892 カガリさん、冒険者ギルドに行く
久しぶりに触る刀。
長いこと放置していたから、怒っている気がする。
「そう怒るな」
優しく刀を触ると、許してくれた気がする。
久しぶりに振ってみたが、昔のように扱うことはできなかった。
やはり長い間、触れていなかったこともあって腕は鈍る。
なにより以前と身長が違うので感覚がくるっていた。
地面と刀の距離が近すぎる。
大人なら、刀を下に向けても柄が腰ぐらいにあった。
じゃが、子供の姿では胸あたりまである。
大人の姿の時に刀を振り回していたことが子供の姿ではできない。
じゃが、ユナのおかげでこの体での扱い方にも徐々に慣れてきた。
戦い方にも勘を取り戻すことができた。
それにしても、あやつは本当に強い。
慣れない身長に久しぶりに刀を握ったとはいえ、それなりに強いと自負はしている。
そんな妾の攻撃を楽々と躱しておった。
ジュウベイとの戦いの話や、城でのユナと男の試合を見て、強いとは思っておったが、対戦してみて分かる。
ユナの異常さが。
魔法であれほどの実力を持っておれば、武器の扱いなんて疎かになる。
魔法が使えるなら、魔法の技術を伸ばしたほうがいい。
両方を秀でた技術を持っているのは一部の天才のみ。
妾みたいに長く生きているなら分かる。ジュウベイだって、苦労して手に入れた。
それを15歳ほどの小娘が手に入れていることが不思議じゃ。
妾には無限の時間があるから、できること。
でも、ユナはそうではない。
どれほど戦えば、あれほどの実力が身につくことやら。
どれほど苦労して、生きてきたのじゃろう。
今度、元の姿に戻ったら、もう一度手合わせするのも面白いかも知れぬな。
今は妖刀を探さないといけない。
「……どこにあることやら」
保管室に入り込むと、少なくとも4本の妖刀が消えていた。
妖刀馬鉄、妖刀赤桜、妖刀風切、そして妖刀右京。
盗んだ者は判明していない。
盗んだ者が全部持っているのか、他の者の手に渡っているのか分からない。
森に逃げた男が盗んだ者なら、ユナに任せたから情報も得られるじゃろう。
「まずは冒険者ギルドじゃな」
城下町にある冒険者ギルドに顔を出す。
幼い見た目のせいか、妾が冒険者ギルドに入ると好奇な目を向けられる。
「嬢ちゃん、ひとり?」
「親はどうした?」
「可愛い」
「一丁前に刀を持っているぞ」
「なかなか、いい刀じゃないか」
冒険者たちが声をかけてくるが無視をする。
ここで騒ぎを起こせば、面倒ごとになる。
「皆さん、そんな怖い顔で子供に近寄ったら、泣いちゃいますよ」
受付嬢が冒険者どもを追い払ってくれる。
「あら、本当に可愛い女の子」
受付嬢が妾の顔を覗くように見る。
これはちょうどいい。
受付嬢にギルマスに繋いでもらうことにする。
「ギルマスに会いにきた。呼んでくれ」
「ギルマスですか? えっと、お嬢ちゃん、ギルマスには簡単に会えないのよ。話ならわたしが聞くから」
妾のことを子供だと思っておる受付嬢が優しく言う。
この姿は不便じゃのう。
「カガリと名乗る金髪の女性が来たと伝えてくれ。それだけでいい。それでも会えないと言うなら、諦める」
「……女性」
受付嬢は女性って部分が引っかかったみたいだ。
「ちゃんと一言一句、間違いないように伝えてくれ」
「えっと、分かったわ」
受付嬢は奥に行き、ギルマスのところに行く。
名前を聞けば、あやつも出てくるじゃろう。
それでも、会えなかったら、別の案を考えるしかない。
簡単な方法はスオウの奴に紹介状を書かせることじゃが、また城に行くのは面倒じゃのう。
会えなかったときのことを考えていると。
なんじゃ。
腰に下げている刀が震えたような気がした。
刀に触れる。
震えていない。
気のせいじゃったか?
