1710話
「っと!」
岩で出来た植物から葉が飛ばされたところで、レイは即座に黄昏の槍を使ってそれを弾く。
魔力も何も通されていない状態で振るわれた黄昏の槍だが、マジックアイテムではなく純粋に普通の槍として見ても、その性能は非常に高い。
岩で出来た葉を飛ばされた程度の一撃を、防げない訳がなかった。
槍の柄によって弾かれた岩の葉は、そのまま地面に落ちて砕ける。
「レイ、まだ!」
「分かってる!」
ヴィヘラの言葉に、レイは再び黄昏の槍を振るう。
岩の植物から、葉の次に飛ばされてきたのは実。
爪くらいの大きさの実ではあるが、この状況で飛ばされてきたのを思えば、明らかに自分に対して害意を持っていると判断するのは難しくはない。
当然のようにその岩の実を弾きながら、レイは岩の植物との距離を詰める。
(岩の実って、それは寧ろ小石的な感じじゃないか?)
頭の片隅でそんな風に考えながらも、岩との距離を縮めていったレイは、攻撃の合間を縫って素早く黄昏の槍を振るう。
刃が風を斬り裂く鋭い音がし、次の瞬間には岩の植物は動きを止め……根元に近い部分が切断されたことにより、地面に倒れる。
「モンスター……って訳でもないのか?」
床に倒れ、既に一切身動きしなくなっている岩の植物を見ながら、レイが呟く。
それこそ現在床に転がっているのは、いっそ植物の石像と表現した方が相応しい代物に見える。
もしこれがモンスターであれば、それこそトレントを始めとした植物型のモンスターと同様に魔石を持っている筈だった。
だが、岩の植物の様子を見る限りでは、どこにも魔石の類はない。
「魔石があるとすれば、根だろうが……どうやって掘る? いや、掘ろうと思えば掘れるだろうが、ここで労力は使いたくねえってのが正直なところだ」
レリューの言葉に、レイは岩の植物の根があった場所に視線を向ける。
そこにあるのは、間違いなく岩の床に近い場所で切断された茎だったが、植物である以上根はダンジョンの床に埋まっている。……そう、岩で出来た床に、だ。
もし根を掘り出すのであれば、それこそ岩の地面を砕く必要がある。
それも、可能な限り根を傷つけないようにして、だ。
やろうと思えば、それが出来ない訳ではない。
だが、岩を掘るとなると相応に体力を使うのも間違いがなく……そこまでする必要があるのかと言われれば、出来れば避けたいと、そうレリューは言っているのだ。
そんなレリューの言葉に少し悩んだレイだったが、取りあえず岩の植物をミスティリングに収納し、黄昏の槍を手にしながら口を開く。
「この岩の植物は初めてみたし、何かの素材になる可能性もあるから、出来れば全て持って帰りたい。ここは俺が掘るから、レリューは周囲の警戒をしておいてくれ」
「あいよ」
ここが行き止まりである以上、レイ達が来た道から改めて敵が現れれば、それは非常に厄介なことになる。
それが分かっているだけに、レリューは見張りを引き受けたのだ。
もっとも、今のところ出てくるモンスターはゴブリン、コボルト、オークといったところだが。
そのようなモンスターであれば、ある程度のランクの冒険者なら容易に撃退出来る。
……ある意味、異名持ちの高ランク冒険者をそのようなモンスターに対する見張りに使うのは、贅沢極まりない話だった。
黄昏の槍に魔力を流し、岩の地面に向けて黄昏の槍を放つ。
その一撃に地面が爆発したかのように破裂する。
岩の植物の生えていた場所から少し離れた場所であったので、植物の根に影響はないだろう距離での爆発。
その地面に植物の根がないことを確認しながら、徐々に植物の生えている場所まで近づいていく。
勿論それ以外の他の面々もただ見ている訳ではなく、マリーナが土の精霊魔法を使って地面を掘り返していた。
そして十分程が経ち、やがて岩の植物の根を掘り出すことに成功する。
根の部分をなるべく傷つけないように掘り出す必要があった為、細かい作業はレイではなく精霊魔法を使えるマリーナの仕事となり、最終的には殆どマリーナに任せることになったが。
「岩の根……といった感じか。よくこれで折れないな」
岩で出来たその根は、形状だけを見れば普通の植物の根とそう変わらないように思える。
