167.すいかとカニみそ
勇者様、ひとりスイカ祭り。 →作中は夏。
現場に急行した勇者様!
駆け付けた時、彼が見たモノは…っ!?
踊るような、その動き。
黒き劫火をその身にまとい、自由自在と操作する。
噴き上がれ、燃えあがれ。焼き尽くせと。
大火は黒い右腕に煽られて、青い空を真っ黒に染め上げた。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ…」
蹂躙しようと襲い掛かるソレに、抵抗する為に。
真っ黒い天然の色合い。
艶めく肌はどこか硬質な輝きを秘めている。
人間のモノよりもずっと大きい悪魔の、腕。
右腕は必死に抵抗し、敵から逃れようとびったんびったん跳ねまわっている。
まるで猫に抑えつけられ、逃げようともがく魚みたいに。
びったんびったん。
だけど抵抗も虚しく、襲い掛かる炎も物ともせず。
右腕の前に現れた外敵は、その前足で悪魔の右腕を抑えつけ…
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ…」
くわえられ、もごもごと。
かじられていた。
抑えつけられて藻掻く腕の抵抗も、なんのその。
咀嚼音が、ずっともぐもぐ響いている。
そこに、それはいた。
ゆったりと炎の中に寝そべり、前足で抑えつけた右腕をかじかじ齧っている。
それは、そのシルエットは。
「た、た、タナカさぁぁぁぁああああああああんっ!?」
タナカさんだった。
タナカさんの姿を見た瞬間、勇者様は走る勢いを殺しきれずにつんのめり!
凄まじい勢いで前のめりに十mくらいスライディング!
そのまま道端に放棄されていた露天の骨組に激突しましたよ…
勇者様の上にどさどさっと大量の果物や野菜が降り注ぎます。
わあ☆西瓜があんなにたくさん………
季節は、夏。
冷された西瓜は、それは美味しいでしょうね☆
真っ赤な西瓜の汁に、染まって。
勇者様が一見何だかスプラッタなお姿になってしまわれました。
衣装が白かったから、見事に染まりましたよ…。
一際大きな西瓜が頭にはまり、勇者様は西瓜ヘッド状態…。
あのままじゃ呼吸困難になっちゃう!
勇者様、今こそ皮膚呼吸の力に目覚めるんだ…!
とりあえず頭部の西瓜を外すのに真剣に苦労しているようなので、場が別の意味で緊迫しました。
これは助けないと洒落にならない。
いえ、一瞬、このまま放置していても大丈夫そうな気もしましたが。
視界が封じられているせいで、あっちにふらふら。こっちにふらふら。
その辺にぶつかる姿が可哀想なので、急遽勇者様の救出を急ぐことにしました。
「取り敢えず、まずは目の穴を開けるか?」
「それより空気穴だよ、まぁちゃん! お話出来る様に、口を作ってあげよう」
「切り込みは………ナイフで何とかなるか。くり抜くのはどうすっか…リアンカ、スプーンとか持ってるか?」
「調薬用の薬匙ならあるけど………これで彫るのは地道過ぎない?」
「その辺に木切れとかねーかな」
私とまぁちゃんは一先ず勇者様を転がっていた樽の上に座らせて、助ける算段。
さてと、目はやっぱり三角かな…。
「リャン姉さん、助けるにも方向性が少しズレていません…?」
首を捻りながらも、駄目になった西瓜をしゃくしゃく齧るリリフ。
ロロイと二人、割れ砕けた西瓜を美味しくいただいているようです。
場には、フルーティな香りが漂っていました。
「そうだ、屋台に果物の試食用でフォークか何かないかな」
「それだ! きっと果物ナイフもあるよな」
「急がないと勇者様が窒息しちゃう! 早速探そうよ」
私とまぁちゃんは地面に落ちて凹んで、売り物にならなくなった林檎やオレンジを咀嚼しながら屋台を漁ります。
え、お金?