「お嬢ちゃん。ギルマスが、お会いになるって」
刀のことを考えていると受付嬢が声をかけてくる。
どうやら、受付嬢が戻ってきたことに気付いていなかったみたいだった。
「感謝する」
どうやら、ちゃんと妾の言葉どおりに伝えてくれたらしい。
もし、子供のカガリが来たと伝えていたら、会ってくれなかったかも知れなかった。
受付嬢が不思議そうに妾を見ながら、ギルマスの部屋に案内してくれる。
「お連れしました」
妾は部屋の中に入ると、40半ばの男が妾を見て、驚いた表情をしている。
「カ、カガリ様?」
「久しぶりじゃのう」
「その喋り方、そのお姿は本当に」
ギルマスは妾たちのやり取りを見ていた受付嬢にお茶を持ってくるように指示を出す。
妾は部屋にあるソファーに座るとギルマスも妾の前の椅子に座る。
「本当にカガリ様?」
「こんななりをしておるが、カガリじゃ」
「カガリ様のお子様でなく?」
「訳があって、子供姿じゃがカガリ本人じゃ。お主の恥ずかしいことでも言えばいいか? たとえば、小便をしているときに魔物に襲われて」
「ああああああ、分かりました」
ギルマスは叫んで、妾の言葉を止める。
「確かに、その事を知っていて、金色の髪に顔立ち、喋り方はカガリ様。どうして、そんな姿に。それに生きていたのですね」
島にいたときに冒険者ギルドには何度か顔を出している。
お金を稼ぎ、酒を買ったり、好きなものを食べたりしていた。
この男も冒険者時代から、知っている男。
妾のことを知っている少ない人物。
「大蛇が復活してから顔を出してくださらなかったので、亡くなったものかと」
どうやら、心配させたようじゃな。
こうやって、心配してくれることは嬉しいが、言えないこともあるから、難しい。
「すまぬな。理由があって、顔を出せなかった」
「いえ、生きていることが知れただけでも、よかったです」
ギルマスは嬉しそうにする。
「それで、その姿は?」
「大蛇との戦いの影響じゃ」
「昔から、不思議な女性でしたが、こんな姿で現れるとは思いもしませんでした」
「もう、この姿のことはよい。今回はお主に聞きたいことがあって来た」
「聞きたいことですか?」
「お主は妖刀の件を知っておるか?」
妾の質問にギルマスの顔が変わる。
知っているみたいだ。
「城より報告を受けています」
妖刀に関わる可能性が高いのは冒険者だ。
でも、大っぴらに広めることはできない。
城から盗まれたと広まれば、沽券に関わる。
じゃが、黙っているわけにはいかないから、冒険者ギルドのギルマスには伝えてあると思っていた。
「もしかして、その件で動いているのですか?」
「詳しくは言えぬが、回収を手伝うことになった。それで、なにか情報はあるか?」
「話を聞いたのが昨日なので、なにが妖刀に関する情報か、分かっていないのが正確なところです」
「怪しいことはあるのか?」
「難しいところですね。深夜に刀を持っている者がいたとしても、妖刀とは限りませんし。今のところは冒険者が襲われた話も聞いていません」
「そうか」
「妖刀に関しては説明はしてませんが、ギルド職員には、いつもと違うことがあれば、報告するようには伝えてあります」
ギルマスが説明すると、ドアが開き、先ほどの受付嬢がお茶を運んできた。
「クオン、最近、冒険者たちに変わったことはないか?」
お茶をテーブルに置く受付嬢に尋ねる。
「変わったことですか?」
クオンと呼ばれた受付嬢は、少し考え込む。
「些細なことでもいい。冒険者が行方不明になったとか、不審な者を見たとか、斬りつけられたとか」
「冒険者なんて、数日顔を出さないのは当たり前ですし、斬りつけられた話も聞いていません」
冒険者だからといって毎日冒険者ギルドに来るわけではない。
依頼先で何日もかかる場合もあるし、怪我や疲労で休むこともある。
「ああ、でも」
「なにかあるのか?」
「今朝、冒険者が言っていたのですが、ラカンさんと約束をしていたのに来なかったと愚痴をこぼしていました」
緊急な用事ができることもある。
酒を飲んで、寝ているのかも知れない。
誰だって、忘れることだってある。
「ラカンか……。約束を破るような男じゃないな」
どうやら、ギルマスの知っている男みたいだ。
