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パーティーの当日は学校から帰るとすぐさまヘアサロンに直行させられ、ヘアセットとメイクを施された。そしてそのままお母様とパーティー会場のあるホテルへ向かう。お父様達は仕事が終わった後こちらに来るので、それまでは控え室でサンドウィッチを摘まみながらテスト勉強でもするか。ドレスは皺になっちゃうといけないので、ギリギリまで着ない。今はゆったりワンピースだ。このハムサンド、おいしいな。
「麗華さん、あまり食べないで。ドレスが入らなくなるわよ」
はーい…。
今回のパーティーは吉祥院家にとって大きなパーティーだというのは本当のようで、親戚筋の璃々奈まで駆り出されている。お互い期末テストも間近だというのに、家の都合で勉強時間が削られてつらいねー。でも璃々奈って私より成績いいんだよね。あとで勉強法を聞いてみよう。
一応会長の娘とはいえ、高校生だし跡継ぎでもないので、所詮今日のパーティーでは添え物みたいなものだ。ひたすらニコニコとお父様達の横で笑っておく。
しばらくするとお父様は同じような立場のおじ様方と、お母様は親しいマダム達に囲まれはじめたので、少し輪から外れて誰かいないかと会場を彷徨ってみた。お兄様はとっくの昔に結婚相手の座を狙うご令嬢達に捕獲されてしまっている。お兄様、ご武運を。
声を掛けてくる方々に笑顔を振り撒きながら歩いていると、断食プランで知り合った成冨耀美さんを見つけた。
「耀美さん」
「あ、麗華さん」
ちょっぴりふくふくとした耀美さんは、一緒にいるとほわんとした安心感があるなぁ。
「本日はお招きいただいてありがとうございます」
「こちらこそお忙しい中いらしてくださって、ありがとうございます」
耀美さんは手に料理を持っていた。私の視線に気づいたのか、「ここのお料理はとてもおいしいですね。つい食べ過ぎてしまいそう…」と、耀美さんは恥ずかしそうに笑った。
「まぁ、気に入っていただけて良かったですわ」
私は常々お父様に、パーティーでは料理に一番力を入れろと言っているのだ。企業のパーティーなんてただでさえ退屈なんだから、料理くらいおいしくなくてどうする。ついでに社員食堂も充実させた。食で社員のモチベーションを上げ、没落回避を目指すのだ!小さなことからコツコツと。
「麗華さんは召し上がらないの?」
「ええ、私はあとで…」
そうなのだ。せっかくのおいしいお料理も、こういったパーティーでパクパク食べるのは実際にはお嬢様にはなかなか難しい。グロスが取れるのも気になるし、あまり食べ過ぎるとおなかが出てドレスのラインにひびく。それに私の場合、粗忽者なので万が一ドレスにソースをこぼしたりしたら怖いしね。
でもしっかり持って帰るお料理はキープしてあるから、帰ったら食べるんだ~。
耀美さんはおいしそうにホタテのムニエルを食べている。それもおいしそうだな。テイクアウトするメニューに入っていたかしら?
その時私達の横を数人の男性が通り過ぎた。
「やっぱりデブはよく食うな」
そして、それに続く仲間達の笑い声。耀美さんの顔色がサッと変わった。
なんて連中だ、許せない!
私はそいつらの後を追おうと一歩踏み出したが、耀美さんに止められてしまった。
「耀美さん?」
「いいの、麗華さん」
「でも」
耀美さんは弱々しい笑顔で首を横に振った。「私が太っているのは本当のことだから…」
なにを言っているんだ。そんなことは関係ない。あんな無神経なことを言う連中には天罰を下さねば!
大丈夫ですよ、耀美さん。心配しなくても「失礼なことを言ったのを、耀美さんに謝りなさい!」なんて、やりませんから。そんなことをしたって、あのバカ男は口先だけの謝罪で反省なんてしないだろうし、耀美さんが晒し者になってさらに傷つくだけなのはわかっています。
姑息には姑息を。
あのバカ男のズボンのお尻に、後ろからデミグラスソースをピッとひっかけてきてやる。その後の「あら?なんだか、変な臭いが…」という呟き付きでな!う○こたれの汚名を着て、世間に大恥を晒すがいいわ!うけーっけっけっけっけっ!
