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レジェンド  作者: 神無月 紅
秋に向けて
1670/3865

1670話

 自分を雇わないか。

 そう言ったレイに村人が向けた視線は、半信半疑……いや、二信八疑といった視線だった。

 この村の者達にとっては、幾らレイがランクB冒険者としてのギルドカードを持っていても、具体的にそれがどれくらい凄いのかということは全く分からないのだ。

 もしギルドの出張所でもあってギルド職員がいれば、異名持ちのランクB冒険者というだけで戦力としては申し分ない……いや、寧ろ過剰戦力だと判断しただろうが、残念ながらこの村にギルドの出張所はない。

 だからこそ、レイのような者が自分を雇わないかと言われても、すぐに判断は出来なかったのだ。

 そんな村人達を見たレイは、どうやって自分の実力を信じさせるかということを考え……やがて、もっとも簡単な手段を思いつく。


「まずは、そうだな。取りあえず俺の相棒を紹介しよう」

「……相棒?」


 レイの言葉にそう返したのは、最初にレイに話し掛けてきた男だ。

 その男に頷いてから、レイは自分のやってきた方を見て大きく息を吸い……叫ぶ。


「セトーーーーーーーーーーーーッ!」


 突然近くで叫ばれた男は、反射的に手で耳を押さえる。

 離れた場所にいた村人達も、それは同様だった。

 そしてレイが叫んでから十秒程が経ち、男は耳を押さえていた手を外してレイに向かって怒鳴ろうとし……


「グルルルルルゥ!」


 瞬間、そんな鳴き声が空から聞こえてくるのを聞き、動きを止める。

 その鳴き声は、不思議と注意を向けざるをえない力のようなものが働いていた。

 それはレイに向かって怒鳴ろうとした者だけではなく、他の村人達も同様だった。

 全員が声のした方に視線を向け……やがて、村人達の視力でも空を飛んで近づいてくる何かに気が付く。

 そして気が付いてしまえば、それが何なのか……理解するのは難しくない。

 だが、それを理解してしまったからこそ、今度は動けなくなる。

 冒険者でも、ランクAモンスターと遭遇することは一生に一度あるかないかといったところなのだ。

 当然のように、このような村に住んでいる者が高ランクモンスターのグリフォンと遭遇するなどということは、考えられる筈もない。

 ……ましてや、実はセトが様々なスキルを使いこなす、ランクS相当のモンスターだというのは完全に想像の埒外だろう。

 村人達から唖然とした視線を向けられているセトだったが、やがて翼を羽ばたかせながら地上に向かって降下してくる。

 そうして地面に着地し……その衝撃と羽ばたかせた翼の空気により我に返った村人達が、レイに向けて鋭いクチバシを備えた顔を突き出したセトの姿に、悲鳴を上げようとし……


「グルルゥ」

「よしよし、よく来てくれたな」


 セトがレイに向けてクチバシを近づけたかと思うと、嬉しそうに喉を鳴らし、そしてレイもまた嬉しそうに近づいてきたセトの顔を撫でている光景を目にして、理解不能といった様子になる。

 実際、それを見ている者達はあまりにも予想外の出来事に、完全に動きを止めていた。

 そんな村人達に対し、セトを撫でていたレイは視線を向け、次にミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 二槍流……最近ではセトの存在やデスサイズと並んでレイの代名詞となりつつある、二槍流。

 

(まぁ、ここで二槍流だって言っても、俺のことを知らないらしいから何の意味もないんだろうけど……それでも、デスサイズと黄昏の槍は見た目の迫力が凄いからな)


