村を守るために努力する3人の兄弟の話
よろしくお願いします
「どコだ…ドこにイる…」
とある場所を探し彷徨う1匹の怪物がいた
「いルはずだ…何処かニ、キっと」
青年の血走った、正気でない目には断固たる決意があった
必ず見つける。必ず、何があっても。
すべてが失われても
…
ベッドの上に横たわる高齢の男がいた
誰の目から見ても、おそらく長くないことはわかるだろう容態だった
男は自らの死を悟り、自らの息子たちに遺言を残すために呼び寄せた
3人の息子たちは不安そうに、横たわる父の遺言に耳を傾けた
男は息子たちに、もう自分はもう長くはないこと
そして自分の、この村の村長としての使命を伝えた
「私の命はもう長くない。代わりにお前たちが私の村を、人々たちを守ってくれ」
3人の息子たちは遺言を聞き、静かに頷いた
それを見届けた高齢の男は、安心したようにそのまま静かに目を閉じた
そして、翌朝
男は自身の寝床でまるで眠るように息を引き取っていた
…
3人の息子たちは父が残した言葉を思い出した
「村を、人々を守ってくれ」
しかし、かつてのように村を守っていた力強い父はもういない
息子たちはまだ幼く、父と比べると経験が不足していた
しかし3人の息子たちは1人で全てができるとは思っていなかった
そのために、役割を分担することにした
長男は活発で悪を許さない正義漢だった
彼は自身の正義を信じ、罪を犯した人をもう一度同じような過ちを犯さぬように罰した
次男は頭がよく、そして知性的な男だった
彼は長男を支え、裁くべき人を見極めた
彼が作った天秤はすべての者たちを平等に裁いた
三男は心優しく、しかし病弱な男だった
彼は病弱であったが、代わりに目がとても良く遠くまで見渡せた
あまり動けない彼は物見櫓から村に犯罪が起きないかを見張っていた
…
ある時に、村の近くにボロ布をまとったくたびれた女が訪れた
村を見渡していた三男が真っ先に見つけ、長男が話をし、次男が判断した
「こんなに怪しいやつを村に入れるわけにはいかない。他を当たってくれ」
女は言う。もう何日も食べ物を口にしていないらしい
「お願い。せめて食べ物をわけてちょうだい」
兄弟たちは悩んだ
悩んだ末に、女には食べ物をわけないことにした
村の貯蓄も余裕がなく、他所の人に回す余裕はなかったのだ
怒った女は言う。この村に破滅が訪れると
「そう遠くない未来にこの村には憎悪と怨嗟にまみれ、最後に全てを滅ぼす怪物が現れるわ」
女が言うには、私は預言者だと
村に不吉な事を言った女に長男は怒り、女を村から追い出した
三男も長男と同じく怒り、次男は何も言わなかった
それ以来、村に女が訪れることはなかった
…
女に言われたことに長男は悩んでいた
次男は気にするなと言い、三男は考えすぎだと言った
悩んでる長男は、ある時に泥酔した男を見つけた
長男が泥酔した男を介護し、家まで連れて帰ってやっている時、男は酒臭い口を開き言った
「お前の父はよかった、あの逞しい身体や丸太みたいな腕を見ると、とてもじゃないが犯罪なんてする気が起きない
しかし、お前はどうだ?
