808 クマさん、王族に捕まる
みんなの前にお蕎麦と天ぷらが並ぶ。
食べやすいように箸とフォークの両方を用意する。
「あのう、確認ですが、これは」
アンジュさんの前にも蕎麦と天ぷらが置かれている。
「アンジュさんの分だよ。アンジュさんもお昼は食べていないでしょう」
「国王陛下の分ではなかったのですか!?」
「そういえば、別の入り口から入ったから、陛下はユナちゃんが来ていることを知らないのよね」
確かに。
あのいつもの門番が走る姿は見ていない。
「だから、静かだったんだね」
たまには、国王がいない日があってもいいと思う。
「それでは、国王陛下はユナさんがいることを知らないのですね。わたし、国王陛下にユナさんがいることをお伝えしてきます」
「それは、あなたの仕事ではないでしょう。あなたの仕事はフローラ様のお世話よ」
慌てて部屋から出て行こうとするアンジュさんをエレローラさんが止める。
「そうですが……」
「もし、あなたがいない間に、フローラ様になにかあったらどうするの?」
アンジュさんがフローラ様を見る。
「それにユナちゃんがいることを国王陛下に伝えることは、仕事を放棄してまですることなの?」
「それは……」
アンジュさんも分かっている。
国王は、ただフローラ様の部屋に来ては、わたしが持ってきた食べ物を食べるだけだ。
「あなたは何も知らなかった。もしもの場合はわたしが口添えをしてあげるから安心して」
なにかあったら、エレローラさんが守ってあげると言っている。
なんだかんだで、エレローラさんは優しい。
「だから、気にせず、一緒に食べましょう」
エレローラさんは笑顔で言う。
アンジュさんは小さい声で「はい」と答えると椅子に座る。
なんだろう。エレローラさんの顔が満足気なんだけど。
もしかして、国王に嫌がらせ?
ただ単に、食べ物を食べさせたくなかった?
エレローラさんの最後の表情は見なかったことにしよう。
「それじゃ、いただきましょう」
「熱いから、火傷には気を付けてね」
ちなみに、フローラ様には小さいお椀のようなものを出して、食べやすいようにしてある。
エレローラさんは箸を、フローラ様とアンジュさんはフォークを使って、蕎麦を食べる。
「美味しいわね」
「あついけど、おいしい」
「本当ですね」
「スープがサッパリしているのね」
好評のようでよかった。
「この衣がついた天ぷらは、このまま食べてもいいのよね」
「そのまま食べてもいいし、蕎麦つゆにつけて食べてもいいよ」
エレローラさんは、そのままなにも付けずにサクッと音を立てて食べ、次に蕎麦つゆにつけて食べ比べをする。
「どっちも美味しいわね」
「塩を付ける人もいますよ」
わたしは塩を出す。
さっそくエレローラさんは試すように塩を付けて食べる。
「美味しいわね」
エレローラさんのマネをするようにフローラ様とアンジュさんも同じように食べる。
そして、みんなのどんぶりとお皿が空になる。
「シンプルだけど、美味しかったわ」
「うん、おいしかった」
シンプルで、美味しいのが一番だ。
手間がかかる料理も美味しいけど。簡単に作れて、美味しいのは楽でいい。
それも、そば粉から麺を作ってくれた人や、めんつゆを作ってくれた人がいるからだ。
その人に感謝の気持ちを忘れてはいけない。
わたしがどんぶりとお皿の片付けをしようとしたとき、ドアがノックもせずに開く。
部屋に入ってきたのは、この国で一番偉い人だった。
「本当にいたな」
国王がわたしたちのところにやってくる。
「なにを食べていたんだ」
からっぽになった、どんぶりとお皿を見ながら尋ねてくる。
「蕎麦と天ぷらだけど」
名前を言っても分からないと思うけど、食べたものを伝える。
「どうして、俺のところに連絡がこない」
「それは、ユナちゃんとわたしが馬車で城に入ったからよ」
エレローラさんは、わたしがここにいる経緯を話す。
「だから、門番はユナが来たことを知らなかったのか」
「でも、どうして、国王陛下はユナちゃんが来ていることを知っているの?」
「先ほど、遅めの昼食を食べようと思って、ゼレフが作った料理を運んできたときに、ゼレフから聞いた」
なんでも、「ユナ殿が来ているらしいですが、今日はフローラ様のところに向かわれなかったのですか?」と尋ねられたらしい。
ゼレフさんは、わたしが来ていることをアンジュさんから、昼食の件で知らされていたとのことだ。
「エレローラ、どうして俺に知らせなかった」
「国王陛下は、国の大切な仕事中だと思い、伝えませんでした」
エレローラさんはしれっと答える。
「おまえは……」
国王はため息を吐く。
「まあいい。それで、俺の分はあるのか?」
お蕎麦は買いだめしてあるし、天ぷらの作り置きもある。
数十人前はある。
「あるけど、食べるの?」
「食べる」
「ゼレフさんが作ってくれた料理は?」
先ほど、ゼレフさんが料理を運んできたと言っていた。
「ちゃんと食べてきたから、心配はするな」
それでも食べるんだ。
作るのは簡単だからいいんだけど。
「もし残したら、今度は作らないから」
そばを茹でて、つゆを温めて、天ぷらを出す。
3分クッキングの気分だ。
「簡単なんだな」
「でも、美味しいのよね」
国王は蕎麦を食べ始め、満足気だ。
「王妃様は?」
一応確認しておく。
また、あとから来て作ってほしいと言われても面倒くさい。
「貴族夫人たちと、お茶会をしているはずだ」
「お茶会は王妃様の仕事なのよ」
「仕事?」
お茶会が?
