815 クマさん、森の中をさらに進む
「他じゃ手に入らないの?」
「長い間、魔物にこびり付いている苔は他の苔とは違うのよ。それに、その魔物がいたとしても、討伐するときに体を斬りつけるでしょう。血まみれ、泥まみれ、採取は不可能ね」
ああ、確かに。
剣で斬りつければ血が噴き出す。
火の魔法を放てば、苔は燃えるかもしれないし、風魔法で切り刻めば剣と同じことだ。
魔物が動き回れば、泥がつく。
「それに、使用用途が多いわけじゃないけど、必要になるときになかったら困るものなの……」
マーネさんはワニを見る。
「それじゃ、サクッと倒してくるよ」
「ユナ?」
「苔に攻撃しないように倒せばいいんだよね」
「そうだけど、それが大変なのよ」
まあ、なんとかなる。
「マーネさんはくまゆるとくまきゅうから、離れないでね」
わたしは1人でワニのところに向かう。
クマ装備がなかったら、怖くて近づけなかったね。
黒虎のときに、噛まれても平気と分かってから、安心感がある。
わたしはワニに近づくと、ワニがわたしに向く。
背中の苔に攻撃をするわけにはいかない。外側からの攻撃はダメだ。それなら、いつもどおりに内側ってことになる。
どうやって、倒そうかなと考えながら、ワニに向けて歩いていると一匹のワニが口を大きく開ける。
「ユナ! 危ない!」
マーネさんの叫びと同時に、ワニの口から水の玉が吐き出される。
わたしは咄嗟にクマパペットを突き出し、水の玉を粉砕する。
そうだ。ワニではなくゲーターって名前の魔物だった。
見た目がワニだったから、水を吐き出すなんて、考えもしなかった。
一匹のゲーターが水の玉を吐き出すと、他のゲーターも水の玉を吐き出してくる。
わたしに向かってくる吐き出された水はクマパペットで粉砕。わたしから外れた水の玉は地面に穴を空けていく。
かなりの威力があるみたいだ。
ソフトボールぐらい硬いかもしれない。
わたしは水の玉を避けながら走る。
わたしの黒クマパペットに電撃が纏う。
大きく開いたゲーターの口に目がけて、電撃魔法を放つ。
一匹目、次々とゲーターの口の中に電撃を放り込む。
仲間が倒されるのをみて、離れた位置にいたゲーターは池の中に逃げていく。
無理に追わない。
池のほとりには4体ほどのゲーターが倒れている。
「ユナ、大丈夫?」
くまゆるに乗ったマーネさんが近づいてくる。
くまゆるに乗っていれば安全だけど、池の中から攻撃をされるかもしれない。
「マーネさん、池にはまだいるから、近寄らないで」
「うん」
わたしはクマボックスに倒したゲーターを仕舞う。
そして、池から少し離れ、ゲーターを出す。
「本当に死んでいるのよね?」
マーネさんはくまゆるの背中に隠れながら尋ねてくる。
ゲーターが恐いみたいだ。
わたしだって、初めてゲームでリアルの魔物を見たときは恐かった。
慣れって恐いね。
「大丈夫だよ。死んでいるよ」
マーネさんはどこで拾ったか分からない枝を持ち、腕を伸ばしてゲーターの体を枝でつんつんとつっつく。
その姿を見ると、やりたくなることがある。
静かに後ろに回り込む。
そして……。
「わっ!」
「きゃ!」
マーネさんは腰を落とすと、くまゆるの後ろに隠れる。
動きが速い。
マーネさんはくまゆるの後ろからゲーターを見てから、わたしを見る。
「もしかして、今のユナ?」
「ごめん。マーネさんを見ていたら、やりたくなって」
素直に謝る。
「ユナ、冗談でもやっていいことと、いけないことがあることを知らないの?」
マーネさんは頰を膨らませながら、怒り始める。
「ごめん」
「それに言っておくけど、どんな大人だって、ゲーターは恐いものなのよ。だから、わたしの行動は恥ずかしくはないわよ」
マーネさんの言うとおりだ。
ほとんどの人はワニは恐い。
中には爬虫類が好きとか、ワニを飼育しているとか、かなり少ない部類の人たちがいるかもしれないけど。
「それに、わたしを脅すなんて。もし、次にやったら、怒るからね」
手に持っている枝を、わたしに向けながら言う。
大人とは思えない仕草だ。
「もうしないよ」
「約束だからね」
マーネさんは年上の女性だ。気を付けよう。
ただ、あのゲーターに怖がるように枝でつんつんする仕草が可愛くて、イタズラ心が湧いてしまった。
マーネさんはゲーターが死んでいることを確認すると、ゲーターの体にこびり付いている苔をスプーンみたいなもので採取を始める。
採取した苔は瓶に入れていく。
「うぅ、これも薬のためよ。頑張るのよマーネ」
自分に言い聞かせるように苔を採取している。
「手伝おうか?」
「これはわたしの仕事。それに、これはわたしのわがままだから。ユナは周囲の警戒をお願い」
マーネさんが安心して作業ができるように周囲を警戒する。
池に逃げたゲーターが出てくるかもしれない。
池に電撃魔法を放てば倒せると思うけど。池の底に沈んだら、回収ができなくなる。魔法を使えばできないことはないけど、面倒くさい。
それに、電撃魔法を池に放てば、他の生物まで殺すことにもなる。
魚や生物が死んで、放置すれば腐って、大変なことになるかもしれない。
だから、襲ってこないなら放置だ。
くまゆるとくまきゅうと一緒に周囲を警戒しながら、マーネさんの採取を待つ。
と言っても、探知スキルを眺めるだけの仕事だ。
しばらくすると、苔の採取が終わる。
「お疲れさま」
苔が採取できて満足気な表情だ。
マーネさんは水魔法は使えるようで、魔法で出した水で手を洗っている。
