第二話:フェイト・ブレイク・オンライン――起動【二】
運命の仙人との会話を経て、当面の目標を定めた俺は、スタッポ草原のぽっかり池をのぞき込む。
「――うん、現実世界の俺だな」
水面に映る自分の姿は、リアルのものと全く一緒だった。
適度な長さに整えられた黒髪。
身長はだいたい百六十五センチぐらい。
大きな蒼い目は父さん譲りで、柔らかい口元は母さんによく似ている。
衣装は新規プレイヤーに支給される初期装備――冒険者の服。
上は黒いシャツに薄茶色の羽織、下はシンプルな黒いズボン。動きやすさを重視した軽装だ。
「とりあえず、『ステータス』を確認しておくか」
俺がポツリとそう呟けば、目の前にステータスウィンドウが出現した。
どうやら、『思考リンク機能』は正常に働いているらしい。
「このあたりの基本システムは、本家本元のFBOと同じみたいだな」
思考リンク機能とは、プレイヤーの思考にリンクして、ステータスの確認・マップの表示・クエストのチェックなどの『システム的な操作』を実行するプログラム。
フルダイブ型のVRMMORPGにおいては、ごくごく一般的な機能だ。
ちなみに……FBOの初期ステータスは、画一的に設定されたものでもなければ、ランダム変数で自動生成されるものでもない。
システムが『プレイヤーの資質』を解析し、それを基にして各種のステータスが出力されるのだ。
「さてさて、どんな感じになっているのやら……」
俺は眼前に浮かび上がったウィンドウに目を向けた。
NAME:ラック(M)
LV:1
所持金:3000マニー
JOB(職業):ノービス
HP(体力):30
MP(魔力):15
STR(筋力):23
VIT(耐久):14
AGI(敏捷):25
DEX(器用):15
INT(知性):16
LUC(幸運):0
AP:3
■スキル
New<剣撃一閃>
New<鑑定>
■魔法
■装備
右手:ブロンズソード
左手:
頭:
胴:冒険者の服(VIT+1)
腰:
足:冒険者の靴(VIT+1)
装飾品:
……悪くない。
いや、むしろかなりいい。
STR(筋力)とAGI(敏捷)に大きなプラス補正が掛かっている。
VIT(耐久)はやや薄くも思えるが、これぐらいなら気にならない範囲だ。
MP(魔力)とINT(知性)もそれなりにあるから、中衛・後衛もいけるだろう。
結論――前衛・中衛・後衛、どの職業を選んでも問題なさそうだ。
「かなり高水準のいいステータスだけど……。相変わらず、LUC(幸運)は0なんだな……」
不幸風自慢や自逆風自慢でもなんでもなく、俺は超絶に運が悪い。
現実世界では言わずもがな……。
夢の中でさえ、クジと名の付くものに当たった試しはないし、不良や明らかにその筋の怖い人に絡まれたり、不慮の事故に遭うこともしばしば……。
もはや「神様は、俺のこと嫌いなんじゃないの?」と、思うレベルだ。
「さすがにこの数値じゃ、LUC(幸運)依存の能力は使えないな……」
錬金術師・鍛冶師・賭博師など、LUC(幸運)依存度の高い職業は避けた方がよさそうだ。
一通りステータスに目を通した後は、アビリティの欄に視線を落とす。
<鑑定>は、全プレイヤーが習得している基本スキルだ。
これを使えば、モンスターのステータス・未知のアイテム・敵の特殊行動など、様々な情報を得ることができる。
消費MP(魔力)が0ということも相まって、今後も様々な場面でお世話になるだろう。
<剣撃一閃は、ノービスなどの前衛職の多くに設定された基本スキル。
威力そこそこ・発生そこそこ・判定そこそこ、三拍子揃った普通の斬撃スキルで、最序盤においてはそれなりに有用だ。
ちなみに……AP3は、全プレイヤー固定の初期ポイント。
レベルが上がるごとに3ずつ増加し、これを消費してスキルや魔法といったアビリティを習得していく。
まぁAPについては、まだ触れなくていいだろう。
「インベントリのアイテムは……うん、特になんもないな」
初期装備のブロンズソード・冒険者の服・冒険者の靴を除けば、ものの見事に空っぽ。完全なる初期状態だ。
夢の中でプレイしていたFBOのデータは、時空の狭間に呑まれたらしい。
使い込んだ愛用装備のロスト。
