774 クマさん、リーゼの家族に会う
魔法で作った階段で門を越えたリーゼさんは庭園に目を向ける。
「変わっていないです」
「そうだな」
リーゼさんとボラードさんは凍った庭園を寂しそうに見ている。
家族や友達との思い出がつまっているのかもしれない。
わたしには凍って綺麗に見える庭園も二人にとっては悲しい景色に映るのかもしれない。
二人はゆっくりと凍った庭園を見ながら玄関までやってくる。
「正面玄関は鍵が掛かっていますので、裏口から」
「ああ、さっきも話したけど、正面玄関の扉の氷を溶かして入ったから、……鍵は壊しました」
素直に答える。
「気にしないでください。それなら、正面玄関から入りましょう」
昨日溶かしたはずの扉は凍っていた。
カガリさんは氷を溶かすのは自分の役目と思っているのか、扉の氷を溶かし始める。
扉の氷が溶けるとドアが開く。
「時間が止まったようです」
「前に来たときと、なにも変わっていない」
「行きましょう」
リーゼさんは真っ直ぐに階段を上がり、一つの部屋に向かう。
「申し訳ありません。こちらのドアもお願いします」
この部屋は……。
カガリさんも覚えているのか、わたしのほうを一度見てから、ドアの氷を溶かし始める。 氷が溶け、ドアが開く。
部屋に入ると暖炉の前で抱き合っている人がいる。
リーゼさんはゆっくりと凍っている人物に近づき、膝をつく。
「お母様、お姉ちゃん。お久しぶりです。あまり会いに来られなくてごめんなさい」
母親とお姉ちゃんだったみたいだ。
「ふがいない父ですまない。助けることができなくてすまなかった」
2人は凍っている2人に対して謝罪をする。
でも、2人は返答はしない。
ただ、ジッと凍ったままだ。
二度と動き出すことはない。
ただ、静かな時間だけが流れていく。
心の中で会話をしているのかもしれない。
わたしとカガリさんは静かに見守る。
リーゼさんの静かに泣く声が静かな部屋に広がる。
ボラードさんは優しくリーゼさんを抱きしめる。
そして、2人は立ち上がり、わたしたちのほうを振り向く。
「ユナさん、カガリちゃん、ありがとうございました。お母様とお姉ちゃんに挨拶することができました」
「きっと、2人もリーゼさんに会えて喜んでいるよ」
「そうだといいんですが。もしかすると、生き残っているわたしを恨んでいるかもしれません」
「そんなことは……」
「お主、甘いことを言うな」
わたしが否定する声よりも、カガリさんが大きな声をあげる。
「か、カガリちゃん?」
「生き残った者には、生き残った苦しみがある。おまえさんは、この土地で生きてきた3年間が恨まれるほど、幸せなことだったのか? 違うじゃろう」
「…………」
リーゼさんは何度も泣いたと言っていた。
わたしが考える以上に苦しく、悲しかったと思う。
大切な人を亡くし、助けもこない、いつ死んでもおかしくない状況で生きてきた。
そんな暮らしをしてきたリーゼさんを恨むとは思えない。
生きているほうが苦しいことだってある。
「そもそも、お主が生き残って、恨むような家族なのか?」
「……違います。お母様もお姉ちゃんも、恨んだりはしません」
「生き残った自分が許せないのかも知れぬ。じゃが、お主は3年間苦しみ、悲しみ、生きてきた。もう、自分を許してもいいじゃろう」
「……カガリちゃん」
リーゼさんはカガリさんに抱きつく。
もしかすると、カガリさんも同じ経験をしているから、分かるのかもしれない。
大蛇と戦い、多くの人を亡くしたと聞いた。
そして当時、大蛇と戦った者で生きているのはカガリさんとムムルートさんだけだ。ムムルートさんに会えなかった間は1人で苦しんでいたかもしれない。
だから、わたしの口先だけの言葉より、カガリさんの言葉には重みがある。
