1599話
「分かったわ、その申し出を受ける。ただし、あくまでも希望者のみにして貰える?」
結局のところ、レジスタンスという組織を率いているスーラには、レイの提案を断るようなことは出来なかった。
いや、レジスタンスだけであれば、まだ何とかなった可能性もある。
だが、今は奴隷の首輪から解放された多数の……それこそ数百人、もしくは千人を超えるだろう女達が共に行動している。
そうである以上、もしジャーヤの兵士達を倒し、この場を無事に脱出しても行くべき場所はない。
どこにいっても、これだけの人数を引き取ってくれる村や街はない。
ここから一番近いロッシは、このレーブルリナ国の首都だけにかなりの規模を持つが……そもそも、そのような場所で女達を解放すれば、それこそ再びジャーヤの手に落ちることは間違いない。
そうでなくても、連れ去られてきた女はただの一般人――美形という共通点はあるが――でしかない。
そのような者達がロッシに行けば、それこそ骨の髄まで啜られることになるのは間違いないだろう。
「ああ、そう言ってくれると助かる。それと、ギルムに行く途中に自分の故郷があって、そこまで一緒に行くというのでも別に構わないらしい」
食料は、多分俺が用意するんだろうな……そんな風に、レイは考える。
ミスティリングの中にある食料は、この場にいる者達全員をギルムまで送り届けるのに十分なだけの量がある。
(まぁ、最後まで俺達に付き合えって風には言わないと思うけど)
現在行われているギルムの増築工事において、レイはそれこそ一人で数十人、数百人、もしくはそれ以上の活躍をしている。
特にミスティリングを使っての運搬作業に関して言えば、レイがいるかいないかで作業効率には雲泥の差がある。
勿論千人近い人数の働き手というのは、ダスカーにとっても是非欲しいだろう。
だが、その気になればすぐにでも働けるレイという存在と、ギルムに届くまでどれだけの時間が掛かるのかも不明な千人近い労働力のどちらが必要かと聞かれれば、当然ダスカーの立場としてはレイを取るだろう。
(千人……まぁ、全員が来るとは思えないが、それでも恐らくだが半数以上は来るだろうから、それでも五百人。さて、それだけの人数をどうやってギルムまで連れて行くのやら。ミスティリングに生き物とかを入れられるんなら、何とかなったんだろうけど)
そう思うも、生き物を入れることが出来ない以上、どうしようもないのは間違いなかった。
「さて、話は決まりだな。なら、ジャーヤの兵士達はこっちで片付けるけど、構わないか?」
「ええ、お願い。けど、こっちの戦力に被害はないようにしてくれると助かるんだけど」
スーラがそう釘を刺したのは、レイの噂話として有名なのがベスティア帝国との戦争で一軍を焼き払ったというものだからだろう。
同じようにやられて、ジャーヤの兵士はともかく、レジスタンスの兵士まで焼き殺されてはたまらないと、そう思ったのだ。
そんなスーラの言葉に、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら問題ないと口を開く。
「そう出来れば簡単だったんだけどな。今はもう、俺の仲間があの乱戦に参加している。そうである以上、大人しく一人ずつ倒していくさ」
笑みを浮かべて告げるレイだったが、スーラを含めたレジスタンスの者達は、突然レイの手に現れた二つの武器に目を奪われていた。
レーブルリナ国という小国に住んでいる者にとって、アイテムボックスというのは話では聞いていても、実際にその目で見るのは初めてだったのだから、それも当然だろう。
いきなりレイの手に現れた、二つの武器。
そのどちらもが、圧倒的な迫力を持っていたのだ。
ましてや、デスサイズも黄昏の槍も、一見すればレイが持つには大きすぎるという印象を持ってもおかしくないだけの長柄の武器でもある。
そんな中、スーラと何人かのみはレイの姿を見ても、そこまで驚きを露わにした様子はなかった。
別にそれは驚いていないという訳ではなく、それを表に出さないように勤めているというのが正しいだろう。
「さて、じゃあ行ってくる。俺達に攻撃しないよう、戦場にいる部隊に連絡を忘れるなよ。こっちも攻撃されれば、反撃するからな。……セト!」