「私、少し化粧を直してきますね…」
耀美さんが空いたお皿を置いて会場を出て行くのを見送って、私も報復の旅に出た。
旅から帰ると伊万里様が私に手を振っていた。
「伊万里様!」
「こんばんは、麗華ちゃん」
あぁ、今日も伊万里様は大人の魅力ダダ漏れでございます。
「今日はワインレッドのドレスで、いつもより大人っぽく見えるね。思わず見惚れちゃたよ。まるで薔薇の妖精みたいだ」
はうっ!心に魅了の矢が!
でも小さい頃から伊万里様を知っている私には耐性がある!
伊万里様は私のドレスと同じ色のノンアルコールワインを選んで、私に手渡した。モテ男は気配りが行き届いている。
伊万里様とお兄様の話などをした後、私は一番聞きたかった話に触れた。
「ところで伊万里様、女性に刺されたという話は本当でしょうか」
「えっ!麗華ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?!貴輝から聞いた?」
「風の噂です」
盗み聞きとは言いません。
「いやぁ、まさか麗華ちゃんに知られるとは。でも刺されるなんて大げさな話じゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。刃物を持った女性と揉みあいになって、左の手のひらを少し切られただけ。ほら、これ。おかげで手相が変わっちゃったんだよねー」
そう言って見せてくれた手のひらには、なるほど横に白い傷跡がある。
しかし刺されたんじゃなくて切られただけ、ってどっちにしろ刃傷沙汰じゃないか。伊万里様の私生活っていったい…。
あれ?そういえば伊万里様って…。
「伊万里様は確か、瑞鸞の高等科時代はバスケ部ではありませんでした?」
「おぉ、よく覚えてるね~。そうだよ、俺、バスケ部。懐かしいなー」
なんと!瑞鸞のバスケ部は女癖の悪い人間の巣窟か?!
瑞鸞学院男子バスケットボール部。別名カサノヴァ村と命名。恋愛ぼっち村の敵村である。
「麗華さん!」
それからも伊万里様といろいろと話しているところへ、璃々奈が小走りでやってきた。
「あら、璃々奈」
「久しぶり、璃々奈ちゃん」
「ごきげんよう、伊万里様。もうっ、お母様がなかなか離してくれないんだもの!」
璃々奈はぷりぷりと怒りながら給仕さんから飲み物を受け取ると、一口飲んではあっと息を吐いた。
「それはお疲れ様」
「璃々奈ちゃん、今夜はほのかに百合の香水の香りがするね。璃々奈ちゃんの名前にぴったりだし、今日のドレスとも合っていて、とても素敵だよ」
なんと!カサノヴァ村長は女性の香水の香りを嗅ぎ分けるスキルも持っているらしい。さすがだ。
璃々奈も「どうも…」とか言いながら、口角が嬉しさにぴくぴくしている。機嫌はすっかり直ったようだ。伊万里様はいつか本当に刺されると思う。
耀美さんが戻ってきたのが見えたので、合図をした。耀美さん、大丈夫かな。もしかしたら化粧室で泣いていたのかもしれない…。
耀美さんは微笑みながらやってきたが、私の隣に伊万里様が立っていたのでぎょっとしたようだ。
「耀美さん。ご存知かと思いますがこちらは桃園伊万里様ですわ。兄の昔からのお友達ですの。伊万里様、私がお世話になっている成冨耀美さんです。それとこの子は従妹の古東璃々奈です」
「あ、あの、初めまして。成冨耀美と申します…」
「初めまして。麗華ちゃんにこんな愛らしいお友達がいたなんて知らなかったな。“あきみ”という名前の漢字はどう書くんですか?」
「あ、あの美しく耀くという字で…」
「あぁ、なるほど。貴女にぴったりだ。ではその耀美さんの名前にふさわしい、太陽のお酒を注文しよう」
耀美さんは顔を真っ赤にしてあたふたしている。さもありなん。カサノヴァ村長、私には貴方の私生活が目に見えるよ…。まぁ、耀美さんが元気になったのならそれでいいけど。
耀美さんはすっかり伊万里様にポーッとなってしまっている。まずい。耀美さん、その人だけはダメですよ~。
「こんばんは、吉祥院さん」
そこに今度は鏑木と円城までやってきた。うへぇ~…。
あ、きらきらしい男子3人を前に、耀美さんのメーターが限界値を超えそうだ。頑張れ、耀美さん!