23−13
けれど、物語はそう簡単に、結末を迎えてはくれないのである。
約束のひと月後まで、あと5日ほどと迫ったある日。思いがけない一大ニュースが猛威を振るって運ばれる。
それは当然、私が居座るリセルティアの街まで届き…。
ばらまかれる瓦版的ニュースペーパーを目に入れぬよう、いやいや、知らない、関係ないし…と無駄な努力を続けていたが。
そうこうするうち、あっという間に約束のひと月の期日。
その日は朝から雨模様にて、降り止む気配も見えぬ空。
もしかしたら…もしかしたら……と祈りに近い願いを込めて、この世界の雨具を纏い、昼食後から立っていた。
場所は例の噴水広場。あいにくの天気だが、そこは小都市の規模である。
いつもより少ない程度の往来を行く人々が、さざめきあいながら西へ東へ南へ向かう。
それでも雨の影響か、夕刻を迎える頃にはだいぶ人の流れも引いて。
黒雲に覆われた空は、昨日と同じ筈の時刻をより暗い色で包み込む。
朧に灯る街灯を、小雨が縦に掻き消して。
いつの間にやら人の気配が消えてしまった広場へと、コツリ、コツリと靴を鳴らして近づく誰かの気配が一つ。
深く覆った雨具の先に、見慣れぬ黒い靴を見て。
ふと視界を上向けたなら、優しげな面差しをした男が一人、こちらを見おろし立っていた。
「あいつは、これを選んだのか」
と。
晒されたのは瓦版。
【東の勇者、クライス・レイ・グレイシスさん、電撃婚約!お相手は幼なじみのリディアージュ・フォン・シフォレーさん!!】
バーンと視界に突きつけられて、嫌でもそれが目に入り。
けれど頭は“理解したくない”、そう頑に撥ね除けるので。
その人への返事に詰まり、暫しその場で硬直すれば。
「これでいいのか?」
と、穏やかな音。
いい訳がない、な、声なき叫び。
だけど、ふっ、と力を抜けば、仕方なかった…な結論が。
それはもう、どうしようもないほどに、仕方なかった事なのだ、と。思えばストンと気持ちが降りて、凝り固まった身体の節が久方ぶりに動き始めた。
「しょうがない…ですよねぇ」
と。苦笑を浮かべるほかなくて。
レックスさんは「そうか」と語り。
「俺がしてやれる事はあるか?」
と。
少し目を丸くした私だったのだけれども、「そうですねぇ…」と再び苦笑。
「できれば、誰も居ないところに、暫く籠りたいですね」
つい反射でそんな事とか、冗談めかして言っていた。
さすがに彼もそれはどうかと思い至ったのだろう。ククッと愉快な声を漏らして、明後日な方を向く。
「ベルらしい」
と零される頃には再び視線がこちらを向いて。
おもむろに差し出した手に。
「一緒に来るか?」
と囁いた。
——まぁ、それはそれでいて、面白いのかもしれない。
「何だか、めちゃくちゃ悪役のセリフ、言われたように聞こえましたけど」
それでもそんな事を言われりゃ、少しは心が軽くなるのだ。
今度は普通の微笑が湧いて、いかにも契約めいた立ち位置に、私はさらに「ふふっ」と笑う。
この神懸かりなイケメンの、高レベルな冒険者さま。彼は私を一体何処へ連れて行ってくれるのだろう。
「よろしくお願いします。できれば、人の気配のない地へ」
軽く応えた私の声に、心得た、と彼は頷き。
街の端々に散っている、読み捨てられた瓦版。
その時、じっとり雨に塗られて、くしゃくしゃになっていたものまでも。
私の預かり知らない場所からこの中央広場まで、次々と発火して、燃え尽き始めていた、などと。
よろしくお願いします、と言ってこちらからも伸ばした右手。
しかと、男の人の手のひらにつなぎ止められた瞬間に。
「願いを聞いた」
と彼は呟き。
同時に、何かの箍を外した。
「え……」
と漏れ出た私の驚愕。
魔力が低く、魔法発動の適正を持たぬ私でも。
さすがにその規模の異変には、すぐに気が付いたのだ。
目の前の男性から湧く、圧倒的な魔力の奔流。
目で追うのも困難な、足元を這う消失言語。
巨大な円陣。見た事の無い。
これは、これこそ消失魔法、だ……!
専門家ではないけれど、だからこそ理解ができる。
触れたままだから、理解が出来る。
【これは、世界を滅ぼす、力———】
その日、ステラティア王国の小都市リセルティアにて。
莫大な魔力の開放と、同時にそれらの収束が起き、大陸各国の魔法施設に脅威の記録を刻んだが。
いくら調査の手を入れようとも、杳として原因は知れず———。
その日、冒険者ベルリナ・ラコットと、上位者ドルミール・レックスは。
消失魔法とおぼしき“転移”で“大陸”からその存在を……一瞬にして消した、のだった。