「グルルルルルゥ!」
レイの呼び掛けに、セトは高く鳴き声を上げる。
その鳴き声は、当然のように周囲にいるレジスタンスの者達にも……そして、戦場にいる者達にも聞こえていた。
特に戦場にいる者達は、自分達が戦いの最中だということもあり、興奮した様子で今の鳴き声の主を探す。
普段であれば逃げ出すといったことを考えた者もいたかもしれないが、今は戦闘に酔っており、今はそんなことを考える余裕はないのだろう。
勿論全員がそのような状況という訳ではなく、少しでも冷静さが残っている者はセトの姿を見て自分の手には負えないと、逃げだそうとする者もいる。
だが、そのような者達こそがジャーヤの兵士の中でも厄介な者達であり、エレーナ、ヴィヘラ、ビューネといった、既に戦場で暴れている者達が可能な限り倒す。
「よし、行くか」
そう告げるレイの言葉に、セトは即座に反応。
戦場に向かって駆けだしていく。
その速度は、当然のように空を飛ぶ時に比べれば遅い。
それでも普通に人間が走るよりは圧倒的に速く、戦場が見る間に近づいてくる。
戦場に近づいても、セトは一切の速度を緩めることはない。
その勢いのまま、戦場に突入していき……当然ながら、体長三mオーバーのセトを相手に真っ正面からぶつかろうなどと思う者はおらず、すぐに道を空ける。
血と暴力という戦場の空気に酔っていても、突っ込んでくるセトをまともに見れば、その酔いも冷めるのだろう。
セトという存在……そしてセトの背に乗り、デスサイズと黄昏の槍を手にしているレイの姿は、それ程に強烈な衝撃を周囲に与えていた。
もっとも、そのような場所にレイは突っ込んでいき、ジャーヤの兵士だと理解出来る相手には容赦なくデスサイズの刃を振るい、黄昏の槍で突きを繰り出したのだが。
勿論、現状でレイが攻撃するのは、明確にジャーヤの兵士と理解出来る相手だけだ。
だが、その見極めがなかなか難しい。
レジスタンスに多いのは、当然のように戦闘の心得を持った者だが、男がいない訳でもない。
逆に、ジャーヤの兵士は大半が男だが、その中に女がいない訳でもない。
(せめて、レジスタンスはともかく、ジャーヤの方は装備を統一してくれれば分かりやすいんだけどな)
一国の軍隊であれば、装備を統一しているというのも珍しくはない。
だが、ジャーヤは幾ら規模が大きくても、所詮は一犯罪組織にすぎない。
そうである以上、装備を統一するなどということを期待出来る筈もなかった。
ましてや、レジスタスに合流した女達が装備しているのも、メジョウゴでジャーヤの兵士から奪った装備品が多い。
こうなると、当然のようにその見極めは難しくなる。
「ま、それでも……こういうのを見れば明らかだけどな!」
その言葉と共に、立っていた男の胴体をデスサイズの一撃で切断する。
男を敵として判断したのは、武器を弾かれた女に対して下卑た笑みを浮かべながら近づいていたのを見たからだ。
勿論、実際には女の方がジャーヤの兵士だという可能性もあったが、それでも倒した女に下卑た笑みを浮かべて近づいている男を見れば、到底レジスタンスの相手だとは思えなかった。
「無事か?」
「は、はい! 大丈夫です!」
レイの呼び掛けに、女は緊張した様子で返事をする。
当然だろう。いきなり目の前にグリフォンが現れ、更にそのグリフォンの背には大鎌と槍を持った人物が乗っていたのだから。
「一応聞くが、お前の所属は? ジャーヤとレジスタンスのどっちだ?」
そんなレイの言葉に、平均よりも間違いなく美人と呼ぶに相応しい顔立ちの女は、緊張した様子で口を開く。
「レジスタンスです!」
即座にそう告げる女。
一瞬だけ疑ったレイだったが、目の前の女は間違いなく美人と呼ぶに相応しく……つまり、娼婦をさせる為にジャーヤが強引に連れてきた女であると言われれば納得出来た。
「丁度いい。生憎とこの戦場では誰がどっちの勢力が分からなくてな。よければ、一緒に行動してくれないか?」
「え? あ、えっと。その……」
女の方も、まさかそのようなことを言われるとは思っていなかったのか、一瞬固まる。
