第6話「獣人族の娘たちを愛でたい」
次は剣術の試験場から少し離れたところで武術の試験が開かれるようだったので、早速行ってみた。
予想通り、普通の人間の姿はあまり見られない。ほとんどが獣人だった。
確かに体術と言えば、獣人が圧倒的だ。普通の人間では、大の大人でも子供の獣人に力負けしてもおかしくない。
そして獣人たちは血気盛んなだけあって、試験前から喧嘩している者たちまでいる始末だ。誰もそれを止めないどころか囃し立てる者までいる。
「獣人かぁ。まともに殴り合いなんてしたことないんだよね。強いのかな?」
『身体能力だけならとても。獣人は魔術を扱えませんが、それを補って余りあるほどの強さです。私も学園で学んでいた頃は獣人の身体能力の高さに舌を巻いたことがあります。懐かしゅうございます』
レナは元勇者だ。そんな彼女がここまで言うからには、それ相応の力を持つ者もいるんだろう。
周囲を見回しながらそんなことを考えていた矢先、ちょっと不思議なものを見た。
白い。
そうとしか表現出来ないほど、その娘は白かった。
恐らくは狼の獣人を思わせる両の耳から、長く伸ばした髪に袖のない衣服から剥き出しになっている両の腕の素肌に至るまで何もかもが白い。
長い睫毛も白くて長く――その爛々(らんらん)と輝く魔族のように赤い瞳以外は、まるで新雪を思わせるような美少女だった。
明らかに他から浮いている。女性の獣人もそこそこいるけど、ほとんどは筋骨隆々とした者たちばかりだから尚更。
あまりの美しさと場違いさを感じて、吸い込まれるように視線を注いでしまう。それは周りの者たちも同様だった。
『あら、なんだか雪のように真っ白い方がいらっしゃいますね。先天的なものでしょうか』
「かもしれないね。うん……綺麗だなぁ」
切れ長の瞳を俯かせて、どこか憂いを帯びた表情をしているのがまた絵になる。まるで芸術品だ。
そんな彼女は長い髪を掻き上げてから、感情の薄い瞳を周囲に向けて、ぴったりと僕を見つめた。もちろん僕は見つめ返した。
いいな。素晴らしい。帝国の調査が終わったら、テネブラエに連れて帰りたいくらいだ。
僕の想いが届いたのか、少女は優雅な仕草で迷うことなく僕に近付いてきた。平均より少し低い背丈の彼女は僕の目の前にやってきてから、その赤い瞳で僕を見上げて言った。
「そんなに欲望に滾った目でじろじろ見ないでくれる? 八つ裂きにされたいの?」
どうやら儚げな印象とは違い、彼女も紛れもなく獣人らしい。というか獣人でもここまで喧嘩っ早い者はなかなかいないんじゃないだろうか。
「ごめん。あんまりにも綺麗だったからさ」
「不快なんだけれど。低俗な雄が私を視姦するだなんて万死に値するわ」
そんなことしてないよ。愛でてただけだよ。
うん、でも見た目の儚さとは相反するこの気高いとかいう次元を超えた傲慢さ。悪くない。こういう女は好きだ。自分の色に染めてやるのが堪らない。かつての僕の最愛の妻たちみたいに。
ここが人目のある場所だったのは幸いだったのか、残念だったのか。本気でそんなくだらないことを悩んでいた時。
「このバカ者ー!!」
突然乱入してきた少女が飛び蹴りをかまし、『きゃうん!?』と鳴いて白い少女が吹っ飛んだ。
華麗に着地した少女は地面に倒れ伏す真っ白な少女の身体を足で踏む。白い少女は嬉しそうに喘いだ。
「シャウラ! 余が目を離した隙にまた男に難癖をつけたな!? この痴れ者が! 恥を知れ!」
「だ、だって、その男があんまりにも私をじろじろって見るからぁ……。気持ち悪いのは嫌なの!!」
「見られて減るもんでもなかろう! この自意識過剰の阿呆め!」
「あぁん、素敵! ねえねえ、ロカぁ、もっと罵ってぇ!」
シャウラと呼ばれた狼少女が、ロカと呼ばれた少女――狐か何かの獣人に見える――に抱きついた。
「ええい離れよ、この痴女が!!」
すっぱーん!
ロカの腰のあたりから生えている自分の背丈ほどもある長い尻尾がシャウラの頭をぶっ叩いた。
「ふぅ……まったく。これだから変態は困るのだ。余の名に傷がつくではないか」
倒れて悶絶しているシャウラを蹴飛ばしたロカは、はっと我に返ったようになって僕を見つめてきた。
「こほん……余の部下が大変な失礼をした。だが、ここは余の顔に免じて許して欲しい」
「う、うん。別にいいんだけど」
随分上から目線だなぁ。白い娘の方は部下と言ってるし、もしかして貴族か何かなんだろうか。
「余の名はロカ! そしてここに転がっている白いのはシャウラという」
ロカと名乗る少女の長い耳と長い尻尾は黄金色に輝いている。ゆったりとした服装は獣人族の婦人が着るものだったような気がする。
彼女の瞳は金色に輝いていてこれもまた美しかった。獣人の美少女が2人か。いいね、目の保養になる。
「僕はテオドール。よろしくね」
「うむ、よろしくされようぞ!」
手を差し出すとロカがぐっと握ってきてぶんぶんと乱暴な握手をする。すかさずシャウラが睨んできた。
「ちょっとそこの変態!! 私のロカに触れないで!!」
「誰がお前のものか!」
「あん!」
すっぱーん!
容赦のない尻尾が首筋を叩く。シャウラは喘ぎ声を上げてまた昏倒した。
「すまんな、あいつは男嫌いだが女は大の好物という変わった奴なのだ。どうか気にしないでくれ」
「そ、そうなんだ。ところで君たちも入学希望者なの?」
「いかにも! ルーガルの地から遠路はるばるやってきたのだ! こう見えても体術は得意なのだぞ!」
ルーガルというのは獣人族の住まう国で、このエルベリア帝国のちょうど東側にある大国だ。
「テオ、と言ったか? お前も入学希望者なのだな?」
「うん。特待生枠に入りたいから体術の試験も受けるつもりなんだ」
「とくたいせー……何だ、それは?」
「何だったかな? 凄い奴だよ確か」
「ほほー。そんなものがあったのか。知らなんだ」
『ルシファーさま。軍部の将校になるために有利に働く枠のことです。勇者を目指す者なら尚のこと」
レナが耳打ちしてくれる。そういえば、そんなものだったような気がする。
「ふむ。まあそのとくたいせーとかいうのはよくわからんが、要はこの場にいる者を全員ボコボコにすれば良いのであろう? お手のものだ!」
「凄い自信だね。頑張って」
「うむ、頑張るぞ! しかしテオにはシャウラが迷惑をかけたからな……ボコボコにするのは後にしてやろう」
「あはは、楽しみにしてるよ」
「では、また後でな!」
ロカは元気よく手を振ると、まだ地面に転がっていたシャウラを無理やり引き摺ってさっさと会場の奥へと行ってしまった。
『何だか騒がしい方々でしたね』
「そうだね。でも、レナは気付いたかな? あのロカっていう子」
『はい。あの尻尾の一撃……常人であれば、簡単に首の骨が折れています。流石は獣人と言ったところでしょうか。お二人からわずかながらに神々しい気配も感じたので、神使のようにも思えますが』
何だか色々と凄いものを見せられた気がする。
大丈夫かな、僕の身体。多分あの子とは後で当たると思うんだよね。一応警戒はしないと。