まったく心が痛まないと言えば、それは嘘になってしまうが……。
「心機一転、ゼロから始めてみるのも悪くないよな!」
そうして自分の姿・ステータス・アイテムの確認を終えると――背後から低い唸り声が聞こえてきた。
「ガルルルル……ッ!」
振り返るとそこには、灰色の狼が一匹。
風にたなびく灰色の体毛・剥き出しとなった鋭い牙・鋭く尖った逆三日月の爪――ウェアウルフだ。
「おいおい、チュートリアルもなしにいきなり戦闘かよ……ッ」
しかも、初っ端からウェアウルフとはついてない。
こいつはスタッポ草原に出現するモンスターの中で、それなりに上位の強さを誇るモンスターであり、初戦の相手としてはかなり不適切だ。
「とりあえず……<鑑定>」
NAME:ウェアウルフ
LV:3
JOB(職業):ウルフ
HP(体力):10
MP(魔力):5
STR(筋力):40
VIT(耐久):7
AGI(敏捷):35
DEX(器用):12
INT(知性):10
LUC(幸運):3
■スキル
■魔法
■装備
右手:
左手:
頭:
胴:
腰:
足:
装飾品:
スキルや魔法は覚えておらず、装備は特に何もなし。
(ただ……随分と『尖ったステータス』をしているな)
HP(体力)10・VIT(耐久)7と耐久面こそ紙装甲ながら……。
AGI(敏捷)35から繰り出されるSTR(筋力)40の一撃は、かなりヘビーだ。
クリティカルをもらえば、一撃でHP(体力)が全損するだろう。
(ぶっつけ本番だけど、ゲームと同じ要領でやるしかないか……)
腰に差されたブロンズソードを引き抜き、ウェアウルフに真正面から対峙する。
互いの視線が交錯し、緊迫した空気が張り詰める。
一秒・二秒・三秒、刻々と時間が流れていく中、
「ギャルルルル……ガァッ!」
ウェアウルフは弓のように体を引き絞り、まるで矢のような速度で飛び掛かってきた。
俺はそれに合わせて、斬撃スキルを起動する。
「<剣撃一閃>……ッ!」
ノービスの初期スキルが発動し、蒼い剣閃がウェアウルフの首元を走り抜けた。
「ギャルゥ!?」
クリティカル判定。
派手な赤いエフェクトが飛び散り、首元を斬り裂かれたウェアウルフのHPゲージはゼロを示した。
その結果、ウェアウルフは光る粒子となって消滅――後にはドロップアイテムが残る。
「ふぅ……初戦にしてはいい感じだな」
フェイト・ブレイク・オンラインにおいて、クリティカルは『運』ではく『技術』である。
カウンター・ウィークポイント・バックアタックなどにより、確定で発生させることができるのだ。
「あれ? てっきりレベルが上がるかと思ったんだけど……。ちょっと経験値が足りなかったのかな?」
まぁいいや。
「ドロップアイテムは、ひとまずインベントリに突っ込んでおこう」
・ウェアウルフの生肉
・ウェアウルフの牙
・ウェアウルフの爪
・ウェアウルフの皮
・ウェアウルフの毛
モンスターのドロップアイテムは、商店で換金するもよし、鍛冶屋で装備の素材にするもよし――とにかく、拾っておいて損はない。
「さて、それじゃ第一の街ファースへ向かうか」
スタッポ草原からファースまでの道のりは平坦そのものであり、何より非常に近い。
新規プレイヤーが迷うことのないよう、最初のスポーン地点から視認できる位置に作られてあるのだ。
その後、一分ほど歩いたところで、ゆーっくりと動く『小さな石』を視界の端に見つけた。
「あれは……岩窟龍の幼体か?」
優しげな瞳・茶褐色の甲殻・ゴツゴツとした岩肌・短い尻尾、その背中には小さな翼がちょこんと生えている。
他の生き物で例えるならば……ウミガメに似ているな。
ちょうど片手で掴めそうなサイズ感のそれは、地面に這いつくばったまま、小さな四足をひょこひょこと動かして移動中。
なんとも愛嬌があって可愛らしいけど……どこか元気がなさそうにも見えた。
それというのも、岩窟龍の岩肌には、独特の艶感が欠けているのだ。
「どうした、腹でも減ってるのか?」
「……ガコ」
岩窟龍はちょっぴり顔をあげ、元気のない声で返事をし――ぐぅっとお腹を鳴らした。
やはり空きっ腹のようだ。
(岩窟龍は基本的に雑食・オブ・雑食。岩でも木でも土でも、文字通りなんでも食べる。本来なら、空腹状態なんてあり得ないはずだけど……)
