24−2
「で」
「うん」
「聞きたい事が、そりゃあもう、沢山あるんですけど」
ステラティア王国、リセルティア。そんな小都市の広場から、消失魔法とおぼしき俗に言う“転移魔法”で、大陸の南方に位置すると記されていた、油に浮いたドーナツのような円状のとある諸島。その1つ島に抱かれる【境界の森(リメス・フルール)】なるダンジョンに、どうやら私はレックスさんと共に“飛んできた”らしい。
「ベルが、できれば誰も居ない場所に籠りたい、と言うから」
そうして微笑を浮かべつつ、真向いに座る美形な人は「それにしても、境界の森を知っていた事に驚いたぞ」と。あぁ、それは数年前、帝都の端の古本屋で見つけた“ダンジョン録”なる怪しい書物に、その名前が記してあった、と。こちらも知識の出所を提示しての話し口である。
「えぇ〜と…確かに私、そう言いましたけど……」
「ここなら暫く誰も来ないだろうしな。潮の流れを読む能力と、類い稀なる幸運を宿していても、入り口だ」
言いながら、ふと彼は入り口だろうそちらを向いて、如何にも涼しげに微笑むのだが。
「確かに、暫く誰も辿り着けないような土地ですからね。………その言い方だと、つまり此処って、境界の森の中でも“奥の方”———です?」
「相変わらず勘が良い。エンカウントはしにくいが、150に近い魔物が何体か。その辺をウロウロしているようだ」
「っ!!」
そりゃあ、私とて息をのむ。息くらい普通にのむさ。だって、トゥルリス・ポーダで出会った塔の怒り(イーラ)LV. 120など、軽く、目じゃない、って域なのだから。
と、いうか、そもそもこのダンジョン。入り口からレベル100越えの、トンデモダンジョンなのである。だから三千年くらい誰も入って居ないというのは、どんなに怪しい古書であろうと、ある程度は納得できた。なんでこんなガイドブックが帝都の隅の書店にあるのか、果てしない謎は残ったがな、と。当時をさりげに思い出しては、感傷めいた気持ちが浮かぶ。
少し前、トゥルリス・ポーダでフィールくんのパーティに心の中で語ったように、勇者みたいな限界突破を易々と行えそうな人達でもない限り、挑む事は不可能じゃない?と思った話でもあった。逆に、フィールくんのパーティみたく、幾つかの種族の頂点に立つ、そんな人達の寄せ集めなら“可能かもしれない”話であって。まぁ、彼らが万に一つで挑む気になったとしても、最大の問題は舟の調達かなぁ?とも。あ、でも、あそこは確か竜王さまがいらっしゃるから、飛んでくるのは簡単か…とも、ぼんやり思う。
とにかくグルグル、グルグル考え、落ち着く為の呼吸を一つ。
転移場所から目と鼻の先にある、石積みの家屋を見遣り、レックスさんが“生活魔法”と言えそうな何かで以て、ぱぱっと居住空間を清掃したそこへ。少しお尻はひんやりするが、石で出来た机と椅子な備え付けの家具を見て取り、どちらともなく腰を下ろしてお茶を出しながら小会議である。
第一の議題、レックスさんが魔法発動の適正を実は所持していた事は、転移魔法とお掃除魔法をハッキリこの目で見てしまったため、私の中では揺るぎない真実として処理された。
加えて、聞いてはいない訳だが【境界の森】に移動したのは、私が引き籠もりたい…と言ったためという理由だった、と。気まずいながらも処理された。
——これってつまり、自分のせいか。元を辿れば、自分のせいか。自分のせいで、此処なのか……。
と、内心、沈(チーン)と凹んだが。ま、まぁいいか。誰も居ないし。誰も来ないし。100越えだし、と。何かがプツッと切れたあたりで、隠遁生活万歳だ!と。それこそ誰かに向けて振るでもない心の両手を、誰にも見えないだろうから、と堂々と広げてみせた。
そこでフと、窓枠の無い広い石窓の外を見て。そよそよとした緩やかな風と、温暖だと思える気候、ダンジョンの中だというのに、平和過ぎる光景の庭に。
「此処ってモンスターの湧きがない、セーフティ・エリアってやつですか?」
と、何気なしに問い掛けて。
「あぁ。そうだな」
何でもないよう、答えを戻してくれたお人に、スと背筋を伸ばしつつ改めて向き直る。
「えぇと……聞きにくい事、ズバッと聞いてしまってもいいですか?」
レックスさんは口を付けていたカップを静かに戻し。
「なんでもいいぞ」
と、艶やかな笑みを惜しみなく零してみせた。
