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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1613/3865

1613話

「ありがとなー!」

「また来てくれよー!」

「今度も何か金儲けの種をよろしくー!」


 背後からは、そんな声が聞こえてくる。

 レイ達が寄ったエミスマという村の住人達の、惜しむような……それでいて嬉しさを感じさせる、そんな声。

 エミスマの者達にしてみれば、レイ達は非常に歓迎出来る相手だった。

 一時的に村の中にある食料を始めとして様々な物資が減ったが、それを新たに用意しても全く問題がないだけの収入を得ることが出来たのだから。


「正直なところ、向こうに儲けさせすぎたんじゃないか?」


 今までと同様、一行の先頭を歩きながら、レイが近くにいるマリーナに尋ねる。

 村長との交渉をしたのがマリーナなのだから、向こうに多くの利益を与えたのは、マリーナの狙い通りだったということになる。

 ……交渉で向こうに上をいかれたというのであれば話は別だったが、レイが知っている限り、村長との交渉では常にマリーナが優位に立っていた。

 人生経験という意味で、村長とマリーナでは質、量ともに大きくマリーナが勝っている。

 おまけに、川で水浴びをしている女達を覗きにいっては捕まるといった男が何人も出たことにより、更にマリーナの方が優位に立っていた。

 そのような状況で、マリーナが交渉で負けるとはレイには到底思えない。


「そうね。でも、こっちが気前のいいところを見せたから、向こうも積極的に様々な物資を譲ってくれたのよ?」


 マリーナの視線が向けられたのは、本来予定していたよりも多く購入した馬車。

 本来なら馬の数が足りなくなる予定だったが、村の方でもこの商機を見逃したくはなかったのか、何とか用意した馬だ。

 勿論そのような真似をした為に、今の村では馬が足りなくなっている。

 だが、マリーナが相場以上の値段で買い取ったことにより、双方不満なく取引を終えることが出来た。


(まぁ、一時的に俺からの支払いはあったけど、それはギルムに到着すれば必要経費として返して貰えるしな)


 そういう意味では、今回の取引で一番損をしたのはギルム……そしてダスカーなのだろう。

 だが、取引を良好に終わらせたということは、レイ達が移動する速度が上がったということでもあり、間違いなく総合的にはプラスになっているのだが。


「そうだな。それは俺達にとっても助かった。特に……」


 一旦言葉を切ったレイの視線が、背後に向けられる。

 その目に映ったのは、この一行の大部分を構成する女達だ。

 村に行くまでは、娼婦の服装そのままという女達が多かったのだが、今は普通の服を着ている者が何人もいる。

 村で服を購入したり、レイ達が交渉している間に裁縫出来る者が布で服を作ったり……といった成果だ。

 村に滞在した時間は半日程度だったので、その間に縫った服は決して出来がいい訳ではない。

 それでも娼婦としての服装を嫌っている者にとっては、十分満足な出来ではあったのだろう。

 勿論途中で遭遇した商人や、村で購入した布や服だけで千人近い人数全員分の服を用意出来た訳ではない。

 だが、それなりの人数が娼婦と呼べない格好になっているのも事実だった。

 レイの視線を追ったのか、エレーナとヴィヘラ、マリーナの三人も頷く。


「そうだな。このまま途中の村や街に寄って服や布を買い続ければ、いずれは皆が普通の服を着ることが出来るだろう。それに、馬と馬車を増やし続ければ、最終的には全員が馬車で移動することが可能になるかもしれないな」

「そうなれば、移動速度はかなり上がるでしょうね。……もっとも、千人近い人数が乗るとなると、馬車の数も相応の物になるんだけど。ギルムに持っていってもいいのかしら?」

