166.火柱の原因←ポーチの中身
今回、勇者様が久々に『勇者様』してます。
本人は心が痛んでいるみたいですけど(笑)
物凄い轟音が立て続けに響き渡った効果で、王都は大パニック☆
元凶? そんなものひったくり犯に決まってますよね! ←断言。
…大事にしたのは、まぁちゃんですけどね!!
今回は珍しく、私の介入は少なめです。言い張りましょう、少なめです。
あと、最後の轟音は勇者様のうっかりが原因だと思います。
あわや今度こそ死んだか、と。
戦々恐々と見守る周囲を嘲うかのように。
勇者様は五体満足でした。
けほ、と。
口元を押さえ、けほけほと小さく咳をする勇者様。
爆発を受けても尚うるうるピンクの唇から、小さな煙がぽふっと空に昇ります。
勇者様の外側無傷なのに、内側に何があったんだろう…
勇者様の身体、どんな構造してるのかな?
だって本当に、顔とかすべすべのままで見た限り擦り傷もありません。
服がちょっと焦げちゃいましたけどね!
まぁちゃんがぽろりしちゃった暗黒魔法はえげつないものでしたが…
そこに、ピンピンしている勇者様がいます。
勇者様、やっぱり人間とっくに辞めちゃってるんじゃ………
「辞めてないからな!?」
「わあ、心読まれた」
「でも実際、勇者の肉体強度…人間のそれ超えちまってんのは確かだろ」
「何だろうね、この超越ぶり」
私達はそれこそ疑わしい物を見る目で勇者様を見てしまいます。
それに対して勇者様は居心地悪そうにしながら…
そんなことは気にしていられないと、最も問題といえる方角へ目を向けました。
「それでまぁ殿、アレは?」
「だから俺じゃねえって」
勇者様の指さす方角には、火柱がありました。
今もって凄まじい存在感を示す火柱が。
まだ、激しく燃え盛っています。
依然として天まで届けと怒髪天のように燃え上がり続ける立派なソレ。
何あれ、突発的に火山でも生まれたの?
「とても濃厚な魔法の気配にさえ目を瞑れば、ただの異常現象ですよね!」
「異常現象の時点で尋常ならざる事態だろう!?」
でも魔法の使えない私に、アレが何なのかわかる訳もなく。
この中で一番魔法に対する造詣が深いのは…やっぱり、まぁちゃんかな。
「まぁ殿が原因じゃないことはわかった。それでも何かしら、まぁ殿ならわかるんじゃないか?」
「あ、それな…」
問いかけに、なんだか歯切れの悪いまぁちゃん。
その態度が珍しいからか、勇者様の顔が一層険しくなります。
「それだけどな………勇者、お前に一つ聞くぞ?」
「え、俺?」
「おお。あのな、お前に最初に飛んできた魔法弾だけどな………
二発目の『炎』、お前どうした?」
「どうしたって斬り払ったけど…」
「それで消滅したか?」
「いや、真っ二つにしたら片方は地面に当たって陥没した」
「もう片方は?」
「それは空に向けて弾き返したから、空に消えたが………」
「あの魔法、自動追尾効果が付いてんだけどな?」
「そこまで真剣に俺の命を狙っていたのか!? 俺、何かしただろうか…」
「違ぇよ。お前を狙った訳じゃねーって。ただ、狙った奴との対角線上にお前が偶然いただけで」
「そんなただの偶然で命奪われて堪るか!?」
「命も何も、無傷じゃねーか! 本当に人間かよ。むしろいっそ恐ろしいぞ」
「わあ☆ やったね、勇者様! まぁちゃんに恐いなんて言わせる人間、親族以外で初めて見ました」
「そんな晴れやかに言われても、嬉しくないからな? 後、俺は人間だからな?」
「またまたー」
「軽く流された!? しかも冗談扱い!」
「おーい、お前ら? はしゃぐのは良いけどよ。まあ、つまりアレだ?
――勇者の斬り払った『炎』が上空に打ち上がって、そっから指定された標的を狙いなおしたってことだろ。直撃コースで 」
「「「「「「……………」」」」」」
あ☆ 展開、読めた………。
ひったくり犯に奪われた、私のポーチ。
その中身、今日は 火 気 厳 禁 。
あれ、やっちゃった?