屋台に突っ込んで商品を駄目にしたのは勇者様なので、その辺りは勇者様が王子様らしい財力を唸らせて補填してくれるでしょう。
私はそう信じます!
西瓜の中で勇者様がうーうー唸っている気がしましたが、私は気付かなかったことにしました。
そうして、屋台を漁る私達。
中々丁度いい食器が見つかりません。
まさか爪楊枝しかないとは思わなかったよ…
諦めきれずに屋台を漁っている間に、勇者様がぐったりしてきました。
本格的にヤバいかな、と。
そう思ったその時!
どごぉ…っ
………鈍く、大きな音がしました。
振り返った私とまぁちゃんは、見ました!
眼隠しをしたせっちゃんがマジカル☆ステッキ(魔王の王錫)で、勇者様の頭と化していた西瓜を破砕した瞬間を…!
ま、まさか!
私とまぁちゃんを放っておいて、一人西瓜割りだなんて…!?
砕かれた西瓜から、まるで血飛沫のように噴き上がる真っ赤な果汁。
………えっと、勇者様?
西瓜と一緒に頭砕けてないよね?
ちょっと心配になって急いで確認してみると、真っ赤でべとべとになった勇者様は、綺麗に目を回していました。
わー………目の前にお☆様飛んでる。
勇者様にいつも付き纏っている、光の粒の演出でした。
「せっちゃん、どうしてこんなことを…!?」
驚きに目を見張っている、まぁちゃん。
まぁちゃん、口元口元! スターフルーツの欠片が付いてるよ!
「あに様~! せっちゃん、見事に一撃☆ですの! 一回で砕けましたのよ!」
「うん、見事なフルスイングだった! 横殴りの一撃がこんなに綺麗にヒットするとはな。せっちゃんが成長しているようで、お兄ちゃんは感慨深いぜ………が、せっちゃん。西瓜割りって普通は打ち下ろしで割らないか?」
「まぁちゃん、殴り方は人それぞれで良いんじゃないかな」
「えぇと……………まぁ兄さんもリャン姉さんも、気にするのはそこですか?」
そうだった!
論点は、なんでこんなことをしたのか、だったよ!
問いかける眼差しで、せっちゃんを見てみれば。
せっちゃんはほわっと微笑んで首を傾げます。
「? むぅちゃんがやれって言いましたのー」
「むぅちゃん?」
「だってまだるっこしくなってきてさ。こっちの方が手っ取り早く済むじゃない」
そんな理由で、勇者様は魔王妹(結構強い)のフルスイングな一撃を頭に受けたんですね。衝撃、凄かったろうなぁ…。
頭を割るのは可哀想だから、穴あけ方式にしたんだけどな。
「………なんで誰も、西瓜から勇者の頭を引張り出すって発想がないんだろ」
ぽつりと言って、首を傾げる。
ロロイのそんな一言は、私達の心には届きませんでした。
そんなの、まぁちゃんの力ですっぽ抜いたら首まで引っこ抜けるからだよ!
非常時って、神経が強くなるのかな?
結構な一撃を受けた筈の勇者様ですが、目を回したものの速攻で回復しました。
やっぱり、問題を放置するのは気が気じゃないみたい。
おちおち気絶もしていられないと、頭を振って正気を取り戻します。
…正気に戻ってから、依然として景色が全く変わっていないことに絶望感漂うお顔をしていました。
燃え盛り、空を焼く黒い火柱!
その渦中で悪魔の右腕を抑えつける竜!
抵抗する悪魔の黒腕!
あぐあぐと、抵抗する腕をかみかみしているドラゴン!