「誰も、恨んではおらん。もし、恨んでいたとしても、気にすることはない。お主にはお主の人生がある。生き残った者にはその権利がある」
「……権利」
「お主が死んでしまったら、母親や姉のことは誰が思いだしてやる。それができるのは、お主、そして、父親のおまえさんたちの役目じゃ」
カガリさんはリーゼさんとボラードさんを見る。
「……そうですね。わたしもリーゼも生き残ってしまった罪悪感に捕らわれていたのかもしれません」
ボラードさんは改めて凍り付けになっている母親と娘さんに近づく。
「リーゼのことは心配しないで安心して眠ってくれ。そして、恨むなら、助けることができなかったわたしを恨んでくれ」
「お父様!」
「これは父親であるわたしの役目だ。それに優しい妻と娘が恨むことはない。それはリーゼも分かっているだろう」
「……」
「ユナさん、カガリさん。本日はありがとうございました。一区切りできました」
リーゼさんとボラードさんは泣き顔だけど、その顔は微笑んでいた。
でも、なんだろう。
カガリさんは良いことを言っているんだけど、幼女姿なので、違和感がありまくりだ。
まあ、わたしがクマの格好で同じことを言っても、外から見たら、異様に見えるかもしれないけど。
カガリさんに説得されたリーゼさんは、家で働いていた使用人たちにも挨拶をしたいと言う。
その願いを聞き、凍り付いている使用人たちの部屋を回る。
リーゼさんは謝罪とどんなに苦しくても生き続けることを誓う。
そろそろクマバスに戻ろうとしたとき、「ボラードさん! リーゼちゃん!」玄関から2人を呼ぶ声が屋敷の中に響く。
わたしたちは急いで玄関に向かう。
玄関には漁師のバランさんがいた。
「ボラードさん、吹雪いてきた!」
そのバランさんの言葉にボラードさんは玄関の外に駆け出す。
わたしたちも続く。
「まさか、このタイミングでか!?」
ドアを開けると、外は雪が舞い、強い風が吹き出していた。
この短い時間で?
さっきまで、晴れていた。
吹雪く様子はなかった。
「早く馬車の方へ」
ドアを閉め、わたしたちはクマバスに向かって駆け出す。
階段を上って塀を越え、クマバスに戻ってくる。
「「くぅ〜ん」」
クマバスの中に入ると、くまゆるとくまきゅうが迎えてくれる。
「よかった。無事に戻って来たんだな」
「だが、どうする。時間が経てば、もっと酷くなる」
「どこかで吹雪が止まるのを待つか?」
「吹雪はどのくらい続くのじゃ?」
カガリさんが尋ねる。
話している間も吹雪は徐々に強くなっていく。
「短ければ一晩、長いと何日も続きます。わたしたちには、その判断ができません」
「鉱山以外で吹雪いた場合、どうしていた?」
いきなり吹雪くなら、鉱山にいないときもあったはずだ。
「海なら、洞窟があります。街にも避難所がいくつかあります。そこで、持ち歩いている火の魔石で、吹雪が収まるのを待ちます」
バランさんが魚を捕りに行っている場合も起きる可能性だってある。
そんな過酷な中、生きていた。
「吹雪は防げるかもしれないが、魔石だけじゃ寒いじゃろ」
確かにカガリさんの言う通り、氷の中では、火の魔石があったとしても体全体を温ませることはできない。
「それなら、このクマの中のほうがいいじゃろう」
「確かに、この中は寒くないですね」
寒い中のクマバスは初めてだけど、クマハウスと同様に寒さから守ってくれるみたいだ。
クマ装備を着ていると、その辺りのことは気づかないことが多い。
「それじゃ、吹雪が止むまで、この中で」
そう言おうとしたとき、バランさんが口を開く。
「嬢ちゃん。このクマの馬車は鉱山に戻ることは可能だろうか」
「バラン?」
バランさんの言葉にクマバスに乗っているみんなが驚く。
「大切な馬が小屋の中にいるんだ。早く戻ってやらないと。二度と魔物に殺させるわけにはいかない」
「バラン、おまえさんの気持ちは分かるが、この吹雪の中、移動するのは危険だ」
