145.墜落先は天国地獄?
リアンカちゃんが珍しく本気で泣き入ってます。
このままだとお星様になっちゃうぞ♪
「う、うわぁぁあん(泣)」
死ぬ!
死んでしまう!
空をゆるゆる、次第にやがて急速で墜落していくドラゴン。
その手の中に、囚われたまま。
私は本気で死ぬかと思いました。
「リアンカ!」
「勇者様ぁ…っ(泣)」
そして天の助けとばかり、やって来たのは救世主(本職)。
自由など利かない体だっていうのに。
全身、傷だらけだっていうのに(とばっちり)。
彼は唯一自由になる左腕を私へと伸ばし…
しっかりと、鍛えた腕で私を引き寄せました。
勢いがついたせいで勇者様の胸に鼻打ちつけたけど、今は気にしません!
とっても鼻が痛いけど、ついでに額も打ったっぽくてちょっと痛いけど!
「うわぁん! 勇者様、勇者様ー!」
「リアンカ、もう大丈夫だ…っ」
実は助けられなくても大丈夫っぽかったことは内緒です。
というか実際、私の全身を絡め取っているのは墜落死に対する恐怖なのですが…大丈夫、空気を読んで黙っておきます。
私は一縷の望みとばかり、たった一つの救いとして劇的に現れた勇者様に、もうしがみ付くばかりで。藁にも縋る気持ちだったとこに、藁よりしっかりした手ごたえのものが来たら、そりゃ縋るって。
もう両腕を勇者様の体に回して、全力でしがみ付きました。
…ええ、勇者様の怪我も省みず。
「ぐっ…」
「あ、ごめん」
「いや、いい…気にしなくて良いから」
脂汗を流しながら、笑顔でそう言う勇者様ったらなんてナイスガイ。
流石、もてる男は違いますね…。
どう見ても重傷としか診断しようのない体で、遠慮なくしがみ付いていいと許してくれる勇者様。ええ、人望があるのも頷けます。
こういう切羽詰ったときに、人間って本性が垣間見えますよねー…
「勇者様、ごめんなさい………ごめんなさい、ごめんなさい!」
「リアンカ………」
居た堪れないというか。
良心が疼いたというか。
申し訳ないというか。
おそらく勇者様の予想しているのとは別次元の理由で、ですが。
私は勇者様にひたすら謝り続けました。
いや、うん…謝罪する他、何をどうしろと。
取り敢えず、申し訳なく思っている理由の諸々は絶対に白状できないなぁ。
白状しない方が互いの為だと思いました。
落下の恐怖から、勇者様のお体にしがみ付いて。
勇者様の顔を見ると申し訳なさが爆発しそうなので、その胸に顔を埋めて。
ただひたすらに謝罪三昧。
勇者様はたった一本だけ何とか動く左腕を、私の腰に回して掴んでいます。
そう、絶対に頼りない思いはさせないと、固定してくれていましたが…
多分両腕共に動いていたら、私の頭か背中かを撫でていたんじゃないかなぁと。
そう思えるような、優しい声で「もう大丈夫だ」と繰り返していて。
本当にごめんなさい、勇者様…
私のことを宥めようとしてくれる、優しい勇者様。
実は、助けられずとも結構大丈夫そうでした…
……なんてやっぱり、本当に一生言えなくなりそうです。
取り敢えず、この姿を王国女子の皆様に見られたら…
………私の身の危険が凄いことになりそうで。
それに思い至ったら、余計に勇者様の胸から顔を上げられなくなりました。
髪色を確認されるのは仕方ないにしても…
なるべく、そうなるべく、個人の特定を防ぐ為にも顔は見せられない…!!
今は勇者様に甘えることにして。
誰にも顔を見られないよう、それこそ必死で勇者様にしがみついていました。
普通の竜よりも、より巨大な灰色のドラゴン。
その巨体が落下。
はい、普通に考えて真下は大惨事ですね?
でも大丈夫でした。
だって真下は、試合会場だったから。
ただし、会場の半分くらいは吹っ飛びましたが。
さよなら、国家予算(どうやら公共の建物)。
そんな大損害が出ても、幸いにして死者は零。
負傷者は若干名(魔王の仕事)で済みました。
つまり、観衆も一般職員も全部避難済みだったので、落下地点がどれだけ酷い有様になろうと問題なし。地響きしようが地面がめくれあがろうが、床が砕けようが石畳が吹っ飛ぼうが問題なしです。
真っ白い目を剥いて。
舌をだらんと口から零して気絶する竜は…贔屓目に見て死骸のようでした。
でも、まだ生きているらしいよ?
