1676話
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「レイ、全く……買い物をしに行っただけなのに、何をどう間違えば海賊の討伐ということになるのかしら?」
海賊全てをボートで村まで運び、最後にレイがデスサイズの刃を突きつけていた男を船から降ろすと、レイは村から戻ってきたセトに乗って誰もいなくなった船をミスティリングに収納。
そしてボートと共に村に戻ってきた。
そうして村に戻ってきたレイに向けられた第一声が、マリーナのそれだった。
「そう言われてもな。成り行きで、としか言いようがないんだが」
実際、レイも何か狙いがあって今回のような行動に出た訳ではない。
本当に、成り行きでしかなかったのだ。
「あのね。……いえ、レイが動けば揉めごとに当たるというのは、よく言われてるし、それもしょうがないのかしら」
「……待て。俺はそんなことは聞いた覚えがないぞ? 本当にそんな風に言われてるのか?」
マリーナの口から出た予想外の言葉に、レイはそう告げる。
まるで犬も歩けば棒に当たるといったような様子で告げたマリーナの言葉は、レイにとっても当然満足出来るものではない。
だが、マリーナはそんなレイの様子に拘らず、話を次に進める。
「取りあえず海賊達は村の広場に集めてあるけど……どうするの?」
「あー……そうだな。取りあえず縛って身動き出来ないような状況にする必要があるから。いや、その辺は精霊魔法でどうにか出来ないか?」
「うーん、そうね。出来るか出来ないかで言えば出来るけど、あまり長期間は出来ないわよ?」
そんなマリーナの言葉に、こちらもまたレイを出迎えに来ていたエレーナが、不思議そうに首を捻る。
「うん? マリーナの家は精霊魔法で不法侵入者を防げるようになってると思うが? あれはかなり時間が経っても特に問題なく精霊魔法が効果を発揮しているだろう?」
「そうね。ただ、あの精霊は私と長期間に亘って契約している、特に相性のいい精霊だからこそよ。ここは初めて来た場所だから、私の家と同じようにするというのは少し難しいわ。……まぁ、それでも一晩、二晩程度ならどうとでもなるから、心配はいらないけど」
そう告げるマリーナの言葉に、レイも取りあえず短時間であれば大丈夫だろうと安心する。
「なら、取りあえず頼む。俺はこれからすぐにでもここから近い場所にある街にいって、警備兵や奴隷商といった連中を連れてくる必要があるからな。……それでいいか?」
最後にレイが尋ねたのは、レイ達の様子を見ていた老婆……この村の村長だ。
村長の近くには、念の為ということか何人かの護衛の姿もある。
突然レイに声を掛けられた村長は、特に動じた様子もなく頷きを返す。
……エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった、史上希に見る三人の美女に完全に目を奪われていた周囲の護衛達と違うのは、それこそ年期の違いという奴か。
「うむ、それで構わんよ。この村の長としては、村に被害が及ばなくなっただけで十分助かる」
「そう言って貰えると、こっちも助かる。ああ、それと漁具とか魚の件は……」
「そちらの準備もしておこう。今回はレイのおかげでかなり助かったからのう。出来るだけ安くしておくよ」
ふぇふぇふぇ、と。そう笑い声を上げる村長の言葉に、レイもそれを了承するように嬉しそうに頷く。
「分かった。それで、この近くにある比較的大きな街ってのは、どこにある?」
「ふーむ……そうじゃな。馬車なら三日程度の場所にジュビスという街がある。そこがこの辺りでは一番大きな街じゃな」
「へぇ……予想していたよりも近いんだな。てっきり、片道十日とか掛かるんじゃないかと思ったけど」
「そこまで田舎では、色々と問題も起きるじゃろうに。……ともあれ、その辺りについては全て任せてもよいのかの?」
「ああ。これからすぐにそのジュビスとかいう街に行ってくる。……いや、その前に、本当に今更だけどこの村は何て名前の村なんだ?」
村の名前を知らないということに今更ながら気が付き、レイは村長にそう尋ねる。
尋ねられた村長の方も、てっきりレイはその辺りを知ってると思っていたのか、少しだけ目を見開く。
