結婚式を爆破しよう! 1
私立マツコ中・高等学校。
有名な私立校であり、二人が通う学校だ。
私立にしては学費が安く、大学と間違われるほど広く、設備が整っているため、非常に人気がある。
「……で、お前何してんの?」
そんな学校の裏庭。生徒達があまり立ち入らない場所に二人はいた。
「え~っと、確かここら辺に……あった!」
手入れされていない草を掻き分け出てきたのは、「お悩み相談受付」と書かれた、小さな手作りポストだった。
「先週の金曜に作ったの! どう?」
首をかしげ聞く彼女に、誰か入れると思ったのか? そもそも誰か気付くと思ってるのか? それ以前にお前に悩みを相談する奴がいるのか!? と様々な突っ込みを入れたかったが、我慢し飲み込んだ。彼女に常識は通じない。
「あ! 一通入ってる!」
「まじ!」
いやいや、本当に誰かが入れたのか……。こいつ昔から運だけはいいからな……。
どうかイタズラですよーにと神に祈ったが、ポストの中から一枚の紙が出てきた。といっても乱雑に千切られた紙に、これまた乱雑な字で文が書かれていた。
「竜也!」
彼女の顔には、清清しいほどの笑み。竜也にとっては悪魔の微笑み。
ばっと広げられた紙にはこう書かれていた。
好きな人がいるんですが、その人がとても嫌な奴と結婚してしまいます。どうしたらいいですか。
Y・S
「君がこの手紙の差出人ね!」
「うわああああ! ち、違います!」
昼休み、猛獣に睨まれたウサギのように逃げ出す一年に合掌しながら、琴音をどう止めようか悩む。
依頼は完璧にこなしてみせる! と意気込んだ琴音は、中学一年の教室から、イニシャルがY・Sの人にかたっぱしから声を掛けられている。
一年も、色々騒ぎを起こす悪名高き女を知っているのか、話かけられた瞬間に脱兎の如く逃走する始末。
「うー。これで3人目だよ……。あ~どこにいるのかな~」
「まず悩みを人に見せるなよ」
また何かやってるのかと先生の冷ややかな視線を察した竜也は、琴音をひっぱって教室まで連れて行く。
「竜也も真面目にやってよ! このままだと差出人が首を吊っちゃうかもしれないよ!」
「イタズラだ! 偶然ポスト見つけた奴が適当に投函したんだ!」
「そんなことない! 私には分かる……この手紙に込められた愛の気持ち! 狂おしい、彼女を手に入れたい! それならば核のボタンだって押してやる! って気持ちが竜也には分からないの!?」
「それはただのメンヘラストーカーだ!」
他のクラスメイト達は琴音と竜也の掛け合いに慣れているため、目をあわさずに昼食を取っていた。
「ああああ! ダメ! ダメだよ! 速まっちゃダメ! 今すぐ私が見つけてあげるから!」
「おい! 待て!」
ガタッと椅子から立ち上がり全力疾走する琴音。
「お前に悩み相談できるわけ無いだろ!」
「できる! みんな人間なんだよ! 話し合えばきっと分かり合える!」
「だったら戦争は起こらない!」
そんな会話を繰り返しながらたどり着いたのは、木々が重なり、日の光りが届かない陰鬱な学校中庭。
夜中の二時に幽霊が出たやら、人が埋まっているやら噂が絶えないこの場所に近づく物好きはそうそういない。
しかし今日だけは、小柄で眼鏡をかけた少年が、一人で写真を見てため息をついていた。
「君がこの手紙の差出人ね!」
「え? うわああああああああああああ!」
顔を上げれば見知らぬ女子高生のドアップ。びっくりしない方がおかしい。
とりあえず場を慰めるため、竜也は少年に話しかけた。
「え、えっと、確かに僕が手紙を出しました……」
「ビンゴ! もう大丈夫! 嫉妬の炎に焼かれてスカイツリーのてっぺんから紐なしバンジーしたり、核のボタンおさなくてもいいんだよ!?」
「え……え?」
「OK。落ち着くんだ。俺は斉藤だ。こっちの変態は篠崎」
「変態!? 変態じゃないよ! 個性と言ってよ!」