「わたしもラカンさんは約束をやぶるような人ではないと思い、引っかかりました。でも、ラカンさんも人です。忘れることも、緊急な用事ができただけかも知れませんから」
これだけの情報では妖刀と関係があるかは分からない。
保留じゃな。
「他に、なにかあるか?」
ギルマスが受付嬢に尋ねると妾を見る。
「ギルマスに可愛い女の子が訪ねてきました。これは今までにないことです。ギルマスの娘さん? 隠し子?」
「違う」
そう答えて、ギルマスは妾を見て困った顔をするので、妾が代わりに答える。
「妾の知り合いが昔に世話になっただけじゃよ。ちょっと用事があって会いにきただけじゃ」
「そうなのね。わたしはクオン。たしか、カガリちゃんだったよね。困ったことがあったら、声をかけてね」
ギルマスが、これ以上は追求されても困るので、クオンを部屋から追い出す。
「名前を名乗ってもよかったのですか?」
「名前ぐらい同じ者もいるじゃろう」
それにギルマスに会うために、名前を名乗ってしまったから遅い。
「でも、カガリ様のことを知っている冒険者もいます。もしかしたら、今のカガリ様を見たら、勘違いする者もいるかもしれませんね」
「勘違い?」
「カガリ様のお子様ってことですよ」
「まあ、普通は子供になったと思わんからのう」
「どうなさいますか?」
「どうとは?」
「本人とは言わないのでしょう」
「言わぬ。言ったとしても、信じはしないじゃろう」
「そうですね」
「そう言うわりには、お主はすぐに信じたみたいじゃのう」
「この地位に就いたときに、前ギルマスとスオウ王からカガリ様の話は聞きましたからね」
「そうじゃったな」
妾のことを知っている少ない人物。
「話せば、スオウ王に殺されます」
「流石に、そこまでしないじゃろう」
「しますよ。あのときのスオウ王の目は本気でしたよ」
「まあ、妾のことを知っている者から聞かれたら、誤魔化すか、しつこいようじゃったら娘とでも言っておけ」
親戚にしとけとも思ったけど、それだと妾に兄妹がいるってことになる。
それはそれで面倒くさいことになる。
カガリさんのことを知っている数少ない人です。(前ギルマスも知っています)
※くまクマ熊ベアーコミカライズ外伝4巻が8月1日に発売されました。
よろしくお願いします。店舗特典などは活動報告にてよろしくお願いします。
※くまクマ熊ベアー10周年です。
原作イラストの029先生、コミカライズ担当のせるげい先生。外伝担当の滝沢リネン先生がコメントとイラストをいただきました。
よかったら、可愛いので見ていただければと思います。
リンク先は活動報告やX(旧Twitter)で確認していただければと思います。
※PRISMA WING様よりユナのフィギュアの予約受付中ですが、お店によっては締め切りが始まっているみたいです。購入を考えている方がいましたら、忘れずにしていただければと思います。
※祝PASH!ブックス10周年
くまクマ熊ベアー発売元であるPASH!ブックスが10周年を迎え、いろいろなキャンペーンが行われています。
詳しいことは「PASH!ブックス&文庫 編集部」の(旧Twitter)でお願いします。
※投稿日は4日ごとの22時前後に投稿させていただきます。(できなかったらすみません)
※休みをいただく場合はあとがきに、急遽、投稿ができない場合はX(旧Twitter)で連絡させていただきます。(できなかったらすみません)
※PASH UP!neoにて「くまクマ熊ベアー」コミカライズ公開中(ニコニコ漫画、ピッコマでも掲載中)
※PASH UP!neoにて「くまクマ熊ベアー」外伝公開中(ニコニコ漫画、ピッコマでも掲載中)
お時間がありましたら、コミカライズもよろしくお願いします。
【くまクマ熊ベアー発売予定】
書籍21巻 2025年2月7日発売しました。(次巻、22巻、作業中)
コミカライズ13巻 2025年6月6日に発売しました。(次巻14巻、発売日未定)
コミカライズ外伝 4巻 2025年8月1日発売しました。(次巻5巻、未定)
文庫版12巻 2025年6月6日発売しました。(次巻13巻、発売日未定)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。