「この村は外との関わりがあまりないからのう。村の中にも村の名前を知らないような者もおる。じゃが……そうじゃな。取りあえずはガランカの村と言えば、通じるじゃろうて」
「分かった。……それで、ジュビスってのはどっちの方向にあるんだ?」
「村を出てから、東の方に向かえば、やがて街道にぶつかる。その街道を左の方に向かって進めば、ジュビスに到着する筈じゃ」
村長と短く言葉を交わしてから、レイはエレーナ達に後は頼むとだけ言って、セトと共に村を離れていく。
そんな忙しい様子に、エレーナ達は少しだけ呆れの表情を見せていたものの、やがてそれぞれが準備を始める。
まずやるべきことは、海賊達を捕らえておくべき場所を用意することだろう。
それについては、先程レイと話した通りマリーナが担当し、村のすぐ外に簡単ながら土を使って牢屋を作る。
当然ながら、村人達の海賊に対する感情は良好とは言えない。
それだけに、海賊と村人の接触は出来るだけ避けた方がいいというのが、マリーナの考えだった。
本来なら村人達に海賊達の面倒を見させようと思っていたレイだったが、下手に村人達が海賊に危害を加えるような真似をするのもどうかと思ったので、その辺りは素直にマリーナの提案に従った形だ。
「さて、どれくらいで帰ってくるのかしらね」
「うん? セトの速度を考えれば、それこそ今日中に戻ってくるのではないか? セト籠も持っていったし」
マリーナの呟きを聞いたエレーナがそう答えるが、マリーナはレイが……そしてセトが、微妙に方向音痴だったり、もしくは頻繁にトラブルに巻き込まれているというのを知っている。
もしかしたら、ジュビスという街に到着する前に他の盗賊に遭遇したり、モンスターに襲われている馬車に遭遇したりといったことがあってもおかしくはない。
いや、寧ろそれくらいで済むのであれば簡単なものだろうとすら、思ってしまう。
エレーナも、マリーナの様子を見て若干不安を感じたのか、その視線をそっと逸らすのだった。
「グルルゥ?」
「ん? ああ、あの街道だな。あれを左の方に進めば、ジュビスとかいう街がある筈だ」
エレーナとマリーナが不安に思っている頃……意外にも、レイとセトは特に何かトラブルに巻き込まれるようなこともなく、村長に教えられた通りに進んでいた。
もっとも、頻繁にトラブルに巻き込まれている印象の強いレイだが、実際にはそこまで頻繁にという訳でもない。
一年を通して毎日のようにトラブルに巻き込まれていては、それこそ休む暇もなくなるだろう。
……もっとも、そもそも普通であれば、レイのように幾度となくトラブルに巻き込まれるということも滅多にないのだが。
セトに乗って街道を左に進んで行くと、やがて街が見えてくる。
ギルムよりは当然小さく、アブエロやサブルスタといった街と比べてもかなり小さい。
田舎というだけあって、街の規模は決して大きな訳ではない。
それでも、先程までレイがいたガランカの村に比べれば、その大きさは比べものにならない程に大きい。
「人は……それなりにいるな」
街道を歩いてジュビスに向かっている者は、それなりの数がいる。
それこそ、ガランカに比べれば人通りの大きさは圧倒的にこちらが上だろう。
(ガランカは、忘れさられた村って感じの村だったしな)
勿論それはあくまでもレイがそう感じたというだけで、実際にはそういう訳ではない。
税に関しても、毎年のようにきちんと収めているのだから。
「セト、下りてくれ」
「グルルルゥ!」
街が近づいてきたのを見て、レイはセトにそう頼む。
するとセトはすぐに喉を鳴らし、翼を羽ばたかせながら降下していく。
当然そんなセトの様子に、地上を歩いている者達も気が付き、何人かが騒ぎ始めた。
だが、それはいつものことである以上、レイは特に気にした様子もない。
それでも門番の警備兵については多少の配慮をして、こうして街から少し離れた場所に下りたのだが。
「なぁ。あの街がジュビスで間違いないか?」
セトが下りた場所の近くにいた、商人と思しき男にそう尋ねる。
その商人は驚きで顔を固めたまま……それでも、レイの言葉に頷きを返す。
商人としての意地か、それとも根性の類か。
理由はともあれ、そのことを教えてくれた商人にレイは感謝し、やはりここがジュビスで間違いなかったということに満足しながら街に向かう。
当然セトに乗って近づいてくるレイは、門番をしている警備兵達にも見えていた。