「これは…遠目に見てもそうだとは思っていましたが、亜竜ですね」
「亜竜? それって魔獣としての竜のことだっけ」
「はい、リャン姉さん」
竜のことは、竜に聞くべし。
倒れた竜の身体を検分しながら、リリフが竜を亜竜と指します。
竜の種族には、二つの来歴があります。
即ち、魔獣としての竜と魔物としての竜。
魔獣は生まれた時は普通の動物だったものが、後天的に魔力とそれを操る能力を得て異形に変じたモノ。いわゆる突然変異です。
魔物は先天的に魔力とそれを操る能力を持って生まれた異形のモノ。
ほとんどはそういう種族として生を受けます。
リリフ達『真竜』は魔物としての竜になりますね。
そしてこのドラゴンは、後天的に魔力を得て魔獣化したもの……生来の竜ではなく、形状的に元は蜥蜴か何かが竜となったものだろうとのことで。
魔獣ドラゴンのことを亜竜と呼ぶそうです。
大概の場合は生まれ持った性質に由来する獣性が強いので知性も理性も足りない大きな蜥蜴さんや蛇さんだと聞きますが。
………その割に、なんだか物凄くしっかりとした知性と理性を感じたような。
「魔獣でも、長く生きると知性や理性を獲得するモノはいます。魔力が強いものほど、そういった例は顕著だそうで…そうですね、目安として千年以上生きた亜竜は私達と遜色ないくらいに発達すると」
「………この竜、フラン・アルディークの時代から生きてるみたいだけど」
「………竜にしても、大変長生きな部類ですね」
竜は長生きすればするほど強くなるそうです。
この竜は、どんなものでしょう…。
竜が目を覚ましたのは、幸いにもまぁちゃんが復活する前でした。
ちなみにまぁちゃんは、せっちゃんに膝枕されたまま青い顔でうんうん魘されています。どんな素敵な夢を見ているのでしょう(笑)
リリフ発案にて、せっちゃんが「泣けば止まる」と指示されていたようですが…台詞もリリフの指示が入っていたようです。
「姉様、せっちゃん嘘をついてしまいましたのー……せっちゃん、悪い子ですの」
しょんぼり、せっちゃんが項垂れています。
せっちゃん…っ!
「そんな、せっちゃんは良い子! 良い子だから!」
「でも、嘘つきは悪い子ですの…」
「そのお陰で私は助かったよ、せっちゃん…! 自分が悪いことをしても、私を助けてくれたせっちゃんが悪い子のはずないよ!」
「姉様…っ」
「せっちゃん!」
とりあえず、従妹との友愛を確かめ合っておきました。
うん、せっちゃんは可愛い!
「『麗しき姉妹愛…ふむ? はて、フラン・アルディークに姉妹などおっただろうか。いや、フラン・アルディークは男だったような………?』」
ドラゴン、あんた、まだそこで認識彷徨ってるんですか…。
此方を感心したように見るドラゴンさんの言葉に、思わず脱力しました。
「だから、何度も言いますが! 私は子孫です。フラン本人ではない、OK?」
「『しかし、その気配は確かに…』」
「ああ、もう……御先祖様、どれだけ私と似てるんですか」
「姉様、逆ですのー。姉様が、御先祖様にそっくりですのよ?」
「えー…嬉しいのか嬉しくないのか、実物を知った後だと正直微妙」
「せっちゃんは御先祖様、大好きですの。姉様にも、あに様とも似ていますもの」
「似てるー…?」
「「「超そっくり」」」
「わあ、周囲から太鼓判押された!」
でも、そんなに言うほど似てる…かなぁ……?
