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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1596/3865

1596話

虹の軍勢も更新しています。

 馬車が落ちてくるという、完全に予想外の事態ではあったが、それでもその馬車を落とされたジャーヤの兵士達と違い、レジスタンスの方は傍からそれを見ることが出来ていた。

 当然驚きはしたが、それでもレジスタンスに被害はなく、被害があるのはジャーヤの兵士達だけ。

 それを見れば、一連の行動が明らかに自分達に味方をする為に行われたというのは明白であり、このような絶好の機会をレジスタンスを率いるスーラが見逃す筈がない。


「シャリア、一気に突っ込んで、敵の混乱を出来るだけ長引かせて!」

「分かった!」


 狼の獣人のシャリアは、数人の獣人の部下を率いて混乱しているジャーヤの兵士達に向かって突っ込んでいく。

 犬、狼、猫、熊、豹、狐、狸……様々な獣人がいるが、この獣人達も奴隷の首輪によって娼婦をさせられていた者達だ。

 その上、元冒険者だけあって、それなりに実力はある。

 娼婦をさせられていた者の中には、元冒険者というのがそれなりにいた。

 もっとも、娼婦をしていた以上は当然冒険者としての訓練といったものをしておらず、身体が鈍っていて以前のような戦闘力は発揮出来なかったが。

 それでも一般人よりは戦闘に慣れているということもあり、戦力が不足しているレジスタンスにとって、元冒険者達という戦力は大歓迎だった。

 尚、元冒険者が使っている武器は、基本的にジャーヤの兵士達から奪った物が多い。

 もしくは、娼婦として働いていた店に用意されていたものか。


「ルージュ、貴方は右側面から回り込んで! 向こうは混乱してるから、すぐに組織的な迎撃に出るのは難しい筈よ!」

「分かったわ!」


 シャリア率いる獣人部隊の混乱に乗じるようにと、元冒険者や元傭兵といった者達を率いているレジスタンスの仲間に告げる。


「おい、俺はどうすればいいんだよ!」


 そう叫んだのは、スーラから少し離れた場所にいた女。

 言葉遣いは乱暴で、それこそ男と思えるものだった。

 スラムで育ってきた女にしてみれば、他の者達に侮られるような真似は絶対に出来なかった。

 だからこそ、このような乱暴な言葉遣いになったのだが……娼婦として働いている時は、清純な雰囲気で非常に人気の高い娼婦だったのは、女にとっていいことなのか、悪いことなのか。


「ナンナはもう少し待って。向こうが本格的に混乱したら貴方の部隊を突っ込ませるわ。それより、武器の準備はいいわね? ……ギストール、変な目で周りを見ない!」


 ナンナの疑問に答えながら、スーラはレジスタンスの仲間のギストールが護衛をしている女達の肢体に鼻の下を伸ばしているところを注意する。

 今日いきなり娼婦としての自分から解放された以上、何らかの理由で運良く服を手に入れられた者以外は、未だに娼婦としての格好をしていた為だ。

 基本的にメジョウゴの中では外に出るということそのものがそれ程多くはない。……勿論、客引きという意味では別だが。

 また、ここに連れてこられた時に着ていた服も、当然のように処分されている。

 そんな訳で、他に着る服もない娼婦達は、未だに男の欲望を刺激するような服装のままだった。

 このような事態になると最初から分かっていれば、スーラも大量に服を用意はしていたのだろうが……今回の一件は完全に予想外の展開だった。

 結果として、娼婦達の多くはそのままの格好となってしまったのだ。

 そんな中で男が――それも女好きの――護衛を任されれば、そちらに視線を向けるなという方が無理だろう。


「あー、悪いな。ただ、男として綺麗な花にどうしても目が向けられるんだって」

「……馬鹿なことを言ってないで、しっかりと仕事をしなさい。ズルニス、あんたは左翼! 馬鹿な真似はしないでね!」

「分かった」


 短く答え、ズルニスと呼ばれた男は部下を率いて左翼に向かう。

 

