2042話
投稿する話を間違えました。
現在はきちんとした2042話を投稿しています。
グリムの顔は骸骨なので、表情を理解することは出来ない。
だが、それでもそれなりにグリムとは付き合いがある為か、対のオーブに映し出されたグリムはどこか疲れているように見えた。
疲れている理由が何となく理解出来るレイだったが、だからこそ今回のトレントの森の一件にグリムが関わっている可能性が強まった、という風に思ってしまう。
『ふむ、何か用かの? 儂は今それなりに忙しいのじゃが』
「忙しいのは、やっぱりあの目玉の素材の件でか?」
『うむ。あの素材はなかなかに面白い特性があっての。今は他にも何か特殊な性質がないのかどうか、色々と調べておるところじゃ』
「だろうな」
グリムが入手したのは、巨大な眼球のモンスターの素材だ。
それもただの眼球ではなく、眼球の周囲には無数の触手が生えており、更には眼球の背後には視神経によく似た尻尾すら持っていた。
この世界以外の空間に存在し、空間の裂け目を作ってこの世界に干渉するといった能力を持ち、更には生贄によってモンスターを大量に生み出すなり、召喚するなりといった能力すら持っていたモンスターだ。
不幸中の幸いと言うべきか、レイ達の時は赤布達が生贄となっており、それが質の低い生贄だったからかコボルト程度のモンスターだった。
もし高ランク冒険者、もしくは異名持ちが生贄に捧げられていれば、その場合は一体どのようなモンスターが呼び出されていたことか。
それを思えば、レイは今更ながらにあの目玉に対して警戒を抱いてしまう。
「ともあれ、それはどうでもいい……って訳じゃないけど、ちょっとそれに関して聞きたいことがあって連絡したんだよ。昨日、一昨日も連絡したけど、全く繋がらなかったし」
『なるほど。少し研究に熱中しておっての。それで、一体何の用で儂に連絡したんじゃ? あの目玉の素材については、まだ研究中のものが多いので、話せることはないぞ?』
「いや、違う。……興味がない訳じゃないけど」
違うと言った瞬間、グリムが見るからに残念そうにした様子を見て、レイは慌てて興味がない訳ではないと口にする。
そんなレイの言葉を信じたのか、それとも残念そうにした様子そのものが演技だったのかは分からなかったが、ともあれグリムは顔を上げて口を開く。
『そうか。では、後でその辺については話すとして……それで、お主は一体何を知りたいんじゃ?』
「実は、数日前からギルムの近くにあるトレントの森に、皮膚や髪、血の色までもが緑の緑人、それと緑人に敵対的なリザードマンが転移してくるようになってな。あの目玉も空間に干渉するような能力があったから、もしかしてグリムが何かの実験をした結果でこういうことか起こってるのかと思って」
『……』
そんなレイの言葉に、グリムは数秒程黙り込む。
その沈黙がどんな意味を持ってるのかはレイにも分からなかったが、ともあれ話を続ける。
「それで、どうだ? 何か心当たりがないか?」
『ふむ、残念じゃが、そのようなことには心当たりがないな。今のところ、その辺りに影響が出るだろう実験は行っておらぬし』
今のところと言うことは、恐らくこの先……いずれ、将来的にはそのような実験をするつもりもあるということなのだろう。
とはいえ、それが自分に不利益にならないようであれば、レイとしては別にそれについてどうこう言うつもりはない。
「じゃあ、ここ数日転移してきている緑人やリザードマンについては、グリムは何も関わってないってことでいいんだな?」
『うむ、相違ない。……じゃが、緑人?』
レイの緑人という言葉……そしてどのような存在なのかという説明に、グリムは悩む。
対のオーブに表示されているそんなグリムの姿に驚いた様子を見せたのは、レイだけではなくエレーナを含めた他の者達も同様だった。
リッチロードと呼ぶに相応しい能力を持つグリムだけに、それこそゼパイルが生きていた時から生きて……アンデッドだから存在しているという表現が正しいのかもしれないが、ともかくそのようなグリムだけに、この世界の出来事で知らないことはない……いや、殆どないのではないかと、そう思っていた為だ。
(これは、やっぱり異世界から転移してきたっていう俺の勘が当たったのか? まぁ、グリムが他の大陸についても詳しく知ってるとは限らないけど)
