172.怒れる×××があらわれた!
どんどん状況が泥沼化していきます(爆)
怒れるヤマダさんがあらわれた!
私達は驚愕の眼差しで、それを見守ります。
「んふぅーっ! んぅーっ!!」
ヤマダさんは、未だに口に私特製の湿布を貼り付けたままでした。
おお、ドラゴンの涎にも負けないなんて、流石私の湿布薬(悪戯用)。
お陰で何を言いたいのかさっぱりわかりません。
口を開くことが出来ないので、只管に唸っているような感じです。
そんな悪魔さんは、いま!
自分をつっかえ棒にするような形で、タナカさんの口をこじ開けていました。
あ、なんかこんな図見たことある。
とりあえずあんなに大きなタナカさん(ドラゴン)の噛む力に真っ向から対抗できるヤマダさん(悪魔)はとっても力持ちだと思いました。
まあ、がっちりハマっちゃったみたいで脱出できずにもだもだしてるけど。
「んぐーぅっ! ふぐーっ!!」
そしてその、燃えるような憎悪の目が私を見ていました。
わあ、すっごいガン付けられてる☆
まあ無理もありません。
むぅちゃんは背後から忍び寄ったお陰で、姿を確認されていないのでしょう。
自分はノーマークなのを良いことに、そろそろと退避しようとしています。
逃がしません。
私はむぅちゃんの腕を掴んで、にっこりと笑いました。
むぅちゃんもにっこり笑います。
ふふ…いつもは無表情がデフォルトなのに、随分と良い笑顔ですね?
思った次の瞬間には、私の腕をむぅちゃんが逆に掴んでいました。
含み笑うような頬笑みで、二人見かわします。
「ふふ?」
「ふふふ…」
そんな私達を、勇者様がげんなりしたような表情で見ていました。
「………おい、そこの薬師二人。空寒くなるようなやり取りは置いておいて、どうするのか考えた方が良くないか?」
現実をよく見た、とてもとても堅実的な勇者様のご提案。
しかし実際には悪魔の方は未だにタナカさんの牙(文字の如く)から抜け出すことも出来ず、何とも間抜けながら必死そのものの形相。
なんというかあれですね、本人(本悪魔?)にとっては洒落にならない事態ですが、傍目には何ともコミカルです。
「ぐぅ…っく、食われて堪るかぁぁああああああっ」
ふぁいとー!
ついに私の湿布を食い破り、ヤマダさんの叫びが轟きました。
黒いオーラ全開で抗っていますが、どうやら口を閉じたいらしいタナカさんの顎の力が彼の余裕をみるみる削っていきます。
見ていて、今度はこう思いました。
「勇者様、あの悪魔と実は結構気が合うんじゃないですか?」
「そんなことはある筈ないだろうと真っ向から否定したいけど、今の彼の気持ちが全く分からないとは言い切れない過去があるなぁ…」
思わず、しみじみと二人で悪魔を見てしまいます。
勇者様、ご自身の経験と重ね合わせておいでですか?
ちらりと横目で窺うと、私の目を見てはっと我に返る勇者様。
「…って、こんなぼうっとしている段じゃないだろう! まぁ殿とタナカさんと、あの悪魔は…!」
着々と増えつつある、勇者様の敵(笑)
あと三体くらい増えたら完璧に勇者様が許容量オーバー起こして憤死するんじゃないかと、ふと思いつつ。
だけどふとまぁちゃんの方へ視線をやってみると、ほてほて怠そうな足取りで此方へ歩いてくるまぁちゃんがいます。
「あれ、もう帰って来たの?」
「悪魔の腕(右)が解放されたんなら、俺がタナカとやりあう必要はねーだろうが。あと飽きたし」
「飽きたんだ」
「そんな理由で、やめるのか…俺のことをあれだけ吹っ飛ばしておいて」
「それはそれ、これはこれ。だってなんか面白いことになってんじゃん」
そういってまぁちゃんが見るのも、やっぱりあの悪魔とドラゴン。
熾烈な戦いが、そこで繰り広げられています(顎vs全力)。
