第243話:納得できない
動けるようになったので連載再開します。
どうでもいい情報。
男性はカテーテル装着中はエッチなことを考えないように、えらい目に遭いまし――すん。
あとカテーテルを抜くときの衝撃は、新しい扉が開きそうになります。
「もっと、もっと近くでよく見せてみよ!」
もはや興奮しているのを隠そうともせず、バリューがフランソワに催促する。普段は数十人もの奴隷が待機している広い室内も人払いをしており、今はバリューとフランソワを含めわずかな護衛のみであった。
「では――」
いつもと変わらぬ無表情のまま、フランソワがバリューのもとへ近づくのだが、その行く手を巨大な戦斧が遮った。
「ガレス様、これはなんの真似でしょうか」
その巨大な戦斧が纏う闘気や殺気だけで、並の者であれば腰でも抜かしそうなものであるが、フランソワは些かもたじろぐことなく、戦斧の持ち主であるウードン五騎士の一人『首切りガレス』へ視線を向ける。
「私がバリュー様の護衛をしている際は、不用意に近づかれては困る」
バリューとフランソワの間に戦斧を突き出したまま、ガレスは好戦的な目でフランソワを見下ろす。
ある高名な冒険者が『悪魔の牢獄』の下層で手に入れ、ウードン王国へ献上した天魔ゴルラァ・ヴァの戦斧、燃え盛る炎のような赤を基調とした鎧に黒のマントを羽織り、戦場で鍛え抜かれたその体躯はジョゼフに勝るとも劣らない。
まさに力を体現したかのような男であった。
事実、ガレスの全身からは絶えず抑えきれぬ。いや、まったく抑える気のない闘気が周囲へ放たれていた。
「バリュー様へ、私がなにかよからぬことをすると仰っているのでしょうか?」
ガレスが挑発するように闘気をフランソワに叩きつけるのだが、それを軽く受け流して問いかける。
「ふんっ。
薄汚いジャーダルク人が口を開くな。臭くてかなわんわ」
「これは『ウードン五騎士』と呼ばれる方とは思えぬ礼儀を欠いた言葉遣いですね。武を磨くのも結構ですが、礼儀作法も少しは学ばれた方がいいのでは?」
「イリガミットなどという、胡散臭い光の精霊を信仰している狂信者にどうこう言われたくはないわ!」
バリューは室内の空気が急激に重くなったかのように錯覚する。その原因は炎のような熱い殺気を放つガレスと氷のような冷たい殺気を放つフランソワの視線が互いに衝突してのものであった。
「東方の島国で井の中の蛙という言葉があるそうですが、まさにガレス様のことを言うのでしょう」
「ほう。
貴様ごときが『天下五剣』の言葉を知っているとはな」
「よろしければ教えて差し上げましょうか」
「面白い。
ジャーダルクの狗が、私になにを教えるというのだ」
両者が放つあまりにも強大な圧力に、本来バリューを守らなければいけないはずの護衛たちは、その側から動くことすらできずにいた。
その緊迫した雰囲気を打破したのは――
「やめぬかっ!」
バリューの一喝で、ガレスの全身から放たれていた闘気や殺気が霧散し、つまらなそうにため息をつく。そしてフランソワは無表情のまま、バリューに頭を下げた。
「私の配下であるお前たちが争ってどうする」
「バリュー様のためにも、ジャーダルクの狗は排除したほうがいいと私は判断しました」
「もうよい! 部屋の外で待っておれ」
「私が護衛をしなくても?」
ガレスがフランソワを見下ろしながら、バリューへ問いかける。
「この屋敷にいる限り。私に危害を加えることなど誰であろうとできぬわ」
ガレスが退出するのを見届けると、バリューはフランソワの方へ向き直る。
「あれの挑発に乗るな」
「申し訳ございません」
言葉とは裏腹にフランソワは無表情のままである。
