146.岩棚のドラゴン改め、…?
ドラゴンの名前がやっと出せます!
「………状況が、全くもってよくわからないんだが」
勇者様の物問いたげな眼差しは、真っ直ぐ灰色のドラゴンに注がれていました。
うん、まあね。
気になるよねー…。
私を攫い、あわや敵かと思われたドラゴン。
でもね、何故でしょうか。
なんか、大人しいんです…。
私を衝動任せに攫いはしたものの、激するような攻撃性はなかったようで。
そりゃあ、空の上でも呑気に会話していましたしねー…。
まあ、今は私が何か訳のわからないこと言ってるよ、という私的には不本意この上ない認識から、大人しく会話をしているのかも知れませんが。
「だから、私はリアンカなんですって。フランじゃありません」
「『だが…』」
「ああ、もう!ダガーもジャガもないです!いい加減、納得してくださいよー」
ああ、本当に。
この竜、本当に察しが悪い…!
何この思い込みの強さぁ………っ
そんな承服しかねるくらい、そんなに私と御先祖様が似ているっての!?
「………リアンカ、これ、どんな状況なんだ?」
私の膝の上から、勇者様が見上げてきます。
両足が折れていた上、現在治療中なので動けませんからね。
私の膝に甘んじるしかないと悟ってから、彼が冷静さを取り戻すまでに十五分。地獄の反復運動からおかえりなさい。
その間の狼狽えぶりは、見ていて何だか心が和みました。
そして冷静さを取り戻したら、状況が目について気になる様になった訳ですね。
「勇者様、聞いて下さいよー…私を御先祖様だっていって聞かないんですよ、この竜………って、そう言えばまだ名前を聞いてませんでしたね。ドラゴンさん、貴方のお名前はなにさんですか?」
「『貴様らはこの身を【岩棚のドラゴン】と呼んで…』」
「はい、それ名前じゃないですね。全然違います。ちっとも親しげじゃないです」
「『ふむ。名前、名前………そういえばまだこの身が矮小なる蜥蜴(全長五㎝)であった頃、人間に飼われていたことがあったな。
あの者達はこの身を【タナカ・タヤーマ】と呼んでいたか…』」
「は? たなか?」
何だか、変わったお名前ですね…。
なんだか、不思議な音の連なりに聞こえます。
「ちなみにそれって、何年くらい前のことで?」
「『む…せ、いや、一万…?』」
「数え切れないほど遥か膨大な時の彼方だということはわかりました」
というか、この巨体が五㎝だった頃って…
気が遠くなりそうです。
長生きすれば長生きするほど強くなるという、竜種。
その中で存命一万年を越しちゃった竜は、どのくらいのレベルなのでしょうか。
「取り敢えずタナカさん、人間は百年生きないってことを覚えて帰りましょうか」
「『は…? 百年生きない、のは知っているが…
………フラン・アルディーク、貴様も? 貴様もか?』」
…そう言えば御先祖様は百年以上生きたとかほざいていましたね。厄介な。
「『人間離れした貴様のことだ。うっかり五千年とか生きたりしないか?』」
「それ、どっちにしろアウトですよね!
五千年生きたとしても、とっくに御先祖様は墓の中ですよ」
「『あのフランが、人間の寿命に縛られる…? 本当か?』」
「逆に、なんでそんな怪訝そうに納得いかないのか子孫的に謎なんですけど…」
心底、疑いの眼差しで見られております。
彼の中で、御先祖様は一体どんな化け物だと認識されているのでしょう…というか、ドラゴンに化け物認定を受けている御先祖様って一体………
……若い頃に何をした、檜武人。
貴方の偉業は魔境で打ち立てたモノだけじゃないというのですね…。
「ところでリアンカ…? その竜はさっきから何を言っているんだ………?」
「……え?」
膝の上から、眉間に皺を寄せた勇者様が見上げてきます。
眼差しには『困惑』の二文字。
そういえば、ずっと静かでしたね勇者様…?