 大鎌と深紅の槍は、それこそ争いの類に全く関わったことがない者であっても、圧倒的なまでに目を引くだけの迫力がある。

 そんな武器を持っている以上、レイが見た目通りの存在ではないというのは容易に判断出来る筈だ。

 事実、村人達はセトを横に置き、両手に大鎌と槍を持っているレイに信じられないといった驚愕の視線を向けていた。

 そんな村人達に対し、レイは自信に満ちた視線を向け……やがて、口を開く。


「さて、これで俺が腕利きの冒険者だというのは、分かって貰えたよな?」

「あ、ああ。レイだったか? お前はともかく……グリフォンが一緒にいるって時点で、戦力としては申し分ないと考える他はない」


 デスサイズと黄昏の槍を出してまでパフォーマンスをしたのだが、それに対して男が反応したのは、あくまでもグリフォンに対してだけだった。

 男の態度に若干不満を覚えたレイだったが、このような場所に住んでいるのであれば自分の情報について知らなくても無理はないと判断する。

 そもそも、レイがこの村に来たのは、あくまでも漁に使う網の類や、小さな――あくまでもマグロのような魚に比べてだが――魚を出来るだけ欲しいと思った為だ。

 そこで偶然海賊に襲われているという情報を得ただけなのだから、取りあえずはセトの力だけでも認めて貰えば海賊退治をするには十分だろうと判断する。


「ともあれ、そんな訳で俺にはセトという相棒がいる。これなら俺達が海賊を倒しても何も文句はないだろ?」

「いや、それは……まぁ、そうなの……か?」


 男が首を傾げ、やがて問題がないと判断したのだろう。少し迷って村人達の方に……そのなかでも、一人の老婆に視線を向ける。

 杖を突いている、六十代……もしくは七十代程の年齢か。

 それでも、目にはしっかりとした知性の光があり、その視線でレイを見ていた。


「お主、本当に儂等を……この村を助けてくれるのか?」

「んー……そうだな。俺は漁に使う漁具とか、魚とかを買いに来たんだ。その村が海賊に襲われているとなれば、安心して買い物は出来ないだろ? それに……」


 そこで一旦言葉を切ったレイに、老婆はその言葉の真偽を見抜くように強い視線を向け、先を促す。


「それに? なんじゃ?」

「ここには冒険者ギルドやその出張所といったものがないみたいだから分からないかもしれないけど、冒険者が盗賊の類を倒せば、その盗賊が持っていた財産は全て倒した冒険者の物になる。勿論、それを奪われたって奴がいれば、優先的に買い戻すのに応じたりもするけど」

「つまり、お主は海賊のお宝が目当てだと?」

「それもある、ってだけだ。正確には、海賊が持っているお宝以外に海賊の船も欲しいし、海賊自身も奴隷として売れば相応の金になるし。……まぁ、奴隷として売るには、ある程度の規模の街や都市までいかないといけないけどな」


 取りあえずこの村で奴隷として売るのは無理だろうと、レイは判断する。

 これだけの小さな村だけに、奴隷商がいる筈もないと。


(そうなると、もし海賊達を生きて捕らえても……どこか奴隷商のいるような街まで行く必要があるってことか。そいつらを運ぶとなると、当然船を使って運ぶ必要がある訳で……正直なところ、かなり面倒だな。いや、寧ろ俺が直接街に行ってセト籠か何かで連れて来た方が手っ取り早いか?)


 海賊達を引き連れて行くよりは、絶対にそっちの方がスムーズに物事が進むのは確実だった。

 奴隷商人であれば、奴隷の首輪は間違いなく持っている筈であり、奴隷の首輪を付けてしまえばその海賊達も妙な真似は出来なくなるのだから。


「なるほど。……では、お主はこの村に害を及ぼす者ではないと、そう言うのじゃな?」

「ああ。寧ろ、無料で海賊退治をするし、売ってくれるのなら漁具を買うし、魚介類の類もあればあるだけ買う。この村に対しては、多くの利益をもたらす……と言ってもいいと思う」