優雅にお茶を飲んで、会話をしているシーンしか思い浮かばない。
「情報を得るのよ。最近の貴族の行動とか、領地の状況とか」
「数字だけでは分からないこともあるからな。重要な情報源だ」
わたしが思っていたお茶会とは違った。
「エレローラさんは参加しないの?」
エレローラさんも貴族夫人だ。
「疲れるから参加したくないのよ。あれは腹の探り合いだから」
なにそれ、怖い。
「それで、あそこにあるものはなんだ?」
蕎麦を食べ終わった国王が、離れた場所にあるイーゼルに視線を向ける。
「ユナちゃんが、フローラ様を描いたんですよ」
アンジュさんがイーゼルに近づき、国王に見えるように絵を向ける。
「絵本だけではなく、こんな絵も描けるのか」
「本物の絵描きには敵わないけどね」
「これだけ描ければ十分だろう。おまえさんは、どれだけの才能を持っているんだ?」
プロには敵わない。
あくまで、趣味の範囲内だ。
毎日描いている人に失礼だ。
でも、久しぶりに描いたけど、上手に描けたと思う。
それもモデルがよかったせいかもしれない。
「これに合う額縁が必要だな」
「もちろん、手配するつもりよ。いくつか選んで、最後にはフローラ様に選んでもらうつもり」
「花の模様の額縁が合いそうだな」
「確かにそうね。その辺りで、いくつか探しておきますね」
珍しくエレローラさんと国王の意見があったみたいだ。
確かに、花の模様の額縁はフローラ様に合っているかもしれない。
そして、蕎麦と天ぷらを食べて満足した国王は仕事に帰っていった。
ちなみに、国王が部屋から出て、まもなくして、エレローラさんの部下と思われる人がやってきて、エレローラさんを連れて行った。
正確には、「どうか仕事をしてください」「みんながエレローラ様を待っています」「徹夜は嫌です」と何度も頭を下げていた。
エレローラさんは「仕方ないわね」と言って、仕事に行った。
あんな上司を持つと、部下は苦労するよね。
わたしはフローラ様の頼みでくまゆるとくまきゅうを召喚し、遊ぶことになった。
しばらくすると、フローラ様はくまゆるとくまきゅうに挟まれるように寝てしまう。いつも、遊び疲れるのか、フローラ様は寝てしまう。まあ、この年齢の子は昼寝も仕事のうちだ。よく食べて、よく寝て、成長する。
「……くまさん」
「どんな夢を見ているんでしょうか」
「くまゆるとくまきゅうと遊んでいる夢じゃないかな」
笑っている。
きっと、楽しい夢だと思う。
アンジュさんに帰る旨を伝えると、アンジュさんはフローラ様を起こさないように抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
「それじゃ、わたしは帰るね」
「今日はありがとうございました。フローラ様は、ユナさんに会いたがっていましたので、嬉しかったかと思いますよ」
今度は新しい絵本を持ってきてあげよう。
それにはネタを考えないといけない。
でも、その前にマーネさんの護衛の仕事を片づけてからだ。
くまゆるとくまきゅうを送還して、帰る準備をしていると、ドアがノックされ、ドアが開く。
ドアの隙間から美少女が覗く。
「ティリア?」
「ユナ?」
この国の王女であり、フローラ様の姉のティリアが、部屋の中に入ってくる。
ティリアは学生服を着ている。
学校帰りみたいだ。
「もしかして、ユナが来ているかと思って、来てみたら本当にいたわ」
「わたしが王都にいるって知っていたの?」
「今日、シアから聞いたわ。魔法省に行くから、もしかするとフローラのところに行くかもしれないって」
シア経由からの情報だったか。
確か、クラスメイトだったんだよね。
「それで、ユナはなにをしていたの? フローラは寝ているみたいだけど」
「フローラ様の絵を描いていたんだよ」
「ユナが絵をですか?」
わたしは描いてあげたフローラ様の絵を見せる。
「ずるいです」絵を見たティリアはそんなことを言う。
「ずるい?」
「ユナはフローラばかり構って」
「ティリアは学校だから仕方ないでしょう」
基本的に午前中に来ることが多いので、ティリアは学園に行ってる場合が多い。
「ユナ、まだ帰ったりしませんよね?」
「帰るつもりだけど」
フローラ様は寝ているし、エレローラさんも仕事に行ったし、わたしがここに残る理由はない。
ティリアがわたしの腕を掴む。
「わたしの絵も描いてください」
「わたしじゃなくて、お抱えの画家に描いてもらえば」
王族や貴族の家には代々当主の絵や家族の絵が飾られている。
クリフの家では見たことがないけど、どっかの部屋に飾られていると思う。
「わたしは、ユナの絵がいいんです」
今日は絵を描いたり、蕎麦の用意したり、フローラ様と遊んだりして、疲れたんだけど。
ティリアの掴む手に力が入る。
どうやら、絵を描くと言うまで、離してくれそうもない。
「分かったよ。描くよ。でも、あとで下手だからといって、文句を言わないでね」
「言いません」
押し切られる感じにティリアの絵も描くことになった。
絵の構図はどうするかとなったけど、フローラ様と対になる構図となった。
フローラ様と対になるように椅子に座ってもらい、描き始める。
もう少し早く帰ればよかった。
結局、国王とティリアに捕まったユナでした。
次回、マーネの護衛の話になるかと思います。
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【書籍発売予定】
書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻予定、作業中)
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