だが、その根も当然のように岩で出来ており、それこそ下手に力を入れればすぐにでも折れてしまうのではないかと思える程の細さだ。
「レイ、迂闊に触ってその根を折らないうちに、しまっておいてよ」
ヴィヘラの言葉に、レイもそれに納得して収納する。
このまま岩の根を持って移動するようなことになれば、間違いなくそれを折ってしまうと、そう理解したからだ。
弱いとはいえ、モンスターとの戦いがある以上、その判断は当然だった。
「で、結局この岩の植物は何だったんだろうな。行き止まりにこうして生えていたのを考えれば、何らかの意味があるのは間違いないと思うんだが」
先程のY字路に戻りながら、レイが呟く。
マリーナですら見たことがないというのだから、それが珍しい代物であるのは確実だった。
「ギルドの方で調べて貰う必要があるでしょうね。もっとも、このダンジョン特有の植物という可能性もあるでしょうけど」
「あー、だよな。崖の壁面にあるダンジョンで、周囲も見るからに岩で出来ているし……そう考えれば、岩の植物があってもおかしくはないか。もう少し同じような……それこそ岩の花でも咲いてれば、シュミネにお土産として持って帰るんだけどな」
しみじみと呟くレリューは、そう言いながらレイに視線を向ける。
それこそ一度ではなく、何度も、何度も。
レリューが何を言いたいのか、それはレイであってもすぐに理解出来た。
「あー、そうだな。今度同じような岩の植物を見つけたら、レリューにやるよ」
「お、本当か? 無理を言ったようで悪いな」
「言っておくけど、他にも同じような岩の花があったらの話だぞ。もしない場合、これは譲ることは出来ないからな」
「分かってるって。さっきの様子を見る限り、多分他の場所にも同じような岩の植物は咲いてるだろうし」
そう言い切るのは、長年の冒険者としての勘からなのか、それとも愛妻家故の暴走だからなのか。
その辺りはしっかりと理解出来ないレイだったが、それでも大体の予想は出来る。
ともあれ、レイ達は話しながらも警戒を怠ることなく進み続け、やがてY字路に到着する。
当然の話だが、特に迷うことはなくレイ達はY字路を右に向かう。
モンスターの足跡が多い場所だけに、モンスターの襲撃が多いのは間違いなかったが……向かうべき道はそこしかなかったのだから当然だった。
そして案の定、右の道を進み始めてから十分と経たないうちに、オークを含めたモンスターが襲いかかってきた。
もっとも、セトやビューネによってモンスターが近づいてきているのは分かっていたので、オークアーチャーの射る矢で先制攻撃をされる……といったことはなかったが。
ビューネ以外の全員が高い戦闘力を持っているのだから、自分達に向かって射られた矢を対処するのは難しい話ではない。
「オークは後方で、前衛はゴブリンかよ。厄介な真似をしやがって!」
突撃してきたゴブリンの胴体を長剣で貫き、そのまま盾として持ち上げるレリュー。
次の瞬間、オークアーチャーから射られた矢が数本、ゴブリンの背中に突き刺さる。
「ギャ!」
胴体を貫かれた時点で、ゴブリンにとっては致命傷であった。
だが、その致命傷を受けた上で、更に背後からの攻撃を食らったゴブリンは、聞き苦しい悲鳴を上げ、そのまま息絶える。
レリューは死体となったゴブリンを、別の……、ビューネに向かおうとしたゴブリンに向かって投げつけ、その行動を邪魔し、ゴブリンを投げ捨てた後で返す刃でスキルを発動する。
「風斬り!」
刃から放たれた飛ぶ斬撃は、そのままモンスターの後方に陣取って矢を射ろうとしていたオークアーチャーを斬り裂く。
矢を番える右腕が切断され、オークアーチャーの口からは悲鳴が漏れる。
隣にいるもう一匹のオークアーチャーは、そんな仲間の様子に構うことなく矢を射ろうとし……
「ピギィッ!」
長針に目を貫かれ、悲鳴を上げる。
目を貫かれてしまえば、当然のように弓で狙いを付けるようなことは出来ず……それどころか、痛みでまともに戦闘も出来ない。
……いや、モンスターによっては、眼球を貫かれてもその痛みを怒りに変えてより凶悪になるという個体もいるのだが、オークアーチャーはそのようなタイプではなかったらしい。
