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レジェンド  作者: 神無月 紅
レーブルリナ国
1594/3865

1594話

 巨人の巣に侵入した時と違い、上に向かったレイ達だったが……途中で何人かの研究者と思しき相手と遭遇するも、そのような者達もただひたすら混乱し、レイ達がやってきた洞窟に脱出しようとする者が殆どだった。

 ……殆どと表現したのは、中には何を思ったのか火事場泥棒のように巨人の巣の中で何か荷物を漁っているような者もいたからだ。

 恐らく洞窟に行く前に何か入手しておきたいと、そう思った者も多かったのだろうが……ともあれ、今はそのような相手に構っているような暇はないと、レイ達はただ巨人の巣の外に出ることに専念する。

 もっとも、中には何をとち狂ったのか、エレーナ達のような美女を行きがけの駄賃だと連れていこうとした者も何人かいたのだが……そのような者達がどのような結末を辿ったのかは、誰でも容易に想像出来るだろう。

 リュータスの護衛達は、その相手に思わず哀れみの視線を向けてしまうことになったが。

 少なくても、もう女を抱くことが出来なくなっただろう相手に対して男として思うところがあったのだろう。

 ともあれ、そのような艱難辛苦――とは正確には呼べないが――を潜り抜け、レイ達は巨人の巣の外に……メジョウゴに出る。


「グルルルルゥ!」

 

 感じる魔力や臭いからレイが近づいてきているのを知っていたセトは、寝転がっていた状態から上半身を起こし、嬉しそうに鳴き声を上げる。


「セト、遅くなって悪かったな。……にしても、てっきりもっと派手な戦いになっているのかと思ったけど……そうでもなかったみたいだな」


 周囲には何人、何十人、もしくはそれ以上の死体が転がっている。

 中には怪我で動けなかったり、気絶しているだけといった者もいるのだろう。

 そんな中、現在動けるのはセトだけだった。

 上半身を起こし、そのまま立ち上がったセトは、レイの前に向かって走る。

 そうしてレイに顔を擦りつけ、嬉しそうに喉を鳴らす。


「グルルルルゥ、グルルゥ」

「ははは。待たせて悪かったな、ほら、落ち着けって」


 そうしてレイに頭を擦りつけてじゃれついている光景は、一見すれば心和む光景に見えるだろう。

 事実、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネはそんな一人と一匹を見て、いつも通りの光景かと特に驚いた様子はない。

 だが……リュータスとその護衛達はそうはいかない。

 周囲にある無数の死体。

 それ以外に建物も大きな被害を受けているのを見れば、ここでどれだけ激しい戦いがあったのかは容易に想像出来るだろう。

 そのような戦いが行われたにも関わらず、セトはどこにも怪我をした様子がない。

 それはつまり、これだけの人数を相手に圧倒したと、そういうことなのだろう。


「若、死体の数が少なすぎます」

「……ああ、それは俺も気が付いていた」


 数十、もしくは百を超えるだけの死体が転がっているが、逆に言えばその程度でしかない。

 メジョウゴという歓楽街に配備されているジャーヤの兵士は、それこそこの数百人……いや、雑兵と呼ぶような者まで含めれば千人を超えるのだ。

 だが、ここに転がっている死体の数は百人程度。

 勿論怪我をして撤退し、治療をしている者もいるだろう。

 それでも、本来ならもっとここに戦力を寄越してもいい筈だった。


(セト、だったよな? あのグリフォンと戦っても被害が出るだけだと判断したのか? ここの様子を見る限りだと、セトは巨人の巣への入り口を守っていた感じで、自分から攻めるといった真似をするつもりはなかったようだし)


 もしセトが本気で戦うつもりがあるのなら、今頃メジョウゴはもっと大きな被害を受けていた筈だった。

 また、リュータスは知らないが、セトはファイアブレスを始めとして普通のグリフォンでは不可能な攻撃方法を幾つも持っている。


「きゃああああああ!」


 そんな疑問を抱いていると、不意に聞こえてくる悲鳴。

 聞こえてきた悲鳴は女の悲鳴であり、現在のメジョウゴで聞こえてくる女の悲鳴といえば、その相手は限られている。

 ……もっとも、レイ達は奴隷の首輪が壊れたことを知らないので、この混乱に乗じて娼婦を襲っている兵士でもいるのか、といった風にしか思わなかったが。


「ビューネ!」

「ん!」


 レイが真っ先にビューネに声を掛けたのは、ある程度の戦闘力――ジャーヤの兵士よりは上――があり、メジョウゴのような街中でも俊敏に動くことが出来ると知っていたからだ。

