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レジェンド  作者: 神無月 紅
秋に向けて
1668/3865

1668話

「違うってば。鱗はナイフの背で剥ぐの。いい? こうよ、こう!」


 そう良いながら、ビストルはナイフで魚の鱗を剥いでいく。

 レイから見れば、ただナイフの背で魚をなぞっているようにしか見えないのだが、それでしっかりと鱗が剥がれているのは間違いない。

 だが、自分のまな板の上にある魚に視線を向けると……そこにあるのは、鱗諸共に皮どころか身までもが一緒になって剥がされている魚の姿。


「……何でだ?」

「だから、力加減が大事なのよ。それと、魚の身に沿ってナイフの背を走らせるの。こうよ、こう!」


 そう言いながら、ビストルはまな板の上にあった魚をひっくり返し、反対側の身についている鱗を剥いでいく。

 やっていることはレイと同じなのだが、その結果はまさに雲泥の差と言ってもいい。

 それ程までに、レイとビストルでは魚の捌き方に差があった。


(何でだ? モンスターとか動物とかを解体するのなら、俺だってそこまで下手って訳じゃない。なのに、何で魚をおろすことは出来ないんだ?)


 悩みつつ、レイは視線を横に向ける。

 ビストルの方……ではなく、それ以外の面々だ。

 エレーナは若干苦戦しているが、それでもレイより上手く鱗を剥ぐことが出来ている。

 ヴィヘラとマリーナは、ビストル程ではないにしろかなり上手い。

 そしてビューネは……ビストルと同等、下手をすればビストルよりも上手いのではないかと思うくらい綺麗に鱗を剥いでいた。

 その見事さは、ビストルをしてビューネに魚の卸し方で教えることはないと、そう断言する程の腕前だ。

 そして……結局レイよりも魚の卸し方が下手なのは、それこそセトとイエロくらいしか存在しないことが明らかになる。

 もっともマグロ程に大きな魚ならともかく、今レイ達がおろしているような魚は、セトの場合は鱗を剥いだりとかせずにそのまま食べることが多い。


「うーん、レイちゃんも別に不器用って訳じゃないんだから、結局のところ慣れだと思うんだけどね。アタシも最初から上手く魚を捌けた訳じゃなかったし」


 ビストルの言葉に、レイはなるほどと納得する。

 実際、レイは日本にいた時から含め、魚を捌いたことはない。

 父親の飼っている鶏を絞めたことはあるのだが。

 そういう意味では、ビストルが言う慣れればそれなりにどうにか出来るという言葉に納得の表情を浮かべる。


(まぁ、実際に慣れるまでどれくらい掛かるのかは……ちょっと微妙なところだけどな。少なくても、海にいる間に慣れるって風にはならないと思うし)


 海にいる間中、ずっと魚を捌く練習をしていれば、もっと上達するのは間違いないだろう。

 だが、レイがこの海に来たのは、あくまでも魚を獲る為だ。

 そうである以上、魚を捌く練習を続けるような余裕は存在しない。


「じゃあ、折角だし、この魚は今日の食事に使いましょうか」

「わざわざ自分達で作らなくても、料理人が作った料理を大量に持ってるんだけどな」

「あらん、駄目よ。こういう時はやっぱり自分達で作らないと。勿論料理人が作った料理は美味しいけど、自分達で作るのもたのしいものよ? ねぇ?」


 レイの言葉に、ビストルは意味ありげにエレーナ達を見る。

 そんなビストルの視線に、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人は、小さく……だが、確実に頷いた。

