百二十四話 貧乏籤
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「天馬に乗れると喜んでたってのにサダのやつはとんだ貧乏籤を引かされたな」
「兄上。戦術上仕方ないとはいえエタケも姉上に同情しています。その話はお止めください」
「お、おう」
騎馬に同乗して話すキント兄達の視線の先にはチカネ殿と青毛天馬のヒテンに同乗しているサダ姉の姿があった。
既に天馬は二頭とも駆り出されているのだが、ミチナ様がサダ姉と同乗しようとした際にチカネ殿が強権を使って無理やりサダ姉と同乗したのだ。
ヒテンに乗った際にサダ姉に抱き着いたスケベ親父のニヤケ顔を思い出すだけで苛立ちと吐き気がする。
抱き着かれている当人の気持ちは比ぶべくもない。
代わりに葦毛の天馬のヒユウに乗るミチナ様の後ろには俺が同乗することになった。
大事な戦局でただの戦災孤児を乗せたことにチカネ殿は訝しんだが、ミチナ様がお前が私欲で同乗者を決めたのだからアタシにもその権利はあると言い放ったのだ。
「三姉妹の身代わりにサダ姉を差し出そうという魂胆なのであれば、流石に付き合いを考えますよ?」
「そんなつもりは毛頭ねえよ。あれは予想外だ。大事な場面でも色に溺れやがる程のクズだとはアタシにも予想出来なかった。サダ嬢に変なことをしたらアタシがお前を射落としてやるって脅しは掛けたから馬鹿な真似はしないはずだ」
不快感に苛まれながらも行軍を続ける。
予定通り父上たちと東正鎮守府軍の兵五百をミドノ寺に残してきたが、コウズケの民を多く徴兵したことで連合軍の総数は予定を越えて三千になった。
というのもチカネ殿が二千六百など中途半端な数よりもキリ良く三千にせよ! と父上に命じたからだ。
おかげで鎧もなく武器も農具や尖らせた木の棒というような兵もチラホラと見受けられる。
当人はわざわざ皇京までヒテンで出向き、この連合軍を朝敵征伐軍と名を改めさせ、そして自分を朝敵征伐将軍という新たな役職に奉じてもらったらしい。
そのせいで出発が遅れたのは言うまでもない。
俺からすれば無駄な労力に思えるが、連合軍を征伐軍と改めてそこの長に自分が就くことでコウズケ奪還以降に顕著になってきた勝ち馬に乗ろうとしてくる輩たちにどちらが格上かを示し、誰が手柄を挙げたとしても一番上の自分のものに出来るというのは政争のためには大事なのだろう。
そんなチカネ殿が朝敵征伐将軍となって今日で6日目だ。
今はムサシとの国境となっているフトイ川沿いにシモウサ国府を目指して進軍中である。
国府の位置は前世でいう千葉県の松戸市辺りだろうか。
コウズケの境からシモウサ国府までの中間地点に到着したようで、先遣隊が構築した味方陣地に入った。
外周は簡易な掘りが掘られており、陣の中には幾つもの天幕が用意してある。
敵地ではあるが周囲には常に騎兵が24時間絶えることなく交代で哨戒しているようだ。
「ミチナ様、火急の用が御座いますので暫しの間ヨシツナ殿をお借り致します」
「お、おう。終わったらアタシの天幕まで返してくれよ」
「え? ちょっ」
ヒユウから降りるや否やエタケが俺の手を引いて何処かへと連れて行く。
身体強化魔法を使っているようで、早歩きなのに走っているかのような速度が出ている。
数分後、1つの天幕が目に入った。
ここはトール家に宛がわれた天幕の1つだ。
天幕の前には腕を組んで仁王立ちをしている不機嫌なキント兄がおり、俺を見るなり親指を立てた右手で後ろの天幕を指した。
訳が分からぬままエタケに天幕の中へ連れ込まれると不意にエタケの手が離れた。
勢いを殺せず少し前のめりになった俺が体勢を正すと間髪入れずに正面から抱き締められる。
「うおっ!?」
サダ姉だ。
大鎧を外し単衣に着替えているので感触は柔らかいが両腕には痛いくらいに思い切り力が込められていた。
「さ、サダ姉様!? どうなさったんですか!?」
「…………」
呼びかけに対して返事はなかったが、抱き締める力が一瞬だけ更に強くなった気がした。
どうしたものかとエタケに目線を送ると、目を閉じて首を左右に振り「姉上の気が済むまでそのままで居てあげてください」と答えた。
サダ姉は泣いてはいないようだが少し震えていた。
そのことにやっと気づいた俺は軽く抱き締め返して左手で背中をポンポンと叩き、右手でサダ姉の頭を撫でる。
「大丈夫。俺がついてるからね。安心して......」
サダ姉が落ち着けるように、心が安らげるように何度も撫でながら言葉を繰り返す。
暫く続けていると震えが治まったようだ。
「もう大丈夫?」
「............うん。ありがと」
そう答えたサダ姉だったが一向に離れる気配がない。
俺が両手を放しても抱き付いたままである。
助けを求めるようにエタケに目線を飛ばすとジト目でサダ姉を見ていた彼女と目が合った。
「こほん。姉上? 兄様がそろそろお離れになりたいようですよ?」
「……ツナは妾から離れたいの?」
「いや、そういう訳ではないですが——」
「じゃあこのままずっとこうしてる」
サダ姉が珍しく駄々を捏ねるとエタケの表情に静かな怒りが見えた。
もしかしたら怒ってるエタケの顔なんて初めて見たかもしれない?
普段はクリッとした愛らしい黒碧の瞳で花の咲くような笑顔しか向けられることがないので少し新鮮だ。
「と、ところで今回は何があったんですか? エタケに手を引かれた時は何事かと思いましたよ」
「ヒテンに乗った時にあのスケベ親父に抱き着かれた......」
「あぁ......。見てましたよ。あれにはつい俺もチカネ殿の首元に雷珠を飛ばしてしまいましたね」
「兄様!?」
「やっぱり! あれはツナがやったのね! 後ろで急にびくっとした後にキョロキョロしだしたから何事かと思ったわ!」
素っ頓狂な声をあげてエタケは驚いたが、あの時はほぼ無意識的にやってしまっていたので自分でもかなり驚いていたのだ。
やったことに後悔はないがバレた時の家族への迷惑を考えると今後は自制した方が良いだろう。
「チカネ殿から今晩寝所に来いと言われたわ......」
「!!?」
俺の悪戯にキャッキャと騒いでいた声色から一転して絶望した声音でボソリとサダ姉が呟いた。