「お前ら、どっち応援する?」
「「「「タナカさん」」」」
測らずしも、複数の声が重なって。
まぁちゃんはよしと頷き、足下の瓦礫を拾い上げました。
大きさは、まぁちゃんの掌に収まるくらい。
「それじゃこれ投げて、あの悪魔のどてっ腹に命中させてみっか。あんなギリギリ状態なら、ちょっと腰曲げさせてやっただけでぺちゃんといくだろ」
「腰を曲げるというか、まぁ殿が石なんて投げつけたら貫通するんじゃないか…? というか、それって全く事態の解決になっていないよな?」
「え、なるだろ。悪魔の隠滅という形で」
「タナカさんのお腹の中にばいばいですの~」
「おい、それで良いのかそこの兄妹!?」
「大丈夫じゃないですか、勇者さん。あんな根性ある悪魔ならきっと、あの竜の胃の中でも生きていけるかもしれません」
「それ確実に消化されるよな! 生きていくとか事実上不可能だよな?!」
「悪魔ならそれも不可能じゃないかもしれないぜ? 何せ宗教概念に左右される生き物だし。現世のイキモノとはちょっとずれてるんだよなぁ」
「それを魔王が言うのか!? 我が身を振り返ってから発言内容を考えた方が良いんじゃないか、真剣に」
「言うねぇ…」
「それじゃあ勇者様! 勇者様はどうしたら良いと思うんですか?」
「…それは、まあ、穏便に解決できれば一番じゃないか? あの悪魔が何を目的にしてあらわれたかもわかっていないし、まずは何とか話し合いで…」
「却下。あの目ぇ見てみろよ。話し合いなんぞするまでもなく、リアンカに何かする気だろうが」
「それは全く持って自業自得だと思うけどな!」
「勇者さん、リャン姉様を見捨てますの…?」
「姫に何とも答え辛く肯定し難い質問を繰り出された…!」
「肯定したくないってことですの? 否定ですのね!」
「違うとは言わないけどな! いわないけど、向こうの言い分丸っと無視してるじゃないか!」
「え、勇者様ったら見知らぬ悪魔の言い分を真に受けて判断しちゃう気ですか? それ結構危険ですよ? 悪魔って生き物はさらっと空気を吸うように騙したり籠絡したり丸めこんだり陥れたりしてくるイキモノですよ?」
「それを君らが言ったらお終いだと思うんだ…! というか見知らぬ悪魔って何だ、見知らぬ悪魔って! そんなご近所に普通に悪魔が溢れてそうな言語表現!」
「勇者様って感情が高ぶると結構な失言しますよね。聞かないでおきますけど、終わりってどういう意味ですか」
「聞いてる聞いてる、リャン姉、聞いてるって」
「近所に悪魔が溢れていることについてはスルーされた!?」
「まさかあんな珍獣、そうそう溢れてる訳ねーだろ。考え過ぎだ、勇者。魔境は魔族の領域下だけどな、悪魔はあんまいねぇから」
「そうだね。ハテノ村周辺にだって精々、十三人くらいかな」
「具体的にリアルな数字がきた!? というか、本当にいるんじゃないか…!」
「いないとは誰も言ってねーだろ」
「………そもそも、ハテノ村ってそんなに悪魔が近くにいたのか?」
「あれ、勇者様ご存じありませんでした?」
「し、しらなかった…」
「勇者様のお里帰りに出発する前日、佃煮のお裾分けしてくれたおツウさんとかそうですよ?」
「えっ!?」
ハテノ村に住んでいる、おツウさん。
本名知りませんけど、彼女は背中に鶴の羽根を持つ中級悪魔です。
特技は料理とお裁縫。あと機織りも好きという働き者で評判の美人さん。
何があったかは知りませんけど、ご近所のヨハンさんの押し掛け女房として村でも受け入れられている気さくな若女房さんなんだけど。
どうやら、勇者様はそのことも知らなかったようで…
村の出口に向かう通り道に住んでいるので、毎日のように挨拶している姿を目にしていたのですが…これ、言わない方が良かったかな?