「ぼ、僕は高校一年の山下です……お悩み相談のポストを見つけて、物は試しに入れてみたんですけど……まさか本当に来てくれるなんて……」
「もっちろん! 私に任せて! お悩み解決のためならたとえ海でも太陽でもヤクザの事務所でも行くから!」
「イタズラじゃなくて本当に悩んでいるんだな?」
「はい……ずっと好きな先輩がいたんですけど、そいつの結婚相手というのが……」
ハイテンションな変態を無視し、詳しい話を聞く竜也。目の前に悩んでいる人がいたら、手の差し伸べられる優しい子なのだ。
「申し訳ないけど昼休みはもう終わる。放課後ここにこれるか?」
「本当に解決してくれるんですか?」
「話を聞かなくちゃ断言できないけど、できる限り力になるよ」
「あ、ありがとうございます」
となりでわめく変態の口を塞ぎながら、教室へと戻った。
放課後、のけ者にされたことを根に持った琴音と一緒に、待ち合わせ場所へ来た竜也。
本当は琴音を置いていきたかったのだが、一応ポストの設置者だ。
おまたせしました~。とふうふうと息を切らせながらやってきた山下の話を、琴音の口を押さえながら聞く。
「僕は幼稚園のときから運動が下手で、力も弱くて……よくいじめられてました。けど、入学式のときに、ふとテニス場を見ると井上先輩がラケットを持っていて、思わず見ほれてしまったんです。綺麗なポニーテール、力強くキリッとした眼差し、高い鼻、白く綺麗な肌、薄いユニフォームの下から存在を強調している豊満なバスト、引き締まったお腹、細くてきっと柔らかい太もも、スカートから除く__」
「……おい」
「す、すみません! それで一目ぼれしてしまって、テニス部に入部したんです。けど全然上手くできなくて、みんなにもバカにされたんですけど、先輩だけは僕を見てくれて、励ましてくれたんです」
「いい先輩だな」
「その先輩は僕が中一の時に高3だったので、夏休みで引退してしまったんです……。その後に、僕もやめてしまったんですけど。……なのに、この前偶然テニス部の部室を通りかかったら先輩がいて……結婚をするというんです!」
「その相手が嫌な奴か」
「そうなんです! 忘れもしません。あいつが小6、僕が小2の時に、本当に酷いイジメをした奴なんです。そいつも一緒に部室にいたんです! あいつ、あのクズ! 仲良く先輩と腕組みやがって! 何故、何故世界はこんなにも……」
「気持ちは分かる、分かるよ。うん。続きを」
「先輩は今大学生です。あのクズ……黒木というんですけど、まあ別に先輩が幸せならそれでいいんです。許せない気持ちをありますけど、黒木が心を入れ替えているなら文句は無いんです。学生結婚という言葉もありますしね。けどあいつは……ひさしぶりに会った僕を見た瞬間ニヤッとして、――お前あいつのこと好きなんだってな。といいながら殴ってきたんです! 倒れた僕の頭を踏みつけていたときに、井上先輩が来たので慌てて足を引っ込めたんですけど、去り際に――結婚式には招待してやるよ。お前の精神が持つかどうかは疑問だけどな。と掃き捨てるように!」
確かに酷い。こんな奴と結婚した女性は幸せにはなれないだろう。
「……嫌なんです。あんな奴に騙され、先輩が不幸になるのは。けど、先輩が黒木のことを本気で好きなことも分かってるんです」
目じりに涙が溜まっている。
思い人が自分の怨敵に取られる。男にとってこれ以上の屈辱はそうそうないだろう。
「昨日、あいつの後を付けてみたんです。そしたらあいつ、別の女の子とディープキスしてたんです! そして――井上は金持ってるから適当に貢がせて捨ててやるさ。とも言ったんです! 先輩の父親はけっこう大きな会社の社長で、お金持ちなんです! あいつはお金目当てで、先輩と……」
あまりの怒りに体が震え、涙がぽたぽたと垂れる山下を見、同じように怒りを覚える竜也。
「ね~。だったらさ~」
いつの間にか自由の身になった琴音が口を開いた。
「結婚式爆破しちゃえばいいじゃん!」
「「はい?」」