——言ったな。今、なんでもいい、とか言ってしまいましたよね。
心の中で念を押し、じゃあ遠慮なく、と意気を負う。
ちょっと私も頭の中がまだ混乱しているが、彼は“使えない”と目されていた魔法を片手間に発動せしめ、あれほどの魔力量をその身に宿していた訳だ。
それに加えてこの時代、誰も使えない消失魔法、空間転移をいとも容易く発現してみせた。
しかも、その移動先がレベル100越えダンジョンの中、三千年ほど誰も来てない、海を渡った諸島の最中(さなか)。どうしてそんな法外な魔法が使えるのかも大事だが、どうしてこんな非現実的なダンジョンの内部に位置する、セーフティ・エリアというのを“知っていた”のか———甚だ疑問だ。
私は、遠慮なく、と思いつつ、じっと相手を見定めて、最後の迷いを取り払う。
「レックスさん」
「あぁ」
「貴方……貴方は、“誰”ですか———?」
言いながらふと浮かぶのは、私達の過去の会話だ。
『“大賢者(アリアス)の塔”の隠し部屋の一つに、他者のステータスを視覚化する恩恵(ギフト)を得られる部屋がある。昔、挑んだ時に偶然それを見つけてな。手に入れたという訳だ』
『そうなんですか。アリアスの塔にそんな仕掛けが…。もうびっくりでしたよ、まさかレックスさんまで実は勇者とか言うんじゃなかろうな、とか』
『あぁ、それはあり得ない話だな』
彼はあの時、自身の勇者職の可能性を、あっさり否定した筈だった。
それに加えて例のひとこま。
『魔法は使わないんですか?』
『魔法はな……』
『……魔法無しで上位者ですか』
『ん?』
『実は、レックスさんが冒険者ギルドの位持ちだと聞きまして。魔法を使わずそこまで登り詰めるって、ある意味キセキかと』
『さすがに奇蹟は言い過ぎだろう』
彼はあの時、魔法発動の適正を濁したが、冒険者ギルドにその可能性を悟らせないくらいには、徹底して魔法の使用を隠し通した筈なのである。
冒険者ギルドの“位持ち”になるというのはそういう事だ。冒険者ギルドにおいて登り詰める者というのは、独特の感性を持つ者が多いのだけど、ランキングで第何位、と名を記されるくらいになると、仕事の信用だとか“ひととなり”みたいなものも考査に含まれるようになる…そうである。噂では他の位持ちに観察依頼がでるだとか、で。信憑性を半分程度取り去った目で見ても、有名になればそれだけの人の目が向くという事だから、やはりそう一筋縄では他者を騙せないだろう、という。
だから、正直それでも考えにくい事ではあるが、彼は魔法発動の適正をもってして、敢えて物理攻撃一筋で“位持ち”まで行ったのだろう、な。愛嬌を込めた侮蔑で言うなら、変態だな…(・ω・)b、の一言に尽きる。
『俺の知力は75で、幸運値は40だ』
『むしろ私の方が意外です。レックスさんこそもっと運が高いと思ってました』
『光草探しの依頼のときに“運が悪い”と言っただろう?』
『あー、そういえばそんな気が』
それにつき、ステータスが“普通”であるのが、どこか解せない点である。
知力がやや高い気もするが、単純に考えて。この世界の住人が、魔法発動の適正をもってしての物理攻撃押しで、なぜステータスが“普通”に収まっているのだろう。知力と幸運値というたった2つの数値のみ、それで全てを推し量れるなど思うでない!と怒られそうだが、だからこそ隠されたステータスのいずこかに“普通じゃない”数値や文字が刻まれているんじゃないか?と。
『そういうレックスさんは何歳ですか?とても20代には見えないですが』
『いきなり直球で、しかも言外に老けていると言ってきたな?…気分的には24で止まったが。そうだな……実年齢は秘密にしよう。まぁ当然、東の勇者よりは年上だ』
特にこれ。
今も見た目は二十代後半か三十代だが、実はもっと年上だったりするんじゃないの?という憶測だ。
あの時、するりと“長命種”という言葉が口からでた通り、彼こそそんな“永き血潮”を宿しているって話じゃないか?と。この世界では鍛えただけ強くなれる要素があるのだ。それなら只人じゃ考えられない永きにわたる時間というのを、ステータス上昇に充てていたとして不思議ではない。それ故の知力の高さと、ある意味、独立した個人の幸運値(ラック)。なんて無理のない話だろう、と私は内心晴れやかだ。
だから。
貴方は、“誰”ですか———?