「親父」
全員、悲観そうな顔をしている。
みんな、馬を大切にしている。
「小屋の中だ。吹雪からは守れるだろう。魔物も現れないかもしれないし、見逃してくれるかもしれぬ」
「そうかもしれないが」
こればかりは、魔物しか分からないことだ。
「あのことが起きてから、小屋を補強した。無事なことを祈ろう。今は自分たちの身を守るのが優先だ」
誰しもが分かっている。
馬より、自分たちの身が大切なことは。
でも、馬になにかあれば、バランさんは悔やむだろう。
いや、バランさんだけじゃない。ここにいる全員が悔やむことになる。
わたし一人なら、吹雪の中でも大丈夫だ。
でも、みんなを残して行くのも不安はある。
もし、魔物やドラゴンが現れたとき、カガリさんとくまゆる、くまきゅうだけでは心配だ。
なら、方法は一つ。
「それじゃ、みんなで帰ろう」
それが一番いい。
「お主、可能なのか?」
「たぶん、大丈夫だと思うよ」
雪山の中、クマバスを走らせたことはないけど、こっちはチート魔法だ。
「嬢ちゃん本当に帰れるのか?」
「ただ、無理に動かすから、揺れの保証はしないけど」
「構わない」
「俺も大丈夫だ」
「嬢ちゃん、頼む」
「ユナさん、お願いできますか?」
誰一人、反対意見は出ない。
外は吹雪いている。
ほんの数分話していただけで、さっきよりも酷くなっている。
「たとえ、進むことができなくなっても、この中なら安全だから」
最悪、途中でクマハウスに駆け込む方法もある。
みんなから同意を得たので、わたしたちは鉱山に帰ることになった。
わたしは運転席に座り、クマバスを動かす。
【お知らせ】
イタリア・ミラノで開催されます、総合エンターテインメントの祭典
『Milan Games Week & Cartoomics』(11/24~26)にて、『くまクマ熊ベアー』のコミカライズ作者であるせるげい先生が呼ばれることになりました。
コミックPASH!編集部Twitter(X)アカントなどで、現場報告をしてくれるそうなので、Twitter(X)をフォローしていただければと思います。
作者もリポストする予定なので、作者のアカウントでも。
【お知らせ】
小説の更新日は日曜日、水曜日になります。
投稿ができない場合、あとがきなどに報告させていただきます。
アズメーカー様より、「アクリルキャラスタンド」「B2タペストリー」各2種、予約受付中です。
プリロール様より、くまクマ熊ベアーぱーんちのクリスマスケーキ2023が予約受付中です。
絵柄などは活動報告にてあげさせていただきましたので、よろしくお願いします。
くまクマ熊ベアーぱーんちBlu-ray&DVD、全3巻発売日中です。
最終刊には029先生全巻収納BOXも付いてきますので、よろしくお願いします。
奥飛騨クマ牧場とのコラボが2023年12月31日まで期間延長決定しました。
【発売予定表】
【フィギュア】
フィナ、ねんどろいど 2024年1月31日予定
KDcolle くまクマ熊ベアーぱーんち! ユナ 1/7スケール 2024年3月31日
グッドスマイルカンパニー、POP UP PARADE ユナ 発売中
【アニメ円盤】
1巻2023年7月26日発売
2巻2023年8月30日発売
3巻2023年9月27日発売
【書籍】
書籍20巻 2023年8月4日に発売しました。(次巻、20.5巻予定、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日発売予定。
コミカライズ外伝 1巻 2023年6月2日発売しました。
文庫版9巻 2023年12月1日発売予定。
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。