見えていたが……こんな田舎の街の警備兵に、グリフォンのセトをどうにか出来る筈もない。
既に何人かの警備兵が、上司に報告しに行動していた。
レイもそんな警備兵の動きは理解しながら、後ろ暗いことはない……どころか、海賊を捕まえたことを知らせに来たので、特に気にした様子もなく正門の前にいる警備兵に声を掛ける。
「俺はレイ。ランクB冒険者だ。ガランカで海賊を捕らえたから、それの引き渡しと確認を希望する」
「……レイ? グリフォンを連れていて、レイ……深紅のレイか!?」
幸い、警備兵はレイのことを知っていたのだろう。いつ襲われてもいいように構えていた槍を下ろす。
(どうやら、ジュビスには俺のことがそれなりに知られていたみたいだな。……面倒な騒ぎにならなくて良かった)
今まで、レイはその見た目から幾度となく侮られ、絡まれたりといった経験をしてきた。
最近ではそのようなこともなくなったが、それはあくまでもギルムを始めとしてそれなりに栄えている場所での話だ。
このジュビスのような田舎まで、レイの噂が届いているかどうかは、その噂の元である本人にも分からなかった。
だが、幸いにもその噂は届いていたらいしい。
安堵しつつ、レイはセトの背から降りて再び口を開く。
「どうやら俺を知ってるみたいだな。……ああ、これがギルドカードだ。それで、海賊の件はどうする? 出来るだけ早く来て欲しいんだけどな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これは俺だけで判断出来ん! すぐに上の者を呼んでくる!」
そう叫ぶ警備兵だが、先程レイ達の存在を目にした時に応援を呼ぶ為にこの場から去った者がいるのは、レイも確認している。
(まだこっちを警戒しているのか?)
そう思わないでもなかったが、考えてみれば突然こんな田舎に異名持ちの冒険者が姿を現し、更には海賊を捕まえたから引き取って欲しいと言うのだ。
それを怪しむなという方がどうかしているだろう。
結局、レイはそのままセトと共に正門の近くで呼ばれた上司とやらが来るのを待つ。
その間、警備兵は特にやることもないので、街の中に入ろうとする者の手続きをしようとしたのだが……レイとセトが大人しく、別に自分達に対して危害を加える存在ではないと知った者の多くが、これから何が起こるのかと、興味深そうにレイの方を見ており、街の中に入る手続きをする様子はない。
「おいおい、なんでこんなに物見高いんだよ」
「しょうがねえよ。この田舎でここまで大きな騒動は、そうそうないだろうし」
警備兵がそれぞれ不満を口にする。
実際、その言葉が正しいというのは、周囲の者達が証明している。
今の状況で無理に街に入るように促しても、それこそ不満を口にするだけだろう。
……これでレイやセトが他人に危害を与えるような者であれば、若干話も違ったのかもしれないが。
そうして少しの時間が経ち……レイがミスティリングから取り出した干し肉をセトと共に食べていると、やがて街の中から数人の警備兵が姿を現す。
その中でも、先頭に立って姿を現した人物が警備兵の中でもお偉いさん……最低でもレイと話をした警備兵より上の立場だというのは明らかだった。
「君が深紅のレイか?」
「ああ。そっちは、警備兵のお偉いさんってことでいいよな?」
「そのような認識で構わない。それで、海賊を捕らえたという話だが、その海賊は一体どこに?」
「ガランカって村は分かるか? ここから結構離れてる場所にある村なんだけど」
「……ガランカ? ああ、分かる。行ったことはないが、名前くらいなら知っているという程度だが」
警備兵の隊長ということもあり、ガランカの名前を覚えていたのはさすがと言うべきなのだろう。
実際、レイが口にしたガランカという名前を聞いても、周囲で話を聞いている者の中には、何を言ってるのか分からないといった表情を浮かべている者も多かったのだから。
「そのガランカの近くにある無人島に、海賊達のアジトがあったんだよ。それで村の連中に頼まれて、俺がそいつらを捕まえた。ただ……ガランカがどこにあるのかが分かっているなら話は早いけど、かなり遠い場所にあるだろ? だから、俺がここまで来た訳だ」
そう告げるレイの言葉に、警備兵の隊長は不思議そうに首を傾げるのだった。