 そんなレイの思いを汲み取ったのか、ビューネは素早くその場を後にし、声の聞こえてきた方に向かって走り出す。


「レイ、俺達はどうするんだ?」

「……ここにいる戦力を考えれば、ビューネだけで十分だと思う。ただ、事情とかは聞いておいた方がいいだろうな」


 セトの倒したジャーヤの兵士の数は予想より少なく、既にこの場での戦いも終わっている。

 であれば、何故そのようなことになったのか。

 それを確認する為には、やはり情報が必要になるのは当然だった。


(本来なら、もうメジョウゴを出ようと思ってたんだけどな)


 ミレアーナ王国からやってくる使節団と合流し、得た情報をダスカーと共に使節団の面々に知らせる必要があるのだが……今はそれよりも、より多くの情報を得る必要があると判断したのだ。


「グルゥ?」


 レイに撫でられていたセトは、どうしたの? と小さく首を傾げながら喉を鳴らす。


「ちょっとメジョウゴがどうなっているのか、様子を見てこようと思ってな。セトは今までここにいたけど、何か分からなかったか?」


 そう尋ねるも、セトの感情といったものは理解出来るレイだったが、正確に言葉を交わせる訳ではない。

 喉を鳴らすセトを撫でながら、やっぱり自分の目で確認する必要があると判断する。


「さて、そんな訳でちょっと向こうの様子を見てくるけど……聞くまでもないか」


 レイの言葉に、エレーナ達は即座に反応する。

 リュータスも、本心ではあまり気が進まなかったが、それでもメジョウゴの情報は得ておく必要があるだろうと判断し、レイと一緒に行くと主張する。

 そしてリュータスが行くのであれば、その護衛達が一緒に行動するのは当然だった。






 レイ達の下から走り去ったビューネは、白雲を手に悲鳴の聞こえてきた方に向かう。

 今日起きた戦闘により、長針の数はもう心許ない。

 だが、ビューネにとって得意とする長針がなくても、ジャーヤの兵士程度はどうにか出来るというのが、ビューネの判断だった。

 そこはレイと同じ判断で、自分の実力を冷静に把握していることの証でもあった。

 ……もっとも、銀獅子の素材から作られている白雲という武器があり、ヴィヘラによって鍛えられたビューネの戦闘力は、盗賊の中でもかなり高い。

 それこそ、ギルムの冒険者の盗賊の中でも、だ。

 それを考えれば、ジャーヤの兵士程度に手こずるという考えは全くなかった。


「きゃああああっ、嫌! 止めて、放してよ!」

「うるせえっ! てめえ、この前までは俺に抱きついてヒーヒー言いながら喜んでたじゃねえか!」

「あれは私の意思じゃないわ! 奴隷の首輪の……いやぁっ!」


 言葉の途中で男がまた何かしたのか、再び女の悲鳴が聞こえてくる。

 その悲鳴を聞きながら、ビューネは道を曲がり……道ばたで一人の男が女の着ている服を破いている光景を目にする。

 女は娼婦らしく、着ているのは男を誘うような服だ。

 だが、今はそんな女の服が破け、胸が男の目に晒されていた。

 女はそんな男から胸を隠そうとしているのだが、男にとって女の腕力など興奮の刺激にしかならない。

 鼻息を荒くし、胸を隠している女の腕を強引に引き剥がし……


「ん」


 そんな声が聞こえたと思った瞬間、ふと力が抜ける。

 男は、何が起きているのか全く理解出来なかった。

 それでも犯そうとしていた女の顔に、そして娼婦として何度も抱いてきたその身体に大量の血飛沫が降りかかっているのを見て……反射的に首に手を当てた。

 自分の首から吹き出ている血で手が赤く染まり……次の瞬間、その意識は闇に沈んでいく。


「きゃっ、きゃああああああああっ!」


 娼婦の口から先程と同様の……あるいはもっと甲高い悲鳴が上がる。

 自分を犯そうとしていた相手が、いきなり首から血飛沫を吹き出しつつ倒れてきたのだ。

 それは当然のように、女の身体をより血で赤く染める結果となる。

 犯されるという女としての恐怖と、死体を……それも自分の知っている相手の――それも首から血を吹き出している――死体に倒れ込まれるというのでは、感じる恐怖はやはり違った。