「いいんじゃない?」


 ヴィヘラの口から出た率直な疑問に答えたのは、笑みを浮かべたマリーナだった。


「今のギルムは増築工事やら何やらで、馬車は幾つあっても足りないでしょうし」

「あー……まぁ、そうだな。うん、馬車は何台あっても困るものじゃないか。ギルムなら、置く場所に困るって訳でもないだろうし」


 荷物を運ぶ、人を運ぶ。

 現在のギルムでは、馬車は何台あっても困ることはなかった。

 そして馬車を置く場所に困る程、ギルムが狭い訳でもない。

 そういう意味では、馬車を調達してきたとして感謝されてもおかしくはなかった。


「でしょう? ……まぁ、馬車の質に対して値段がちょっと高いと思われるかもしれないけど。それくらいは我慢して貰いましょう」


 平気でそう告げるマリーナだったが、ダスカーに対してここまで強く出られる者はそう多くはない。

 やはりマリーナの場合は、ダスカーの幼少の頃について知っている……というのが、大きいのだろう。


「そうだな。その辺の交渉はマリーナに任せるよ。ただ、あまり毟り取ったりはしないようにな」

「ふふっ、分かってるわよ」


 笑みを浮かべてそう告げるマリーナだったが、本当にそれを分かってるのかと言われれば、レイには理解出来なかった。

 微妙に嫌な予感がするのを誤魔化すかのように、レイは空を見る。

 エミスマに半日近く滞在していた影響もあり、既に太陽は夕日へと変わり掛かっている。


(あの村の近くで野営をした方がよかったか? いや、けど今は少しでも距離を稼いでおきたいし。そうなると、やっぱり数時間程度であっても進んだ方が良かった、よな?)


 今日だけでは数時間でも、それを何度も繰り返せば、最終的には一日、二日、三日分という時間を短縮出来る可能性が高い。

 今はまだ夏だから、それ程旅路も過酷ではないが、それでもいつまでも夏という訳ではない。

 この人数での移動である以上、順調にいってもギルムに到着するのは秋……それも秋は秋でも終わりの頃になる筈だった。

 下手をすれば、冬に突入する可能性もある。

 もっとも、レイを始めとして紅蓮の翼の面々は、それぞれが非常に優秀な冒険者だ。

 冬越えに必要なだけの金額を揃えるのに、四苦八苦する必要はない。

 一番腕の落ちるビューネですら、金は十分に貯まっているし……何より、ダスカーから頼まれたこの依頼を終えれば、それこそ報酬はかなり期待出来るだろう。


「グルルゥ!」


 街道を歩きながらレイが考えていると、不意にセトが鳴き声を上げながら駆け出す。

 一瞬敵か? と思ったが、街道から少し離れた場所にある森に突っ込んでいくセトの様子を見れば、それは敵に対する態度ではなく、獲物に対する態度だとすぐに分かった。

 そして、木々の隙間から一瞬だが鹿が林の奥に逃げるように走っていくのを目にすれば、セトが何のつもりで森に突っ込んでいったのかというのは、明白だ。


「レイさん、セトはどうしたんですか!?」


 女のうちの一人が、いきなり飛び出したセトに驚いてそうレイに尋ねる。

 少し取り乱しているその女は、そう言えばセトを可愛がっていた女の一人だったな……そう思いながら、レイは何でもないとフードを被ったままで首を横に振る。


「林の中に鹿が見えたから、多分それを獲りにいったんだろ。心配はいらない。……ほら」


 喋っている最中に、林の中からセトが姿を現す。

 その口に咥えられているのは、角のない鹿。


(角がないってことは、牝か? まぁ、鹿の種類によっては牝でも角の生えている鹿はいるらしいけど)