だが……すぐに自分が先程まで持っていた長剣、今は既に刃を途中で折られて使い物にならなくなっているその武器を見ると、素早く頷く。
このままこの戦場に自分がいれば、間違いなく死んでしまう。
であれば、レイの側にいて生き延びるべきだと。
「分かりました。全員という訳ではありませんが、大体は分かります」
「そうか。……なら、乗れ」
「へ?」
再び予想外の一言。
自分の後ろにあるセトの背を軽く叩いているレイの様子を見れば、どこに乗れと言っているのかは明白だった。
それだけに、女の口から間の抜けた声が出るのも当然だろう。
グリフォン……グリフォンなのだ。
ランクAモンスターという高ランクモンスターの背に乗れと言われて、はいそうですかと即座に返せる訳もない。
……実際には、セトは様々なスキルを使う希少種という扱いで、ランクS相当のモンスターだということを知らなかったのは、女にとっては運が良かったのだろう。
もしそんなことを知っていれば、恐らく……いや、間違いなくセトという存在に強い畏怖を覚えていた筈だった。
「いいから、乗れ。お前がジャーヤの兵士を俺に教えるんだ。俺はそいつに攻撃する。いいな?」
「わ、分かりました!」
とにかく、この戦場で生き延びるにはレイと共に行動するのが最善だ。
そう判断し、女は素早くセトの背に跨がる。
グリフォンというモンスターに自分が触れていると、そう理解し……やがて女は、少しだけ感嘆の息を吐く。
「これが……グリフォン」
「感激するのもいいけど、ジャーヤの兵士を教えてくれ。ああ、自己紹介もまだだったな。俺はレイだ。こいつはセト」
「わ、私はアイレンです」
アイレンと名乗った女は、自分が今グリフォンの背中に乗っているのだということに驚きながらも、そう答える。
「アイレンか。じゃあ、取りあえずこの近くでジャーヤの奴がいたら教えてくれ」
「はい、あそこです」
レイに聞かれた瞬間、少し離れた場所で行われている戦闘を指さす。
そこでは、三人で一人を相手にしての戦闘が行われていた。
そしてアイレンが指さしたのは、その三人の方。
「分かった、セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは短く鳴き声を上げてその場から駆け出す。
……尚、レイとセト、それからアイレンの周囲では、既に戦闘は行われていない。
レイがアイレンを助けに入った時はまだ戦闘をしている者もいたのだが、二人の会話を聞いたジャーヤの兵士達は、この場にいると危険だと判断したのか既にレイ達の近くから既に逃げ出してしまっている。
おかげで、話している途中で邪魔されるようなことはなかったのだが、ジャーヤの兵士を逃してしまったのは痛いか、とレイは考えるも……それより、今は少しでも早くジャーヤの兵士を倒すことを優先するべきだと気持ちを切り替えた。
そうしてセトが走って見る間に近づいてくる、三対一の戦闘。
だが、自分達の死が近づいているということに全く気が付いていないジャーヤの兵士達は、三人対一人という、人数的に有利な状況に満足して、戦っている相手を痛めつけることに集中していた。
「ほらほら、どうした? もっとしっかり防がないと、その身体に傷がついちゃうぜ?」
「おいおい、止めろよ。この戦いが終わったら相手をして貰うんだからな」
「ちょっ、待てよ。この女を見つけたのは俺だぜ? なら、俺が最初だろ!?」
「ぐっ、この……誰があんた達なんか!」
下劣な視線を向けてくる男達に対し、女は何とかそれに対抗しようとするものの、戦闘の技量という点ではどうしようもない程に劣っていた。
それでも必死に槍を振り回し、相手を近づけないようにしようとするものの……
「おらぁっ!」
次の瞬間には、男の振るう棍棒にあっさりと槍を弾き飛ばされた。
「ああ!」
自分の持つ武器がなくなったことに、女の口から悲鳴が上がる。
そんな女の様子に舌なめずりをした男達だったが……
「あれ?」
「へ?」
「は?」
突然視界がずれたかと思うと、そのまま意識が闇に呑まれていく。
最後に見たのが、胴体で真っ二つになっている自分の下半身だったのだと男達が理解出来たのかどうか、それは誰にも分からない。