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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1635/3865

1635話

 レーブルリナ国とミレアーナ王国の間にある関所を抜けてから十日程……途中で幾つかの村や街を経由したことにより、その度に護衛の数は充実していった。

 それでも護衛には強さよりも性格の方を重視して選んでいる為に、腕利きと呼ぶべき人物はそれ程多くはなく……だからこそ、自分を無理にでも売り込もうとしてくる者もいる。


「いいから、俺を雇えって言ってるんだよ! 見たところ、女ばっかりなんだろ? なら、俺が雇われてやるから安心して任せろ!」


 旅の途中で寄った街の一つのギルドで、そんな声が周囲に響く。

 レーブルリナ国と違ってそれなりに腕の立つ冒険者が増えてきた影響か、自分の腕に自信を持ってそう言ってくる者が最近増えてきていた。

 ……セトを街中に入れてもよければ、このようなことを騒ぐ者はいないのだろう。

 また、中途半端に腕は立つが、レイの力を見抜くことが出来る程ではないというのも、この場合は問題をややこしくしている。

 そして何より、レイ達一行の中にマリーナとヴィヘラがいるというのが大きいだろう。

 上手くいけば、このような美女二人とお近づきになれるかもしれない。

 男達がそう思ってしまうのは、仕方のないことだった。


(せめてもの救いは、エレーナがいなかったことか。……いや、エレーナなら顔を知られている可能性もあるから、寧ろエレーナがいれば騒動にならなかったか?)


 半ば現実逃避気味に、レイは貴族派のことでアーラと何やら相談していたエレーナのことを思い出す。

 だが、そんなレイの態度は、自分を雇えと言っている男にとっては許せないものだったらしい。

 

「おい、聞いてるのかよ! だから、俺を雇えって、言ってるんだ!」

「……そう言われてもな。俺達が雇うのは、技量はそこそこでもいいから性格の良い奴だ」

「なら、俺で問題ないだろうが」


 一瞬のタイムラグもなく、レイの言葉にそう返す男。

 本気で自分に問題がなく、性格も良いと思っているのは間違いない。

 そんな男の様子に、レイは一瞬呆れ……だが、次の瞬間には首を横に振る。


「今のお前を見て、到底性格が良いという風には思えないな」


 実際、男はマリーナとヴィヘラの二人に対して欲望の視線を向けている。

 また、護衛するのが女だけで千人近い人数であるという説明を聞いて目を輝かせているのを見れば、それが何を期待しての光なのかというのは明らかだ。

 相手を想って口説く……というのであればまだしも、このように露骨に欲情している様子を見せられて、そのような人物を護衛として雇うという選択肢はレイにはない。

 ただでさえレイ達一行の大多数は、奴隷の首輪によって洗脳され、自分から進んで娼婦をやらされていた者達が多い。

 そうである以上、男達のそういう視線について敏感になってしまうのは当然だろう。

 セトがあそこまで多くの女達に可愛がられているのは、セト本来の愛らしさもあるが、やはりそれ以上にセトが動物――正確にはモンスターだが――で、自分達に対してそのような視線を向けてこないからというのも大きい。

