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レジェンド  作者: 神無月 紅
崖のダンジョン
1703/3865

1703話

 セトの背に乗りながら空を飛んでいると、やがて視線の先に一つの街が見えてくる。

 それは、ゴルツ。

 レイ達が目指していた街だ。


「思ったよりも小さいな。……まぁ、この辺の街だと考えれば、大きい方なのかもしれないけど」


 レイがゴルツの比較対象としたのは、当然のようにギルムだ。

 ……ただ、それは同じ街ではあっても、比べる方が間違っているのだが。

 元々、ギルムは街という名称ではあっても、実質的には都市に準ずるだけの規模を持っていた。

 今はそれでも狭くなってきたので、増築して正式に都市の規模になるように拡張しているのだが、そのような街と田舎にあるような街を比べるというのは、どう考えても間違っていた。

 ともあれ、街の規模を比べても特に何がある訳でもない。しいていえば、ギルムを拠点としていることで多少の優越感に浸れる程度、といったところか。


「何とか昼前にはつけたか」


 そう言いながら、レイは今朝のことを思い出す。

 本来であれば、朝のうちに到着する筈だった。

 それが昼近くにまでなった最大の理由は、ヴィヘラとレリューによる模擬戦だった。

 勿論、レイやエレーナであれば、ヴィヘラが満足出来るだけの戦闘が可能なのは間違いない。

 それでも、たまには違う相手と……それでいて相応の強さを持つ相手との戦いを楽しめたということで、ヴィヘラは模擬戦にかなり熱中してしまったのだ。

 結果として、出発するまでに時間が掛かり、ゴルツに到着するのが午前中ではあっても殆ど昼に近い時間となってしまった。


「早朝とかだと、多分崖に向かう連中が集まってるだろうから、この時間だったのは幸いだったのかもしれないけど」


 ダンジョンと思われる場所の出入り口が崖の壁面に出来たことにより、そこから落ちて転落死するモンスターが多数存在するのだ。

 つまり、朝一で崖に行けば、夜の間に転落死したモンスターの死体があるのはほぼ間違いなく、何のリスクもなしに素材や魔石、討伐証明部位といった物を入手出来るのだ。

 当然のように、それを求めて冒険者が……場合によっては冒険者ではなくても、崖に急ぐというのはレイにも容易に想像出来る。


(リスクが皆無って訳じゃないんだけどな)


 崖から落ちて地面に叩き付けられても、運が良ければそのモンスターは死なずに済む。

 そうなれば、迂闊に近寄っていった者は不意打ちを受ける形になり、大きな被害を受けるだろう。

 ましてや、モンスターによっては地面に上手く着地して、怪我一つないまま周囲に潜んでいる可能性もあるのだ。

 他の者達に負けないようにと、それだけを考え、少しでも早くモンスターを確保しようと考えたような場合、それは致命的な隙となるだろう。

 もっとも、冒険者はあくまでも自己責任だ。

 そうである以上、モンスターに不意打ちされても自分で対処するのは当然のことだった。


「じゃ、セト。とにかく行くか」

「グルゥ!」

 

