することがそれしかないのだろうが、性行為三昧の日々とは反省の色がないとしか考えられない。


「周囲が疎んだのは、彼女が自分に都合の良い意見しか聞かないから。忠言を一切受け入れられないから。自分の身を護るために仕方なく距離を置いたんだよ」


「だったら、何で、あの、ヴォルフガングが注意とかしなかったんだよ! クラウディが被害者だからだろうが!」


「注意、したはずだよ? それこそ小姑のように何度も同じ事を繰り返してね。情報通の貴族とは比べものにならないほど音楽馬鹿なヴォルフガング君だけど、彼女を幼馴染みとして、婚約者として、大切にしていたようだから。いいかい? ちょっとさぁ、冷静になって思いだしてみなよ。君に愚痴を零していたんじゃないかな。ヴォルフガング様ったら、酷いのよ! とか、そんな感じで」


 いい加減全裸は目に鬱陶しいので、椅子の上へ無造作にかけてあったタオルを投げる。何を驚く事があるのだろう目を大きく見開いたディートフリートは、タオルを腰に巻き付けた。

 マルティンをぎろりと睨み付けてから、新しくタオルをタンスから取り出して口元を拭い、水差しの水をコップ一杯飲み干して天井を仰ぐ。


「……言ってたな。酷いわ! と言いつつ、ヴォルフガング様が心配性過ぎるのよ! って最後は必ず惚気になってたから……忠告とか注意だったとは、思ってもみなかったが」


「馬鹿なの?」


 間髪入れたがディートフリートは今までのように激昂しなかった。 

 目を閉じて何かを思い出しているようだ。


「忠告じゃなくて惚気だと思っていたなら解るはずじゃないか。君は愛されていなかった。彼女が愛していたのは最初から最後までヴォルフガング君だったんだよ」


「……好きじゃなかったら、女は!」


「性行為ぐらいできるよ。好きじゃなくても目的があれば」


 金が欲しいと、娼婦なら言うだろう。

 地位が欲しいと、虐げれた修道女なら言うかもしれない。

 名誉が欲しいと、散々仕事の邪魔をされた女商人なら言いそうだ。

 そして。

 子種が、欲しいと、クラウディアは言い切った。

 十分過ぎる目的だろうに。


「男性より女性の方がその辺りは現実的みたいだよ。世知辛い世の中だよねぇ」


 マルティンの側室だった女性達の話でもすればいいのかもしれないが、それも面倒だ。

 男ばかりの騎士団に居て、婚約者は皇族のアレクサンドラ。

 家族は忙しい祖父だけという生活の中で、女性に免疫がなかったのだろう。

 冷遇されて暗い雰囲気を醸し出していた婚約者よりも、甘やかされ愛されて育った他の男性の婚約者にこそ、心惹かれるのも解らないではない。

 良い女を知らないのなら、いやが上にも。


「まぁ政略的な婚約者が相手なら、他に心惹かれる相手ができるってこともあるかもしれない。君の場合、アレンちゃんを正室にして、彼女を側室にお願いするのが最善だったね」


「クラウディアを側室になんてできるわけがない!」


「僕はあくまで、君の、最善を、言っただけだよ。婚約者が皇族で、不貞相手と身分差があった場合は、一番無難な手配じゃないか」


 正室はお飾りで政務も丸投げ、側室を寵姫として慈しんできた王なんて、各国の歴史書を読めば幾らだっている。

 ディートフリートが野心家であったならば、これ以上はない最高の状況なはずだ。


「でもまぁ彼女の最善はヴォルフガング君の妻だからね。今の方が良かったかもよ? 少なくとも彼女を心置きなく抱ける訳だし」


 罪を全部押しつけられて拒絶されたけど。

 彼女との子供は二度と持てないけど。

 差し迫った未来に、神殿からも追い出され、彼女を抱く暇などない生活苦に陥るのだろうけれど。

 