わたしはゲーターをクマボックスに仕舞う。
フィナにお土産ができたね。
11歳の女の子にゲーターがお土産って、ありえないけど。
「それで、ここからどっちに進めばいいの?」
「池を右回りに移動したと聞いたけど」
とりあえず、池を右回りに歩くことにする。
「次のリボンがあったわ」
これで、先に進むことができる。
釘の刺さっている方向を確認して、先に進む。
順調だ。
そんなことを思っていると、マーネさんが変なことを言い出す。
「くまゆる、曲がっているわよ。ちゃんと直進して」
「くぅ〜ん」
マーネさんが指示を出すが、くまゆるが首を横に振る。
「ユナ、くまゆるが言うことを聞いてくれないわ。このままじゃ、変な方向に行っちゃう」
スキル、クマの地図を見る。
真っ直ぐに進んでいる。曲がっていない。
「くまゆるはちゃんと真っ直ぐに進んでいるよ」
「本当に?」
マーネさんは周囲を見る。
「まさか」
「どうしたの?」
「ユナ、確認だけど。あなたはこの子たちが進む方向に違和感がない?」
わたしは少し考える。
「なにも感じないけど。マーネさんは違和感があるの?」
「まだ確証はないわ。くまゆる、少し直進してみて」
「くぅ〜ん」
くまゆるとくまきゅうは歩き出す。
「やっぱり、ダメね」
しばらく進むとマーネさんは頭を振るう。
「マーネさん、大丈夫?」
「大丈夫よ。頭の中で進む方向を否定されているだけだから」
「…………?」
マーネさんがなにを言っているのか分からない。
「わたしにはくまゆるが右に曲がって歩いているように感じるの。これは過去に経験したことがあるわ。たぶん、近くに迷い花が咲いているわ」
「迷い花?」
「森に入った人を迷わせる粉を出す花のこと。その粉は方向感覚を狂わせるの」
そんな花が……。
「迷って彷徨うことになれば、同じところを歩き、次第に体力を消耗して、死ぬこともある危険な花よ」
同じ場所をぐるぐると歩き続ければ体力だけではない。精神的にも辛く、食糧問題や、魔物にだって襲われるかもしれない。
「くまゆるは真っ直ぐに向かっている。でも、わたしは右が直進だと感じている。くまゆる、悪いけど、左に向かって」
「くぅ〜ん」
くまゆるは左に向かって歩き出す。
「変な気分。脳が右に行かせようとするわ。ユナは大丈夫なの?」
「わたしは大丈夫だよ。このフードが守ってくれるから」
たぶん、影響を受けないのはクマフードのおかげだと思う。
妖精の眠り粉も効果がなかったことは実証済みだ。
「そのクマは可愛いだけじゃなかったのね」
マーネさんは手の平に風を纏わせると、くまゆると一緒に周りに風が巻き起こる。
「対処方法よ。このぐらいの魔法だったら、わたしでも使えるから」
そして、マーネさんの指示通りに進むと、一面に青色の花が咲いている場所にでる。
「迷い花」
「この花が……」
4つの青い花びらが開いている。
「近づいても大丈夫なの?」
「花自体に危険はないわ。ただ、迷わせるだけ」
「でも、名前の付け方が、そのまんまだね」
「魔物や動物、そして人を迷わせて近づけさせない。だから、冒険者たちから迷い花と言われて、そのまま呼ぶようになったわ」
まあ、分かりやすいほうが覚えやすい。
「ユナ、この花も採取してもいい?」
「いいけど。ちなみに、どんな効果ある薬になるの?」
「酔い止めよ。馬や馬車に乗る人で具合が悪くなる人がいるでしょう」
「うん」
揺られて、気持ち悪くなるやつだね。
「あと、お酒の二日酔いにも効果はあるわ。もちろん、代用品もあるけど、この迷い花を使った薬の方が効果は高いわ」
つまり、上級酔い止めってところかな。
馬車に乗らない、お酒を飲まないわたしには不要なものだね。
マーネさんはアイテム袋から籠を取り出すと、花を摘んでいく。
でも、本当にいろいろな効果がある草や花があるんだね。
無知のわたしには、ただの雑草や綺麗な花ぐらいにしか見えない。
マーネさんは植木鉢と小さいシャベルを手にすると、迷い花を掘り始める。
綺麗に掘り、丁寧に植木鉢に植え替える。
「上手だね」
「調合だけが仕事じゃないからね。植物を育てるのも仕事よ」
「他人に任せているんじゃないんだね」
「他の人に任せることもあるわ。でも、育てるのが難しい植物もあるから、任せられないものもあるのよ」
思いだす。
小学生の夏休みの観察日記で、朝顔を育てたことがあった。
あれは面倒だった。
わたしだって、小学校に入ったばかりのときは普通の小学生だったんだよ。
※シャベルと書いてからスコップ? と思って調べて見たら、関東と関西では意味合いが逆らしい。
関東、大きいものをスコップ、小さいものをシャベル
関西、大きいものをシャベル、小さいものをスコップ
と言う人が多いらしい。知りませんでした。
※JIS規格では足をかけて押せるものを「ショベル」。足をかけられないものを「スコップ」らしい。
※詳しく調べると先が尖って土を掘るのが「シャベル」。雪かきなどに使う先が四角い(平ら)になって掬うように使うのが「スコップ」らしい。
※なので、今回は掘るのが目的なので「シャベル」とさせていただきます。
※注意、素人が調べたことなので間違っている可能性もあります。間違っていても作者は責任は取りませんので気をつけてください(笑)
※申し訳ありません。しばらく投稿は週一の日曜日とさせていただきます。
【書籍発売予定】
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。