814 クマさん、森の中を進む
わたしたちは順調に森の中を進む。
ただ、マーネさんが「あれは目の疲労に効く」だの「あれは関節痛に効く」とか言って薬草採取をするので、進みは遅い。
「あれは日焼け止め用ね。貴族の令嬢に売れるわ。くまゆる、あそこに向かって」
マーネさんはくまゆるに指示を出す。
くまゆるは諦めたようにマーネさんの指示に従って歩き出す。
マーネさんはくまゆるから降りると、長い葉の草の採取を始める。
わたしには雑草にしか見えないけど、専門家が見ると、役に立つ薬草みたいだ。
「あ……ごめん」
わたしの視線に気付いたマーネさんが謝罪する。
「急いでいるわけじゃないから、好きなだけ採取していいよ」
時間制限があるわけじゃない。
のんびりと行っても問題はない。
「ありがとう」
成長する薬草を採取するのが目的だったけど、マーネさんは楽しそうに薬草採取をしている。
「嬉しそうだね」
「久しぶりに野生の薬草の採取ができて、楽しいわ。この数年、王都に引きこもっていたから」
本当に楽しそうに採取している。
「それじゃ、採取は久しぶり?」
「城にある薬草園での採取ぐらいね。城にないものは城下街にある店に買いに行くことはあるけど。それだって事務員の人にお願いすることが増えているわ。そう考えるとダメね。自分の目で薬草の状態を確認して採取しないと腕が鈍るわ」
そういう割には薬草を採取する手際がいい。
昔は、もっと手際がよかったのかもしれない。
「くぅ〜ん」
採取しているマーネさんを少し離れた場所から見ていると、くまきゅうが小さく鳴く。
探知スキルを確認するとウルフが近づいている。
マーネさんの邪魔をさせたくない。
「くまきゅう、マーネさんとくまゆるをお願いね」
小声でくまきゅうに頼み、ウルフがいる方向へ駆け出す。
……いた。
こちらに向かって歩いている。
わたしに気づいたウルフは唸り始める。
でも、ウルフはわたしの敵ではない。
風魔法を放ち、サクッと討伐して、マーネさんのところに戻ってくる。
「どこに行っていたの?」
帰って来るとマーネさんが待ち構えていた。
どうやら採取が終わったら、わたしがいなかったことに気付いたみたいだ。
「ウルフが近くにいたから、倒しに行っていたんだよ」
「一言、言ってから行ってよ。薬草の採取が終わって、後ろを見たら、ユナがいないから驚いたわよ。いきなり消えたら心配するでしょう」
「ごめん」
「でも、ありがとう。わたしを不安にさせたくなかったのよね」
「マーネさんには、気にしないで採取してほしかっただけだよ」
「……!? ユナ、あなた。モテるでしょう」
「……モテる? わたしが?」
何を言っているかな。
わたしがモテるわけがない。
「そんな気遣いができる人はなかなかいないわよ。料理も美味しかったし、わたしの部屋とは違って、ユナの家は綺麗だったし」
「魔物は襲われる前に倒しただけだよ。料理は簡単なものや作り置きだよ。部屋が綺麗なのはお出かけ用の家で、暮らしているわけじゃないからだよ」
簡単料理しか作っていないし、作り置き、もしくはモリンさん、アンズが作った料理だ。
部屋はたまに掃除はするけど、クマボックスの中なら、ホコリが溜まることもないから綺麗だ。
なにより、クマボックスがあるから物が部屋の中に散らかっていないだけだ。
もし、クマボックスがなかったら、部屋は散らかっているか、部屋の一つが倉庫になっていたと思う。
「まあ、本当のモテない理由は、わたしがこんな格好だからだと思うよ」
「本当に男は見る目がないわね。わたしのこともチビとか子供とか言ってバカにするし」
いや、今のマーネさんに近づいてきたら、それはそれで問題があると思うよ。
「マーネさんにそんなことを言う人がいるの?」
「初対面だったら、高い確率で言われるわね。昔は多かったわよ。だから、成長して、わたしをバカにした人を見返したいのよ」
それが成長したい本当の理由なのかもしれない。
表情が本気だった。
薬草の採取も終わっているので、わたしたちは再出発する。
そして、何度かの薬草の採取をしながら進むと遠くに赤いものが揺れているのが見える。
リボンだ。
「無事に見つけられてよかったわ」
リボンの釘が刺さっている方向に行ったとしても、リボンがない可能性もある。
冒険者がなにかの理由で違う方へ行った可能性。
冒険者が真っ直ぐに行ったつもりだったけど、ずれた可能性。
逆に、わたしたちがずれる可能性。
だから、無事にリボンを見つけられるとホッとする。
それからも、いくつかのリボンを見つけることができた。
「予定より、早く進められているわ。ひとえにこの子たちのおかげね」
マーネさんはくまゆるの体を撫でる。
薬草を採取するために止まっているのに、くまゆるとくまきゅうに乗って移動しているおかげで、普通に歩くより進みは速いらしい。
歩けば、休憩も多くなるだろうし、周囲の危険を確認しながら進むから、時間がかかるのかもしれない。
その点、わたしにはくまゆるとくまきゅうがいるから、休憩は必要はないし、魔物も教えてくれる。
「順調なら、何よりだよ」
「この子たちと探索したら、普通の探索には戻れないかも」
物欲しそうにくまゆるとくまきゅうを見ている。
「あげないよ」
「分かっているわよ。あなたの大切な家族をほしいなんて言わないわよ」
くまゆるとくまきゅうは家族だ。
くまゆるとくまきゅうがいない生活は考えられない。
わたしたちはリボンの下で少し休憩し、進み始める。
「くぅ〜ん」