「全く、ズルニスみたいに真面目になってくれれば、こっちも安心出来るのに」


 レジスタンスの戦力は、以前のジャーヤの巨人による襲撃により、非常に少なくなっている。

 だからこそ、以前であればまだ正式に戦力として扱われていなかったギストールのような人材でも、今は戦力として数えなければならないのだ。

 上空から何かが落ちてきたのは、自分達にとってはこれ以上ない絶好の好機なのは間違いない。

 誰がそれをやったのかというのは、グリフォンに乗っていた人物からその何かが落とされたのを見れば、明らかだろう。

 グリフォンに乗れるような人物というのは、それこそ現在知られている限り一人しかいないのだから。


(レイも、出来れば何か合図とかそういうのがあれば、もっと有効にこの状況を活かすことが出来たのに)


 セト籠のカモフラージュ能力は、当然だがセト籠にしか効果はない。

 真下ではなく、離れた場所から見ればセト籠は見えなくても、そのセト籠を持っているセトは見ることが出来る。

 それで、スーラは今回の一件を誰がやったのかを知ることが出来たのだ。

 落ちてきたのが何なのかまでははっきりとは分からなかったが、それでもジャーヤの兵士達に大きな被害を与えたのは間違いのない事実。

 このような好機を与えてくれたことをスーラは感謝していたのだが……やはり、出来れば前もって何らかの合図か何かは欲しかったと思うのは当然だろう。

 もっとも、それは今更の話だ。

 既に事態が起こってしまった今、スーラに出来るのは何とかこの場を脱出すること。

 これだけの人数の娼婦達をメジョウゴから脱出させてどうするのか。

 その辺りのことは、正直まだ分からない。

 住居が存在するという意味では、娼館を始めとした店であってもしっかりした建物があるメジョウゴにいるのが最善の選択なのは間違いない。

 だが、メジョウゴにいればいつ再びジャーヤの者達が襲ってくるかも分からないし、最悪巨人がやってくる可能性も皆無ではなかった。

 であれば、やはり一度メジョウゴから離れた方がいいというのが、スーラの判断だった。

 メジョウゴから出て、どこに向かうのかという当ては殆どなかったが。

 最善の選択は、それこそレーブルリナ国から脱出して隣接している国に助けを求めるということだろう。

 だが、レーブルリナ国の首都ロッシのすぐ近くにこのメジョウゴがあるというのを考えると、それもまた難しい。

 レーブルリナ国自体が小国だが、それでも歩いて国から出るというのは無理があった。

 食料や水の問題もあるが、何より今のレジスタンスの人員で娼婦達全員を護衛しながら国を出るというのは不可能なのだから。

 ギルムのような辺境と違ってモンスターの数はそれほど多くはない。

 しかし、多くないということは全くいないという訳ではなく、ゴブリンやオークのように繁殖力の高いモンスターであれば、いる可能性は高い。

 特にこの集団の大半が女……それも娼婦の衣装を着ているとなれば、それこそゴブリンやオークを惹きつけるには十分だろう。

 どうにかしなければならない。

 それは分かっているのだが、とにかく今はこの死地と呼ぶべき場所を脱出する方が先立った。

 ……尚、奴隷の首輪が外れた中には、そのままメジョウゴに残っている者も多少ではあるがいる。

 操られてはいたが、娼婦という仕事を自分の天職だと考えた女もいたのだ。

 そのような者達については、スーラも無理強いはしない。

 スーラも女だが、娼婦が必要な職業だというのは分かっている。

 娼婦のような者達がいるからこそ、犯される女が少なくなってるのは、間違いのない事実なのだ。

 もっとも、中には娼館に行く金がなくて……と考える犯罪者も一定程度いるのだが。

 ともあれ、娼婦としての仕事が自分に向いていると判断し、それでメジョウゴに残るというのであれば、スーラもそれ以上は何も言うことはない。

 自分で判断したのであれば、この後、メジョウゴでどのような扱いを受けようとも、それは自己責任だろうと。


「行くわよ! 今は、とにかくここを突破して、自由を手に入れるわ! ジャーヤの戦力も、メジョウゴでの戦いで大きく目減りしている。ここにいるのは雑魚でしかないわ! 皆、この戦い、勝てるわ! 私達はこの牢獄から無事に脱出出来る!」