愕然とする勇者様。
だけど度重なる衝撃的経験のお陰で耐性が付いているのでしょうか。
頭ぱーんってなるかな、と。
そんな風に思っていたんですが…持ちこたえました。
「………つまり、魔境では悪魔の存在はありふれていて、何でもないんだな?」
「いえいえ、ありふれているというには少ないですよ?」
「少なくとも毎朝おはようございますと挨拶出来るくらいは身近なんだよな!?」
「否定はしません」
「だったら…悪魔だからと問答無用で攻撃するのは違うだろう」
「いや、攻撃したのは面倒事のニオイがしたからだけど」
「…ムーはそうかもしれない、が、リアンカ? 君はどうなんだ」
「さっき言った通りですが」
「………うん、少しは逡巡しような? だけどあんな理由で、本当に倒してしまって良いのか?」
「俺は別に構わねーけど」
「実行犯は結論が出るまでそこで待っていてくれ!」
「おー…さっすが、既に先を読んでんねぇ。けど実行犯は俺なんだから俺が口出ししたって構わねぇだろーに」
「俺は、リアンカに聞いているんだ。本当に、それで良いのか?」
「まぁちゃんGO☆」
「よしきた、任せろ」
「だからちょっとは悩めよ、そこの愉快なコンビ!!」
「甘いですね、勇者様」
「え、な、………なんだ?」
「私の仲間はまぁちゃんだけじゃないので、『コンビ』は誤りです!」
「じゃあリアンカと愉快な仲間達とでもいえば満足か!?」
「ちなみに漏れなく勇者様もその仲間ですよ? ツッコミ枠のセンターで」
「それで俺が喜ぶとでも思ったのか!?」
「…本当に喜ばないんですか?」
「……………」
「勇者、黙して語らず」
「まぁ殿、解説はしなくて良いから」
「どうなんですか、勇者様。私のこと嫌ですか?」
「あれ…いつの間にか詰問される側が逆転してないか、おい」
「いいから、答えて下さいよ。私のこと、迷惑です…?」
「…………………………………寂しそうな上目遣いは反則だと思う」
うん、勇者様って捨て犬がいたら見捨てられないタイプですよね。
わかっていましたが、野良猫を突っぱねられないタイプですよね。
そんなところがとっても良いと思います☆
こうして、お優しい勇者様(爆)は私達の前に膝を屈しました。
最早見慣れた光景ですが、地面に膝をついて項垂れる勇者様のお姿は度重なる慣れのせいかとても様になっています。
こんな姿が様になるくらい慣れてしまう人も、滅多にいないとは思うけれど。
勇者様は悪魔よりも友達を取ってくれました。
義理堅く情に厚い勇者様。
とうとう彼の善意は、悪魔にさえも差し伸べられようというのでしょうか。
まあ、そんな未来が来そうだったってだけで、結局は私がぽっきり選択肢をへし折りましたが。
いま私達の目の前にいるのは、目的不明の悪魔さん。
タナカを探しに現れて、でもタナカさんが誰か思い至らずに癇癪を起していた傍迷惑な悪魔さんです。
うっかり街破壊の巻き添えを食う危険性もありましたし。
ここは私達が調きょ…お仕置きしても良いですよね?
にこーっと笑う私。
顔を引き攣らせ、青褪める勇者様。
私達が今後の方針を力技一択で決めようかという時。
とうとう、悪魔のヤマダさんが竜の口から飛び出しました。
おお…あんながっちりハマってたのに、どうやって脱出したんだろう。
思わず見事に思って、拍手ぱちぱち。
そんな私達の真ん中に、悪魔が降り立ちました。
いきなりぐいっと、その腕の中に…何故かせっちゃんを引きこんで………
………って、は!?
え、この悪魔、久々の自殺志願者ですか!?
私の視界の片隅で。
勇者様がより一層、顔から血の気を失いました。
悪魔に捕まって抱えられたせっちゃんは、手足をぱたぱたさせました。
「あに様~、せっちゃん足が地面に付きませんのー」
「――安心しろ、せっちゃん。お兄様がす~ぐーに、解放させてやるからな…?」
そしてまぁちゃんが、ぞっとするほど色気のある酷薄な笑みを浮かべました。
これは、私が何かするまでもないです…よ、ね?
うっかり大災厄の逆鱗に触れてしまった、悪魔。
その末路については…語る必要も、特にないかもしれません。
この上は精々、王国に影響の内容に祈った方が良いですよ、勇者様…。
王国の滅亡が、見えた気がしました。
怒れる魔王様があらわれた!
洒落にならない事態。
山田さんに漂う終わった感。
果たして、王国はどの程度の規模巻き込まれてしまうのか?
身体を張って、被害を食い止めるためにがんばるんだ!勇者様!←無茶ぶり