そんなに細い腕や、可愛らしい顔つきじゃ誰も改心しないし、恐れもしないぜ」
男の言う通り、長男は女に見間違うほど可愛らしく、かつての父と比べると貧弱だった
泥酔した意識が朦朧とした男を家まで送り届けた後、長男はその言葉が心に長く残り続けた
その日から数日後に、長男は村から旅立った
…
次男が手に持つ天秤は村に訪れる人々の罪を平等に裁くために彼が作った道具だ
彼はどんなに小さい罪も見逃さなく、全ての人々に平等に裁いた
ある時に、彼は1人の女を裁いていた
女は過去に、遠い昔のことだったが
大きな罪を犯していた
女はその罪を巧妙に隠していたが、彼のもつ天秤は見逃さなかった
女はとても重い判決を下された
しかし、長男がいなかったために断罪することができなかった
そのために女の判決は保留にされ、長男が帰ってきてから断罪することにした
ある日の夜、フクロウも鳴かぬ静かな夜の出来事だった
村長の家の前に断罪を保留にされた女が立っていた
立っている女の目は怒りに染まってる
女は確かに罪を犯したが、遠い昔のことで既に改心したつもりだった
怒りに燃えた女は家に静かに忍び込み、寝ている次男の傍に置いてあった天秤を壊し、次男の両眼をほじり出した
そのせいで次男からは光が永久に失われた
しかし、次男はそのことを恨んではいなかった
次男も過去に小さい罪を犯した身であったために。自身の罪を償えるならばと思っていた
女は帰ってきた長男に処刑された
…
三男は病弱なために、長男や次男のように素早く走ったり、動き回ることは出来ない
しかし代わりにとても目が良く、神から与えられた祝福だと自らの生を恥じていなかった
心優しく、純情な彼は村を見回っている時
父に、お前にはまだ早いと言われ、中を見せてもらえなかった屠畜場の中を覗いた
そこでは家畜の豚や牛を殺し、肉に加工している最中だった
心優しい彼は目がよかったために、奥の光景まで目に焼き付けてしまい大変心を痛めた
彼は、そこで働く人に聞いた
「なぜ、彼らを殺さなければいけないのでしょうか」
男はすこし考えてから深みを持って言った
「俺たちが生きていくためには仕方ないことなのさ。苦しんで殺されるよりかは苦しまずに死んだ方がこいつらも幸せだろう」
三男はその言葉を聞き、微笑んだ
「ありがとうございます、確かに…そうですね」
三男の言葉を聞いた男はすこしその笑みに疑問を感じたが、すぐに忘れ仕事に勤しんだ
…
長男は泥酔した男に言われた言葉を真に受け、修行の旅に出ていた
すぐに帰るつもりだった上に、書き置きも置いていたため心配ごとはなかった
長男は村を出てから半年近くで帰ってきた
帰ってきた長男の姿はもはやかつての面影を残していなかった
細く、繊細な腕はもう無く、丸太ほどの大きさもある腕になっていた
かつて、微笑めば周りをも笑顔にしたその顔つきは、鬼を彷彿とさせる顔つきになっていた
彼の声は、小鳥のさえずりのようにとても心地の良いものだったが、もはや聞くもの全てを震え上がらせる恐ろしい声になっていた
彼はかつての姿を無くしたが、自らが信じる正義を貫けるととても喜んでいた
変わり果てた長男の姿を見た三男は何があったのか心配したが、中身は変わらずにいつもの長男で、兄が帰ってきたことを喜んだ
次男の目がなくなっていることに気づいた長男は問い詰めたところ
ある女に寝込みを襲われたが、そのことを恨んではいないと言った
怒りに狂った長男はすぐに三男の眼のおかげで女を見つけ、眼を潰してから殺した
次男は長男に私は大丈夫だと伝えたが、近くに転がっている女の死体には気づかなかった
…
長男が帰ってきてからは次男はいつものように天秤を使い、人々の罪を裁き始めた
もはや先長くない高齢の男や、まだ幼く可愛らしい少女まで平等に断頭台に送り届けた
長男や三男は近頃、裁かれる人の多さに疑問を感じたが、次男の判決に間違いはないと人々を裁いた
高齢の男はかつての父を彷彿とさせたが
天秤は罪に振り切っている
断罪するほかないが、この男は自分とそう歳が変わらない子を持っていたためだけに、罪を犯してしまった男を断罪しなければならないことに次男は心を痛めた
次男の天秤はあの日から既に壊れていて、片方にしか傾かないことを、誰も知らない
…
「長男の姿が恐ろしい」
「次男は罪のない人々まで裁いている」
「常に三男に監視されてつらい」
そのような噂が村に満ち、蔓延した
もはや村には誰も近づかなくなり
兄弟たちを恐れて村に住む人々は疑心暗鬼になった
…
兄弟たちはとても悩んだ。確実に良い方に歩んでいるはずだと思っていた
自分たちはなにがいけなかったのか
村の人々は凶暴になり、憎悪と悪意に満ちている