 叫ぶスーラの言葉に、レジスタンスや娼婦達はそれぞれに雄叫びを上げるのだった。






 レジスタンスとジャーヤの戦力がぶつかっている頃、馬車を上空から落としてジャーヤに大きな被害を与えたレイ達は、既にメジョウゴから離れた場所にいた。

 本来ならもう少しレジスタンスに協力してもよかったのだが、同時にあれだけ援護したのだから……という思いもある。

 実際ジャーヤの兵士達が持つ戦力も、そこまで精鋭という訳ではなく、セトによって大いに減らされているのだ。

 それに比べると、レジスタンスの士気はかなり高いように見えた。

 あのままであっても、最終的にはレジスタンス側が勝つ……というのが、レイの予想だった。

 もっとも、当然のように正面からぶつかれば、レジスタンス側にも被害は出る。

 そうならない為には、やはり手助けした方が……と思わないでもなかったのだが、それでもやはり、自分達のことは自分達でしっかりと片を付けるのが筋合いだろうと考えたのだ。


「セト、少し離れた場所に移動したら、着地してくれ。今回の一件をダスカー様に知らせたいからな」

「グルゥ!」


 以前セト籠を持った時よりも多くの人数が乗っているセト籠を持っているのだが、セトは全く疲れた様子もなく、鳴き声を上げていた。

 基本的には優しい性格をしているセトなので、もし何もない状況で先程のような光景を見れば、もしかしたらレジスタンス側に手助けをしていたかもしれない。

 だが、今はレイと共にいるのだ。

 そうであれば、そちらよりもレイと一緒にいることを優先するのが当然だった。

 レイの言葉に、セトは翼を羽ばたかせながらメジョウゴから離れていく。

 セトの速度で空を飛べば、メジョウゴから聞こえてきていた戦闘の音はすぐに聞こえなくなる。

 そうしてメジョウゴから離れた森……それこそ、以前レイが初めてリュータスと遭遇した森からそう離れていない森の中に、セトは持っていたセト籠を置いた後で着地した。


「ふぅ、取りあえず何とかなったわね」


 セト籠から出てきたヴィヘラが、周囲を見回しながら呟く。

 太陽はまだ出ているが、それでも遠くないうちに太陽は夕日へと変わるだろう。

 森の中にいても、降り注ぐ日光が幾らか弱まっているように感じられる。

 また、森の中ということもあり、街中に比べて幾分か涼しいというのもあるのだろう。

 特にリュータスとその護衛達は、森の恩恵とも呼ぶべきものを十分に受けていた。


「そうだな。……さて、じゃあこれからだけど……まずやるのは、やっぱりダスカー様への報告だよな? リュータスの件も、前もって知らせておいた方がいいだろうし」


 使節団にリュータスを合流させるにしても、前もってダスカーに話を通しておいた方がいいのは間違いのない事実だ。

 万が一にも、使節団を率いているのが悪い意味で貴族らしい貴族であった場合、面倒なことになるのは確実だからだ。

 もっとも、中立派の中心人物であるダスカーがわざわざ送ってくる使節団だ。

 レーブルリナ国を挑発して暴発させるといった目的があるのならともかく、今の状況でそのような人物を送ってくる可能性はまずないと考えてもいい筈だった。

 勿論何事にも絶対ということはない。

 もしかしたら何かの間違いで……もしくはレーブルリナ国への態度を変えるということになり、そのような人物を送ってくる可能性は皆無という訳でもない。

 もしそのような場合であっても、ダスカーからの許可があれば問題ないだろう。


「ダスカー・ラルクス辺境伯か。色々と話は聞いたことがあるけど、随分と優秀な人物らしいな」

「ああ、それは間違いないぞ」


 どこか揶揄するような響きのあるリュータスの言葉だったが、レイはそれに気が付いているのかいないのか、あっさりと同意する。

 リュータスはそれが意外だったのか、じっとレイに視線を向けていた。

 レイの噂や、何より森で敵対した貴族のことを思えば、まさかそこまでレイが貴族に対して高い評価を与えるとは思わなかったからだ。


「その割には、ラルクス辺境伯に対してはかなり気を遣ってるみたいだけど?」

「それも、間違いないな。……別に、貴族だから無条件で誰でも嫌ってるって訳じゃないぞ? 俺が嫌いなのは、悪い意味で貴族らしい貴族だ。……そもそも、そういうことを言い出せば、エレーナだって貴族だぞ?」

「正確には貴族なのは父上だけで、私の立場は公爵家令嬢なのだがな」


 そう告げるエレーナの言葉に、リュータスはそう言えばそうだった……と言わんばかりに、頷きを返すのだった。

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