「『ところでフランよ、貴様は何をやっている』」
「え、見て分かりませんか。あと、私はリアンカです」
「『わかるが…あまりにフランらしくない行いなので我が目が信じられん』」
「えーと、人の怪我手当てしているだけでこんなこと言われる御先祖様って…」
私を地上に運ぶなり、力尽きた勇者様。
きっと、本当に限界だったのでしょう。
でも私の安全が保障されるまでは、頑張ってくれた。
ふらふら、カンの翼で地上に降りて。
私の足がしっかりと地面を踏みしめると同時、勇者様は全身の力を失って崩れ落ちました。まるで海から底上げされ、陸地に落された海月みたいにべちゃっと。ずしゃっと。
崩れ落ちた勇者様に、私だって大慌てです。
あわや死んだ!? そんな驚きから、大急ぎで生存確認。
良かった生きてたと息を抜く暇もなく、勇者様がヤバいことに気付きました。
うん、私の服が勇者様の生き血でべったりと………
猟奇的な事件の被害者みたくなりました。
傷が熱を持ったのか、気を失った勇者様は高熱に浮かされていて。
全力で危険を感じたので、むぅちゃんと二人がかりで治療をして今に至ります。
私の血塗れ衣装を、着替える暇さえありません。
意識のない勇者様の頭は、未だに出血だらだら。
とりあえず頭は高くした方が良いよね、という訳で。
私の膝枕、再び発動です。
お陰で、私の手の届く範囲…上半身の治療しか出来ません。
なので下半身はむぅちゃんの担当です。
今は無残に一枚残されたパンツの隙間から、腰の治療を行っているようです。
傷口に消毒薬を塗す度、夢の中でも体の反応が及ぶのか、ぴくりぴくりと勇者様の身体が小さく痙攣しました。
うん、沁みるんだね…がまん、我慢ですよ、勇者様。
大丈夫、勇者様は強い子良い子!
だから大人も悶絶する消毒薬使っても、大丈夫ですよねー…?
傷が全身に及んでいるので、服は勿論剥ぎました。
むぅちゃんが素晴らしい手際を見せてくれたので、血でべっとりして脱がし難い服もあっという間です。
全身傷だらけなので、破傷風にならないように気をつけないと。
一応、まぁちゃんもギリギリ加減していたのでしょうか。
今のところ、縫合が必要そうな怪我は見当たりません。
その代りに打撲と骨折が酷いけど。
あ、内臓もちょっとヤバめでした。
破裂はしてない。破裂はしてないけどね…!
「さて、ここで初披露」
「え、むぅちゃんったらここで新しいレパートリー?」
「サッチー考案魔法薬『キズキえ~るEX.』がどこまで効くか…」
「名前からして怪しいね☆」
…エルフの里で修行中、どうやら怪しい薬をたんと習得してきたようです。
むぅちゃんが取り出したのは、橙色に灰色のマーブル模様が目に鮮やかな…
…亀の水槽の匂いがする、怪しい薬でした。
「これを三ℓ飲ませれば、あら不思議。どんな傷もたちどころに消えるとのことだったけど…」
「三ℓって結構な量だよね」
「まあ、飲ませて飲めないことはないんじゃない? ぐっといってみよう。
ええと、漏斗漏斗…」
「意識のない時に飲ませたら溺れない?」
「やりよう次第じゃないかな」
「は…っ いま、物凄い身の危険が…!?」
良いタイミングで、カッと勇者様が目を見開いて覚醒しました。
がばっと身を起こしたものの、全身の傷が苛んだのかすぐに力を失って墜落。
私のお膝におかえりなさい。
「な、なんだ今の悪寒は…っ」
「わあ、勇者様すごい鳥肌………全身、寒イボだらけですね」
「す、すごい悪寒がした!」
相変わらず、勘の良い人です。
…ちょっと、薬の効能興味があったのにな。
「………って、なんだぁこの状況!!?」
見下す私と、見上げる勇者様。
視線がはたと克ち合い、勇者様は己の状況を察したようで。
まあ、膝枕二回目ですもんね。
自分が今どこにいるのかを悟り、勇者様があたふたと慌てました。
…が、ジタバタする端から体を襲う激痛に、今度はのたうち回って更に激痛という無限地獄に突入です。
おお…御一人で物凄い墓穴を掘りまくってますね。
流石、勇者様。
私は素直に感心してしまいました。
この人…本当に、体を張って笑いを取りに来るなぁ。無意識に。
その天性の才能、埋もれさせるには惜しいばかりでした。
天国←→地獄の自動無限ループww