これではかつて村に訪れた預言者を名乗る女が言ったことと同じではないか
女のいう怪物を恐れた長男は村の人々のために、さらに自らを鍛え上げた
元々丸太のような腕がさらに太くなり
更に修行に打ち込み力を得た
盲目でなにも見えない次男はその壊れた天秤で人々を裁き続けた
裁いた人はそう多くはないが、その全てが罪に傾いており、次男の心はとても傷ついた
三男は村に怪物が近づいた時にすぐに長男に報告に行けるよう、いつも物見櫓にいた
そのせいで朝も昼も夜も監視されていると感じた村の人々は更に疲弊した
…
あるとき村に複数の男女が向かっていた
1人は剣を持つ軽装の男
1人は杖を持った布で体を覆い隠した女
1人は身軽な格好をした短剣を隠し持った男
1人は武道着と呼ばれる服を纏った長い棒を持った女
その4人は三男の眼をかいくぐり、長男たちが住む家に向かっていた
道中、村の人に見つかってしまったが、自分は王国からの依頼を受けてきた冒険者だと説明すると村の人はたいそう喜んだ
なんでも村から王国に逃げた人が依頼を残したと
依頼の内容は「兄弟の討伐」
たとえ自覚がなくとも暴君のような振る舞いをしていた兄弟たちに裁きが降る時がきたのだ
冒険者たちはまずは長男を、次に次男、最後に三男を殺害してから帰るという作戦を考えた
いくら恐れられていようと所詮は村人
この依頼はすぐに終わるだろうと冒険者たちは楽観視していた
長男たちが住む家についた冒険者たちはまず、静かに暗殺するために短剣の男をひとり向かわせた
短剣の男は廊下を音を消して歩き、長男の寝室前についた
静かに開けた扉の向こうには、恐ろしい姿をした長男が寝ていた
そこに男が近づき、首にナイフを刺した
簡単な仕事だ、男が油断していると
余りの痛みに目が覚めた長男はその太い腕で短剣の男を潰した
ドクドクと止まらない血を止めるために短剣の男が着ていた布を剥ぎ取り押し当てていると
後ろから剣の男に切りつけられた
さきほどの音を聞き駆けつけた冒険者たちは
迅速に連携を取り、長男と対峙した
あまりにも激しい戦いだったため、騒音に駆けつけた次男は戦闘の余波に巻き込まれて死んだ
杖を持った女の臓物を引き抜き、武道着を着た女の腕と足を折り、最後に剣の男の頭を握り潰した
全てを殺した長男は、全身から止まらない血を抑え、巻き込まれて死んだ次男の死を嘆き悲しんだ
程なくして長男も全身から血を吹き出しながら死んだ
病弱で体が弱い三男はすこし遅れてついたおかげで戦闘に巻き込まれなかったが
その惨たらしい兄弟の死体を目撃してしまった
次男の体はいたるところが本来曲がるはずのない方向に曲がって折り、原型をとどめていない
長男はなんども切りつけられ、その胸には剣が突き出ている
ところどころ焼けただれ、骨も見えていた
「そんな…嘘だ…」
三男は自分が気づかない間に預言の怪物が村に入り込んだのだと思い、恐怖した
自分に何ができるのか、ただ目がいいだけの自分に…
そのとき、三男はとてもいいことを閃いた
「そうだ、僕が兄さんたちの代わりに…」
仇を取るべく、三男は長男と次男を取り込み、一つになった
長男の持つ恐ろしくも力強い体を取り込み、次男の持つ全てを平等に裁く天秤と聡明な頭脳を持ち、三男はその全てを見通す眼で怪物を探した
もう、惨たらしく殺されないように
しかし、怪物は自身の眼を欺き、兄弟を殺した
三男は今も何処かにいるであろう怪物に
村の人々を惨たらしく殺されることを恐れた
そこで三男はかつて、自身が言われた言葉を思い出した
「苦しんで死ぬよりは、苦しまずに死んだ方が幸せだろう」
三男はその言葉を胸に抱き、村の人々を殺して回った
怪物に惨たらしく殺されないように
…
「怪物だぁー!!!」
何処からか聞こえた声、三男はすぐにその声の元におもむき、声の元を潰した
怪物?何処だ?何処にいる?
自分に見通せないものはもはやなくなった
しかし、いくら探しても見つからない
さっきまで「人だったモノ」を三男は見下ろし
聞いておけばよかった、とすこし後悔したが
何処にいるかもわからない怪物に殺されるよりかはいいだろうと思った
…
もはや、ここにはなにもなくなった
血と怨嗟によって産まれた濃い瘴気が太陽と月を隠し、朝も夜もわからなくなった
それでも男は探し続ける
きっとここにいるばすだと
すぐそこの物陰にいるのかもしれない
自分を殺すために隙を探しているのかもしれない
最後の村人を潰したのはもうずっと前のことだ
もう自分の名前も思い出せなくなった
だがそれでも構わない、自分はこの村を守れればいいのだから
男はなにもなくなった廃村で、いるはずのない怪物を今も探しているだろう
きっと、今も。
おやすみなさい