「………なんだこれ」
頭を抱えた勇者様が、悲愴な顔をしていました。
多分、どうやって場を収めたものかと思い悩んでいるんでしょう。
岩棚のドラゴンこと、寿命は万年タナカさん。
なんでこの場にいるの、とも思うけれど。
ドラゴンの巨体を曝して市街地で堂々と何しているの、とも思うけれど。
私はちょっとそれどころじゃない。
「ちょ、ちょっとタナカさん! 口! 口! その腕食べちゃ駄目ぇーっ」
『むう? 噛めば噛むほど味が染み出してくる…』
「それ、スルメじゃないから!」
噛めば噛むほど染み出してくるのは多分、血と瘴気だと思うよ。悪魔だし。
まったりともぐもぐしているドラゴンの姿に、勇者様が頭を抱えています。
………どんな生物も骨ごと噛み砕き、金属も破砕する牙。
ドラゴンの牙って、そういうものです。
それでもぐもぐやられてる、悪魔の腕。
………修復不可能なまでに、ずたずたになってたらどうしよう。
口端からチラリと見える黒腕は、死にかけた虫みたいにぴくぴくしています。
だ、駄目だ…っ 一刻も早く奪取しないと!
「駄目になったら、シャイターンさんに恨まれる!」
「恨まれる程度で済めば良いけどね」
「お願い事がふいになっちゃう!」
「………願い事?」
全身の力が抜けたのか、近くの壁に懐いていた勇者様が顔を上げます。
此方を見ている眼差しには、疑問の色。
脱力したままの身体に力を入れて立ち直し、首を傾げて私を見ます。
そういえば、説明していませんでした。
「あのですね、勇者様。シャイターンさんはその昔、ちょっと冗談の通じない神様相手にヤンチャして、体を七つに引き裂かれまして」
「待て。心の準備が出来てないのに、いきなりグロ話はやめてくれ」
「そこまでグロくないですよ! 本人ぴんぴんしてますから」
「………流石、魔境の住人。冗談が通じないのは存在だけにしてほしい」
「あれ? 通じますよ、冗談。通じ過ぎるくらいに!」
「そうだな、存在そのものが冗談みたいな生態系だもんな、魔境…」
「まあ、それで、シャイターンさんは体を七つ、バラバラ殺人事件みたいにされまして。でもそれでも平然とどこの部位も生きていたので、引き裂いた神様にそれぞれパーツ別に封印されちゃったんですよ。氷のなんたらって石で」
「肝心の部分が物凄く不透明だな! ……うろ覚えなのか?」
「うろです。ものすっごく、うろです。でも話の筋はちゃんと覚えてますよ! シャイターンさん本人の回りくどい言い回しはすっぱり忘れましたけどね!」
「って、本人から聞いたのか!?」
「それ以外の誰に聞いたと思ってるんです?」
黒光りする悪魔のシャイターンさん。
洒落が通じない神様に七つに分けられた、彼の身体。
頭・胴体・右腕・左腕・右足・左足にそれとオプション。
「オプション?! なんだその分類!」
「えーと、翼とか角とか尻尾とか? そういう余分パーツは全部『オプション』で一纏めにされちゃったって言ってましたよ?」
「全部分離させたのか…! なんで頭や背中につけたままにしておかないんだ!」
「やらかした神様の趣味かな?」
「その答えは絶対に的を外してると思う…!」
「おお、言いますね。それじゃ賭けます?」
「真偽のほどを測りようがないのに、賭けが成立するはずないじゃないか…」
「それもいつか分かるかも知れないでしょう?」
深い溜息をついて、勇者様は無理だと思うとすっぱり断言。
それよりも続きを、と促しも受けましたし。
「ええ、と。それでですね? 悪魔さんの七つに分けられたパーツは、神様のお力で速効世界各地に分散させられちゃったんですよ! 一つ一つ全然別の場所に転がされちゃったらしいです。封印されたまま」
「………それ、もう永遠に復活できないんじゃないか? 封じられてた右腕はビー玉サイズだったんだろ。だったら他の部分も…」