「好きだから、抱いて。抱いたから、子供ができてっ。責任を取って結婚しようとする事の! どこが罪だっていうんだ!」

 

「男らしい立派な決断だよ。お互い独り身だったなら、精々彼女のご両親に順番守れっ! て小言を貰う位で、最終的には祝福されただろうね? でも君には皇族の婚約者がいて、彼女にも思い合った婚約者がいた」


 しかも、ディートフリートはアレクサンドラと恋愛どころか信頼関係すら築けていなかったが、ヴォルフガングとクラウディアは双方思い合っており、両家の家族も認め、結婚まで秒読みの関係だった。

 

「……彼女の不安に付け込んで、無知な彼女を騙して事に及んだ挙げ句孕ませた鬼畜って、そういう風に世間は君を見るんだよ?」


「まさか……そんな……」


「君は彼女が幼さのあまり独特の考えを持っているのを知っていた。知っていて利用した。自分の欲望を満たすためだけに。それでよく、彼女を愛してるなんて、言えるよねぇ?」 


 頭を両腕で抱え込んで呻き声を上げるディートフリートを、目一杯の憎悪を持って睥睨する。


「彼女は彼女で、皇族の婚約者にちょっかいかけて孕んだ淫乱って、言われちゃってる。君のせいで!」


 平民にはそこまで広がっていないようだが、貴族の間では酷い言われようなのだ。

 アレクサンドラが実は皇帝に溺愛されていて、更には帝王の正妃として嫁ぐと決まり、お可哀想なアレクサンドラ様! と、彼女を見下せない分、ディートフリートとクラウディアの評判は地を這っている。


「アレンちゃんは、これっぽっちも君を好きじゃなかったからね。彼女を好きになった時点で、婚約破棄を申し出ていれば。少なくとも君の家は守られたし、彼女も淫乱呼ばわりはされなかったはずだよ」


 婚約者がいながら他の男を誑かす悪女ぐらいは噂されただろうが、ヴォルフガングとの仲も有名だったから、さして間を置かずに不名誉な噂も立ち消えただろう。


「あいつは! 昔から俺しかいなかったから! 俺だって早く婚約破棄をしたかったけど。側に、誰も居なくなっちまうのは、さすがにまずいかなって、ずっと遠慮してたんだぞ?」


「はぁ……お花畑過ぎて途方に暮れそうだよ! 百歩譲って幼い頃は君しかいなかったかもしれない。でもそれなりの年齢になってからは、君がそう、思い込んでいただけだよね? 大体月に一度顔を見に行って、5分もしないで帰ってたらしいじゃないか。それで側に居たとか、冗談としても悪質すぎるよ」  


「……可哀相な奴だから、側に、居て、やらなくちゃって、本当に、思ってたんだ」


「ずうっと昔にね! しかも思っていただけで、行動には移さない。どころかアレンちゃんに迷惑かけっぱなしだったけどね! 今アレンちゃんは僕の婚約者になって、幸せの絶頂にいるから。もう君はいらないから。 アレンちゃんを大切に思う人がたくさんたくさんいるからね。君の入る余地は何処にもない!」


 反省したからとか宣って、これから罪を贖うとかほざいて、帝国までクラウディアと一緒について来られても困る。

 それこそが誠実なのだと言い出しかねないお花畑思考の持ち主なのだ。


「……アレクサンドラ皇女がこの国を出れば、ミスイア皇国は亡国となるだろう。君の、君達の地獄はこれからだ」


「……地獄なら、十分味わった」


「アレンちゃんが何年耐えてきたと思ってる? 貴様らがしでかしたことが、たかだか数ヶ月で贖えるわけがないだろう? 住む場所があり、食事に不自由せず、清潔な衣類すら用意されたこの環境の、何処が地獄だ!」