 そのような集団に、現在レイの前で自分を護衛に入れろと騒いでいるような男を入れればどうなるか。

 間違いなく問題を起こすだろう。

 だからこそレイはそう言ったのだが、この場合はタイミングが悪かった。

 マリーナやヴィヘラのような美人二人を前にして、自分を侮るような発言。

 そして何より、その発言をしたのがレイだったこと。

 ……レイがデスサイズでも持っていれば、男もその正体に気が付くことが出来たのだろうが……まさか街中で、戦闘中でもないのにデスサイズを持ち出す訳にもいかないだろう。

 それらの理由から、男はレイがマリーナやヴィヘラという二人を引き連れている……いわゆる、虎の威を借る狐だと思い込んでも、おかしくはなかった。

 そんな人物から、性格が良いとは思えない……つまり性格が悪いと言われれば、元々粗暴な性格をしている男の頭に血が上るのは、当然だろう。


「んだと、このガキ!てめえ、誰に向かって言ってるのか、分かってんのか!?」


 恫喝するように叫び、レイに手を伸ばす男。

 今までであれば、大抵は男が凄むと何も言えなくなる者が多かった。

 レイもその口だろう。

 だが、周囲の様子を見ている限り、率いている一団の中では大きな影響力を持っているのは間違いない。

 そんな男を脅し、自分の命令に従うようにすれば美味しい思いが出来る。それどころか、マリーナやヴィヘラすら自分の女に出来るかもしれない。

 そう思っての行動だったが……次の瞬間、何か衝撃を受けたと思うと、何故か男は壁に寄りかかっていた。


「が……え……」


 レザーアーマー越しとはいえ、身体を強くぶつけた衝撃は完全に防げる訳ではない。

 何が起きたのか分からないまま、男はそのまま意識を失う。


「えっと……えー……ここは普通、俺の出番じゃないか?」


 壁にぶつかって意識を失った男を見ながら、レイは戸惑ったように呟く。

 もし男が殴ろうとしてきたら、カウンターで迎撃するつもりだった。

 だが、気が付けばレイが何かをするよりも前に男は別の人物に殴られて吹き飛んでいたのだ。

 レイにしてみれば、獲物を横から掻っ攫われたかのような感覚。

 まさに、鳶に油揚げをさらわれるとはこういうことなのでは? と思ってしまう。


「いや、すまん! うちの馬鹿が馬鹿なことを言って、馬鹿な真似をして……本当に馬鹿で」


 何回馬鹿って言った?

 そんな風に思いながら、レイは自分に頭を下げている人物を見る。

 小柄なレイより更に背が小さく、それでいて男を殴った腕には、見て分かる程に筋肉がついている。

 顎からは立派な髭が胸近くまで伸びているその人物が誰なのかはレイにも分からなかったが、どのような人物なのかというのは、レイにも理解出来た。


「ドワーフ?」

「おう、このギルドのギルドマスターをしているシナラマだ。うちの馬鹿が本当にすまなかった。……その、マリーナ様にも申し訳ないことをして……」

「え?」


 そんなシナラマの様子に、思わずといった様子で疑問の声を口にしたのはレイ。

 何故なら、明らかにシナラマはマリーナの前で緊張した様子を見せていた為だ。

 いや、緊張だけだというのであれば、長年ギルムのギルドマスターをしてきたマリーナだけに、そうおかしな話ではないかもしれない。

 だが、マリーナの前にいるシナラマは、緊張していると同時に顔を喜びで溢れさせている。

 それこそ、マリーナに会えたということがこの上なく嬉しいと、そう態度で示しているかのように。

 このエルジィンでは、よくあるようにドワーフとエルフが敵対しているという訳ではない。

 勿論ドワーフにしろエルフにしろ、大勢いる以上は気が合わない者もいるだろう。

 しかし、種族的に敵対している訳ではない以上、目の前のような光景があってもおかしくはない。


(おかしくはないけど……それはそれで、違和感があるな)


 レイが日本にいる時に読んでいた漫画や小説では、大抵エルフとドワーフは険悪な仲として書かれていた。

 それだけに、こうしてマリーナに対して憧れの視線を向けているドワーフというのは、どうにも違和感がある。

 エルフとドワーフが仲良くしているというのは、ギルムでも何度か見たことはあったのだが……今のシナラマの様子は、それ以上の何かがあるように思えた。


「あら、貴方……シナラマだったわよね。なるほど、ギルドマスターになったって聞いたけど、ここだったの」

「はい。以前はマリーナ様にも色々とご迷惑をお掛けしてしまい……なのに、今日もまた迷惑を掛けてしまって、申し訳ありません」


 深々と一礼するその様子は、シナラマがマリーナに対して強い尊敬を抱いているのだと、見ただけで分かった。

 そして……そんなシナラマの姿を見て驚いたのは、ギルドにいた冒険者達だ。

 絡まれているレイ達に手助けをしようか迷っていたり、もしくはいい気味だと思っていた者、またはいつものことだと興味なさげにしていた者……そのような者達の多くが、頭を下げているシナラマを、信じられないといった様子で見ていた。

 このギルドの冒険者達にとって、シナラマというのは腕っ節の強い、頼れる兄貴分と呼ぶべきギルドマスターだった。

 以前ギルドの冒険者が貴族と揉めた時も一切引かず、それどころか貴族と揉めた冒険者を庇い続け、最終的には貴族に謝罪させるなどという真似すらやってのけた人物として、この辺りではシナラマは有名な人物だ。