また、そうして暴れているオークアーチャーの隣にいる、先程レリューによって右腕を切断されたもう一匹のオークアーチャーの頭部を一本の矢が貫き、命を奪う。
それを行ったのは、マリーナ。
精霊魔法使いではあるが、ダークエルフのマリーナは当然のように弓の腕も非常に巧みだ。
そんなマリーナから射られた矢は、この場で一番危険なオークアーチャーの一匹を仕留めると、次にビューネによって眼球を貫かれたもう一匹のオークアーチャーの頭部も矢で射貫き……それによって、戦闘は終了する。
前衛としてやってきたゴブリン達は、レイやセトにしてみれば全く脅威にならない。
鎧袖一触というのは、まさにこの光景だろうというべきそんな戦いだった。
「取りあえずオークアーチャーの死体は持っていくとして、ゴブリンは魔石だけを奪えばいいか。……けど、オークアーチャーはどこから弓を持って来たんだろうな? 多分、ここに来る前からなんだろうけど」
「でしょうね。……どうする? その弓も持っていく?」
オークアーチャーの死体をミスティリングに収納したレイに、マリーナが尋ねる。
その言葉に、レイはどうするか弓を見て迷い……やがて、収納する。
弓の質そのものは、決して良好という訳ではない。
それでも普通に弓として使える以上、取りあえず持っておけば後で何かの役に立つかもしれないと、そう判断した為だ。
普通であれば、もしかしたら役に立つかもしれないという程度の武器であれば、持っていくようなことはない。
明らかに邪魔になり、それが原因でモンスターに襲撃される可能性も高いのだから。
だが、レイの場合はミスティリングという反則級のマジックアイテムがある以上、そのような心配はいらない。
後々何かの役に立つのであれば、と。オークアーチャーの持っていた弓と矢の入った矢筒――矢の品質も決して良くはない――をミスティリングに収納すると、それでやるべきことは終わり、再び洞窟の中を進む。
「にしても、あの岩の植物はともかく、この中は特にこれといって怪しい様子はないな」
「罠とかは仕掛けられていただろ」
レリューの言葉に、一行の後方を歩いているレイがそう返す。
そんなレイの言葉に、レリューはそう言えばそうだったかといった様子で頷くも、そこにあるのは完全な納得という訳ではない。
寧ろ、もっと何かがあって欲しいと、そう思っているのが分かる表情だった。
「出来れば、もっとこう……ダンジョンならではの光景とか見てみたいんだけどな」
「ダンジョンならではって、どういう光景よ」
レリューの言葉に多少興味を持ったのか、ヴィヘラが尋ねる。
「そうだな。例えばこういう場所なのに巨大な滝があるとか」
「……滝じゃないけど、森があるダンジョンはあったな」
二人の会話を聞いていたレイは、エレーナと共に行った継承の祭壇のことを思い出しながら、そう呟く。
「エグジルのダンジョンには、もっと色々とあったわよ? それこそ、レイ達が知ってる限りでは、砂漠とかそういうのもあったじゃない」
「あー……あったな。それこそ、見渡す限りの砂漠が。もっとも、エグジルのダンジョンはずっと成長を続けているからこそ、ああいうダンジョンになったんだろ? それに比べれば、このダンジョンは多分出来たばかりだから、そういう光景があるとは思えないけど」
「そう? あの崖の壁面にあった入り口が、このダンジョンの唯一の入り口だとは限らないじゃない。もしかしたら、どこかにあったダンジョンが成長して、結果的にあそこに新しい入り口を作った。そういう可能性も否定出来ないわよ?」
「普通であれば、ダンジョンの入り口は一つではないのか? 私が知ってる限りではそうなのだが」
「エレーナが知ってる限りは、でしょ。エレーナが全てのダンジョンを知ってる訳でもないし、そういうダンジョンがあっても不思議じゃないわよ。ダンジョンは常識では理解出来ない存在なんだから」
マリーナの言葉に、エレーナも納得して頷き……
「ん!」
先頭を進むビューネが小さく声を出し、ビューネの視線を追ったレイ達は、そこに上に向かう階段を見つけるのだった。