「ん」


 だが、その行為を行ったビューネは、特に気にした様子もなくたった今、男の首を斬り裂いた白雲の刃についた血を振るって払う。


「きゃああああっ! ……きゃああ……あ?」


 悲鳴を上げ続けていた女だったが、やがて目の前にいるのが凶悪な殺人鬼らしい男ではなく、寧ろ可愛らしいと表現するのが相応しい少女だと知り、若干ではあっても落ち着く。


「え、えっと……もしかしてお嬢ちゃんが私を助けてくれた……のかしら?」


 恐る恐るといった様子で、女はビューネに尋ねる。

 勿論実際には尋ねなくても、ビューネの持つ白雲を見れば明らかだったのだが。

 それでも、目の前にいる小さな……それこそ少女と呼ぶより子供と呼ぶのが正しいだろう相手が、大人の自分でもどうにも出来なかった男をあっさりと倒した――殺した――というのが、女にとっては信じられなかったのだろう。

 常識の埒外ですらあった。

 ……もっとも、それを言うのであれば故郷から連れ去られて強制的に娼婦をさせられていた今までの自分の状況も、とてもではないが常識的ではなかったのだが。


「ん」


 そして、ビューネは女の言葉にいつも通り短く答える。

 そんなビューネに、女は少し疑問を抱いたようだったが……すぐに我に返って口を開く。


「それより、ここでこうしちゃいられないわ。ねぇ、知ってる? レジスタンスって人達が、今この街から脱出させてくれてるらしいのよ。私もそこに行こうと思ったら……」


 女は言葉を途中で切り、死体となって血の海を作っている男を睨み付ける。

 娼婦をさせられている時、自分を何度も抱いた相手。

 初めての相手ではあったが、それを捧げたい相手は別にいたのだ。

 だからこそ、目の前にある死体に、女は憎悪の込められた視線を向ける。


「この男に見つかったの」


 そんな女に対して、ビューネはいつものように短く呟く。


「ん」


 女にとっては、その呟きがどういう意味を持っているのか、正確には分からなかった。

 だが、それでも恐らくではあるが、ビューネが自分の言葉に同意してくれたのだろうということは予想出来る。

 それが女の態度を落ち着かせる。


「それで、お嬢ちゃんはこんな場所で何をしてるの? 見てる限り、私のお仲間……って風には見えないけど」


 メジョウゴの中には子供でなければ興奮しないという性癖を持つ相手用の娼館もある。

 一瞬、女はビューネをそこで働いている娼婦ではないかと思ったのだが、身につけている装備はどれもしっかりとした物だ。

 それこそ、このどさくさでジャーヤの兵士から奪ったとは、とても思えない程に。

 そもそもの話、ビューネが装備しているのは、その身体にしっかりと合った防具……つまり子供用の防具だ。

 戦える戦力がジャーヤの兵士だけというこのメジョウゴで、子供の防具を持っているというのは基本的には有り得ない。

 可能性としては、そういう趣味の店の出身……ということも有り得たが、そのような店で用意されている装備品は、あくまでも見た目はそれっぽく見えても実際には武器や防具として使えない物だ。

 当然だろう。プレイの途中にそれらで怪我をすればどうなるのか……ましてや、奴隷の首輪をされているとはいえ、何かあった時のことを考えれば、わざわざ危険をそのままにしておくという選択肢はない。


「ん」


 自分の仲間でなければ、ジャーヤの仲間か。

 だが、女がジャーヤの兵士に襲われている時に助けてくれたのも、目の前の少女なのだ。

 であれば、結局誰なのかが分からない。

 それを聞いても、何故か戻ってくるのは『ん』という一言だけ。


「えっと……お嬢ちゃん、名前を聞かせて貰っていい?」

「ビューネよ、その子は」

「……え?」


 目の前の少女……ビューネに話し掛けていた女は、突然予想していなかった方から声を掛けられ、そちらに視線を向ける。

 その際、反射的に露わになっている自分の胸を手で隠したのは、女としての本能だったのだろう。

 自分に掛けられた声が女のものだというのは、それを聞いた瞬間に理解していた。

 それでも反射的に動いたのは、やはりこれまで否応なく娼婦として働いてきた……ということも理由の一つか。

 ともあれ、振り向いた視線の先にいたのは、美女や美少女と呼ぶのに相応しい女達が集まっているこのメジョウゴでも、初めて見るような、そんな美人だった。

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