風の噂で聞いたことがある。
岩窟龍には、ときたま随分とグルメな個体がいる、と。
(もしかしたら、こいつはその口なのかもしれないな……)
ここで会ったのも何かの縁だし、このまま餓死されても寝覚めが悪い。
俺はインベントリから、さっき手に入れたばかりのウェアウルフの生肉を取り出した。
「なぁお前さん、サシの入ったお肉とか……どうだい?」
「ガッ!? ガコ、ガコ、ガコ……!」
岩窟龍は、その短い尻尾を千切れんばかりに振った。
「ははっ、そうかそうか。お肉が好物なのか。それじゃ、ちょっと待っててくれよ」
俺は道の傍らにあった平べったい石をお皿の代わりにし、その上にウェアウルフの生肉を載せ、岩窟龍の顔の前に置いてやった。
「さぁ、召し上がれ」
「ガコ!」
岩窟龍は嬉しそうな声をあげ、口から小さな火の息を吐き出した。
(や、焼いて食うのか……っ)
最初は強火で表面をサッと炙り、肉汁を内部に閉じ込めてから、弱火でじっくりの『ミディアムレア』。
……うん。やっぱりこの子、俺よりもずっとグルメだ。
食欲を掻き立てる芳ばしいお肉のにおいが充満する中、
「ガココッ!」
岩窟龍は小さな口を目一杯広げて、ステーキ肉に食らい付いた。
もしゃもしゃとおいしそうにお肉を頬張るその姿は、見ているだけで幸せな気持ちになってくる。
それから少しして――ウェアウルフのステーキを完食した岩窟龍は、「食後の一杯」とばかりに足元の土をゴクリと呑み込んだ。
「どうだ、うまかったか?」
「ガコ!」
岩窟龍は明るい声をあげ、俺の足に頭を擦り付けてきた。
どうやら、懐いてくれたみたいだ。
「そっか。そりゃ何よりだ」
頭を撫でるついでに<鑑定>を発動。
ちょっとばかし、岩窟龍のステータスを拝見させてもらう。
NAME:岩窟龍(F)
所有者:ラック
LV:5
JOB(職業):岩窟龍
HP(体力):150
MP(魔力):15
STR(筋力):5
VIT(耐久):100
AGI(敏捷):1
DEX(器用):1
INT(知性):10
LUC(幸運):30
AP:15
■スキル
<火炎の吐息>
<物理ダメージ完全無効>
■魔法
■装備
頭:
胴:
足:
装飾品:
「硬った!?」
HP(体力)150のVIT(耐久)100。
さらには<物理ダメージ完全無効>という、えげつないスキル持ち。
超が付くほど優秀なタンクだが、その分デメリットも強烈だ。
「AGI(敏捷)とDEX(器用)が、揃って『1』か……」
フェイト・ブレイク・オンラインの戦闘速度は、他のVRMMORPGと比較してもかなり速い。
ここまで機動力のないタンクは、ちょっと厳しいかもしれないな。
「というか、『所有者:ラック』……?」
「ガコ!」
なんと今の餌やりで『テイム』できてしまったようだ。
(……俺の知っているFBOの仕様と違う)
あのゲームにおいてモンスターを使役できるのは、魔物使い・召喚士・曲芸師など、一部の職業に限られていた。
初期職業のノービスに、そんな特殊能力は備わっていない。
(この世界は、FBOと全く同じというわけじゃないようだな……)
これはちょっと、気を引き締めなければならない。
「しかし、岩窟龍(F)って……お前、メスだったのか」
名前の横にあるアルファベットは性別を現す。
(M)――Maleは男。(F)――Femaleは女。
「ガコ」
俺の言葉がわかるのか、岩窟龍はコクリと頷く。
まぁ意思の伝達ができなければ、作戦の共有もできないし、当然と言えば当然のことか。
「せっかくテイムしたんだし、なんか名前を付けてやらないとな……」
『岩窟龍』はあくまで種族名。
大切なパーティメンバーを種族名で呼ぶのは、どこか他人行儀な感じがして、ちょっとどうかと思われた。
「岩窟龍、ガンクツリュウ、がんくつりゅう……よし、決めた。お前の名前はガンコだ!」
渾身の命名をしてやると、
「ガコ!」
ガンコは嬉しそうに小さな尻尾をプルプルと振って見せた。
「おぉ、そうか! 気に入ってくれたか!」
「ガココ!」
「よし、それじゃ……気合を入れて、第一の街ファースへ行くぞ!」
「ガコッ!」
その後、意気揚々と歩くこと一時間。