 エレーナ達も、女として愛している男が作った料理を食べてみたいと、そう思うのは女として当然なのだろう。

 そして同時に、自分の作った料理をレイに食べて欲しいと思うのもまた、当然だった。

 唯一ビューネのみが、少し残念そうな雰囲気を放ちながら視線を逸らすだけだ。

 エレーナ達と違い、ビューネは別にレイに対して好意を持っていない。

 いや、同じパーティの仲間としての好意は抱いているが、異性に対する好意ではないと言うべきか。

 だからか、別にレイの手料理を食べたいとも思わないし、レイに手料理を食べさせたいとも思わない。

 寧ろ、レイが持っている料理人が作った料理の方を食べたいと、そう思ってしまうのは当然だろう。

 だが、ビューネが懐いているヴィヘラがレイをどう思っているのかは容易に分かる。

 なので残念そうにしながらも、結局何も言うことはない。


「さて、そういう訳でそれぞれお料理を作りましょうか」

「いや、どういう訳だよ。……これ以上は言っても意味がないみたいだから、何も言わないけどな」


 そう言い、レイはビストルにこれ以上逆らうことは止めた。

 実際、レイもエレーナ達の作った手料理を食べたくないのかと言われれば、食べてみたいと思ってというのも大きいだろう。

 マリーナの家の庭で食事をする時は、マリーナ達の作った手料理を食べたりもしているので、これが初の手料理という訳ではないのだが。

 もっともそれを言うのであれば、それこそレイも窯を使ってピザを焼いたりしているのだから、レイの手料理もこれが初めてという訳ではない。

 それでもそれぞれが手料理を食べたいと思うのは、ここがマリーナの家の庭といういつもの場所ではなく、いつもと違う場所……それも冒険者としての依頼でやってきてるのではなく、純粋にバカンス的な気分だからこそだろう。


「まずは、フライパンを用意してこの油を引いて頂戴」


 そう言いながら、ビストルは拳程の大きさの木の実の中に入っている油をレイに渡す。


「……随分と用意がいいな。まだ、フライパンも出してないのに」


 そう言いながら、レイはミスティリングからフライパンを取り出して焚き火の上に持っていく。

 フライパンを軽く熱してから油を入れ、それを馴染ませたところで……


「はい、レイちゃんが切った魚を投入よ。ああ、皮を下にしてね」


 指示に従い、レイはフライパンにかなり不格好な切り身になった魚を置く。

 熱せられた油によって、皮の部分から香ばしい匂いが周囲に漂う。

 それこそ、この匂いを嗅いだだけで空腹を主張するような、そんな匂いと音。


(この油、普通の油とちょっと違うのか?)