ねえ、やっちゃった???
「そこで、だ」
だらだらだらっと冷汗を流しながら、目を逸らす私。
そんな私に向けられる、まぁちゃんの呆れ半眼。
「リアンカ? お前、あのポーチになに入れてた?」
「あ、あはははははは…」
「笑って誤魔化すなや」
「……………」
こ、これはもう、言わないとまずい…かな。
言わないと駄目な展開、だよね…。
う、ううぅぅう…勇者様の目が、ちょっと痛いかな。
怒られるかなぁと、そんなことを思いつつ。
私は思い切って呆気らかんと、なるべく明るく言い放ちました。
「実はあのポーチの中、悪魔の右腕が………」
「なんでそんなもの仕込んでるんだ!?」
「待て、勇者! ツッコミどころはそこだけじゃねぇ。どうやってあんなちっせぇポーチに腕何ぞ仕込んだんだ!?」
「右腕って言っても、封じられててサイズはビー玉くらいで…」
「いや、だから何でそんなものを持ち歩いてるんだ! どこで拾って来たんだ!? それとももぎ取ったのか!?」
「あ、拾った方で」
「得体の知れないモノを拾ったら駄目だろう!! めっ!」
「得体が知れなくはないですよー? 正体を知ってる時点で」
「それで惨事を引き起こしているんだから、へ理屈をこねない!」
「あー………あの悪魔、氷のなんたらって石で封印されてましたからー…
………まぁちゃんの炎喰らって、氷が溶けちゃったんだよ、きっと」
「そんで復活した、と…」
「そうそう、そんで復活の勢いではしゃいじゃってるんじゃないかなー……
まぁちゃんの炎の燃え残りを増大させて、大きな花火あげたったー、みたいな?」
「やっぱり大惨事じゃないか!」
「あ、でも大丈夫ですよ、勇者様! シャイターンは比較的温厚な悪魔なので!
ある程度は話が通じる筈です! シャイターン、常識人だから!」
「それ言うなら常識悪魔じゃね?」
「常識のある悪魔ってなんだかかなり胡散臭いね!」
自分で言っていて言い回しの珍妙さに、空笑いが込み上げます。
そんな私とは打って変わって、勇者様は難しいお顔。
神妙に考え込んで、私に問いかけてきました。
「………なあ、リアンカ」
「ん? なんですか、勇者様」
「でもその悪魔、いま右手だけなんだろう?」
「………」
「話、そもそも出来るのか?」
「……………」
「なあ、なんで黙ったまま目を逸らすんだよ! なあ!?」
「相手に会話を可能にする耳も口もないとは、盲点…」
「それどころか目もないから意思の疎通が根本的に難しいよ、リャン姉」
「せめて目があったら、ボディランゲージで意思の疎通ができましたのにね」
「いや、右腕一本でボディランゲージってのも難易度酷くない?」
会話をしようにも意思の疎通段階から躓いた私達。
額を寄せ合ってひそひそと問題点を挙げる少年少女が、どうするのっという眼差しを私の寄せてきます。やめて! 私もわかんないから!
「いきなり腕だけ復活してメッチャ混乱してんじゃねーの? あの様子を見るに」
そう言って遠くを見る眼差しでまぁちゃんが見つめる先には、獄炎の火柱。
未だ空を焼き焦がしそうなアチチ具合で燃え盛り中。
「あれ、どうするんだよ……」
がっくりと項垂れる勇者様の、その背中に多大な哀愁が漂っていました。
「んなの、一つっきゃ解決法はねーだろ」
まぁちゃんが、言います。
半目で勇者様を見下ろし、何を当然のことを聞くのかという目で。
まぁちゃんを思わず見上げる勇者様に、くいっと顎で火柱を示し…
「話の通じねぇ奴は、とりあえず叩き潰す。捩じ伏せて、蹂躙する。
それで万事大人しくなって解決だろ」
まぁちゃんの出した解決法は、超☆力技でした。
やったね! 流石は魔王様!