という、質問も絶妙である。
ほんとは、貴方は“何”ですか———? “何”の種族に属してますか———?と、問い掛けるのがいいのだろうが、貴方何なの!?というよりは、貴方誰なの!?と問うた方が印象がいいかなぁ、という。ほんの些細な気遣いだった。
そんな私の予想に反し。
否、私の想像以上に。
『誰———?』
と聞かれたレックスさんは色香を讃えた微笑を浮かべ。
——あ。何か、正解だった?(・・;)
と、何処が“当たった”か分からないままの私をさらりと惑わしながら。
「一つ前は賢者をしていた。名を“偽名(アリアス)”。戯れに始めた事だ。一つの時代の崩壊を終えて、荒廃していた“世界”から、自分の記録を消してみたなら、後の世はどうなるのだろう———?と。単純に、そう思っての遊行だったな」
「……え」
「随分前だが、覚えているか?ベルがあの時ファントム・タウンで、呟いた言葉なんだが」
覚えているか?に、うん?となり、ここでは一先ず先を促す。
実際、何を言ったかなんて、すぐに思い出せるほど、私の頭は冴えてなかった。
レックスさんはとりたてて表情に変化を見せずに、惚け顔をしている顔で粗方理解したのか。
「その姿は“まるで魔王みたいだ”……と」
そんな風に、微笑に微笑を重ねて囁いた。
言われて脳裏に浮かぶのは、その時の会話の端だ。
『いや、他意は無いんです。無いんですけど、そういう衣装を素でかっこいい男の人が着ちゃうとですね。鎌持ちで死神も素敵なところなんですが、まるで魔王みたいだなって』
「こちらが、“魔王”?と返した声に、魔種の王で、魔王だと」
『えぇと…そうですねぇ。魔種のヒエラルキーの頂点に立つ人って感じですかね。だから魔種の王様で魔王、みたいな。尤も、空想上の人物ですけど』
……あぁ。うん。確かに私、そんな話をしていたような。
その程度の呆け顔で、艶やかに笑うレックスさんへと、少し前、さらりと落ちた爆弾発言「え、というか、貴方があの大賢者さま??(・・;) え、マジ?大マジで??でも、それで?……それとこれとは、一体何の関係が??」という促しの視線を向ける。
彼は「そうだな。そこなんだ」と言っていそうな瞬きをして。
「後の世でアリアスの巡業と呼ばれたものは、その時代以前の“自分の存在”を、消し去る事が目的だった。行き過ぎた文明を跡形もなく壊すため、前身である“クルーデーリス”は狡猾で冷酷な性格をしていたからか、“アリアス”は少々慈悲深くてな。“その存在を消す事”に関する以外の住人達には、それは親切に接したものだ。まぁ、所詮、本質は“俺”だから、記憶を有する古き者達、俺が“誰”かに気付いた者等は、遠慮なく屠らせて貰ったが」
まぁ、ここまで伝えれば、“誰”———なのかは解るだろう? と。
真っ正面から見下ろされ、睨まれたカエルになりながら。
「……わ、分からない事はないですが…分かりたくないっていうか……」
およそ、穏やかな彼のお方からは、殺気の類いは出てないけれど。
それの類いを感じ取れるほど、武に通じてない私な訳で。
あれ……もしかして、死亡フラグが…?と、背中を冷たい汗が流れて、“遠慮なく屠らせて貰った”という、物騒な言葉が出たあたりから私の体の真ん中は嫌な感じにドキドキだ。
そんな小者の私に対し、レックスさんは一拍置いて、クツクツと声をもらして微笑する。
『愚かなようで賢い娘。賢いようで愚かな娘。あれが求めただけはある。愛ではないと思っていたが、ならば当然。こちらの興味が行く訳だ。———ベル、俺はかつての時代で魔種の頂点に居た者だ』
この時代には残さなかった、自らが消し去った存在だ。
過去、人々は俺を見て、敬い、恐怖し、誓いを立てた。多くの時代を築き上げ、同じだけの時代を破壊した。
「本当に驚いたんだ。何故、その名を知っていたのか。あらゆる都市の文献は巡業と見せて焼き消した。存在を知る記憶の主は有無を言わせず沈黙させた。到達しそうになった者達の取り逃がしもなかった筈だ。だが、二千年の節目を迎え、この展開は面白い。よくぞ、その名に行きついた」
「ベル、俺は世界において、“魔王”———と、呼ばれる存在だ」
この世界に唯一無二の、破壊を司る魔種の———王。
そして私は魔王な人との奇妙な共同生活の、開始早々、現実逃避で、温いお茶を飲み下す。