 騎士の位を失ってから多少の辛酸は嘗めただろう。

 剣だけで生きてきた男性にできる仕事は余り多くない。

 クラウディアも子を産むまで平民と貧民の間くらいの生活を強要されたようだ。

 神殿に幽閉されてから何不自由なく抱き合っていられたのは、今までよりも辛い生活をさせておいて、一度だけ引き上げ、本当の地獄へと突き落とす為だと、本人達以外全員が知っている。


「明日アレクサンドラ皇女は、ミスイア皇国を出られる。一平民として見送りたいというのなら、出てくれても構わない。僕や皆に愛されて美しく輝くアレクサンドラ皇女を最後目に焼き付けておくぐらいの慈悲はあげよう」


 ディートフリートの前では輝けなかった本来の姿を取り戻した美しいアレクサンドラを見て、自分の愚かさを少しでも悔やめばいい。


「……話をさせては、貰えないのか?」


「無理だね。君も彼女もまだ自分達を被害者だと思っているから。謝罪だけじゃなくて、何か言いたくなるに決まってるだろ?」


 特にクラウディアが自分とは比べものにならないほど美しくなったアレクサンドラを見て、攻撃するのは解りきっていた。

 手前勝手な汚らしい言葉でアレクサンドラを傷つけるつもりはないのだ。


「俺は、これから、どうすればいいんだろうな……」


「好きにすればいいじゃないか。今までのように。できるものなら」


 二人の未来には絶望しかない。

 亡国となった地で生き抜けるほどの力も知恵も持たない二人が出来ることは限られている。

 愛と性に狂った二人には似合いの職業につくだろう。

 そうして罪を贖ってようやっともたらされる許しは、如何なものか。

 クラウディアは狂死。

 ティートフリートは餓死が無難な気がするが、これもまた最終的には神が決める事。


 長年に渡って皇族に不敬を働き、婚約者を寝取った者の末路だ。

 被害者が納得いくものであるのには間違いない。

  

 アレクサンドラが、神に愛されていなければ。

 ヴォルフガングが、音神に愛でられていなければ。

 あるいは罪も軽かったかもしれない。


 ディートフリートが、不敬を自覚できていれば。

 クラウディアが、無知を極めていなかったならば。

 あるいは罰が軽かったかもしれない。


 せめて早い段階で謝罪がなされていれば、速やかな死が与えられただろう。

 もしかしたらそれ以上の慈悲がもたらされた可能性すらあった。


 国が滅ぶのは二人だけのせいではない。

 他にも多くの者が、アレクサンドラを、皇族を蔑ろにし続けてきた。

 罪を犯した全ての者に、それ相応の罰が下されるであろう。


 マルティンはミスイア皇国に、生きている人間が一人もいなくなるまで観察を続けるつもりでいる。


 アレクサンドラを傷付けるだけ傷付け、後悔も反省も謝罪もできなかった者達が全て滅んでやっと。

 マルティンはアレクサンドラを助けられなかった己を許せるのだと思う。


「……平民ディートフリート。同じく平民クラウディアと、末永く幸せに」


 なれるものならば、とありったけの侮蔑を乗せながら吐き捨てたマルティンは、足早に部屋を出た。


 出て、静かに待っていたフェルディナントを見て。

 

 あれだけ周囲に迷惑をかけ続けてきたのだから、どんな手を使ってでもお花畑であり続ける義務が二人にはあるのでは? と、生温かい優しさが一瞬だけ首を擡げた。


 無論、聖職者の瞳でマルティンの言葉を待つフェルディナントをじっくりと見つめ直してから即座に。


 むしろ、二度と花など咲かぬ焼け野原になるべきだろう、と思い直したけれど。




 ようやっと帝王のターンが終了しました。

 次は、最終回予定の皇女ターンです。

 入れようと思っているエピソードが多すぎて、どうにも練り込めていないので、例によってお時間頂くかと思います。

 今回のように三分割するかもしれません。


 更に、後日談3話を書く予定なので、明確な最終回ではないんですけどね。

 もうしばし、お付き合いくださいませ。


 お読みいただきありがとうございました。

 引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

 

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