 そんなシナラマが頭を下げているのだから、とてもではないが信じられないというのが、その光景を見ている者の正直な気持ちだろう。


「いいのよ。冒険者にはああいう性格の人も多いでしょうし」

「すいません、しっかりと教育しておきますので」


 そう言いながら、シナラマは自分が殴り飛ばした男に視線を向ける。

 壁に背中をぶつけた衝撃で気絶している男だったが、もし意識があればシナラマに睨み付けられたことで身体を震わせていただろう。

 周囲にいた者達は、そんな男を哀れそうに眺める。

 明日以降、男がどのような運命を辿るのかを理解した為だ。

 シナラマがどのような性格かを考えれば……そしてこれだけ尊敬し、好意を抱いている人物に絡もうとしたのだ。

 正確にはシナラマが尊敬しているマリーナではなく、そのマリーナの同行者のレイに絡んだのだが……結果としては同じことだろう。

 いや、欲望の視線をマリーナに向けたという点では、より罰が厳しくなる可能性があった。




「なぁ、おい。あのダークエルフ……誰だよ? シナラマさんがあんなに低姿勢に出てるなんて、俺にはちょっと信じられねえんだけど」

「俺だって知りてえよ。シナラマの兄貴は、この辺りの顔だぜ? それが、こんな人前で頭を下げるなんざ……」

「お姉様、素敵」

「って、おい。何でいきなりお姉様なんだよ」


 そんな声が聞こえてくる中、シナラマとマリーナの会話は続く。


「それで、ここの冒険者で性格的に問題ないのはどれくらいいるの? 情報が来てるかどうかは分からないけど、現在私達は千人近い人数で移動中なの。その護衛の冒険者……それも、問題を起こさないような冒険者が護衛として欲しいのだけど」


 説明しつつ、マリーナの視線はギメカラに向けられる。

 本来なら、ギメカラがこの場で護衛の冒険者を雇う手筈となっていたのだ。

 だが、その途中で先程の男がレイに絡んできたこともあり、その辺の話は途中で止まってしまっていた。


「ギメカラ、交渉を任せてもいい? シナラマも、相手が私だと色々とやりにくいでしょうし」


 尊敬している人物の前で自分の仕事をしてみせるのはともかく、その人物と交渉を行うというのは、人によっては出来れば避けたいと思うだろう。

 そして、マリーナはシナラマがそのような人物だというのを知っていた。

 だからこそ、ギメカラに交渉を任せたのだ。

 ……もっとも、レイ達の移動に関しての支援をゾルゲー商会がすると言った以上、ここでギメカラが交渉するのは当然のことなのだが。


「ええ、お任せ下さい。……まず、私達の行き先はギルムとなります。なので、ギルムに行きたいという方がいれば、そのような人には護衛がお勧め出来ますね。寝床も水も食料も、全てこちら持ちですし、基本的には野宿とは思えないような料理が食事として出ますから」

「ふーむ、ギルムか。ギルムに行ってみたいって奴は結構いるが……」


 シナラマが受付嬢に視線を向けると、それだけでギルドマスターが何を言いたいのか理解したのだろう。すぐに口を開く。


「彼らの条件としては、腕はそこそこでもいいので、性格のいい冒険者だそうです。千人近い女性を引き連れての旅なので、どうしてもその辺りが問題になってくるのかと」

「あー……そうだな。腕は立つ奴はそれなりにいるが、それに加えて性格もとなると、一気に数が少なくなるな」


 そう言いながら、シナラマが自分の方を見ている冒険者達を睨み付ける。

 腕はともかく、性格に問題があると言われた冒険者達は、慌てて視線を逸らす。

 実際、自分達は腕はともかく、性格的に色々と問題があるというのは、分かっていた。

 だからこそ、シナラマから視線を逸らしたのだ。

 そんな冒険者達の様子に、シナラマは溜息を吐く。


「見ての通りだ。勿論皆無って訳じゃねえが、少なくても今この場にいる連中でお前さんの意見に合う奴はいない」


 現在はもう少しで昼になるという時間だ。

 そんな時間にも関わらず、依頼を受けないでギルドにいるという時点で、真面目な冒険者とは言えないだろう。

 もっとも、冒険者が一つの依頼を終わらせた後でどのくらいの日数休憩するのかは、それぞれ違う。

 この中にもそのような者がいる以上、必ずしも全てが駄目という訳ではないのだが。


「では、ですね。とにかく性格で選ぶとして、報酬は……」

「む、それは少し納得出来ねえぞ。もう少し報酬を上げてくれ」

「ですが、食事を始めとして殆どをこちらが用意する訳で……」


 唐突に始まった交渉を、その場にいる者達は黙って見守るのだった。

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