レイはグリムの様子を見つつ、口を開く。
「なぁ、グリム。グリムは緑人について聞いたこととかないのか?」
『うむ、ないな。少なくてもこの大陸に存在する種族ではないのは、間違いない』
「……この大陸じゃなくて、この世界に存在しない種族ってことは?」
そう言った瞬間、グリムの動きが一瞬止まり、レイに鋭い視線を向ける。
正確にはグリムには眼球がないのだが、それでも対のオーブ越しであるとはいえ、強烈な視線を感じたのは事実だ。
「っ!? ……で、どうだ? その可能性はあると思うか?」
グリムの視線に息を呑んだものの、レイはそれ以上は特に何をするでもなく、グリムに尋ねる。
そんなレイの視線を、対のオーブの向こう側にいるグリムはしっかりと受け止め……数秒、あるいは十秒以上か。
それだけの沈黙の後、声を発する。
『可能性が皆無、とは言わん。レイがこの世界に来ているのを見れば分かる通り、異世界からこの世界にやってくるという方法は皆無ではない』
グリムの言葉に、レイはやはりと納得の表情を浮かべる。
そんなレイとは裏腹に、三人の女達はそれぞれが驚きの表情を浮かべていた。
「それは……本当なのですか?」
思わずといった様子で、エレーナがグリムに尋ねる。
他の二人も、言葉には出さないが同じような表情を浮かべていた。
レイという存在を知っていても、そう簡単に異世界からこの世界にやってくるというのは信じられないのだろう。
『儂がその者を直接見た訳ではないから、確実とは言えぬがな』
「ですが、緑人はともかくとして、リザードマンもいたのですが……異世界にも、リザードマンはいるのですか?」
エレーナに続いて疑問を口にしたのは、マリーナ。
異世界という場所にこの世界と同じモンスターがいるというのは、信じられなかったのだろう。
もっとも、ゾゾ達は国を作るだけの知能を持っているのだから、この世界のリザードマンと同じとは言えないのだが。
『可能性はない訳ではない……といったところかの。とはいえ……レイ。お主が元いた世界には、リザードマンはいたのか?』
「いや、いないな。それどころか、エルフやドワーフ、獣人なんて存在もいないし、魔法の類も全く存在しない。……いや、もしかしたら魔法はあったのかもしれないけど、少なくても俺は知らないな」
『ほう』
そこまで違うというのは予想外だったのか、グリムが興味深そうに声を上げる。
そんなグリムとは違い、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人は特に驚いている様子はない。
三人共、時々レイから元いた世界の話は聞いていたからだろう。
とはいえ、三人共レイから元いた世界の話を聞いた時には、色々と驚いてはいたのだが。
『レイのいる世界では、リザードマンがいないのか。……だが、世界というのは無数に存在している。であれば、そこにはリザードマンがいるような世界があってもおかしくはない』
平行世界、パラレルワールド。そのような言葉を、レイは思い出す。
例えば、レイが朝食にパンを食べた世界と、焼きうどんを食べた世界といったように。
そのように無数に世界が枝分かれしていき……
(いや、異世界と平行世界だと概念そのものが違うだろ)
ふと、そう思う。
あくまでもレイの知識……それも日本にいた時に見た漫画やアニメ、ゲーム、小説といったものから得た知識であって、学問的なことではないのだが、それでも異世界と平行世界が違うというのは理解出来た。
「ともあれ、異世界から転生……いや、憑依? 転移? ちょっと説明が難しいけど、そういう風にしてきた俺の直感に近い感じで考えると、やっぱりリザードマン達は異世界から来たという感じなんだよな」
『ふむ。明確な理由を挙げることは出来ぬものの、そうなるのか。……ふむ、少し面白いな。レイだからこその第六感といったところか』
「いや、面白がられても……ともあれ、だ。今回のリザードマンの件がグリムの仕業……何らかの実験とかに寄るものじゃないのは、間違いないんだな?」
このままだと、妙な方に話が逸れていきそうだと感じたレイは、改めて……そして最終確認的な意味も含めて、グリムにそう尋ねる。