「こんなところで当然のように魔王理論!?」
「はっ 俺一人の理論じゃねーよ。『魔境理論』だ。土地柄だ!
あの悪魔シャイターンも魔境在住だからこの対応法で間違いはねーだろ」
「相変わらず嫌な土地だな! 滅びろ魔境…!」
勇者様の喉から迸る魂の叫びは、まるで血を吐くような感じで…。
あー………それに相変わらず、凄い度胸だよね! その発言!
うん、毎度のことでした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
混乱の、阿鼻叫喚の中。
死んだかと思われながら、五体満足に立ち上がった勇者様。
人類の希望と呼ぶに相応しい、その姿。
絶望の中、希望を見失っていた人々の目に強く焼きつく。
崩壊した山車の上、彼は言った。
「俺が、あの怪現象を収めてくる…!」
苦悩に歪み、悲痛なその顔。
それはあの混乱に、異常現象に心を痛めてのことなのか。
凛々しく美しい姿に希望を再び見出した人々は、仰ぎ見る勇者様に祈りを託す。
その場に皆は跪き、事態の解決を願って頭を垂れた。
「殿下、我々もお供致します…! いえ、お供させてください!」
王家に忠実な騎士達が、各国の賓客が連れてきた護衛達が。
口々に決意を示し、立ちあがる。
あの魔王の仕業としか思えない異常現象へと向かう、勇者様。
彼を一人ではいかせまいと、我らも共に戦うと。
その騎士としての使命と、今までに立てた数々の武勲。
それら全てに賭けて、彼らはどこまでも付いて行こうと覚悟を決める。
死すらも、勇者様の為に捧げるだろう。
だがどこまでも行こうと口にする彼らに、勇者様はかぶりを振る。
「君達は、君達の使命を果たすんだ。それぞれの護るべき人達を守ってほしい」
「しかし、我々は…!」
「それに、この場は危ない。誰よりも民達を巻き込みたくない。君達には王侯貴族達だけでなく、民達のことも守護してくれないか」
そう言って、山車の高いところから地上を見下ろす勇者様の眼差し。
山車を取り囲む民達を見る目には、案ずる色と慈愛が溢れている。
慈愛の眼差しに、不安と怯えで震えていた民達の顔がほんの少しずつ明るくなっていく。優しさに、思いやりに、凍えきった心も温められ、勇気づけられていく。
いつしか不安も心配も恐怖も、勇者様を信じる気持に駆逐されていく。
ああ、この王子は、自分達のことを本当に思ってくれている…!
元より天井知らずの勇者様への民達の支持が、成層圏を突き抜けた瞬間だった。
民達の目が明るくなっていくのを見て取って、勇者様は頷く。
そこには、若干の安堵。
民達の心が完全に持ち直したのを見て、どこか満足げに目を細める。
騎士達に、勇者様は真摯な思いを込めて告げた。
「俺のことを思うのなら、どうか俺の懸念を減らしてほしい。後顧の憂いを忘れて戦う為には、安心して戦いに専念するには君達の協力が必要なんだ。
どうか彼らを避難させてあげてくれ」
「殿下…!! そこまで、民達のことを!」
「御立派でございます! 殿下こそ、我らが王国の誇り。王家の至宝!」
「殿下、殿下…!」
そうしてその場に湧きあがる、「殿下コール」…。
興奮状態に陥った人々の絶大なる信頼と信奉を受けて、勇者様は駆け出した。
その背に従うのは、彼が魔境から連れてきたという者達。
中には年端のいかぬ者もいたようだったが…
勇者様自身が後追いを拒まないところを見るに、彼らもそれぞれ実力者なのだろうと人々は納得し、『英雄』たる彼らの背を見送ったのだった。
「なんだかコレ物凄く詐欺を働いている気分だ…!」
「まあまあ、これも皆の精神的安定のためと思って」
「ついでに俺自身も誤魔化されている気がする…!!」
そんな『英雄』達の声は、人々の熱狂的な「殿下コール」に紛れて消えた。
次回、悪魔の右手が姿を表します。
この騒動が終わったら勇者様には魔境に旅立ってもらう(「6」終了)つもりなので、気合いを入れませんとね!
田中さんも出るよー。