「ジョゼフ・パル・ヨルム、今は貴族姓を剥奪されていたか。デリム帝国最強と謳われたジョゼフは、単独でBランクの迷宮を探索したことがあるそうだが、ガレスは暇つぶしにAランク迷宮『悪魔の牢獄』へ単身で潜るような戦闘狂だ。間違いなく『ウードン五騎士』で、いやウードン王国最強の男よ」
ジョゼフはBランク迷宮『腐界のエンリオ』を単独で探索したのではなく。最下層まで攻略したのだと、内心でフランソワは呟いた。それに、こちらから手を出さねば無害であるとはいえ、大賢者も控えているのになにをもってガレスがウードン王国最強と言っているのか、フランソワには理解できなかった。
しかし、バリューがなにかしらの思惑をもって、自分を引っ掛けようとしている可能性があるだけに、フランソワはそのことを口には出さない。
こんなたわいない会話でフランソワがバリューを警戒するのは、もともとフランソワがバリューへ近づいた際に、自らがジャーダルクの諜報員であることを明かすつもりなどなかったのだが、バリューはどこから知ったのか。フランソワがジャーダルクの華に属する諜報員、それも花びらであることを知っていたのだ。
さらに驚くことに、バリューはフランソワの正体をわかったうえで、自陣へ招き入れる。
傲慢で欲深い部分ばかりが目立つバリューだが、その実は狡猾な蛇のような男であった。
「私が負けるとでも?」
「そのようなくだらぬ話をしているのではない。私が言いたいのは――まあよい。
それより時知らずのアイテムポーチを――いや、その前に私が触れて大丈夫だろうな?」
全身に3級以上の、それも複数の身を護る装飾をこれでもかというほど身に着けておきながら、それでもなおバリューは用心深かった。
「ご安心ください。
バリュー様お抱えの錬金術師たちに調べさせ、いくつかの不明な機能が組み込まれているのは突き止めましたが、人に危害を加える類のものではないことはわかっております」
「その肝心の機能がわかっておらぬのか」
「魔力だけでなく、キーワードとなる呪文が必要のようです。
現時点で判明しているのは、時知らずのアイテムポーチに使われている素材は特別な物ではなく。通常のベナントスの胃袋、それにスキル『錬金術』そして――」
「『時空魔法』か」
「そのとおりでございます」
フランソワの説明を補足するようにバリューが呟く。ユウが所有する時知らずのアイテムポーチが、その数の多さから迷宮などで入手した物ではなく。何者かが製作したであろうことは予想していた。また、その製作には『時空魔法』が必要なことも。
「ふは……ふははっ!! そうか!! では予想通り、ユウ・サトウに協力する高位の錬金術師、そして『時空魔法』の使い手がいるのだな!!
わははははーっ!! これでっ!! 時知らずのアイテムポーチの複製が夢物語などではなく実現可能であることがほぼ間違いないのだなっ!!」
バリューはフランソワから魚の刺繍が施されたアイテムポーチを受け取ると、掲げながら上機嫌になる。
「バリュー様、おめでとうございます。
ですが、ユウ・サトウに時知らずのアイテムポーチを製作する協力者などはいません」
「なに? それはどういうことだ」
「時知らずのアイテムポーチを製作しているのは、十中八九ユウ・サトウです」
「バカなことを申すな。
よいか? 錬金術ギルドが秘匿している通常のアイテムポーチの製作ですら、布袋やベナントスの胃袋にLV3の『錬金術』スキルが、等級が上がればLV5以上の『錬金術』スキルを持つ高位の錬金術師でやっと製作できるのだぞ。それをたった一人で、しかも時知らずのアイテムポーチを製作するなど。
そもそも、あの者が就いているジョブは『魔法戦士』『付与士』『剣聖』と言ったのは、お主ではないか」
先ほどまで上機嫌であったバリューが途端に不機嫌になって、フランソワへ訝しげな視線を向ける。
「嘘ではありません。