 レイが日本にいた時に住んでいた家の近くの山に出てくるような鹿は、角が生えているのは牡だけだった。

 だが、何かでトナカイは牡だけではなく、牝も角が生えているというのを見たことがる。


「ま、新鮮な肉が入手出来たのはいいことだけどな。……取りあえず収納しておくか」


 本来であれば、モンスターはともかく普通の動物であればすぐに血抜きをして解体した方がいい。

 だが、こうして移動中の今は、そのような真似が出来る筈もない。

 いや、馬車があるのだから無理ではないのだろうが、現在馬車では女達が必死になって服を作っている。

 そのような作業をしている場所で、まさか鹿を解体する訳にもいかないだろう。

 幸いにも、レイのミスティリングの中では時間の流れがない。

 だからこそ、今はミスティリングに収納しておき、今日の移動が終わった後で解体をするという選択を取ることになった。

 鹿を咥えて近づいてきたセトは、レイの前に鹿を置く。

 レイが何を考えているのか、しっかり分かっているからこその態度。

 レイもまた、移動中の自分達が動きを止めれば、それだけ後ろでも動きが鈍くなると知っているので、一瞬だけ足を止めると鹿をミスティリングに収納する。


「グルゥ? グルルゥ」


 偉い? 偉い? と、喉を鳴らすセトを、レイはそっと撫でてやる。

 そこまで大きな鹿ではなかったが、それでも鹿は鹿だ。

 千人、百人は無理でも、数十人……いや、十数人くらいの腹を満たすことは可能だろう。

 勿論個人によって、それぞれ食う量は違うが、恐らくそれくらいの食事にはなるだろうというのが、レイの予想だった。

 ……結局その程度の人数分の肉でしかないのだが、鹿というのは狩猟の獲物としてはかなり優秀なのだ。

 毛皮は勿論、腱は料理の具材としても使えるし、弓の弦としても使える。今回セトが獲ってきた牝にはないが、角は置物としても、そして薬の材料としても使える。


「よく獲ってきてくれたな」


 大好きなレイに褒められたセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトを見て、先程レイに話し掛けた女はうっとりとした様子でセトを眺めていた。


(順調にセト好きが増えてるな)


 そんな女を見て……そして女の周囲で同じような表情を浮かべている他の女達を見て、レイはそのように思う。

 実際、女達の多くがセトを好きになるというのは、ある種当然の流れでもあった。

 基本的に、この集団は一日中歩いている。

 そんな状況であれば、普通なら出来るような趣味や仕事といったことは出来ず、自然と何か他の楽しみを見つけるのは当然だった。

 そして楽しみを見つけるにしても、歩きながら出来るような楽しみというのは、限られたものとなる。

 女達の中には、偶然近くにいたレジスタンスの男との会話を楽しみ、微妙に良い雰囲気になっている者もいる。

 だが、基本的にこの集団は洗脳され、強制的に娼婦をさせられていたのだ。

 自分が好きでもない、それこそ初めて会ったばかりの相手に身体を貪られるという体験をした以上……そして、娼婦をしていた時の記憶がそのまま残っているのだから、男と気楽に話せないという者は多い。

 軽い男性恐怖症に近い者は、かなりの数に及ぶ。

 ……それでもレイと普通に話せるのは、単純にレイの顔が女顔で男を感じさせないというのが理由なのだろうが。

 また、レイの性格的に娼婦の格好をした女達に対して、あからさまに欲情の視線を向けていないというのも大きい。

 その辺りは、それこそ娼婦や踊り子と呼ぶに相応しい……いや、場合によってはそれ以上に扇情的な格好をしているヴィヘラと一緒に行動しているというのが大きいのだろう。

 ともあれ、そのような女達にとって、セトを愛でるというのは移動中の最大の楽しみなのだ。

 最初こそ、セトを怖がっている者も多かったのだが、レイに構って貰っているセトを見ればその愛らしい様子を見るのは難しい話ではない。

 そして好奇心の強い何人かの女が、恐る恐る……本当に恐る恐るだが、セトに声を掛けるまで、それ程の時間を必要とはしなかった。

 セトは敵や獲物と判断した相手に対しては容赦しないが、元々人懐っこい性格をしている。

 当然自分に構ってくれる女達に対しては、嬉しそうに喉を鳴らしながら構って、構ってという態度を取るのは当然だった。

 そうなれば、当然他の女達もセトに対して興味を抱き、撫でてみたいと思う者も出てくる。

 結果として、多くの女達がセトを愛でることが移動中の楽しみとなっていた。


「ほら、セトちゃん。こっちに来て。クチバシに血が付いてるから、拭いてあげる。これ、服を作った時に余った布だから、綺麗よ」

「あ、私が撫でてあげる。鹿を獲ってきてくれてありがとうね」

「ほら、貴方もセトちゃんを撫でたいんでしょ? なら、もう少し積極的にいきなさいよ」

「え、でも……う、うん。分かった。……ねぇ、セトちゃん。ちょっとその柔らかそうな毛を触らせて貰える?」

「じゃあ、私は尻尾!」


 そんなやり取りを聞きながら、レイは女達に囲まれているセトを眺める。


(このままギルムに向かったら、ミレイヌとかヨハンナと色々騒動を巻き起こしそうな気がするけど……大丈夫だよな? うん、セトが望まないと言えば、馬鹿な騒動を巻き起こしたりはしない筈。……だと、いいなぁ)


 何となくギルムに戻ってからのことが心配になるレイだった。

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