 レイの言葉にセトが鳴き声を上げ、ゴルツに向かって飛んでいく。

 セト籠の効果により、セトの姿を地上から確認するのは難しい。

 その為、セトが近づいていてもそのことに気が付くような者はいなかった。

 もっとも、もしセトが空を飛んでいても、この辺りでは空を見張るといったことをする者はあまりいない。

 この辺りでは空を飛ぶモンスターが姿を現すことも殆どなく、竜騎士の類もこの辺りにはいない。

 そんな訳で、セト籠が地面に下ろされた時の音が周囲に響いた時、数少ない通行人達は何が起きたのかと驚愕の表情で周囲を見回し、そこでようやくセト籠の存在に気が付く。

 そして次の瞬間、セト籠を下ろしたセトが着地する。


「なぁっ!?」


 セトのすぐ側にいた商人が、驚きの声を上げながら呆然とする。

 当然だろう。気が付けば、いきなりそこにセト籠が存在し、セトが……ランクAモンスターのグリフォンがいたのだから。

 それでも逃げ出さなかったのは、セトがその背にレイを乗せていたからだろう。

 そうしてセトから降りたレイは、セト籠からエレーナ達が降りてくるのを横目に、唖然とした様子で自分を見ている四十代程の商人の男に話し掛ける。


「ちょっと聞くけど、あの街はゴルツで間違いないか?」

「……あ? あ、ああ。ゴルツだが……あんたは一体……」


 誰なのか。そう聞きたいのだろうが、驚きでしっかり頭が働いていないのか、言葉には出来ない。

 もししっかりと頭が働いていれば、目の前にいるのが深紅の異名を持つレイだということを思い出せたかもしれないが。

 そしてレイが商人の男と話している間に、近くを通りかかった者達が様子を見に近づいてくる。

 レイとセトが暴れるようなことがあれば即座にそのような者達も逃げ出していただろう。

 だが、こうして話をしている光景を見れば、レイもセトも危ない相手ではないというのがはっきりしている。

 そうなれば、レイやセト、それにセト籠やそこから降りてきた者達に対して興味を抱くのは当然で……同時に、ゴルツからも何人かの警備兵が近づいてきているのがレイには見えた。

 離れた場所で様子を見ている者達が、突然現れたグリフォンに……そして三人の極上の美女に視線を奪われている間に、警備兵がレイ達の側までやってくる。


「お前達は……誰だ?」


 本来なら怪しい相手を威圧する意味でも、強い口調で尋ねてもおかしくはない。

 だが、今回に限っては相手が悪いとしか言いようがなかった。

 セトにエレーナ達と、どこからどう見ても絶対に訳ありな存在なのは明らかだったのだから。

 ……その為、どこか相手を窺うような尋ね方になったのだろう。


「俺はレイ。冒険者だ。ここにダンジョンがあるって話を聞いたんでな」


 そう言われ、ギルドカードを見せられれば、警備兵もレイ達が何をしにやって来たのかを理解する。

 そこに表記されているランクを見てレイの姿を改めて確認するが、やがて好奇心に負け、口を開く。


「やっぱりあれはダンジョンなのか?」


 自分をレイだと……深紅の異名を持つ冒険者だと理解しているのかは、レイにも分からなかったが、ダンジョンの方について聞いてきたことには少し驚きながら、頷きを返す。


「ああ。俺が集めた情報では、多分間違いないと思う。勿論、確信がある訳じゃないから、実際に中に入ってみないと何とも言えないが」

「……そうか」


 短いやり取りではあったが、それを聞いていた者達……特に最初にレイに話し掛けられた商人は、目を大きく見開いて驚きを露わにする。

 崖にあるのが、薄々ダンジョンであるというのは理解していた。

 それでも誰かがしっかりと確かめた訳ではない以上、もしかしたらモンスターの巣穴か何かではないのかという思いもあったのだろう。

 勿論、レイの言葉に驚いたのは、その商人だけではない。

 周囲でレイと警備兵のやり取りを聞いていた者達も、その言葉に驚いていた。

 もっとも、周囲の者達を見たレイは、その驚きの中にも喜びと悲しみという二種類の驚きがあることを理解し、少し疑問を抱くが。


「それで、ゴルツの中に入ってもいいのか? ギルドで情報を集めたり、宿を決めたりしたいんだけど」

「あ、ああ。そうだな。レイみたいな冒険者がいるのなら、こっちとしては歓迎だ。けど……」


 言いにくそうに、警備兵がセトに視線を向ける。

 ……そこでは、いつの間にか移動していたレリューが、セトを撫でているという光景が広がっていた。


「セトがどうした?」

「従魔を泊められる宿は、ゴルツには一つしかない。その宿はゴルツの中でも高級な宿になるが……その、構わないのか?」


 警備兵の言葉に、レイは即座に問題ないと答える。

 セトのような従魔を受け入れる施設がある宿がそう多くないのは当然のように理解しているし、そのような施設を有している宿は、当然のようにそれだけ施設投資が可能である宿ということになる。

 それこそ、ゴルツにやってくる規模の大きな商隊や傭兵団、場合によっては貴族のような者達が泊まってもおかしくないような宿であり、そのような宿ともなれば当然のように宿泊料金は高くなってしまう。