時知らずのアイテムポーチの情報をもたらした内通者からの報告です。さすがにスキルレベルまではわからないようですが、ユウ・サトウが『錬金術』『時空魔法』のスキルを所持しているのは間違いないようです。
その証拠に、私の配下が屋敷を監視しているのですが、外に出た様子もないにもかかわらずサトウたちが今朝になって王都に姿を現しました」
「なにっ!? 都市カマーから王都までは、馬車で順調に進めたとしても五日はかかる」
「その件でご報告があります。
宿に入ったサトウたちですが、どうやらユウ・サトウは単独で行動している模様でスラム街を担当するローレンスの者たちが、すでに数十人ほど殺されています」
フランソワの報告にバリューは深い笑みを浮かべる。
「それは結構」
「放っておいてよろしいので?」
「いくらでも替えが利く塵どもをわざわざ処分してくれているのだ。感謝してもいいくらいだ。なんなら、どこぞの弱小貴族でもぶつけて殺させるのもいいかもしれんな。
ふははっ。まあ慌てる必要はない。王都に入ったのならどうとでもなる。
それと今宵の夜会の準備は万全だろうな?」
「はい。すべて抜かりなく」
フランソワの返事に満足そうに頷きながらバリューは椅子に腰掛けると、思い出したかのように紙とペンを取り出す。
「フランソワ、今から紹介状を用意する。悪いが報酬と一緒に『龍の牙』のもとへ持っていってくれるか」
「後日でよろしいのでは? バリュー様が急いで紹介状を書く必要はないかと」
「そうもいかん。
冒険者などというスラム街に巣食うゴロツキどもと変わらぬような塵が約束を守ったのだ。尊き血が流れる私が約束を違えるわけにはいかんのだ」
そう言うと、バリューは自分の派閥の貴族や錬金術ギルド、鍛冶屋ギルド、商人ギルドなど、有力者たちへの紹介状を書くのであった。
王都テンカッシの富裕層エリアにある『龍の牙』クランのアジトに、フランソワが時知らずのアイテムポーチを入手した報酬、百億マドカとバリュー財務大臣の直筆である紹介状を持参して訪れたのはつい一時間ほど前のことであった。
莫大な報酬金に今回の一番の目的であったバリュー財務大臣の後ろ盾を得て、『龍の牙』クラン員たちが勝利に酔いしれているかというと――
「ふざけんじゃねえぞ!!」
「そうだ! 我慢できるかっ!!」
「俺も納得できません!」
室内に怒号が響き渡った。
「あいつらは、なにライナルトさんに突っかかってんだ?」
「ほら、あいつらはキリンギリンやドミニクのパーティーと組んだことがある連中だからさ」
「なるほどね。
今回のライナルトさんの決定に納得できないってことか」
フランソワから受け取った報酬の勘定をしていた者たちが、ライナルトへ詰め寄る仲間たちの気持ちがわかるだけに、困ったように顔を見合わせる。
「ふざけてもいないし、俺の決定は変わらない。目的を達成した以上、『ネームレス』に手を出す必要はない」
「ドミニクが死んだんだぞ! 連絡の取れなくなっているキリンギリンたちだって死んでる確率のほうが高い!」
「仲間がこれだけ死んでるってのに『ネームレス』への報復をしないってのは、おかしいだろうがっ!!」
「そうですよっ! これじゃあドミニクさんたちも浮かばれません!! 『龍の牙』の総力をもって『ネームレス』を叩き潰すべきですよ!!」
怒気を超え、殺気すら漂わせる十数人のクラン員に詰め寄られても、ライナルトは決定を変えるつもりは微塵もなかった。
「俺の決定が不服か?」
「当たり前だっ!!」
「俺たちは、『龍の牙』は、なんのためにウードン王国に進出したのかを忘れたのか?」
「そ、それは……」
ライナルトの問いかけに、声を荒らげていた者たちが静まり返っていく。
「『龍の旅団』をレーム大陸一のクランにするためじゃないのか? そのために五つの下部クランが、五大国に進出して勢力を拡大している最中じゃないのか?