俺たちはようやく『三百メートル』ほど前進することができた。
「……ガンコさん、もうちょっとギアを上げられませんか?」
「が、ガコ……!」
俺の声に応じて、彼女の歩行速度が1%ほど上昇した……気がする。
いや、やっぱり変わってないわ。
ガンコさんの歩みは、まさに亀の如し。
小さな四足を必死にひょこひょこと動かしているが、ほとんど全くと言っていいほど前に進まない。
一度、肩に載せて運んでみようとしたけれど……腰が砕けそうになったのでやめた。
彼女の体重は推定50キロ。
とてもじゃないが、簡単に持ち運べる重さじゃない。
(さて、どうしたものか……)
俺が頭を悩ませていると――ガンコさんの背中に生えた小さな翼が、バッサバッサと動き出した。
「こ、これは……!?」
なんと彼女は、自らの力で空を飛んだ。
「ガココッ!」
その勇ましい雄叫びは、どこか誇らしげである。
「凄いぞ! これなら大幅にスピードアップができ――」
「――ガ、コ……ッ」
「え……?」
ガンコさんは突如、垂直に落下した。
<物理ダメージ完全無効>によって、落下ダメージはゼロ。
それは大変素晴らしいことなのだが……。
どうやら彼女が飛べるのは、三秒が限界のようだ。
「あー……まぁこればっかりは仕方がないな。ゆっくり行こうぜ、ガンコさん」
「……ガコ」
申し訳なさそうに項垂れる彼女へ「気にすんな」と声を掛け、俺たちはゆっくりゆっくりと進む。
それから五時間ほどが経過し、ようやく目的地へ到着した。
「着いたぜ、ガンコさん! ここが第一の街ファースだ!」
「ガコ!」
第一の街ファース。
人口30万を超えるこの街は『交易都市』として知られており、あちこちから大勢の行商人が集ってくる。
周囲の村々からもたらされる農作物や畜産物のおかげで食糧事情は明るく、高い内需に下支えされた雇用に加え、豊富な生産年齢人口による人口ボーナス――まぁ早い話が、街全体が非常に活気付いているのだ。
「ははっ、こりゃ凄いな……! 夢の中のファースと全く一緒だ……!」
俺が小さな子どものように目を輝かせていると、
「はっはーッ! 俺様がチャンピオンだぜー!」
北の特設会場から、野太い大声が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、石舞台の上に立つ筋骨隆々の男が、チャンピオンベルトを掲げていた。
あれは確か、月例の武闘会だ。
「えー、もうないのぉ? まだ全然食べ足りないよぉ……」
すぐ近くの空き地では、信じられない巨漢の男が、まるで地鳴りのような腹の音を鳴らす。
あちらでは、大食い勝負が開催されているようだ。
「――なぁぜこれを知っているぅ!? さすがは『クイズ王』ディアパ=ダーク! 全ジャンル死角なし! 圧倒的正答率で通算十度目の優勝を決めました!」
橋の向こう側にある広場では、飛び込み参加大歓迎のクイズ大会が開かれている。
しかも、これだけじゃない。
「おーい、そこのお嬢さん。今日はめちゃくちゃいい品が入ったんだ! ちょっとだけでいいから、見ていってくれねぇか?」
誰彼構わず声を掛けている胡散臭い商人。
「おぉ、儂はいったいどうすれば……」
全ての指に高そうな指輪を嵌めた困り顔の老人。
「はぁ……」
物憂げな表情で吐息を零す、いかにも訳ありそうな美少女。
あちらこちらに『サブクエストのにおい』がプンプンしていやがる。
「くぅ……たまんねぇな、この感覚!」
初めて街に足を踏み入れたときの圧倒的な『情報の暴力』。
体の奥底から、なんとも言えないワクワク感が込み上げてくる。
「いろいろと気になるものはあるけど……。とりあえず、冒険者ギルドへ行かないとな!」
「ガココ!」
第一の街ファースに着いたならば、真っ先にやらねばならないことがある。
それはVRMMORPGにおいて定番中の定番とも言える儀式――『転職』だ!
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『続きを読みたい!』
『陰ながら応援してるよ!』
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