 それでも問題はないかという警備兵に、レイは問題ないと頷いたのだ。


「そうか。なら、さっさと手続きをしてしまおう。このままここにいれば、延々と人が集まってくるだろうしな」


 警備兵の言葉に、レイは……そして他の面々も、自分達の周囲に集まっている者達を見る。

 そこに集まっている人数は、間違いなく先程よりも増えていた。 

 昼近くと、街道を通る者の数は朝や夕方に比べれば決して多くはない。

 だがそれでも、ゴルツはこの周辺で一番栄えている街というだけあって、それなりの人数が昼間でもゴルツに向かっているのだ。

 人の注目を集めるのには慣れているレイ達だったが、慣れているからといって不満を覚えない訳ではない。

 このままここで見世物になるのは面白くないと、セト籠をミスティリングに収納すると、すぐにゴルツに向かう。

 ……セト籠を収納した件で驚いている者も多かったのだが、レイにしてみればそれは既に慣れた反応だった。

 そうして自分以上に周囲の注目を浴びていたエレーナ達、そしてレリューに愛でられていたセトと共に、レイは少し離れた場所に見えるゴルツに向かう。


(レリューの奴、もうセトを可愛がるのを隠さなくなったな)


 視線の端で、セトの隣を嬉しそうな笑みを浮かべつつ歩くレリューを見ながら、レイは思う。

 最初はセトを可愛がるのを隠すようにしていた。

 それは、レイが盗賊のアジトに向かった時のことを考えれば明らかだろう。

 だが、それからある程度レイ達と行動を共にするようになったレリューは、今ではセトに対する愛情を隠しもしていない。


(今のレリューを見て、疾風の異名を持つ男だと理解出来る奴は、一体どれくらいいるんだろうな)


 セトを撫でているレリューを見ながらもレイ達は進み続け、やがてゴルツに到着する。

 既にギルドカードの類を見せていたので、ゴルツに入る手続きそのものはそれ程時間が掛からずに終わった。

 手続きをした警備兵から、目的の宿の場所を聞き、レイ達はその宿に向かう。

 幸いにも、その宿は正門からそれ程離れていない場所にあった。

 この手の高級な宿というのは、すぐに出入り出来るように正門の側にあるか、もしくは金持ちが使うような店の通りにあることが多い。

 勿論、本当に貴族――それも爵位の高い――が使うような宿であれば、後者の方が圧倒的に多い。

 今回レイ達が泊まることにした宿は、そういう意味では高級な宿に分類される宿であっても、本当の意味で高級な宿という訳ではなかったのだろう。

 ゴルツの大通りを歩くレイ達だったが、当然のように住人達からは好奇や感嘆、嫉妬、畏怖といったように、様々な視線を向けられる。

 そんな視線を向けられつつも、大通りを歩き続け……


「あ、あそこじゃない?」


 近くにあった屋台で売っているパンを物欲しげに見ていたビューネの手を引っ張りながら、ヴィヘラが言う。

 そんなヴィヘラの視線を追ったレイは、視線の先に大きな建物があり、看板に緑の沢水亭と書かれているのを見て、頷く。


「どうやら、到着したみたいだな」

「ふーん……緑の沢水亭、ね。随分と宿の規模に合わない名前のように思えるけど」


 マリーナの言葉に、レイを含めて他の者もなるほど、と同意する。

 沢水と言われて思い浮かぶのは、山の中にある小さな……それこそ川と呼べない程度の水の流れを想像するだろう。

 実際には違うのかもしれないが、少なくてもレイの中にあるイメージとしてはそうだ。

 それに同意したということは、恐らく他の者達も似たようなものなのだろうというのは、容易に予想出来る。

 そんな沢水という名前をした宿が、かなりの大きさなのだ。

 そのことに違和感を抱くのは、そうおかしな話ではない。


「ま、宿の名前がどうでも、構わないだろ。快適にすごすことが出来れば、それでいいんだから。俺が知ってる限りだと、ゴブリンの内臓亭なんて名前の宿もあったぞ?」


 レリューの口から出たその名前に、皆が……それどころか、偶然近くを通りかかった通行人までもが、嫌そうに顔を顰める。

 不味い肉の典型的な存在たるゴブリン。その内臓の名前を有するとなれば、当然のようにそれはとてもではないが遠慮したい名前だった。

 責める視線を向けられたレリューだったが、本人は特に気にした様子もなく宿の中に入っていく。

 そんなレリューの後ろ姿を呆れの籠もった視線で見ながら、レイ達もまた宿の中に入っていくのだった。

 取りあえずセトが厩舎に入れるかどうか、しっかりと聞こうと思いながら。

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