俺が任せられた『龍の牙』はウードン王国を、そのためにもっとも強大な権力を誇るバリュー財務大臣に後ろ盾になってもらう必要があった。当然、犠牲は覚悟の上でドミニクやキリンギリンたちも納得して動いていた。
仮に『ネームレス』と争って、さらなる犠牲者を出しながら皆殺しにしてドミニクたちが喜ぶのか?」
「ぐっ……。それは……」
「だからって……このまま」
「俺が言っていることはおかしいか? 反論があるなら言ってみろ」
頭ではわかっていても納得できないものは納得できないと、ライナルトを睨みつけることで精一杯の抗議をしていたそのとき――
「取り込み中みたいだけど、失礼するわよ」
一人の女性が部屋に入ってくる。
「ちわっす!!」
「うっす!!」
「ざっす!!」
その姿を見るなり、一斉に皆が挨拶し始める。
「やめなさい。私たちはマフィアじゃないのよ」
緩やかなウェーブのかかった長い栗毛色の髪をなびかせ、黒色のとんがり帽子を被った紫色のローブにマントを羽織った典型的な後衛職の女性は、迷惑そうに眉をひそめる。
「マ、マティルデさんっ」
「お邪魔だったかしら?」
「いえ……。おい、お前ら行くぞっ」
妖艶な笑みを浮かべるマティルデの目から逃げるように、ライナルトを囲んでいた者たちは部屋から出ていく。
「ライナルト、あなたはもう少し人の気持ちを理解する必要があるようね」
「なにしに来た」
愛想の欠片もないライナルトの態度に、マティルデは小さなため息をつく。
「同じAランクなのに、私だけクランを任せてもらってないから暇なのよ」
今度はライナルトがため息をつく。
「――っていうのは冗談で、レオから伝言を預かってるわ」
「盟主から? それを先に言え」
手のひらを返したかのようなライナルトの態度の変化に、マティルデは今度は大きなため息をついた。
「負けるから『ネームレス』とは争わないように、とのことよ」
ライナルトとマティルダの会話に、聞き耳を立てていた『龍の牙』の者たちがざわついた。
『龍の旅団』の盟主であるレオバニールムが、『ネームレス』みたいな弱小クランの存在を知っていたことに驚いたのだが、それ以上に争えば『龍の牙』が負けると、わざわざAランク冒険者であるマティルデに伝言を頼んだことが信じられなかったのだ。
「もとより『ネームレス』と争うつもりはない。他になにか言っていたか?」
「それだけよ。
あとはいつもと同じよ。箱庭から出た~いってぼやいてるわ」
ソファーに腰掛けると、マティルデはつまらなそうに帽子のつばを指で弾いた。
「その夢もやがて実現する。
五大国の冒険者たちを牛耳れば、その数は万を超える。そうなれば『龍の旅団』に指図できる国なんて、それこそ五大国といえども無理だろう。国という枠組みから、箱庭から自由になれるんだ」
自分の言葉に酔うかのように、ライナルトの声には熱が篭っていた。
「それよ」
「なにがだ?」
「前から私たちはレオの箱庭から出たいって言葉を、国に束縛されず、思うがまま自由に生きることだって思ってたけど、本当にそうなのかしら?」
人差し指をクルクル回しながらマティルデがライナルトへ問いかける。
「なにをバカなことを言っている。
それよりこのあと、『龍の牙』の傘下を希望する中小クランと会談がある。お前も参加しろ」
「やーよ。めんどくさい」
「性格はともかく、見た目だけはいいお前が役に立てるんだ。文句を言うな。
今までは出遅れていたが、これからは忙しくなるぞ。バリュー財務大臣の後ろ盾を得たからには、大手クランとの交渉もしやすくなる。最初は対等の同盟関係を築き、やがては『龍の牙』が主導権を握る。
そのためにも多くの支援者や権力者たちとの繋がりが必要だが、さすがはバリュー財務大臣だ。紹介状に名を連ねるのは、どれも有力者ばかりだ」
テーブルの上に並べられた紹介状に、マティルデが目を通していく。
「肝心のテンカッシ冒険者ギルド長の紹介状はないのね」
「カールハインツ・アンガーミュラーは、ただの冒険者ギルド長ではない。レーム大陸にあるすべての冒険者ギルドのトップだ。さしものバリュー財務大臣でも、おいそれと話し合いの場を設けることはできないようだ」
「そう。噂ほどバリューって貴族も大したことないのね」
「ぶつくさ言ってないで着替えろ」
「私はさっき着いたばかりなのよ。会談用の服なんて用意できるわけないでしょうに」
「相変わらずうるさい女だ。
ここは王都だ。そこらの店で適当に買えばいい」
「人の気持ちを理解する前に、女の扱いを学ぶべきね」
無神経なライナルトに対して、マティルデの頭が痛くなってきたのは勘違いではないだろう。