『うむ。あの目玉の素材を調査しており、軽く実験をやってはいるが、それでもレイが心配しているようなことにはなっていない。……とはいえ、あのような素材を手に入れたのは初めてじゃから、もしかしたら、儂が知らぬところで何らかの影響が出ているという可能性は否定出来んがの』
そう告げるグリムの言葉に、嘘はないように思えた。
何も知らない者にしてみれば、アンデッドをそこまで信頼するのはどうかと、そう思っても仕方がない。
だが、レイにとってグリムというのは、頼れる相手なのは間違いないのだ。
実際に、これまで何度も助けて貰っているのだから。
「そうか。……なら、取りあえず今回の件はグリムの持っていった素材が関係ないと思ってもいいのかもしれないな」
「レイ、あの件について聞いてみたらどうだ?」
手掛かりのなくなったレイが残念そうにしていると、不意にエレーナがそう告げてくる。
レイが抱えている件は色々とある以上、あの件と言われても理解は出来ない。
「何についてだ?」
「言葉が通じない点だ。私達では地道に言葉を教えるしか出来ないが……」
エレーナはそこで一旦言葉を切り、対のオーブに映し出されているグリムに視線を向ける。
自分達ではどうにも出来ないが、グリムならその辺をどうにか出来るのではないか。
そう言っているのは明らかだった。
エレーナの意見はレイにも理解出来たので、小さく頷いてから対のオーブに映し出されているグリムに話し掛ける。
「なぁ、グリム。実はその転移してきた緑人とリザードマンなんだけど、こっちの言葉を理解出来ないんだよな。だから意思疎通をするのも、身振り手振りとなる。一応軽く言葉を教えてはいるけど……それでも、実際にいつこっちの言葉を理解出来るのかが分からない」
『ほう。リザードマンだけではなく、緑人も言葉が理解出来ないのか?』
「そうなる。多分その両種族ともに同じ言葉を話してはいると思うんだが……」
言葉が通じない以上、緑人とリザードマン達が同じ言葉を発しているとは限らない。
だが、その両種族と接することが多いレイとしては、恐らく同じ言葉なのだろうというのは理解出来た。
……緑人とリザードマン達の間では意思疎通出来ているように見えた、というのも大きい。
『ふむ。……少し、待っておれ』
そう言うと、グリムの姿が対のオーブの前から消える。
何かを探しに行ったのだろうことは、レイにも予想出来た。
それはつまり、現状を何らかの方法で変えることが出来る……具体的に言えば、緑人やリザードマンの言葉を理解出来るような何かを、グリムが持っている可能性が高いということを意味していた。
(それが分かってれば、もっと早くグリムと連絡を……ああ、いや。駄目だな。どのみち昨日や一昨日に連絡をしても、グリムは自分の研究に一生懸命だっただろうし)
実際に対のオーブを使って連絡を取ろうとし、それで結局繋がらなかったのだから、レイの考えは間違っていない。
「これで何とかなりそうね」
マリーナの言葉に、他の面々も同意するように頷いていた。
ゾゾがレイに従っているのは見て分かるとはいえ、やはり言葉が通じないというのは、色々と問題があるのだ。
だからこそ、こうしてグリムが何らかのマジックアイテムか何かを用意してくれるというのは、非常に助かるものがあった。
「で、どんな物だと思う? 俺としては、マジックアイテムとかだと思うんだけど」
「それは恐らく間違いないでしょうね。問題なのは、一体どういうマジックアイテムか、というところじゃない?」
「うーん……腕輪とか?」
マリーナの言葉にヴィヘラがそう告げるが、レイは首を横に振る。
「言葉を話せるようになるというのなら、やっぱり口の近くに必要なんじゃないか? そうなると、ネックレス、ピアス、首輪……そういう物じゃ?」
『外れじゃな』
レイの言葉を否定したのは、対のオーブの向こう側に再び映し出されたグリム。
その手には、両手で抱える程度の大きさの石版があった。
「それが?」
『うむ。少し前……百年くらい前か。そのくらいに潜ったダンジョンで見つけたマジックアイテムじゃ。これは、使用者の意思を感じ取り、この石版に文字として表示してくれる代物じゃ。本来であれば、喋ることが出来ない者が使っておったらしいのじゃが……』
なるほど。
レイはグリムの言葉に、素直に納得して頷くのだった。