「もしかして、魔物?」
何度かくまゆるとくまきゅうが鳴いて、魔物のことを教えてくれるので、マーネさんも分かったみたいだ。
「この先に魔物がいるみたい」
反応はゲーター。
フィナが王都の解体イベントに参加したときに出たワニの魔物だ。
解体イベントでは見たけど、生きたゲーターは見たことがない。
「迂回したいけど、この先に小さい池があるみたいなのよね」
だから、ゲーターがいるんだね。
マーネさんには魔物がいることは分かるけど、種別まで分かることは教えていない。
分かる理由が説明できないからだ。
流石にクマの加護とは言えない。
「もしかしたら、この子たちが気づいた魔物って、ゲーターかもね。池に生息している可能性が高いわ」
流石と言うべきか、知識が広い。
マーネさんは悩んでいる。
「どうしたの。行かないの?」
「どっちに迂回するべきか、考えているの」
つまり、池に向かう選択肢はないらしい。
「でも、池の方へ進むのが正しいんでしょう」
「そうだけど、わざわざ魔物がいるって分かっている場所に、自ら向かって、危険を冒す必要はないわ」
マーネさんの言い分は正しい。
危険を冒す必要性はない。
これが一般的な考え方だ。
これもチートクマ装備のせいで、一般人との感覚がズレているんだよね。
「この子たちのおかげで、歩かずに済んでいるから体力は消耗せずにいられているけど。魔物と戦って魔力、体力を消耗させる必要はないわ」
くまゆるとくまきゅうがいなければ、ここまで歩くことになる。
舗装されていない道を歩くのは気を使うし、体力も消耗する。
登山はしたことはないけど、あんな感じかもしれない。
「ゲーターなら倒せると思うよ」
戦ったことはないけど、ワニぐらい、サクッと倒せると思う。
「ユナが強いってことは知っているわ。でも魔力は無限じゃない。魔物の位置が分かっているなら、避けるべき。それが探索の原則よ」
「わたしより冒険者っぽいね」
「あなたが非常識なのよ。リボンは用意していないし」
「くまゆるとくまきゅうがいるし」
「軽装だし」
「クマの加護のついた服だし」
「変な家を持ち歩いているし」
「便利でしょう」
「いろいろと準備をしてきた、わたしがバカみたいだわ」
そして、話し合った結果。くまゆるとくまきゅうの上に乗っていれば、すぐに逃げ出すことも可能なので、池の近くまで行き、そこで判断することになった。
「もうすぐだよ」
茂みを抜けると、池があった。
そして、池の周りにはワニがいる。
「やっぱり、ゲーターがいるわね。しかも、かなりの数が……」
見た感じ、6匹。池の中にも反応がある。反応が重なっていて、正確な数は分からない。
「あれは……」
「どうしたの?」
「なんでもないわ」
そう言うわりには、なにかに反応していた。
マーネさんが反応するってことは薬草?
これも何度か見た反応なので、分かる。
「なにか、珍しい薬草でもあったの?」
「……あったわ。でも、今回のことと関係ないし、危険だから」
そんなのは今更だ。すでに何度も薬草を採取している。
それが一つぐらい増えても問題はない。
「どこ? 採取方法が特別じゃなければ。わたしが採ってくるよ」
「……ゲーターの背中よ」
「背中?」
わたしは目を凝らしてゲーターを見る。
「なにもないけど」
「苔が付いているでしょう」
確かに、そう言われたら、苔っぽいものがある。
「あの苔は、特殊な目薬に使う、貴重な物よ」
「目薬?」
「壁一枚挟んだ相手が見えるようになるのよ」
「それって、つまり……」
「ええ、敵のアジトに侵入するときに、使えるわ」
「裸が見えるってこと」
「…………」
「…………」
お互いの間に静かな時間が流れる。
「ごめん、わたしの心が汚れていたよ」
いたたまれない気持ちになって、謝る。
「残念だけど、うっすら人が見えるだけ」
「そうなんだ」
サーモグラフィだっけ?
あんな感じなのかな?
「しかも、効果は目薬をかけて、目を閉じて、開けてから1〜2秒程度よ」
「そんなに短いの?」
「盗賊や悪人の部屋に侵入するとき、どの位置にいるか確認するだけなら十分よ」
確かに部屋に突入するとき、部屋のどの位置に配置されているか分かっていれば、部屋に入った瞬間、相手を探すこともなく、攻撃をすることができる。
危険を減らすことができる。
「マーネさんが開発したの?」
「ううん、開発したのはお母さんよ。悪徳業者を捕まえるため突入した知り合いが、ドアの後ろに敵がいたのに気づかなくて、大怪我をしたことがあったの。それで、お母さんが敵の居場所が分かればと思って、作ったの」
「優秀な人だったんだね」
「ええ、そうよ」
「ただ、使用後の副作用で目が痒くなるのが問題点だけどね。お母さんも、どうにかしようとしたけど、無理だったみたい」
便利なものには弱点が付きものだね。
わたしの最強装備も、クマの着ぐるみって弱点がある。
マーネさんが楽しそうです。
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※投稿日は水曜日、日曜日の0時になります。
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【書籍発売予定】
書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻予定、作業中)
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