ツッコミどころ満載な会話なのに、勇者様が何も言わないと思ったら。
というか勇者様がツッコミしてくれたら、私がこんな頑張る必要はない訳で。
「……………」
竜の喋っている言葉は、人間の国々で遥か昔使われていたものの、数千年ほど前に完璧廃れて消え去った『古語』。
「………………………」
そして現代を生きる、勇者様。
「………博識な勇者様でも、知識の追い付かないものがあったんですね」
時々意外なものを…それこそ普通は知らないような専門知識やらマイナー雑学やらを御存知なので、これも知っているかと思ったのですが………
もしかしたら存在くらいは、御存知かもしれません。
でも流石に日常会話同様に使いこなせるほど、『古語』に関する知識はお持ちじゃなかったようです。
そりゃそうですよねー…普通に考えて、そうですよねー……
廃れたからこそ、『古語』なんて呼ばれているんですから。
現代を生きる勇者様。『古語』を復活させられるくらいの知識をお持ちなら、言語学者にでもなった方がいいって話になりますね。
複数言語を使いこなす、勇者様。
それでも流石に使用する機会が欠片もない言語をマスターしようとするほど、彼の頭は暇ではないようでした。
………と、すると。
竜の言葉を理解できない勇者様には、通訳が必要ということになりますが…
「そう言えばそもそも、タナカさんは何しに来たんですか」
「『無論、貴様と決着を付けにだ』」
「だから私は御先祖様じゃないんですってば!
タナカさんと決闘やったら私すぐに死にますからね!?」
「『………本当か?』」
「……………ええ! 本当ですとも!」
嘘は言っていません、嘘は。
私は戦闘能力皆無ですからね。
大体、決闘なんて成り立つはずもないんですよ。
「勇者様、此方のドラゴンはタナカさん。数千年前、何か御先祖様と因縁があるっぽいです。多分、昨日の降臨事件に反応して出てきちゃったんでしょう」
「タナカ…奇妙な響きの名前だ。それでリアンカを攫ったのは、人違い…?」
「そう、みたいです…人騒がせですよねぇ、まったく」
「人騒がせはリアンカの言えた筋じゃないと思うけど…それでフラン・アルディークに会って竜は何がしたかったんだろうか」
「何か、御先祖様と決着?」
「………それは、また何とも挑戦意欲が豊富なことだ」
「勇者様、世の中には相手が化け物であれば化け物であるだけ挑戦意欲を増すっていう…特に無謀な挑戦ほど燃えるって言う理解しがたい変態戦闘狂共がいるんですよ。主に魔族さんとか」
「いきなり種族単位の話か…! でもなんか納得した自分がいる…」
「魔族さん達も筋金入りですからねぇ…なんか、タナカさんの話を聞くに何千年も前から変わらないっぽいですよ」
「それは…確かに筋金入りだ」
「でも決着をつけようっていっても、今回の場合は当事者が既に昇天してますからねー……天の国で、御健在っぽいですけど」
「昨日、来たしな」
「だからと言って召喚する術も、そのつもりもないし……」
「そもそも、タナカ?さんとフラン・アルディークは一体どういう因縁なんだ」
「あ、それ聞いてなかった」
言われてみればそれが肝心。
だけど勝負とか言われて、理由があるという発想に至りませんでした。
ついつい…魔境の習慣で。
あっちじゃ訳アリ喧嘩より、理由なき喧嘩の方が圧倒的に多いですからねー…
時に「強い奴と戦いたかった」という理由だけで喧嘩が勃発します。
武力方面での向上意欲旺盛な魔族さんは、格上と見るや一度は決闘を申し込まないとうずうずするという厄介なイキモノです。
だからと言って一々格下と戦っていたらキリがないので、特に魔王のような最上位に位置する魔族さんは定期的に開かれる武術大会を制した方にだけ決闘の挑戦権が与えられるという方式を取っています。
そうじゃなかったら、まぁちゃんなんて四六時中挑戦されまくって、のんびりする暇も仕事する暇もありませんよ!