「うん、その通り。でも偶然ながら、何百年か前に魔境でシャイターンさんの頭が目覚めました。六代だか八代だか前のハテノ村の村長が子供時代、ビー玉と間違えてオハジキ遊びしてたって」
「アルディーク家…っ」
「それでうっかり弾き飛ばして、シチュー鍋にぽちゃっと。それで封印に使われていた氷が溶けて、悪魔復活! 晩餐の席に、悪魔の頭が降臨したらしいです」
「アルディーク家………っ!!」
「勇者様? そんな現実を否定するように悲痛に呻いても、事実は変わりませんよ? 一家の大黒柱は言いました!「今日のシチューは変わった具だな」と」
「君の先祖はそんな人ばっかりか!」
「そんな人ばっかりです! この間、うちの始祖見たんだから分かるでしょう!」
「くぅ…っ」
「どうもシチューの具にしていたドラゴンの魔力がシチューに溶け出していて、熱と過剰魔力で復活を遂げたらしいです」
「待て、ドラゴンの肉って不老長寿のっ」
「あ、加熱処理済みです。生き血とかは肉体の改造力凄まじいけど、熱を通したら普通に食べられますよ? それに知性の高い竜じゃなくて、動物とあまり変わらない亜竜の肉だと思います。低位の竜なら、生でも不老になったりしませんよ?」
「そんな話をリリフとロロイの前でしてやるなよ…!」
ふ…っ
甘いですね、勇者様。
真竜みたいなレベルの高いドラゴンは、誰も襲わないけれど。
知性雑魚レベルの亜竜は魔境でも食肉として普通に出回っています。
強者は弱者を食べるもの。
………真竜の里に遊びに行ったら、普通に奥さん達が亜竜の肉で作ったおやつを出してくれますよ? 亜竜の骨煎餅は流石に食べられませんでしたけど。
ドラゴンさん達は当事者な分、よりシビアです。
知性の低い竜も眷属と認めていますが、同時に別の生命体と区別もしています。
弱肉強食の魔境なので、よくある話。
うちでも、小さい頃のリリフやロロイに亜竜のステーキとか食べさせてたしね!
「ドラゴン肉とホワイトソースに塗れた悪魔の頭は言いました!
自分の七つに分たれたパーツを集めてほしい。全てを集めたモノには、何でも一つだけ願いを叶えてやると…!」
「どっかで聞いた話だな、おい…!」
「そんな訳で、魔境じゃ面白半分の宝探しゲーム感覚でシャイターンのパーツを見つけたら回収することになっています。魔王城の居間の一つに飾られているので、そこまで持って行ってお供えするとお礼に飴玉くれるんですよ」
「何でも願いを叶えるとか言っておいて、お礼が飴玉!」
「ショボイですよね!」
シャイターンさん曰く、七つ全てを集めたら…だそうですから。
お願い事を聞いてもらえる特権は、七つ目のパーツを自分に授けた人にあげるんだそうです。なのでそれ以外の人は、仕方なしに飴玉で納得しています。
でもあの飴玉、意外に美味しいんですよね。
現在、シャイターンさんの集まったパーツは頭と左腕と両足と、オプション。
大陸各地、方々に喧嘩を売り歩いている魔族さん達なので、数百年でこんなにさくさく集まったそうです。
シャイターンさん本人は、数千年単位を覚悟してたらしいんですけどね!
何かの折に見つけたら拾ってくる、それだけのことですし大きさもビー玉サイズなので、皆さん気負いなく回収に協力しています。
ちなみにお礼にくれる飴玉の味は、ダークチェリー味とボイセンベリー味、アップルミント味、蜂蜜生姜味とそれから蟹みそ味が確認されています。
子供の頃は遊びに行くとオヤツによく貰ったものです。
久々に食べたいなぁと思ったんですよ。
だから、この国の『毒草園』で発見した時、回収しておいたんですが………
「そのままにしておいた方が良かったですか?
そのまま『毒草園』に置いておいた方が良かったですか? 勇者様、ねえ?」
「結果を見ると何とも答え辛いことを聞かないでくれ…!!」
私がシャイターンさんの右腕を何処で発見したのか教えたら、なんだか勇者様は半泣き一歩手前なお顔で重々しく頭を抱えておいででした。
もう、西瓜は被ってないのにね!
あ、アルディーク家ぇ…っ!