「信じよう」

「村長!?」


 レイの言葉を聞いた村長が信じると口にした瞬間、最初にレイに話し掛けてきた男も……そして周囲にいた村人達も、全員が驚愕の声を発する。

 ここは五十人にも満たない者達が暮らす小さな村だが、だからこそ村を仕切る村長の力量というものが直接的に反映される。

 悪く言えばワンマン体制……といったところか。

 そんな村で、村長はもう数十年近くその役目を果たしてきた。

 このような小さな村でも、数十年単位ともなれば様々なトラブルに見舞われる。

 それこそ、今回のように海賊が食料等を要求してきたのと同じような騒動も、何度か経験している。

 そんな騒動をこの村がどうにか乗り越えてきたのは、村長の指示があってのことだ。

 それだけに、この村で村長をしている老婆は、村の皆から尊敬され、慕われていた。

 だがそのような村長であっても、まさかいきなりこのようなことを言い出すというのは、完全に予想外だったのだろう。


「儂の言葉が信じられぬか? この者は決して悪意のある者ではないのじゃ」

「そう言われても……」


 悪意のない者と言われたレイは、村人達の視線を受け、照れくささを誤魔化すようにセトを撫でる。

 自分が悪意ある者であるとは、当然レイも思っていない。

 それでも直接的にそのように表現されれば、照れるなという方が無理だった。


「と、取りあえずだ。海賊の件は俺に任せるってことでいいんだな?」


 少し焦った様子を見せるレイに、村人達も何かを感じたのだろう。周囲に漂っていた緊張感は消え、どこか和やかな空気が周囲に満ちる。


「うむ。お主に任せる。……海賊についての情報は、そこのパストラから聞くといい」


 パストラと村長に視線を向けられたのは、レイに話し掛けてきた若い――それでもレイから見れば十分年上だが――男だった。


「村長がそう決めたのなら、俺の方は問題ない。それで、何が聞きたい?」

「そうだな。率直に言えば、海賊のアジトがどこにあるのか知りたい」

「それは……あそこだよ」


 そう言い、パストラが指さしたのは今いる場所からでも見える海……の先に、微かに見える島。


「島か?」

「ああ。ちょっと前までは無人島だったんだが、少し前に海賊達がやってきて自分達のアジトにしたんだよ」

「それで、一番近くにあるこの村に食料を要求してきた、か。そう考えると、そこまで最悪の存在でもないのか?」

「はぁ? 何を言ってるんだ? この状況で最悪の存在ではないだって?」


 レイの言葉が不満だったのか、パストラは日に焼けた顔や身体で不満を表しながら、レイを睨み付ける。

 だが、今まで幾多もの戦いを潜り抜けてきたレイに、そんな睨みが効く筈もない。


「だってそうだろ? もしその海賊達が後先何も考えないような最悪の存在なら、それこそ食料とかだったか? その要求をするだけじゃなくて、この村を襲って食料とかを根こそぎ奪っていった筈だろ?」

「それは……」


 レイの言葉に何かを言い返そうとしていたパストラだったが、そう言われれば何も言い返すことは出来ない。

 実際、もしそのような真似をされていれば、この村は既に消滅していた可能性が高いのだから。


「だからって、海賊達を許せなんて言われても無理だぞ」

「それは当然だ。別に、俺は海賊達を許せなんて言ってる訳じゃないしな。ただ、そういう海賊じゃなくて運が良かったなって言っただけだよ。……それで、海賊の持っている船は何隻だ? その大きさも教えてくれ」

「大きさって言ってもな。かなり大きな船が一隻だけだ。ただ、その船に積めるような大きさの船なら、幾つか持ってたな。でないと、この村まで来ることも出来ないし」

「一隻か。そうなると、思ったよりも人数は少ないと考えてもいいかもしれないな」


 もっとも、船を一隻動かすだけでも相応の人数を必要とする。

 海賊の数が十人程度……ということはないだろうが。


(それに、この村に来た船が一隻ってだけで、実際には他にも船を持ってる可能性があるしな)


 この村の規模が小さいのは、それこそ沖から見れば明らかだ。

 そうである以上、わざわざ海賊を大勢連れてくるという真似をするとも思えない。

 そんな風に思いつつ、レイはこれからどうするべきかを考える。

 可能であれば、自分だけでこの件をどうにかしたい。

 だが、敵の人数……何より捕らえた海賊達を管理するには、レイだけではどうしても手が回らない可能性がある。


(ああ、捕らえた後なら、この村の連中に手伝って貰うという方法もあるのか)


 自分達に危害を加えようとした海賊だけに、この村の住人もそう簡単に目を離すような真似はしないだろう。


(うん、エレーナ達も海の遊びを楽しんでいるんだから、それを邪魔するような真似はしない方がいいか)


 レイは村長の方に視線を向け、口を開く。


「もし俺が海賊を捕獲したら、少しの間その管理を頼めるか?」

「ふむ……管理、か。具体的にどれくらいの日程になるのかわかるかの? 儂も、この村に危害を加える者達が相手であれば、手助けをしたいとは思う。じゃが、こちらも仕事をする必要があってな」

「……分かった。なら、幾らか報酬は支払おう」

「そうして貰えれば、こちらも真剣に仕事が出来るよ」


 こうして、レイはバカンスに来てまで海賊退治をすることになるのだった。

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