まあ、仕事は結構頻繁にサボってますけどね!
足の立たない幼子と、隠居老人を除いてほぼ全ての魔族が参加する、武術大会。
厳密に魔族内の格付け順位が明らかになってしまいます。
魔族にはそれを利用した、決まりが一つ。
無闇な決闘騒ぎが乱発したら、村やら街やらすぐ跡形もなく消滅します。
破壊を少しは少なくしないと、近くで暮らしている他種族にも脅威です。
なので、武術大会が終わった後は次の武術大会が開催されるまで、自分の順位±五番以内の者としか魔族同士の決闘をしてはいけないことになっています。
ちなみに私的な喧嘩と、怨恨が絡む場合は別です。
…が、決闘と喧嘩の区別が私にも今一つよく分かりません。
私の認識では決闘=本気の勝負で、喧嘩=じゃれ合いというところでしょうか。
魔族さん達も中々変わり者なので、感性独特ですからね。
特に戦いに関しては、非戦闘員の私にはよくわからない世界があるようです。
さて、それでは現代に現れた生きる化石タナカさんと御先祖様の関係は…?
率直に聞いてみたら、こんな返答が返ってきました。
「『羊飼いと、羊泥棒………羊を巡る永遠の好敵手だ』」
予想以上に日常的な単語に彩られた、殺伐としているのかほのぼのとしているのかよくわからない返答が返ってきました…。
でもあの御先祖様相手に、羊泥棒を敢行しようだなんて…好敵手なんて言うところをみると、一度で懲りずに何度も挑戦したってことですよね?
あの、御先祖様相手に。
「それは確かに御先祖様的に宿命の敵ですね…」
「………は? あの化け物の宿敵…?」
勇者様が、化け物を見る目をドラゴン・タナカさんにまで向けています。
いや、生存一万年を超す竜は立派な化物だと思いますけどね…?
「ちなみに、戦績の方は?」
「『芳しくはなかったが…時折上手く出し抜いて、勝率二割といったところか』」
「それ、普通に凄いですね」
あの御先祖様を相手に、羊かすめ取ったんですか。この竜。
私は今、歴史的な大物を目の前にしているのかも知れません…!
流石、まぁちゃんの隙をついて私をかすめ取るように攫っただけはあります…!
それを成し遂げるほど、この竜は目端が利く上に侮れないということで。
御先祖様から羊を攫う労力、苦労を思えば………
赤子の手を捻る様に…とはいかなくても、まぁちゃんを相手に隙を突くくらいは訳なくやりこなすのかも知れません。
やっていることは、せこい羊泥棒。
でもその背景を思うと…ただものではないと、悟らずにいられません。
例えどれだけボケていようと、生きた化石だろうと。
この竜を侮ることはちっともできそうにありませんでした。
うっかり一万年以上昔にタナカさんをペットにしちゃった人間
里中光彦&田宮薫
→ 現代日本からトリップしてきた高校生コンビ。
此方の世界で見つけた仲間(人外種族)と放浪中、あまりに愛らしい蜥蜴(五㎝)を発見。
滅茶苦茶可愛らしいと喜んでいたら、仲間のエルフが「魔力の高まりを感じる…あと二、三年生きたら竜に進化しそう」と言ったところ、中二病気味なところのあった二人は大興奮☆
そのままペットとして竜になるまで…なっても可愛がることを決意。蜥蜴にジュリアと名付ける…が、あまりに可愛がりすぎてどちらが里親かで争うようになる。
つまり、ジュリアは里中ジュリアか田宮ジュリアか否か。
…結果、苗字を連呼し過ぎたせいで蜥蜴の頭に本来の名前は定着せず、それどころか苗字も間違って覚えられた(うろ覚え)。
里中田宮→タナカタヤーマ
そのため、どちらが里親ともいえない事態。
後に蜥蜴が雄だと判明し、里中&田宮は地面に膝をついて慟哭した。名前ジュリアってつけちゃったよ。
肝心なその名前をタナカさんが覚えていないのは幸か不幸か。