 魚を焼く香ばしい匂いと共に、若干だが甘酸っぱい匂いが周囲に漂う。

 普通料理に使う油では、そのような匂いがするということはない。

 もっとも、それはあくまでもレイの経験からのものであり、実際にはそのような油があってもおかしくはないのだが。

 事実、現在こうしてレイの前にそのような油があるのだから。


「そうそう、軽くフライパンを動かして皮がくっつかないようにしてね。そして……次に、これを入れるの」


 そう言い、レイに渡したのは野菜……ではなく、どちらかと言えば野草と呼ぶべき草。


「どこからこんなの採ってきた?」

「あら、食べられる野草というのは結構生えてるのよ? 特にここは山だから、そういうのも多いのよ。それに、さっきの油だってこの山で手に入れたものだしね」


 片目を閉じながらそう言ってくるビストルに、レイは冒険者としてもやっていけるんじゃないか? という疑問を抱く。

 実際、ビストルはその筋骨隆々の大男といった様子で、身体能力も高いというのはレイも知っている。

 そして初めて来る山の中でこうして容易に食材を手に入れることが出来るのだから、間違いなく冒険者としてやっていけるというのは、レイから見ても明らかだった。


「なぁ、ビストル。お前冒険者になるつもりないか?」

「ないわよ。それより、しっかりとフライパンの中を見てなさい。油を追加するわよ」


 レイの誘いをあっさりと断ると、ビストルは追加の油をレイの持つフライパンに投入する。

 少し油を入れすぎじゃないのか? と思うレイだったが、ビストルは特に失敗したといった表情は浮かべておらず、じっと真剣な表情でフライパンの中を見ていた。


「次、この果実の果汁を全体に回し掛けて」


 こと、料理に関してはレイ達よりも上手いビストルに逆らえる筈もなく、レイは渡された果実を握ってその果汁をフライパンの中の魚と野草に回し掛けていく。


「最後に塩を上から軽く振って……出来上がりよ」

「……随分と簡単だな」

「そうね。でも、この料理に使った材料は全てこの山と海のものよ。そう考えれば、雰囲気があると思わない?」

「そう言われると、そう……か?」


 地産地消という言葉を思い出したレイだったが、この場合はそれに当て嵌めるのは少し違う気がする。

 ともあれ、こうして出来た料理はレイがミスティリングから取り出した皿の上に乗せられる。


「魚の身は乱暴に動かせば崩れるから、その辺は注意してね。それと折角作ったお料理なんだから、綺麗に盛りつけましょう」

「俺にその手のことを期待されてもな」


 そう言いながらも、レイは皿の上に魚を置き、その周囲に野草を配置していく。


「はい、それと最後にこれも掛けて頂戴。香りが一段と良くなるわよ」


 ビストルに渡されたのは、青紫色の花。

 その花を魚の上に置くと、魚の熱によって花が熱せられ、周囲に爽やかな緑の香りが漂い始めた。


「この花もこの近くに生えていたのか?」

「ええ。ダーネスという花で、きちんと食べることも出来る花よん」

「……つくづく、お前がどこでこういう知識を得ているのか、理解出来ないな」

「そう? 花のことを知りたくなるのは、当然じゃない?」


 そう告げるビストルの表情は、自分が何も変なことを言っておらず、正論しか口にしていないといった様子だ。

 それを見たレイは、そんなビストルに向けて何かを言おうとするも、結局は口を塞ぐ。

 恐らく、何を言ってものれんに腕押し状態だと、そう思った為だ。

 それに実際、花に興味を持つという者は少なくはない。……それが食用花にまで及ぶかどうかは、それこそ人それぞれだろうが。


「あー……まぁ、いい。それで、この料理はこれで完成ってことでいいのか? なら、食べたいんだけど」

「駄目よ」


 即座に……それこそ反射的にと表現するのが相応しい速度で、ビストルはレイの意見を却下する。

 そして、たっぷりと呆れの表情を浮かべてレイの方を眺めていた。


「あのね、レイちゃんの作った料理は、そっちの三人が食べるの。そしてそっちの三人が作った料理を、レイちゃんが食べるの。……いい?」


 ビストルの言葉に、そっちの三人と一纏めにされた、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラがそれぞれ頷く。


「いや、絶対に俺が作った料理よりも、お前達が作った料理の方が美味いぞ? それでもいいなら、こっちも別にいいけど……」


 どうしても魚を三枚に下ろす時に上手くいかなかった分だけ、レイの作った料理は魚の身が崩れている。

 自分で食べるのであれば、全く問題はないだろうが……それを人に食べさせるとなると、少し躊躇ってしまう。

 ましてや、エレーナ達はレイよりもかなり綺麗に魚を捌いていたのだから。


「あのねぇ、少しは女心を勉強したら?」


 そう告げるのがエレーナ達であれば、レイもまた納得出来ただろう。

 だが、女心を勉強しろと言ってるのが筋骨隆々の大男なのだから、一見すればそこに説得力は一切ない。

 もっとも、ビストルがどのような人物なのかを理解すれば、説得力に関しては一変してこれ以上ない程に強力な説得力になるのだろうが。


「取り合えず、ビストルの言いたいことは分かった。お前達もそれでいいのか? 三人分となると、かなり量が少なくなるけど」

「ああ、私はそれでいい。マリーナとヴィヘラは?」

「勿論、私も構わないわよ?」

「私も同じく構わないわ」


 そう言い、レイの料理を三人で分けて食べる。

 その後、同じ料理をエレーナ達が作り、それをレイが食べる。

 レイだけが三人分食べたことになるのだが、特に誰からも不満は出なかった。

 今夜の料理は、これだけではなく、普通にレイがミスティリングから取り出した料理があったというのも大きい。

 セトも、オークの肉がたっぷりと入ったシチューを鍋一杯食べることが出来たのが嬉しかったのか、機嫌良さそうに喉を鳴らしながら地面に寝転がっていた。

 そんな中……食事が終わったレイ達は、少し離れた場所でグズトスから魔石を取り出すことにする。

 ミスティリングの中に入っているのだから腐ったりすることはないのだが、レイにしてみれば出来れば早いうちに魔石の吸収を済ませておきたかったというのもある。

 ビストルにその辺りの事情を説明することは出来ないので、何となく早いうちにモンスターの魔石を取り出したくなったとだけ告げて作業を始めた。

 もっとも、完全に解体するのではなく、あくまでも魔石を取り出すだけだ。

 それだけであれば、特に時間が掛かるようなこともないので、作業をしたのはレイと一応といった様子で一緒にいたセトだけだ。

 ……もっとも、魔石はすぐに吸収するのだから、ビストルやビューネといった面々が一緒に来なくて、レイにしてみれば助かったというのが正直なところだが。


「さて、セト。魔石を吸収するのは久しぶりだけど……どうだろうな?」


 そう告げ、グズトスの魔石をセトに食べさせると……


【セトは『水球 Lv.五』のスキルを習得した】


 と、脳内にアナウンスが流れるのだった。

【セト】

『水球 Lv.五』new『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.二』『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.五』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』


水球:直径一m程の水球を四つ放つ。ある程度自由に空中で動かすことが出来、威力は岩に命中すればその岩を破壊するくらい。

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水中に適応するスキルもそのうち手に入るんですかね?
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